ortensia
2025-10-11 16:27:25
2745文字
Public 傭リ
 

No title


 繁盛していると訊いてやって来た友人の店は、確かに大きくはあるが、豪勢というわけではなく、使い込まれた家具や道具が生活感を醸し出し、寧ろ質素ささえ感じられた。
「とても高級品を扱っているようには見えませんねえ」
 友人に招かれてやって来た紳士風の男は、値踏みするように店内を見回した。
「秘密の店だからな、ここは。」
 まるで小さな子供に、御伽噺を聞かせるように言う相手の大柄な男こそが、件の友人であり、この、人形店の店主だ。なんでも、彼の手掛ける人形たちには魂が宿り、主人を一途に愛すのだという。
「ばかばかしい。」
 そもそも、主人の方が人形に入れ込んでるから、そんな幻想を抱くのだ。人形が感情を抱くかどうかは寧ろ問題ではない、それ以前の話だ。心を持つ人形など、話にならない。人形など、布を引き裂いて綿を引き出して終わりだ。
「けれど、興味を持ってくれたんだろう?」
 ジャック、と親しげに呼ぶ彼、レオの器用な腕を疑っているわけではない。どれも素晴らしい出来の人形には違いないだろう。けれど本当に愛してしまったとしても、人形に過ぎ無いのだ。魂が、心があるなら人形でも愛して良いという、免罪符が欲しいだけの、実にグロテスクな願望である。それなのに、彼はそれを渡してしまうというのか?作品を?
「相手は選んでいるつもりだよ。」
……貴方、騙されやすいところがあるので。」
 どうだか。そう言ってジャックがレオを困らせていれば、奥から何かを引き摺る音が聞こえて来た。
「リサ。」
 レオが朗らかな声で「ソレ」を呼んだ。
……人形じゃないですか。」
 ソレは、リサは、まごうことなき人形だった。
 少女の形をしたそれは、にこりと愛らしくジャックに微笑んで見せた。
「娘だ。」
 レオが言う。
 ジャックは思わずレオの顔をまじまじと見た。けれど人形の少女に向けられたそれは、確かに父親の眼差しなのだろう。ジャックは、余り良くは、知らなかったが。
 そこで冷静になれば、けれど確かにレオは人形の制作者なのだ。作品を娘と言っても、おかしいということはない。
「ああ、彼を連れて来たのか。」
「彼?」
 引き摺った音、それはリサが別の人形を引き摺って来た音だった。リサはそのままジャックの前にやって来た。なんとなしに後退る。ばかな。人形相手に。
 そうしてリサの手から人形の足が離れた。完全に俯せになった人形を、ジャックは微動だにせず見つめた。レオがそんなジャックに、笑って声をかける。
「起こしてあげてくれないか」
 そのままじゃ可哀想だろう。誰の仕業だ誰の。
 こうしていると、それなりの大きさがある人形が倒れているというのは不気味だ。ジャックは仕方なく、しかし引き寄せられるように、差し出されたようなものであるその人形を、黙って言われた通り抱き起こした。
 その人形には目がなかった。
「良かったらお前が付けてやってくれ。」
 そう言いながらレオが差し出したのは、釦がいくつも入った、大きめのクッキーの缶だった。釦は色取り取りだったが、大きさは統一されていた。
「その色にするんだな?」
 気付けばジャックは、ミストグリーンの釦を二つ、取り出して掌に乗せていた。
 はっとしたところで、思わず握り込めば、レオは嬉しそうに頷いて、缶の蓋を閉めてしまった。
「良い色だ。きっと彼に似合うだろう。」
 さすがだな、なんて言われても、今はどうすれば良いか分からない。
「裁縫道具がなければ、ここで取り付けて行ってくれ。」
「ソーイングセットくらい、うちにもあります。」
 店主はにこりと微笑んだ。リサ、とレオが呼べば、そちらには裁縫箱を持った人形の少女が小首を傾げて愛らしくしている。やられた。ジャックは大きな溜め息をついた。
「お値段は?」
「訪ねて来てくれた友人へのプレゼントだ。」
……高級品では?」
「相手を選ぶ、とも言った。」
「信じられない」
 今度は友人は、声を上げて笑った。
「切り裂くも引き千切るも、好きにして良い。」
 きっと彼は許してくれる。
「は、」
 わたしは別に、許されたいわけではない。
 なんなら修繕してやる、その時は、修繕費を頂くがな。店主は尚も笑っていた。敵わなかった。
 そしてジャックは、綺麗に梱包された大きすぎる手土産を携えて店を後にした。
 見送ってくれた友人は勿論、人形も、なんだか嬉しそうに見えた。その光景は、確かに親子に見えた。ジャックは自分の被っている仮面を叩き割りたい気持ちになった。それでも人形の箱を抱え直して、帰路に就いた。家に帰れば、衝動のままに人形の箱を床に放り投げた。
 だがそれを暫し見下ろした後は、大人しく自宅の裁縫道具を取りに向かった。箱の前に戻って来れば、ひしゃげた箱を丁寧に開け、目のない人形をと「見つめ合った」。人形の手に握らされたボタンを受け取り、針で糸を縫い付けてゆく。
「レオのようにはいきませんねぇ」
 少女の人形のように、美しくも丁寧に取り付けることは叶わなかった。不恰好に何度も糸を通したせいで、縫い目はめちゃくちゃだ。しかしきっと、そのお陰で、この目はそう簡単には外れないだろう。この、霧の中をそっと見つめるような、ミストグリーンは。
 糸を留めて、二つのボタンを縫い付け終われば、たちまち「目が合った」。ジャックは、人形の主人として「見」留められた。むくりと箱から上体を起こした人形、いや、少年は、呑気に体を伸ばしている。まるで生きてるみたいに。
 ジャックは裁縫道具を払い飛ばし、人形の胸に爪を突き付けた。
「おまえこれから自分がどんな目に合うか分かっているんですか?こんな男のもとに来てしまって、これから身に起こること、目覚めないままの方が良かったのでは?」
 無機質な目と「見つめ合う」。それはこの仮面と同じだった。人形はそのまま、手を柔らかくジャックの左手の上に重ね、とん、とん、とゆっくりと叩いた。引き離すでもなく、引き寄せるでもなかった。ジャックは、人形を引き裂くことを、自らの意思で、やめた。すると人形は自らリに腕を伸ばした。それは褒めるようでも、ましてや叱るようでもなく、宥めるようでも、縋るようとも、少し違っていて、なんだかただただ温もりを求めるだけの反射的行為のように見えたから、ジャックも抱き締め返してしまった。ああ、反射的なんて、生物の動き方なのに。
 ジャックは今感じてるこの温度が、自分のものなのかどうか分からなくなってしまった。人形が生物の発熱などしようものか。しかしこの人形が、どんな有様に成ろうとも、ずっとジャックのそばに居てくれるだろうことだけは、解ってしまった。


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いつもリアクション絵文字等ありがとうございます。