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雪洞
2025-10-11 13:46:34
67171文字
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【マレ監♀長編】かたち
7章沿いの長編。二人で話した夜やリリアの夢での一幕、監督生が夢を見るif、両片思い状態からお互い自覚し想いを告げ合うまでの話。7.5のネタも若干あり。また、以前書いた「刹那」を流れに組み込んでいます。うち監設定ががっつり絡む話なのでキャラシ見たほうが分かりやすいです。
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心Ⅰ
そして巡り会った月夜の晩、二人は再び語らうのです。
少女と共にいると、王子様の心は安らぎました。独りの寂寞ではない、静かな心地が柔らかなヴェールのように心を包み込みました。
まるで月や星のように、優しく傍に寄り添ってくれる
――
そんな少女を、王子様は愛し始めておりました。
***
林檎の木々が白い花を咲かせ、学園の緑をその愛らしさで彩る月。すっかり凍える寒さの薄れた夜風に髪を揺らし、エミリは春の星空を見上げた。きっと来るという予感があったから、真夜中だけれどまだ制服姿のままで。
やがて、あの日のようにふわりと緑の光が舞い踊る。待ちわびたその瞬間、彼の元へ小さく駆けた。同じように制服を纏い、こちらを向いたその様は片方の角が大きく損ね、今なお断面が生々しい。されど
――
その面差しは、どこか穏やかだった。
「おかえり、ツノ太郎」
自身を迎える甘やかな少女の微笑みへと、マレウスは灯火がそっと揺らめくように目許を和らげた。
「ただいま」
緑薫る風が吹き抜け、優しく肌を撫でていく。約束を果たした二人は、どちらともなく手を取り合った。
マレウスの復学が決まったと知ったとき、エミリの胸に浮かんだのは深い安堵だった。また会えると信じたい。けれど、もしかすると、もう戻ってこられないのではないか。もう二度と彼に会えなくなってしまうのではないだろうか
――
そう思うと気が気でなく、事件が収束して間もない頃は不安で枕を濡らしては心ここにあらずといった様を随分と周りに見せてしまった。だから、エースたちが吉報を携えて来てくれたときは、嵐の去った空に晴れ間を見つけた心地になった。また学園でマレウスに会える。言葉を交わせる。それがどんなに希望となったことか。
「お前にも心配をかけた」
「うん
……
。でも、もういいの」
こうして会えたのだから。
二人は草原の上で寄り添い手を繋ぎながら、蕾が綻ぶ時を迎えるように思いつくまま言葉を交わした。以前よりも疲労を感じやすくなったけれどもう角の痛みはないこと、パーティーでの凄艶たる様が目に焼きついたこと、共に踊れたことが幸いであった、あの時間がどんなに幸福に溢れていたかということ
……
。語っても語っても尽きない。それでも、この夜は永遠でないから、少女はそっと抱き続けた思いを言葉に乗せた。
「ツノ太郎。今は、寂しくない?」
マレウスはふとその目を瞬かせ、そして「いいや」と薄く笑った。
「大切な者たちが傍にいるのに、寂しいものか」
その声に宿る思いは、たとえ残雪があろうとも全てを受け止めていく覚悟に溢れていた。それを胸に受け、安堵を覚えると同時にエミリは小さく俯いた。
「あのね。ごめんね」
「なぜお前が謝る
……
?」
「だって
……
あの雪の日、わたし
……
自分のことばかりだったから」
心底からの疑問を浮かべた彼は、迷いなく首を横に振った。
「それなら僕だって。お前のあの叫ぶような声を、いいように受け取ってしまった」
お前がどう生きてきたかも知らない。それなのに、最良の術を思いつけば、お前も幸せになれると。
そう振り絞り、マレウスは片方の手を伸ばし、少女の薔薇色に触れた。本物の花弁を撫ぜるように、凍てつかせてしまわぬように、そっと
……
。
「お前とも
……
別れずに、済むと
……
」
その縋るような瞳があの日と同じ幼子のそれのようで、エミリは頬に触れる彼の手に己の温もりを重ねた。
「わたし、後悔してた。ツノ太郎が何かに悩んでること分かってたのに。あのとき、もっと話を聞いてあげればよかったって」
心に触れたかった。声が届かないほどの孤独でも、それでも、あなたに寄り添ってあげたかった。わたしが大事な人にそうしてもらったみたいに。
「いいんだ
……
お前がその優しさを抱いてくれただけで、僕は
……
」
――
そう言ってくれるあなたこそ、とても優しいんだよ。
マレウスの微笑みを見つめると不思議な気持ちになる。冴え渡る冬の星月のように美しいのに、まるで灯火のような安堵をくれる。暖かく照らす炎のような瞳が、わたしを見てくれている
……
。
「
……
今も、ね。別れはつらいって、思ってるよ」
自分もだと密かに告げるように彼は頷く。
「
……
教えてくれないか」
でも、それでも、と。きっと彼ももう知っている。
「エミリのことを。
……
あの日の叫びの訳を」
その眼差しは、どこまでも真っすぐ真摯だった。お前を知りたいと、ただそれだけが心を貫く。氷が打ち解けるその熱にエミリはぽつりと口火を切った。
「わたし、お母さんに捨てられたの」
思いがけぬことにマレウスが微かに目を見開く。遠い寂しさを思い出しながらエミリは語った。生まれて初めてひとに明かす、家族の話を。
「置いていかれちゃったって言うほうが正しいけど
……
」
何が理由かは分からない。貧苦か、仕事か、子育て疲れか、その頃たまに会っていた男の人か。その全部かもしれない。ただ、母はエミリを一人置いて、誰も知らぬところへ去ってしまった。エミリにとってはそれだけが全てだった。
訳も分からないうちに見知らぬ地の見知らぬ家に住むことになった幼い心は、自分すら見失って壊れかけた。そんなとき
――
凍りつきそうになった心を溶かしてくれたのが祖母だった。母が消えて以来、エミリを「かわいそうな子」でも「生まれが厄介な子」でもない、ただ一人の子供として愛してくれた唯一の人だった。
だが、その祖母は、ある冬の日に倒れて帰らぬ人となってしまった。エミリが祖母の元にたどり着いたときにはもう、その目は閉ざされ二度と覚めることはなかった。エミリの世界の彩りが全て消え失せたのは、きっとその時だった。
家の冷たい床の上で、一人誰にも看取られず。そんな最期を迎えさせてしまったことが苦しくてならなかった。何の恩も返せぬまま、最愛の家族を失ってしまった。それがただただ悲しくて
――
。いつしかエミリは誰かと語らう言葉をなくした。涙と共に生きる力も枯れ果てた。そのまま叔母の筋書に沿う人形になった。そして
――
そんな日々の末に、ツイステッドワンダーランドにやってきた。
マレウスは打ち明けられる話を聞きながら、いつしか唇を引き結んでいた。そして、その目は叔母の仕打ちへの怒りに、あまりにも突然の祖母の死への悲しみにと、静かに様々な色を宿す。ただそっと受け止めて、エミリの大切な者を悼んでくれることが嬉しかった。
「あのね、ツノ太郎」
触れる大きな手に、そっと力が籠もる。
「わたしね、夢の中で
……
おばあちゃんに会えたの」
「
……
ああ」
「ちゃんと、大好きとさよならが言えたの」
何度望んでも叶わなかった夢をそこで見た。自分の心で生みだしたものだけど、それでも。
「夢だけど、でも、だから、それだけは
……
ありがとうって言いたくて
……
」
瞼の祖母を想うと同時に声が震える。
だから
――
あなたがわたしと同じ悲しみを背負わなくてよかったと伝えたいのに。あの奇跡を、幸福を喜んでいるのに。
涙が溢れてしまう。心に愛は残る。でも、わたしの世界におばあちゃんはもういない。
「あ、ごめ
……
わたしっ
……
」
大粒の雫が零れたその瞬間、マレウスはエミリを掻き抱いていた。
――
彼女の涙を見た瞬間、たまらず手を伸ばしていた。
収めた胸に抱くその温もりがあまりにも儚くて、背と頭に回した腕で固く決して離さぬよう抱き締める。
あの痛切な叫びの生まれた訳が、少女の物語に記されていた。自身を形作ってくれたものが、知らぬところで命を落とす。そんな底冷えするような傷をずっと抱いていたなどと。嗚呼、彼女も氷に閉ざされていたのだ。マレウスの知らぬ過去の中で。決して叶わぬことなれど、その瞬間の震える身を今のように抱き締めてやりたかった。
それでもなお、礼さえ述べてくれるというのか。マレウスが紡ぐ独善によって生まれた夢を。彼女にとっては二度目の別れとなったろうに。心残りを晴らせたと、言ってくれるのか。
強いと思った。嵐にも折れぬ花のようだと思った。だが、それはこの小さく柔らかな身体に脆さがあればこそ
――
霜に覆われても再び芽吹き、踏まれてもなお立ち上がろうとして初めて生まれるものだった。
そのとき胸を衝き上げた熱は、マレウスを燃やし尽くさん勢いで心に覆い広がった。雷や炎に似た、激しく、それでいて張り詰めた糸のようなそれを何としよう。その涙を見るたび疼く胸を、笑みが咲くのを望む心を、一体何としよう。
燃える想いがただひたすらに少女を抱き締める力へ変わる。その細指がおずおずと衣を握り返すだけで、どうしてか苦しさすら生まれた。
「ごめんなさい、わたし、わたし
……
」
「いい。謝るな。謝らなくていい
……
」
彼女の謝罪も悲哀の涙も、もうなくていいものだった。もう二度となくていい。いっそ消し去ってしまいたい。
――
守ってやりたい。
寂しさを抱えながらも強く在ろうとする。そんな彼女に何ができる? 喪失を経てなお前を向こうとする彼女のために、何が。そう問うたとき、その想いが真っ先に己が心を貫いた。
――
彼女に降りかかる悲しみ全て、僕が退けてやりたい。たとえ力で払えぬものでも。その心に残る氷を溶かしてやれたら
……
。
激しい熱の渦の中で、エミリこそが柔らかく、そして温かく溶け合うものだった。
この小さな身体を壊さないよう抱き締める。今はただそれだけでも
――
過ぎ行く春の星月夜、この温もりこそ二人のすべてだった。この温もりこそが、二人の錠が落ちる始まりだった。
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