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雪洞
2025-10-11 13:46:34
67171文字
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【マレ監♀長編】かたち
7章沿いの長編。二人で話した夜やリリアの夢での一幕、監督生が夢を見るif、両片思い状態からお互い自覚し想いを告げ合うまでの話。7.5のネタも若干あり。また、以前書いた「刹那」を流れに組み込んでいます。うち監設定ががっつり絡む話なのでキャラシ見たほうが分かりやすいです。
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幸せ
――
別に、自分のことを不幸だって思ってるわけじゃないの。
でもね。ずっと欲しいの。わたしが本当にいられる場所が。
――
なら、ずっとここにいればいいだろう?
***
歌が聞こえる。優しく密やかで、慈愛にあふれた子守歌
……
。
「ねむれや ねむれ いとしごよ
……
」
「
……
だめ」
目を開けて、エミリはその口を塞いだ。自分を幼い子供のように抱きかかえるのは、顔が真っ黒に覆われた、茶髪の人だった。
「その歌は、わたしに歌っていいものじゃない」
静かに告げると、その人は今度は優しくエミリの髪を撫でた。かわいいわ、お姫様みたいね、と囁きながら。先ほどの歌と違い、どこか擦り切れて霞んだ声だった。
「えみり、これからは、ずっといっしょよ」
真っ黒な人が笑う。
「もうあなたをひとりにしない」
エミリは、そっと腕の中から抜け出した。その正面で居住まいを直すと、闇に包まれたその相貌をじっと見つめる。どんなに目を凝らしても、そこには深い闇が広がるばかりだった。
「わたしのお母さんは、茶色の髪で、お化粧がちょっと濃くて、丸まった毛先が同じだねって笑ってた人なんだよ」
――
そんなお母さんが、わたし大好きだったんだよ。
「わたし
……
こんなに顔も声も忘れてたんだ
……
」
これは、闇ではない。今あるエミリの記憶の底にある、母の姿だった。
――
だから、きっと心のどこかで思っちゃったんだ。
子のために命を懸けて戦い散った母の上辺と声を夢であれ奪ってしまったこと、そして母を知らぬその子へと心中で謝罪し、エミリは静かに立ち上がった。
母の向こうにドアが見える。暗闇が広がるばかりと思われたそこは、いつしか店がなくなった後に引っ越した古いアパートの一室と同じ輪郭を描いていた。エミリが母に置き去りにされた部屋。
「絵美里
……
ずっと一緒にいましょう。お母さんと、ずーっと一緒
……
」
「ううん。行くよ」
「どうして? なぜ?」
無垢な問いにエミリは拳を握り締める。
――
わたしは
「マレウス・ドラコニアの友達だからよ!!」
記憶に閉じ籠もってても何も変わらない。友達が間違ったことをしてるなら止めなきゃいけない。友達だから
――
謝らなきゃ。ちゃんと向き合って話さなきゃ。
――
それに、わたしは
……
本当の、今のお母さんを描けるようになりたい。
アパートのドアを開け、外へと足を踏み入れた瞬間。広がる暗闇が一瞬にして星のきらめく夜空に彩られる。金色の月が眩く輝くその場所は、オンボロ寮の庭だった。辺りは静まりかえり、風の音しか聞こえない。そう、彼と幾度も話した夜のように
……
。
「エミリ」
ふと頭上に降る声は、想い続ける彼のものだった。後ろからそっとエミリを抱き締めるその腕は、黒い茨に取り巻かれている。
「お前が言ったのだろう? 悲しい別れなどなくていい。それを願わぬ者などいないと」
何度も耳にした優雅で深い声音の中に、今は縋るような色が滲んでいた。まるで白布に落ちたインクのように、ずっとそこに拭えぬものとして在り続ける。
「僕は、お前を幸せにできるんだ」
自分自身に言い聞かせるような声だった。
「さあ、手を」
マレウスはふとエミリを解放し、そっとその手を差しのべた。真正面から見つめる彼は、右目に緑の炎を宿し、左目からは涙の如き一条が黒く頬へと垂れ落ちる。その様は、微笑んでいてもどこか悲しい。
「おいで、エミリ」
マレウスは少女の手を待ち続ける。無理やり取ることなどしない。童話の王子様のように、お姫様の心を望む。
「ずっと一緒にいよう」
欲しかった言葉をあなたはくれる。
わたしはここにいないはずの人間。いつもいつでも、どこでもそう。
――
でも、違う。
「
……
ううん」
静かに首を横に振ると、マレウスはまたあの日のような幼子の色を浮かべた。
「今のあなたの手は取れない」
差し出す掌を引くこともできない彼へとそっと語りかける。
「ここに来る前のわたしだったら、きっと迷わず夢に留まってた」
一方的な正しさを押しつけられる息苦しさ、本当のことを明かしてもらえない悲しさ、大切な人がそばにいない寂しさ
――
それがなかったことになるのなら、どんなにいいだろう。
「でも、今のわたしはね、そうは思わない」
突然魔法の世界に呼ばれてしまうだなんてお伽話のようなことが起きても最初はすごく投げやりだった。元の世界のわたしのような、無気力なお人形のままだった。けれど、最初に怒り、次に喜び、そして楽しさ。自分の足で歩く日々が、わたしに感情を思い出させてくれた。
あんな絶望の淵にいた記憶を心の奥に封じ込めたのは、そのときのわたしにはきっと耐えられなかったから。でも、今は
――
。
「突然迷い込んだ場所だけど、この世界で笑えるようになったの。友達が出来て、もう一度刺繍を始めて、たくさん色んな経験をして」
それに、
「あなたと出会っちゃったから」
むしろ、現実の今が、わたしにとっては夢みたいなんだから。
「だから
……
今はだめ」
本当は、わたしもあなたと踊りたい。でもね。あなたを悪い王子様にしたくないの。
――
ツノ太郎。あなたは、愛されて生まれたんだよ。ずっとずっと愛されているんだよ。
だから、人間の、世界の敵になっちゃだめ。
「ツノ太郎」
待ってくれ、エミリ。そう呼ぶ声を振りほどいて。
「夢の外で待ってて!」
――
そしてまた、夜空の下でわたしと会って。
踵を返し、オンボロ寮の門を開け放ち、そして
――
エミリは一歩を踏み出した。
***
気が付けば、エミリは玄関に立っていた。見慣れたオンボロ寮の廊下は柔らかく日が差し込み、その淡い光の中に祖母が一人佇んでいる。
「絵美里ちゃん」
その名を呼ばれた瞬間、目の奥が熱く痛んで涙が滲む。もう一度聞きたいと何度も何度も願った、穏やかで優しい呼び声。
「行くの?」
遊びに出かけるとき、いつもこうして尋ねられた。でも、もう、ただいまは言えない。
――
失わずに済む方法があればどんなにいいだろう。
「うん。行かなきゃ」
でも、そんなもの、本当の世界にはないから。だから、受け止めながら生きていく。
――
本当は、ずっと一緒にいたいよわたしだって。
それでも、言わなくちゃいけない。ずっと言えなかった「さよなら」を。
「おばあちゃん
……
ごめんね、わたし
……
」
「ううん、いいのよ」
我慢できずに溢れた涙を拭って、おばあちゃんはそっと抱き締めてくれる。わたしもたまらずぎゅっと抱き返した。ふんわりとした優しい香りも柔らかい肌の温もりも、全部全部覚えてる。絶対、絶対忘れたくない。
「おばあちゃん
……
今まで、本当にありがとう」
わたしが一番つらいとき傍にいてくれて。たくさん色んなことを教えてくれて。心の底から愛してくれて。おばあちゃんがいたから、わたしはわたしでいられたの。
「大好きだよ」
ずっとずっと、いつまでも。それは絶対に変わらないから。
そして、温もりをそっと離して、エミリはドアに手をかけた。
「さよなら
……
」
いってきます。
見送る祖母は穏やかに微笑んでいた。エミリの望む一番好きな笑顔のまま、ずっと、ずっと。
ドアを開けたとき、びゅうと強い風が髪をなびかせ、エミリは上空に皆の姿を捉えた。
「オルトくん! みんなー!」
手を大きく振りながら叫ぶと、オルトに先導されて一塊の仲間たちが道路に降り立った。
「エミリ~~!!」
がばりと飛びつくグリムを抱き留め、次いで血相を変えたエースとデュースがいつぞやのようにぽかりと小突く。
「戻ってこなかったらどうしようかと思ったじゃねえか!」
「僕たち生きた心地しなかったんだからな!」
「本当にごめんね、二人とも。グリムも
……
あのとき、闇から助けてくれてありがとうね」
「当然なんだゾ! オレ様は親分なんだからな!」
そうして笑い合う後輩たちを見てケイトとトレイもほっと胸をなで下ろす。
『ひとまず大丈夫そ
……
かな』
「うん。バイタルも安定。問題ないよ」
もしトラウマなどを刺激する結果になれば夢に嵌まり込んでしまう可能性を危惧したものの、エミリはこうして無事に戻ってきた。さらに深いところで如何なる行動を取ったかは不明だが、思えば彼女は非魔法士ながら嘆きの島に乗り込んできた上に、自力で夢から醒めるほどだ。戦えずとも芯が強いことは自ずと分かることだった。
「エミリ、必ず戻ると信じていたぞ」
「まったく、心配をかけおって!」
「シルバー先輩、セベクも
……
迷惑かけてごめんなさい」
「気にするな。マレウス様に想いを伝えるためにも再び頑張ろう」
「シ、シルバー
……
その話は事態が落ち着いてからにしないか
……
?」
呑み込むのに時間がかかりそうだ
……
とぼやくセベクの横から、ふとレオナが呼びかけた。
「会えたのか」
短い問いに頷くと、レオナは「そうか」とだけ呟いた。何となくだが祖母のことを気遣ってくれたのだと分かり、エミリはそっと心中で礼を述べた。
『さーて、面倒な彼氏に見つかる前にさっさと本来の旅程に戻りますか』
「そーね。またおっかない顔されたらたまったもんじゃないわ」
イデアに賛同し、そしてエースはエミリの左右をデュースとがっちり固めながら笑顔を見せた。
「オレたち、お前が学園生活を楽しんでるって改めて分かったからさ」
「だから、絶対先輩にヤキ入れて現実に帰ろうな!」
「ゴーストのおっちゃんたちも待ってるんだゾ!」
三人の笑顔にエミリも大きく頷き笑みを零す。シルバーの呪文とともに一行は光の向こうへと飛び、少女の夢を後にした。
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