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果南(カナン)
2025-10-10 23:07:35
3391文字
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さめしし
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つめたくて優しくて
さめしし。ワンドロのお題「目」「スポーツ」で書きました。秋の休日にフレンズで遊んだ後の、二人のお話です。美味しい匂いと、あなたの優しさに身を浸して。
ソファーの定位置に横たわると、額にそっと指が触れた。
じくじくと熱を持つそこを確かめるように、獅子神の指先が肌を撫でていく。
「痛むか?」
「
……
少し」
獅子神は慎重な面持ちのまま、指の腹で軽く患部を押した。反射的に私は眉根を寄せてしまい、慌てたように指が離れる。
「ご、ごめん」
「大丈夫だ。問題ない」
私は自分でも手を持ち上げて、額に触れた。先ほども鏡で見ながら確かめているから、本当に大したことはないと分かっている。どちらかと言うと、獅子神を安心させる為という要素が強かった。
「ただの軽い打撲、軽度の炎症と浮腫だけだ。冷やして様子を見れば、明日には引いているだろう」
「ん
……
」
獅子神は頷いたが、表情は晴れないままだった。
「目に当たらなくて、よかったな。眼鏡にも」
「そうだな。それは助かった」
半ばため息をつきながら、私も深く頷いた。
きっかけは、叶だった。秋と言えばスポーツの秋だろ、と言い出して、いつメンで動画撮るから、と私達を公園に連れ出した。わざわざ数種のボールを持ちだして、獅子神に軽食まで準備させて。
最初は円陣バレーだったが、叶がある程度納得できる画像が撮れた頃には、私は早々に限界を感じていた。それで次はサッカーだ、と叶が言い出したのを良いことに、二対二でやればいい、と言い放って、プレーヤーを降りて観戦を決め込んだ。そこまでは良かったのだが、天堂のディフェンスを躱そうとした真経津が勢いよくボールを蹴り、止めようとした獅子神も間に合わず、飛び出したサッカーボールは見事に私の額を直撃したというわけなのだった。
「ワンバウンドとはいえ、結構な勢いだったもんなぁ
……
ホント、ごめんな。オレがきちんとカットできてれば」
「いや、私の不注意だ。それ以上気にするな、獅子神」
私は獅子神の目を見つめて、そこはきっぱりと断言した。
実際、私がいささか悦に入っていたのが良くなかったのだ。いくら獅子神が美しすぎたとしても。
爽やかな秋空の下で、気心の知れた友人達と共に、楽しんでボールを追う獅子神。そのしなやかな動作、屈託のない笑顔は本当に輝かんばかりに素晴らしく、思わずうっとりと見とれていたら、飛んできたボールへの反応が遅れたのだ。予想外の方向へバウンドした
——
おそらくは地面の凹凸のせいだろう、昨日が雨だったので砂地の広場には靴で踏みしめたと思しき窪みがあちこちに残っていた
——
のも確かに一因ではあるが、主たる原因はやはり、自分の不注意だと言わざるを得ない。
だが、それを面と向かって獅子神に告げるのは躊躇われた。
見とれていたという事実については、何も恥ずかしいとは思わない。常日頃ならむしろ積極的にそう告げて、照れて顔を赤らめる彼の変化を可愛らしいものとして楽しんでいただろう。しかし、真剣に私のことを心配し、責任も感じている(断じて獅子神のせいではないのだが)姿を見ていると、それはどうにも不適切な行動のように思われた。
今はきっと、黙っているほうがいい。
沈黙は金、という諺は、こういう時のためにあるのかもしれなかった。
「
……
わかった。でも、何か手当はしたほうがいいだろ。で、ちょっと探してみたんだけど」
そう言うと獅子神は、パンツのポケットからごそごそと何かを取り出した。
「今、湿布とか切らしてて。冷やすモンって、これくらいしかなかったんだよなぁ」
水色の箱に、可愛らしく簡略化された子供の絵が描いてあった。赤い顔でふうふうと息を吐き、額に四角いものを貼っている絵だ。
市販の冷却シートだった。子供が発熱した際などに、一般家庭でよく使われているものだ。以前に兄貴の家を訪れた際にも、甥っ子が貼っていたのを見たことがある。
私は比較的強く、顔をしかめてみせた。
「あなたの心遣いには、勿論感謝している。が、私がそれを貼り付けたまま過ごすというのは、いかにもマヌケではないか?」
「じゃあ、どうするんだよ」
「普通に氷嚢でいい。適当なビニール袋に、氷を数個入れてくれれば」
「でも、それだとずっと手で持っとかないといけないだろ? メシ食うのに不便じゃないか?」
「
……
」
私は獅子神の顔を見返したまま、喉の奥で唸った。
夕食の準備は、もうほとんど整っていると言っていた。サラダにスープ、つけ合わせもソースもできていて、あとはハンバーグを焼くだけだと。獅子神が手ずから誂えてくれたハンバーグは、それはそれは美味いに違いなく、ふっくらと焼けたところへナイフを差し入れる手応えや、溢れ出す肉汁の弾ける香り、ソースと美しく混ざり合う様まで、すべて万全の状態で楽しみたい。それが片手で氷嚢を支えたままでは、確かに楽しみは半減どころか、爆発的に減じてしまうというものだった。
どうせ大した打撲ではないのだ、と思った。このまま放置していたところで、何も問題もない程度の軽傷。
だが、それではあまりにも、獅子神の行為を無碍にしているとも思えた。
逆に考えよう、と私はもう一度脳を働かせた。
この冷却シートを貼ったとしても、入浴時に剥がし、あとは眠る前にもう一度確認する程度で事なきを得るだろう。とすれば、額にこれを貼り付けたマヌケな姿を目にするのは獅子神だけなのだし、彼はそれを笑うようなことはしない。むしろ優しい恋人の不要な責任感を減らし、安心させるためには、これが最適解だと言える。
それに、獅子神に甘えられるのは、心が安らぐ。
「
……
わかった」
私が頷くと、獅子神はほっとしたように微笑んだ。
「ん。じゃオレが貼っていいか?」
「そうだな。お願いしよう」
「よーし」
獅子神は何やらはりきった様子で、水色の箱を持ち直した。
大きな手で薄い袋を取り出し、さっと破って中のシートを取り出す。指先で慎重に裏紙を持ち上げて、切れ目に沿って半分ずつ剥がした。
薄青いシートと私の額を見比べながら、目元を綻ばせる。
「なんか、レアだよな」
「?」
「オレが、お前の手当するのってさ。いつも怪我とかするとしたら、オレのほうだから」
「あなたはもっと自分の体を大切にしろ。勝つためなら傷つけてもいいというものではないぞ。私が毎度、どれだけ心配していると思っている」
「ははっ、そーだな。肝に銘じるわ。ごめんな、村雨」
獅子神の手が動き、やわらかいシートがそっと私の皮膚に乗った。
しんとした冷たさが、ぴたりと額を覆う。一瞬肩をすくめたくなったが、すぐに自分の体温と混ざって適度な感触に落ち着いた。
「
……
どうだ?」
「気持ちが良い」
「よかった。じゃあ、そのまま休んでろよ。メシの準備できたら呼ぶからな」
「あぁ。頼む」
獅子神は素早く私の唇にキスすると、キッチンへ入っていった。
私はクッションの位置を調整して、頭の位置を落ち着けてからキッチンを眺めた。エプロンをつけた獅子神が、冷蔵庫や食器棚を開けたり、壁の調理器具を手に取ったりと、いつもの慣れた様子で立ち回っている。熟練したその動作はリズミカルで心地よく、見ているだけでじわりと胸の奥が熱くなった。
フライパンがコンロに置かれ、火をつける音が続く。すぐにじゅわぁっ、と肉が焼け始める音と、心躍る匂いが漂ってきた。
額に貼られた冷却シートは、もうすっかり肌に馴染んでいる。熱が吸い取られていくと、先ほどよりずっと楽になった気がした。体も、心も。
私は軽く、目を閉じた。
今日のハンバーグはきのこソースだと、獅子神は言っていた。いつもならグレービーソースなのだが、秋だからきのこをたっぷり使って、ベースもクリームにしたのだと。ほんのりベージュがかった乳白色のソースは、肉の旨味と相まって、いつもとはまた違った美味しさで私を迎えてくれるだろう。ぎゅっと繊維が詰まったマッシュルーム、弾力のあるしめじの歯応えが思い浮かび、それらをハンバーグと共に頬張る瞬間を想像すると、いても立ってもいられないほど心が弾んだ。
もうすぐだ。
獅子神の作る、あたたかい食事。
彼の笑顔。
疼く熱を宥めてくれる、額の冷たさが心地良い。
ハンバーグの音と匂いに包まれ、獅子神の優しさに感謝しながら、私はつかの間の幸せな微睡みに落ちていった。
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