ニイナ
2025-10-09 21:37:15
3987文字
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いつかの約束は気まぐれに果たされる

原作のロドフ。ロー誕を意識した話。
前に呟いてたやつを形にしました。
若様に不毛な感情を抱いてるローくんって感じです。

 物資の補給に立ち寄った島はそれほど栄えている、というわけではなかったものの、交易はあるようで貧しいという印象ではなかった。島自体もそれほど大きくはなく、賑わいはあれど穏やかだった。ログは数日かかるということで、ローたちは久々にゆっくりと上陸することになる。加えて、ハートの海賊団の船長であるローの誕生日がすぐということもあり、クルーたちのはしゃぎようは中々のものだった。
「キャプテン!宴はどうします!?」
「ここの美味いもんってなんですかね〜〜」
「みんなで祝えて嬉しいね、キャプテン」
……好きにしろ」
 主役であるローをおいて盛り上がるクルーたちに呆れた眼差しを向け、ローは備品の不足分のリストをペンギンに押し付ける。久しぶりの陸であるからといって、意気揚々と降りる気はなかった。まだ気になる医学書もあり、それを先に読んでおきたかったのだ。陸に上がるときはいつもよりもゆっくり時間が確保されるため、ローにとっては積み上げた論文などを消化するのにちょうどいい時間なのである。
「キャプテンまた部屋にこもるんですか!?」
「せっかくの陸なのに……
「おれはいい。リストのやつ、任せたからな」
「わかりましたよ〜〜」
 さっさと部屋に戻ろうとするローに驚きを見せたシャチにいつものことだろう、と息を吐いてローは言い捨てる。それに渋々納得したクルーが、了解しました、とばかりにローの渡したリストをひらりと揺らしてペンギンが頷いてみせた。何をするか何を食べるかという雑談を背中で聞きながらローはダイニングを後にした。また盛大に祝おうとするのだろうクルーたちに苦笑いがもれるものの、嫌な気持ちにはならなかった。
 部屋にこもり、医学書の続きと論文に目を通していけば、いつものように時間の感覚がなくなっていく。海面に出ていても陽射しが入らない部屋では太陽の光で時間をはかることも難しい。そのため、ローはたいていクルーたちに食事だと押しかけられることで手を止めて時間を把握している節があった。ただこの日に限ってはそうならず、ローは常備していたミネラルウォーターを飲み干してしまったことに気付いてから、ようやく手を止めた。デスクに向かっていた身体は硬くなっていて、ローは大きく伸びをしてから紅茶でも飲もう、と腰を上げることにする。
 部屋から出てダイニングに向かえば、そこにはいつ戻ったのかシャチとペンギンがいて、テーブルを囲んでいた。テーブルの上には印をつけられた買い出しのリストが置かれ、その傍に見慣れぬ包みがひとつあった。シャチとペンギンが顔を突き合わせているのを訝しげに見ていれば、ローに気付いたシャチがはっと顔を上げた。
「キャプテン!キャプテンにこれ!」
「なんだ?」
「街歩いてたら急に押し付けられてびっくりしましたよ」
……意味がわからねェ」
 シャチが声を上げてローに差し出したのは、見慣れぬ包みだった。丁寧にラッピングされた細長い箱は深い藍色の紙にやわらかい桃色のリボンが巻かれている。中身が何なのかも判然とせず、ローはじっと箱を見つめてしまう。そもそもローに対して贈られたもの、だというのも理解できなかった。
「変なもんとか入ってないかちょっと疑ったんですけど、キャプテンのファンっぽかったんで」
「は?」
「まァ、いざとなりゃキャプテンが視ればいい話ですし」
 シャチから語られるものに眉を寄せ、ローはひとまず箱を手に取った。見かけによらずずっしりとした重さを伝えてくるそれに中身の検討がまた付かなくなる。ファンとはなんだ、と理解不能な単語を反芻してローは何かもわからない箱を持て余した。
「そうそう。オレたちに、ハートの海賊団のクルーだろう?って聞いてきて」
「名前が知られるようになったんだなってちょっと感動してたんですよ」
「で、これをキャプテンにって渡されて……
「お前たちの船長に祝杯だ、って言われたんで、キャプテンの誕生日も知ってるふうでしたね」
 やっぱりファンですよ、というどうやっても飲み込めない話を聞きながらローは一旦、中身を視ることにした。能力を展開させて箱の中を覗けば、そこにはひとつのワインボトルが入っているのがわかる。そしてそれは、ローの奥底にある記憶をやわらかく掘り起こした。見覚えのあるワインボトルが、その時のにおいも感情も、ローの胸から引き摺り出していく。箱を握る手に力がこもることも構わず、ローは声を上げた。
「っ、これ渡したやつ、どんなだった!?」
「えっ、なんすか急に」
「えらく背の高い金髪の美丈夫でしたよ」
「いやほんとに。あんな美形いるのかって思いましたね。ボルドーのスーツをあれだけ着こなせるってのも中々ないですし」
「〜〜ッ」
「キャプテン!?」
「どこ行くんですか!?」
 パーツが全部ハマって、鮮烈に過去が蘇る。ローの眼前には、忘れることのできない幻が浮かんで、やわらかく揺れた。言葉にならない声を出して、ローはダイニングを飛び出した。その背中に驚きの声がかかろうとも、構っていられない。廊下を駆け抜けて船を降り、よく知りもしない島を走った。能力を展開して飛ぼうにも、その先にいる男に辿り着く道筋を描けず、ローは舌を打って駆けるしかない。ローの様子にぎょっと目を見開く者を無視して足を動かしても、目当ての人物を捜し当てられる気は全くしなかった。
「この辺を、ボルドーのスーツの男が通らなかったか!?」
「あァ、それなら灯台の海岸に行くのを見かけたよ」
 手当たり次第に街を回ったところで追いかけられるわけもないので、ローは近くの街人に声をかけた。芳しい答えがすぐに返ってきたことにまだ間に合うかも知れない、とわずかな期待が生まれてローはとにかく灯台へと向かうしかなかった。途中で能力を使いつつ、ほとんど島の中を走るかたちでローは灯台に辿り着く。肩を揺らして荒い息を吐きながら辺りを見回したものの、人の気配は感じられなかった。
「っ、クソ!」
 苛立ちを悪態とともに吐いて舌を打ち、ローは手にしたままだった箱を抱いてずるりとその場に座り込んだ。はっ、と乱れる呼吸とうるさくなる心臓の音が鬱陶しくてもどうしようもなく、ローはすぐにもう一度舌を打ちたくなった。ローの手にあるワインボトルは、ローの胸に記憶に永々と巣食う、ドフラミンゴという男が好んでよく飲んでいたものだった。その時の記憶はローにとっては忘れたい、けれども忘れられない眩くひかるものだった。
 ドフラミンゴがひとりバルコニーでワインを傾けていたことを、ローの脳は勝手に引き摺り出す。夜のしじまの中で、まんまるに満ちた満月のあかりを浴びたドフラミンゴが、この世のものとは思えないほどの美しさで佇んでいた。穏やかにゆるんでいた顔を見て、ローはドフラミンゴの飲むワインを強請ったものの、やわらかくドフラミンゴに拒まれたのだ。
『ドフラミンゴ』
『フフフッ、良い子はもう寝る時間だぞ』
『おれにも飲ませろ』
『ガキにはまだ早い』
『飲める歳になるまで生きてねェから早くねェ』
 癇癪を起こす子どもの駄々にドフラミンゴが笑って、仕方ないなと肩をすくめてみせる。一度はローにワインを与えることを拒んだドフラミンゴが、ローの言い分に折れて手すりに置いたボトルを取ってグラスに注ぎ足した。そうしてローへとそのグラスを手渡してくる。ドフラミンゴとひとつのグラスを共有するということに、それがワインという子どもには罪なものだということに、胸が躍って震えた。グラスを受け取ってみると、フルーツの爽やかで濃いにおいが漂って、アルコールのかおりが後からついてきた。グラスの中で揺れるワインをじっくりと眺めてから、ローは一口ワインに口をつけた。
……不味い』
『フッフッフッ!だからまだ早いと言っただろう』
『ぶどうのにおいが強いのに全然その味がしねェ』
『まァ、アルコールだからな』
 鼻を抜けるアルコールのにおいと舌に残る苦みと渋みが口に合わず、ローはグラスを遠ざけてむっつりと口を歪めた。フルーツのかおりは確かにするというのに、味には反映されておらず、ローの口内は嫌な味と微妙な痺れが残るだけだった。そんなローに笑みをこぼしたドフラミンゴが、ローの手からグラスを抜き取り、ワインを飲み干していく。赤い液体がドフラミンゴの口内へ含まれて喉を通り、体内に取り込まれていくのを感じて、ローは腹辺りがぞわりとした。その感覚の意味もわからず、ドフラミンゴを見つめるしかローはできなかった。
『美味いと思えるとは思えねェ』
『それはどうだろうなァ……お前が大人になったら、また試してみるか』
…………約束だからな』
『あァ、約束だ』
 それはきっと他愛もない戯れにも似た口約束だった。叶えられなくても構わないというような、些細なものだった。けれども、その時のドフラミンゴのやわらかくて甘い表情が、いつまで経ってもローの脳裏に焼き付いている。まるであの約束を果たすかのように届けられたワインに、ローは髪を掻き毟った。いたずらに記憶を掘り起こして感情を踏み荒らしていくドフラミンゴに、苛立ちが募ってたまらない。
「ドフラミンゴ……っ」
 こんなものは気まぐれかも知れないと思うのと同時に、今でも気に掛けられているかも知れない、という思いが湧いてローは胸を掻き乱す感情にめちゃくちゃになる。ワインが届けられてもその姿は見ることは叶わず、意図もはっきりとしない。だというのに、ローの心の片隅は、じわりと歓びを生み出していて、ローは舌を打った。何ひとつ手がかりなく消え果てたドフラミンゴの影に縋りつきそうになりながら、重みを増して感じるワインボトルをただ抱えるしかなかった。