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kumazaregoto
2025-10-09 16:48:20
2319文字
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彩貴と禰津おじさんの話
多分数年前の話
流血してる
勝利の美酒とは、斯くも極上のものであろうか。誰かがそう呟いてから、参尾の軍がどっと笑った。
戦を終え、無事に帰国した彼らと共にいたのは雁宿の傭兵衆の面々だ。その彼らを上座から見渡す男がいた。甲冑を脱ぎ軽装に落ち着いた禰津を見て、参尾の兵は頭を垂れ、雁宿の兵もまた身を引き締める。
「雁宿のみんな、今日は本当に助かったよ。今晩はうちでゆっくりしていきなさい。少しばかりだけれど食事も用意したからね」
人好きの良い、やや皺混じりの微笑みを受けて、兵らは皆破顔して目の前の食事にありつき、用意された酒は湯水の如く消えていく。
自らの臣下と客人たちが騒ぐ姿を、目を細くして禰津は見守る。女中に出された食膳にありがとう、と横目で礼を言うと、その視線の先には賓客が静かに一人、酒を仰いでいた。賑わう宴会場の中で唯一、その周りだけ恐ろしく静まり返っている。
賓客ー矢神彩貴が人の集まらない場所を探すのが上手いのか、それとも彼に気を遣って誰も近寄らないのか。どちらの理由にせよ、夜風を受けて宴会を眺めて一人飲む姿からは孤独の印象は見受けられない。
「こんなもの、ただの茶番だ!」
禰津が悟られぬ程度に傭兵を眺めていると、突如怒鳴り声が響く。宴会の端で参尾の武将の一人が立ち上がり、その前には頭と顔を濡らして呆然と座り込む男がいる。禰津には座り込む男が見覚えがない、傭兵衆の者であろう。器が弧を描く音が聞こえるに、酒をぶちまけられであろう傭兵に、男が続けて怒鳴り散らす。
「お前たちのような得体の知れない、どこの破落戸ともわからん傭兵連中と呑み交わすだと?笑わせる、対等だと思い上がるな!」
「そ、それはそちらの禰津殿と、我らが頭領がその様に決めただろう!」
「田舎侍にはこちらの配慮すら分からん様だな。我ら参尾と、お前たちのような小国が同じな訳がない」
笑みを絶やさぬ禰津に、苦虫を噛み潰したような面持ちが現れる。やはりこうなったかと、内心小さく嘆息してからまたすぐにいつもの笑みに戻ると、席を立って怒鳴る身内へ歩みを進めた。
「兄上、そこまでで。お客人に非礼ではありませんか」
「弟君は大層、外の者に入れ込まれているようで。殿の意向も聞かぬままよくこの城に招こうなどと考えられたな」
酔って頬が赤い腹違いの兄の目は据わり、冷淡な視線で禰津を見据える。視線を下せば、酒をぶち撒けられた傭兵が、悔しそうに手を震わせ異母兄を睨みつけており、今にも斬りかかるそうな剣幕だ。盆に載せられた小鉢も器も、酒と割れた器が入り混ざったまま彼の足元で散らかっている。
(あーあ、あの山菜飯、美味かったのになぁ)
ぼんやりと禰津が散らかった飯を見ていると、弟君、と機嫌の悪い声が響く。
「先日この傭兵衆と密談をしていたそうではないか。殿もご存知ないと仰っている、何かやましい気持ちでもあったのではないか」
「密談?ああ、先の戦でも彼らの力を借りたのです。小競り合い故に殿の耳に入れるほどでもないと判断したまで」
「それを決めるのはお前ではない、殿だ。いつからお前は父より偉くなったのだ」
「滅相もございません」
飄々とした態度を変えないまま、禰津は兄へ恭しく頭を下げる。それがかえって気に入らなかったのか、男は態とらしくチッと大きな舌打ちをしてから踵を返す。
「もう良い。この件も先の件も殿に報告するまで。ついでにこの客人とやらに今晩中に出立させろ」
襖をバタン、と閉じてどすどす、と木の音が夜闇の奥から響いた。嵐は去ったとばかりに禰津は肩を落とすと、未だ唇を噛む傭兵の前に膝を立ててすまないねぇ、と眉を下げた。
「嫌な思いをさせたね。着替えと新しい膳を用意させよう」
「
……
有り難く」
おや、と禰津は内心関心する。ここで掴みかられてもおかしくないと考えていたからだ。
想像しているよりも傭兵衆の面々は冷静な様だ。主人の気質ゆえか、とそこまで考えては、と後ろを振り返った。
「
……
矢神くん?」
一人分の空白。先ほどまでそこで夜風に当たっていたはずの青年が忽然と姿を消している。
戦の際は苛烈なまでに敵を斬り、屠る青年だが、平時は大木の如く不動にして、凪のように静かな性分であることを禰津は知っている。今もこの騒動の中、自身の部下や国が侮辱を被ってもなお静寂を保ったままであった。
これは、と禰津が冷や汗を垂らしながら顔を上げる。恐ろしいほど静寂であったことが、既に事が始まっていたのを告げていたのを、禰津は気付いてしまったからだ。
「
……
済んだぞ」
開いた襖から、矢神という青年が顔色ひとつ変えずに戻ってきた。夜風を受けて、夜よりも黒い髪が揺れている。その風に運ばれて鉄の匂いがしなければ、夜風の涼しさに身を委ねられただろうにと禰津の口元が困った様に笑んだ。
「矢神くんあのねえ、君はやり過ぎなんだよ。そこまでお願いしていないでしょう、僕」
「やり方を問わないと言ったのは由玄、君だろう」
脇に抱えたのはその位置にはあるはずのない体の部位。当然ながらそれは青年のものではない。ぽたりぽたりと、体内に流れていたはずの赤いものが廊下へと滴り落ちている。目を開いたままのそれを見れば、何が起きたか理解せずにこの様な姿になったのだろう。
「はぁ
……
まあいいけどさ」
「桶はどこだ。いい加減入れておきたいのだが」
「ああ、それなら用意してあるから待ってくれ」
どこも映していないその目を、禰津が見下ろす。滴り落ちるものは半分同じであるが、その目には何の感情も映っていなかった。
「随分小さくなってしまわれましたね、兄上」
夜風に吹かれた言葉は、どこまでも冷ややかなものであった。
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