空宮 ゆき
2025-10-09 03:19:32
3635文字
Public 輪廻の唄
 

記録:■■■ 被検体003

流血、暴力、具体的な出血量など描写あり

 まぶたが重い。
 上手く息ができない。
 首が絞まっている……
 だんだん指先、足先の感覚が戻ってくる。
 麻酔、あるいは眠剤が抜けていく時の感覚だ。
(また、か……懲りないなぁ……
 おそらく何かしらの実験をしようとしているのだろう。
……?」
………………!?」
 足が、地面に付いていない。
 その場でパタパタと動かしてみたが空を切るばかりで何も当たる感覚がない。
 視界さえ確保できれば……もう少し情報が得られるのに、目が開かない。
 まさか、目隠しか……
 いや、ガーゼだ。今当たってるのはそうに違いない。なら、目隠しと言うよりは眼帯が正しいのか。
 手も足も自由だ。なら、どこから宙吊りにされているかは検討がついた。
 首だ。今僕は首を吊られている。
 手足が動くということはしばらく窒息していただけで脊髄は無事……あるいはそれが元に戻る間ずっと吊るされていたことになる。
 眼帯で視界がおおわれているのも不可解だ。もしかして1度目をえぐり出したのか……?思えば少し血なまぐさい。出血していたのが固まっているのか。
 首を吊られている割にはまだ呼吸ができる。酸欠気味ではあるが思考をめぐらせるには十分だ。先程余計に動いてしまったせいでかなり頭痛があるがこの程度ならかわいいもんだ。
 扉が開く音がする。誰か来た。
 助けてくれる人ではないだろう。おそらく実験員だ。
 リロード音……
 次の思考が来る前に銃声と、鮮やかな鮮血と、絞首で鈍っていた痛覚が激しく訴えかけてくる。
……あ゛ゔっ……がっ……はっ…………
 絞まっている喉を無理やりこじ開けるように熱が込み上げてくる。吐血した。
 弾丸は正確に、肺を貫通した。
 次はどこを狙ってくるのか。初っ端殺意しか感じないあたり、腹に数発入れるか、もう心臓を狙うか。
 それとも、脳天をぶち抜いて僅かにある意識ごと葬り去る、と言った具合か。

 予想は、外れた。
 次の銃声が聞こえた時、僕の痛覚は反応しなかった。
 いや、かなりの時間差で反応はした。

 地面に叩きつけられたからだ。
 鉄筋コンクリートにタイルを張っただけの冷たい床にそのまま受身を取る余裕すらなく叩きつけられた。
 幸い肩からだったので右肩が砕ける程度で済んだ。
 急に頭まで血が回るようになって頭痛が悪化する。動けない。
 脈拍がやけにうるさい。どうやらから打ちしている。先程の弾丸以前から相当出血していたのだろう。記憶は無いが。
 最初で足を動かした時の反響から推定するにおそらく20mほどのところに吊るされていたのだろう。
 となるとそこまで天井の高さがある区画は限られる。
 扉の開く音から思うにここは「処分場」だろう。
 その名の通り。実験が終了した、あるいは失敗した実験体が絞首、毒殺、焼却処分される場所。
 まぁここであれば大抵の処刑および殺人の道具は揃っている。理にかなっているだろう。

 地面に叩きつけられてからビクともしないからか足音が近づいて来た。
 先程弾丸で貫かれた胸は既に止血が終わって肺の補修をしているようだ。
「応えろ、被検体003。お前は生きているのか。」
 あぁお前か。その声は。お前は僕をこうして殺すのが随分と楽しいようだな。
……あぁ。残念ながらまだ死んでないようだね。」
「そうか。」
 無機質な機械音が響く。記録されているのか。
「なぁ、神崎さんよぉ。前が見えねぇからこの眼帯?とってくれねぇか。」
 神崎誠。僕の義兄にあたる人物だ。昔から仲が悪いが、「先生」の息子である以上、積極的に逆らおうとは思っていない。まぁ先生が亡くなったあとの僕の扱いに関しては、今すぐにでも是正されて欲しいところだが。
「あ゛?まぁもう今日は飽きたからいいだろう。」
 おや?いつもなら喋るなと脳天をぶち抜くだろうところだが今日は気分がいいのだろうか。こちらの要望を聞き入れるとは。
 視界が開ける。予想通り僕は処分場で吊るされていたようだ。
「んで?僕にになにをしていたんだ?」
「お?吊った後サンドバッグにしたり滅多刺しにしてみたりしただけさ。自分の服を見ろ。」
 言われて視線を体に落とす。真っ白いはずの実験着は血で染まり、元の白いところの方が少なくなるレベルだった。綿製のそれはおそらく数リットルの血を吸ってずっしり重たくなっている。そりゃから打ちもするわけだ。常人なら既に死んでいる出血量だ。
「へぇ。そりゃあ随分と派手にやったねぇ。わざわざ眠らせてまですることがこれか。」
「痛い方が良かったか?俺はお前が死ぬかどうかだけ確かめたいからお前に配慮する必要はない。善意だ。」
「そう。」
「着替えはそこにある。そのまま外に出るなよ。」
「このまま出なくたってここでお前が何をしているかくらいみんな知ってるさ。」
「無駄口を聞く余裕があるようなら反対の肺にも風穴開けるぞカス。」
「クズに言われたかねぇわ。まぁもう面倒増やさない方がいいだろうから大人しくするさ。」
 そうして着替えがある机まで歩いていこうとしてまた地面に叩きつけられる。そうだ、貧血だった。むやみに立とうとするもんではない。
 しょうがないので治りかけの肩は痛むが地を這う他ない。
 着替えに手をかけるより先に神崎は外に出て行ったようだ。
 あまりにも血に濡れた実験着を脱ぐ。一連のやり取りの間に弾丸が貫通した胸はすっかり綺麗になっていた。我ながらなかなかに気色悪い。
 ご親切にタオルも置いてくれているが、濡れタオルか……徹底的に血を落としてから出てこいということか。
 新しい実験着に袖を通し、先程着ていたものは適当に処分予定のゴミ袋にねじ込む。どうせもう使い物にはならないだろう。
 目眩が落ち着いてきたのでゆっくり立ち上がり壁に手をつきながら外へ向かう。
 随分派手にやったようで、僕が叩きつけられた床にはおそらく僕のものだったであろう血痕がかなりの範囲に飛び散っている。

 外に出て向かうのは医務室。ここからそう遠くは無い。とはいえ目眩と頭痛に苛まれながら進む道は気が遠くなるほど長く感じた。

「美亜。いるか。」
「は〜い……って何があったのかしら……。深くは聞かないでおくけど……。」
「そうして貰えると助かる。どうせデータが上がるから今日中にわかるだろうけど。」
「うん……血色が悪い!輸血ね。」
「手際が良くて助かるよ。ありがとね。」
「かわいい弟がここに来ては輸血を求めてくるもんだからお姉ちゃんは悩ましいけどねぇ。またですかと言った具合だから慣れてしまったけど。」
 美亜は義姉。血縁関係こそないけど幼い頃からずっと一緒にいる。今はこうして医務室にいるか外回りの交渉をしているかだが、彼女も1歩間違えれば僕と同じ目にあっただろう。同じ実験で同じように遺伝子改変を施されたが上手く効果が出ず、失敗という扱いになった。今は養護担当としてこき使われている。
「ねぇ澪。あんたはこれで良かったわけ?」
 純粋に心配されているのだろう。かれこれ5年ほどこの状態だから僕は未だに職員として数えられてすらいない。
「もういいかな。僕が苦しんだ分のデータが世に役立ってるなら、それで。」
 諦めていた。僕がこうして痛めつけられることで何か役立つデータが取れてるなら。それでいい。
「あんた、やっぱおかしくなっちゃったわね。最初はそんなこと無かったのに。暴力って怖いわぁ……。」
「美亜が同じ目に遭わなくて本当に良かった。」
「へ……?なによそれ……。怖いからやめてちょうだい。」
 これを怖いと思えるだけ、彼女はまだ常人のままだ。良かった。

 僕は、もう何も感じなくなってしまった。
 屈してなるものかとずっと思ってはいる。でも、どんどん自分の身体に危害を加えられることに抵抗が薄れて、抵抗すること自体が体力の無駄だと思い知らされた。
 どんどん痛みに鈍くなっているのも感じる。20メートル落下して地面にたたきつけられても気絶しないのだから、相当だろう。慣れとは恐ろしい。
……ごめんね。守ってあげられなくて。」
 また泣かれてしまう。もう辛くないからいいのに。
……気持ちだけで十分だ。いつ、どんな姿で来ようと、僕を僕と認識してくれるだけで、それだけでいい。」
 自分でもわかってる。気が狂ってる。でも、僕を人として認識してくれて、たわいもない会話をしてくれるだけで、それだけで幸せだと思ってしまう。こうも幸せのハードルとは低かったか。それともそれ以外に絶望したからそのありがたみに気付いたのか。

 急に強い目眩に襲われる。回復の反動か。
「あ……。おやすみなさい。」
 美亜の声掛けに返事しようとしたが、間に合わなかった。意識が蕩けていく。

 次に目を覚ますのは一体いつになるのだろうか。