艦内の飲食が認められた休憩エリアは、深夜帯、ちょっとした酒盛りに使われることもある。あまりにやかましければお咎めと始末書が待っているが、大概のことは黙認される。自動販売機の駆動音が荒野の天気を曖昧にして、蛍光灯の無機質な色が、今日と明日の境目をぼやかしている。
「もうすぐ、告白されるきがする」
酒気を纏わせて、さだまらない瞳孔をふらふらと彷徨わせて、エリジウムは言った。右手の握力はよわよわしく、グラスの縁にしがみついた最後の一滴のアルコールが、机と宙をいったりきたりしている。左手をもちあげたかと思えば、唸り声ともしゃくりあげともとれる喉からの音と共に、ばたんと倒れた。当然、頭はずっと机の上だ。そんなだから、もう瞼は重たくって仕方がない。ふと目をはなせば、きっと眠りについてしまうだろう。彼を見た誰もがそう思うに違いなかった。
数刻前──エリジウムの周りに空瓶が数本転がり始めた頃──、向かい側に座った男は、はじめは面白がって眺めていたが、今は痺れを切らしている。さっさと部屋に帰れと人を呼ぶ心づもりでいた。この酔っ払いは幸いにして艦内に友人が多く、不幸にしてその多くの友人たちと飲み明かしているものであるから、こんな風体でも「しかたない」と笑ってくれる存在が肩を貸してくれると知っていたからだ。
男はエリジウムからグラスを奪い取った。そこへ、机に乱暴におかれた水を勢いよく注いで、椅子に座り直した。
「そんなやついたか?」
「いるよ。まさかわからないの? まあ、きみってすこしぬけてるっていうか、へんっていうか、そんなもんか」
「まるでお前にならわかるような口ぶりだ」
「とうぜん」
呂律のまわらなさが、男を急かした。もったいぶるなという気持ちをすべて水で喉奥に流し込む。何か録音でもしてやろうと、自分の体をまさぐってはみるのだが、こんな時にかぎって持ち合わせがない。部屋に戻ろうにも、ここへ再び来た時には、自分はエリジウムの運搬役になってしまうだけだろう。
もう一度、グラスを水で満たした。
「そいつが自分を好きだとなぜわかる」
「なんで?」
「都合が良いだけかもしれないだろ」
「あは、そうかもね」
壊れた時計の針は速くなったり遅くなったりと忙しない。エリジウムは伏せ潰した顔をゆっくりとねじり、男の方に向ける。机のうえにあった男の右手を引いて、自分の顔の隣まで運ぶ。そして、「これはきみのからだ」と二度たたき、「それから、ぼくのては、ぼくのからだ」と言って、手のひらを握ってはひらいた。
「たとえば、隣でねむることができるのは、ゆうじょうだったとしてもさ」
エリジウムが男の指をなぞりながら言った。男は努めて左手を眺めながらグラスを回した。結露が甲をすべっていく。
「わかるかな。ためらわれてるってわかるんだよ」
「嫌悪かもしれないだろう」
「ばかだな! だとしたらへやにもこないでしょ」
そういって、エリジウムは男の手のひらに自分の手のひらを重ねようとして、すんでのところでとどまった。会話を始める前と同じように、指を二、三度つついては、隣り合うように手のひらを机に寝かせた。
エリジウムの寝ぼけた頭は、数日前のことを思い出していた。もう遅いんだからここで寝ていけば、に嘘はない。心からの言葉だ。だから、エリジウムは普段通りにそうするかと言われても、例えそれが冗談であっても、本心であっても、隙間なく与えられる答えを自然に受け入れるつもりだった。いくらでも入るお酒と同じに。ただ、おもしろおかしく笑いかけた自分の瞳がとらえたのは、すこしだけ丸く開いてから、日常へと急ぐように微笑みおどける顔だった。予感が胸を高鳴らせた。そんな自分を不審に思った。知りたい。
「かおにでない、こわばりみたいなのが」
「不快か」
男はエリジウムの表情が気になった。ひとめ覗いてやろうと、酔い潰れと同じように体をちぢめてみせる。知りたい。エリジウムはそれを見てねむたそうに笑うと、いよいよ顔を隠すようにうつ伏せる。アルコールを帯び、湿度あるくぐもった返事がつづく。
「そうだったらよかったのに」
「……のに?」
「ちっともいやじゃない」
「よかったじゃないか」
「よくないよ!」
机に向かって張られた声はいくらか表面を振動させるほど大きく響いた。男はグラスの底でエリジウムの白黒入り混じるつむじを小突くと、また半分ほど水を飲んだ。そろそろ返事をするのも億劫になってきた頃だ。しかし、まだ、半分残っている。
「そいつ、まどろっこしいことしないんだ」
「わかりやすくて助かるだろ」
「でもそしたらじかにいわれるだろ」
「文句が多いな」
「そうしたら、ぼく、なんてこたえたらいいの?」
「知るか」
「うそだ」
「嘘じゃない」
「きみは、ぼくに、なんてへんじをしてほしいのか、わかってるはずでしょ、じゃなきゃおかしいでしょ」
まっすぐ長い蛍光灯が、何度か明滅した。自動販売機の駆動音が、あいだにはさかる沈黙を取りもっている。
「じゃあ、どんな告白ならいいんだ」
手のひらの小指と、親指が、確かめ合うように擦り合っている。エリジウムは小指をもちあげて、男の親指に躊躇いながらのせてみる。引こうか考えるような、一瞬の隙間を、二人が感じた。
「もっとロマンチックなの」
「断る」
「ソーンズ」
「残念だったな。お前が好きだ」
エリジウムの手のひらを包むようにソーンズが手を重ねた。グラスは音をたてて倒れ、こぼれた水が酔いをすこしずつ夜へ溶かしていった。
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