仮眠室から起きて来ないティンを心配して、様子を見に行くイヴのお話。
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イヴは痺れを切らし、キッと時計を睨みつけた。振り向きざまにキャンディが欠ける。
いい加減視界に入れるのもうんざりだ。頭の中に規則正しい音が流れ続けている。こんなものに脳を支配されては堪らない。イヴは早足でドアを開けた。
3回ノックはクレシェンド。怒っている訳ではない、焦っているのだ。
「
…ティン、そろそろ時間ですよ」
ボリュームもそこそこに声をかけるが、返事は無い。見れば、ベッドの上はまだこんもり山になっていて、緩やかに上下している。どうやらまだ寝ているらしかった。
普段ならこの時間はとっくに部屋から出て来ていて、賄いを食べ始める時間だというのに。
幸い今は客が居ない。丁度はけたところだった。イヴは中へ入り、小さな山を覗き込む。
あどけない寝顔。自分とは到底似ていない。
イヴとティンは異父兄弟である。父親は異なり、母親が同じ。そしてイヴは、その母親から捨てられた。「魔法が使えない」から。
ティンはイヴと違って魔法が使える。しかしここに居るというのは、あの人にとって子供などアクセサリーでしかなかったことを示す。
ティンの目元には、眠っても取れない疲労の色が滲んでいる。当然だ。ティンはこの後、朝日が顔を出し始めるまで違う場所で働く。帰宅すれば家事をこなし、数時間後にはまたここ純喫茶に来て、何ともない顔をして働くのだ。それを毎日、続けている。彼はまだ、16歳なのに。
(__俺が16の頃と大違いですねぇ)
イヴはそっと、ティンの前髪を退けてやった。目の上で切り揃えられている前髪は、随分長くなっていた。額が露わになると、より子供っぽさが増したように感じる。
そうして髪を弄っていれば、ぴくりと眉が動いた。
「ん
……あれ、マスター
……?」
ぱちぱち、ふらふらと彷徨う視線が、イヴを捉えた。するとそれはどんどん大きくなり、ティンは目をかっ開いて飛び起きた。腹筋、強。
「今なんz
…うわっ!もうこんな時間ですか!?すみません、俺寝ちゃってて
…」
「見れば分かります」
うっ と言葉に詰まるティンを一撫すると、イヴはキャンディを咥え直した。欠けはすっかり丸みを帯びている。
ティンは寝起きでまだぽやぽやしているのか、イヴが撫でたところに触れ、驚いたような表情で見つめてくる。
は、とか え、 とか呟いているティンをよそに、イヴは部屋を_仮眠室を後にした。
仮眠室。そこは元々イヴが小休憩でくつろぐ為に存在していた部屋だが、今は殆どティンの為の部屋となっている。
ティンは、14つ離れたイヴの実の弟でありながら、兄弟であることを知らない。共に暮らした事も無い。
しかしティンの面倒を見るのは、ティンのもう1人の兄、つまりイヴの弟であるシュティアに頼まれたからだ。
目を瞑れば蘇る、あの情けないかお。最期に放った、その言葉。
(本ッッ当、馬鹿ですねェ)
今日の賄いはイヴ特製のナポリタン。
フライパンの中で、太めのスパゲティが飴色の玉ねぎとピーマン、ケチャップの海に絡みつき、艶やかに光っている。イヴは最後の仕上げに取り掛かった。
火を止め、生クリームを小さじ一杯、鍋肌から静かに回し入れる。高温で煮詰まったケチャップソースが生クリームを迎え入れると、その尖った酸味はたちまち消え失せ、エレガントなまろやかさへと変わるのだ。
少々麺を茹ですぎたが、食べ盛りの男児にはコレくらいが丁度いいだろう。
水を吸ってふっくらとした太麺は生クリーム入りのリッチなソースと絡み、最高の仕上がりになっている。
恐る恐る出てきたティンも、イヴ特製ナポリタンを見てふわっと笑った。
「マスターのナポリタンって、俺 いちばん好きです」
ぽやぽやはどこへやら、いただきます!と元気よく手を合わせると、ティンはフォークでクルクルと器用に口に運んでいった。
その育ちの良さに思わず感心する。同じ母を持って、こうも違うものか。
ティンが皿の上のナポリタンを綺麗に平らげていくのを、イヴはジッと見つめていた。
正面に座っているイヴから見てティンの左目は、澄んだブルーだった。イヴのブルーとは若干色素が異なるティンの、瞳。
対して右目は、燃えるようなレッドをしている。本人から聞いた話では、このレッドは目としてあまり機能をしていないらしいが。
オッドアイというのも珍しい
…とか考えていると、その瞳がこちらを向いた。
「あの、マスター。俺の顔に何か付いてます?そんな正面からまじまじ見られると、恥ずかしいんすけど」
あと何口分かを残したところで、ティンが言った。食べ始める前からずっと見ていたというのに、何を今更。
「いえ、何も? あぁ、おかわりまだありますから。たんと食って下さい」
「えっ」
フライパンから追加のナポリタンを山のように盛ると、ティンは声を抑えず驚きを顕にした。
「俺の作ったナポリタンが食えないって言うんですか?」
「マスター
……もしかして機嫌いいです?」
さぁ、何故そう思ったんです? と聞けば、ティンは いえ、何でも
… と2度目のナポリタンに手をつけた。
-ナポリタンの隠し味 END-
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