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きなこ湯
2025-10-08 20:00:15
4002文字
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セーフティは外して
カネブラ、ヨルくんと首を絞めが性癖のヒロインの話。
時系列は3rd後を想定していますが、本編の致命的なネタバレは少ないはず。また、3rdアリスネット全巻購入特典のSSペーパーを読むと楽しくなれるかもしれません。なお、内容は全年齢向けです。
「
……
ハ、」
予想もしていなかった言葉に、思わず間抜けな声が口から出てくる。
膝の上に座らせた女は顔を赤らめて視線をさ迷わせている。照れたようにはにかむ口元から、この家で最もマトモだと思っていた人間から発された言葉だとは思えず、オレは恐るおそる確認する。
「
……
今、アンタ、なんつった?」
――
ヨルに首絞めしてほしい。
改めて聞こえた声は間違いなくそう言っており、ぐらりと強い目眩がした。
認めるのは癪だが、今にして思えば、島にいた頃からこの女のことが好きだったのだろう。破天荒な兄弟たちとは違い一般的な良識を持ち合わせている人間は、ただそれだけで女神にすら見えてくる。そうでなくとも、コレは自分たちのアイデンティティの核となる要素のひとつで、島から帰ってきた全員が“自分を一番に選んでほしい”と口を揃えて迫ったことも、ある種当然の流れだった。
その上でオレが選ばれた時、安堵と同時にやっぱりそうかという納得があった。お互いに記憶をなくした状態での再会だったが、その時点でなお“懐かれた”自覚があったからだ。自分を拉致した相手に対して甘すぎる態度には、この女の脳ミソが腐っているのではないかと疑うこともあったが、理由はもっと単純だったのだろう。好きだから、親しみがあるから、愛着があるから。抑制の外れた自分の感情を根拠にして、今なら少しは理解できると思う。鬱陶しいとぼやきながら結局はこの女を突っぱねなかったことも、記憶にはない過去の思い出に由来する親しみと、それから自分に懐く犬のようなコイツを可愛く思う心があったからだ。
破天荒で自己主張の強い兄弟たちと暮らしていると、常識の欠如に頭が痛くなることもしょっちゅうだ。だからこそ、当たり障りのない良識に否が応でも絆される部分がある。もちろん自分がこの女を“好き”だと思う根拠はそこではないのだが、それにしたって今の発言は予想外だった。
あまりのカミングアウトに黙り込んだオレを不審に思ったのか、膝の上に座らせた華奢な身体が身動ぎする。こちらを覗き込む瞳には明確な不安が浮かんでいた。
「いや
……
別に、アンタを嫌いになるとか、軽蔑するとか、そういうんじゃねぇけど。ただ、どうして急にそんなこと思ったんだよ」
思ってもみなかった事態に対し、どうにか言葉を選んで訊ねる。
しばらくは「うう」だの「その」だのと歯切れの悪い声が繰り返されたが、やがてぽつぽつとこの女にしては珍しい欲を白状した。
――
さっき吸血された時、ヨルに体重をかけられたのがすごく気持ちよかったから。
要約すると、そういうことらしい。
キメラにとっての吸血は半ば義務でもある。ヴァンパイアハンターとして造られた人工の化物であるオレたちは、殺すべき存在である吸血鬼の血肉を本能的にクチにしたいと思うように設計されているらしく、血の渇きを無視すれば心身に関わる。
一方で、オレたちがこの女の血を求める理由は未だわからずじまいだった。いま明確な事実は、血の味を甘く感じられるのはこの人間のそれだけだということ。そして、脳を直接揺らすような暴力的な甘さは、輸血パックから渋々摂取するそれとは比べ物にならないことだ。
血を吸う、ということは、直接相手の皮膚に口付ける必要がある。そのまま血を貪り喰って殺すそれではなく、今オレとこの女との間でするそれはコミュニケーションの一環ですらあった。要は、触れ合うことを許した恋人同士での戯れという意味合いを含む。
体重をかけたと言われ、無意識に自分が押さえつけるような体勢をとっていたことを思い出す。一瞬サッと背筋が冷えるも、ヘラヘラと照れ笑いをする女の顔を見返して、痛い思いをさせたわけではないのだろうと安堵した。嫌がられてなお己の欲を優先できるほど、オレは悪趣味な男ではない。
しかし。嫌がられないかどうかと、それ以上ができるかどうかは別問題だ。
「一応言っておくが、オレたちは人間じゃねぇんだぞ。あのクソ兄弟どもでさえ、普段から力加減してんだ。だから
……
あー、その、なんだ。さすがに
……
オレがするのは危ねぇだろ」
迷った末、遠回りに否定のニュアンスを伝える。いくら好きな女の希望とは言え、自分がそうする姿を想像して一番に思ったのは、本当に殺してしまったらという最悪なもしもだった。
オレたちはヒトの形をしているが人間ではなく、元は殺すための道具だ。オレがどう思っているか、触れられることを許す女がどう感じるかとは別に、どうあってもオレは傷を付ける立場だろう。首を絞めるという行為は、たとえそこに相互の許しと信頼があったとしても、さすがに一線を越えた触れ合いにしか思えなかった。
特に脳内お花畑かと疑いたくなるほどお人好しな人間だが、目の前にいる相手の感情を汲み取れないほど愚鈍な女ではない。きょとんと不思議そうに瞬く目を見返して、気の迷いなら引き下がってくれと内心でつぶやいた。
しかし、この家にいてなお普通でいられるこの女もまた、程度はどうあれ頭のネジが外れているようで。
細い両腕がオレの首の後ろに回る。咄嗟に膝に乗せた腰を抱くと、肩にもたれかかってきた女がため息交じりの声で笑った。
――
ヨルになら、わたし、何されてもいいよ。
「
――
ッ! クソッ
……
アンタ、悪趣味だぞ!」
人間からすれば銀のタトゥーはひどく冷たいだろうに、少しも気にする素振りなく触れてくる。コレは吸血鬼を殺すための道具だと知っているはずだが、それでもなお、オレが触れることを恐れない。何されてもいい
――
自分に傷が付くことすら承知の上で、オレに主導権を握らせている。ここまで言われてわからないほど、オレだって馬鹿ではない。本気で“何されてもいい”し、むしろ“痛くしてほしい”のだろう。
正直に言えば、そういうやり方はオレの趣味ではない。支配や暴力で慰められる欲望など、どう考えても碌な感性ではないだろう。ファーターという最悪な前例が身近にあったゆえか、そういう種類の行為にはむしろ強い抵抗感がある
――
の、だが。
好きな女にしてほしいと乞われ、それにまったく応えないのもどうなのか。
「いいんだな、本当に」
そう確認すると、人畜無害そうな瞳がまるく見開かれ、それから何度も大きく頷いた。無邪気に揺れる犬の尻尾の幻覚が見える。これからしようとしている行為の悪質さと比べて、その純朴な喜び様はあまりに乖離していた。
「痛かったり、苦しかったらすぐに言えよ。いいな?」
覚悟を決め、目の前にある細い首に両手を重ねる。気道だけを軽く圧迫できるよう最適な位置を手のひらで探りながら、オレは繰り返し念を押した。こくこくと頷く振動と、それから普段より早いペースで脈打つ感触が直に触れて、嫌でも緊張が高まる。
うっかり骨でも折れば殺してしまう。首は生命維持に直接関わる部位だ。どうしても躊躇が勝る手つきに、薄らと開いた瞳が強請るようにオレを見つめた。
「
……
は、もっと強く
……
? い、いや、これ以上は
……
〰〰ッ、クソ」
震えを押し殺すためくちびるの裏を噛み、恐るおそる力を強めてゆく。間違っても骨を折らないよう、息の根を完全に止めさせないよう、どうにか加減しながらゆっくりと細い首を絞める。それは加害を恐れる心ゆえの触れ方だったが、悪趣味な女にとってはかえって焦らされるようで、好かったらしい。
オレとは比べるべくもないが、この女も大概体温の低い質だ。それが、手のひらの下でじわじわと熱くなるのがわかる。柔らかい頬が紅潮するのは、この悪趣味な行為に対する興奮か、それとも頭部にまわる血と酸素が減った生理的な反応だろうか。半開きのくちびるの隙間から、縋るような吐息が漏れる。自分の首を絞める男の顔を見上げるその瞳には、間違いなくオレへの全幅の信頼が滲んでいる。
手のひらに伝わる脈拍は、この人間が生きている証だ。
オレがほんの少し力を込めれば、この華奢な首は簡単に折れる。オレの心ひとつで、この人間は簡単に死ぬだろう。文字通りオレの手に運命すべてが委ねられている。
――
支配している。誰にでも尻尾を振るお人好しが、今この瞬間、たったひとりオレだけを見ている。
そう思った瞬間、自分の中で、何かの鍵が外れる音がした。
好ましいものに醜悪な加害性を晒している嫌悪とは別の何かが、腹の底で唸り声をあげる。
ふと、首を絞める手に熱い何かがぽたりと落ちた。
ハッとして一瞬飛んでいた意識を正すと、ほとんど閉じかけの目の端から涙が伝い落ちていることに気が付く。その瞬間、腹の底でくすぶっていた得体のしれない熱源が立ち消え、頭の中が一気に冷えた。
慌てて手を放す。ぐったりとした背中を倒れないように支えると、一拍置いて派手に咳き込み始めた。生理的なものらしい涙を拭ってやりながら、もつれそうになる舌をどうにか動かして訊ねる。
「おい、大丈夫か? い
……
生きてるよな?」
自分でも明らかに震えた声だった。もちろん生きてるよ、と可笑しそうに笑って頷いたのはそのせいだろう。普段であれば、その生意気な態度に文句をぶつけてやるところだが、今はとてもそんな気分にはなれなかった。
呼吸を整える邪魔にならないよう、ごく軽い力で抱き締める。熱っぽい目でオレを見上げながら、もっと強く抱きしめていいのに、なんてのたまう額を指先で小突いた。
「しばらくやらねぇ、絶対にだ」
――
“しばらく”ってことは、また今度もしてくれる?
馬鹿なこと言うんじゃねぇと抱き締める力を少しだけ強くする。腕の中でけらけらと笑う女の声に、オレの腹の底にいる獣が頭を持ち上げたような気配がした。
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