数年に一度、皇帝陛下直々に民の声を聞かれる日がある。それには当然宮殿で働く者たちや将兵も含まれ、今年は将兵の、今日は俺の予定も入っている。
時間は盤上遊戯一戦分。応接室のテーブルを挟んで二人きり。流石に無防備すぎるのではと進言したこともあるが「私より強い者がいるのなら大歓迎だ」と一笑されたので口を出すのはやめた。
こちらから話したいことは無いので今年は固辞するつもりだったが――
自室の扉を叩かれる。
「お呼びがかかりました」
「わかった」
あちらから呼ばれるのならこちらに拒否権は無いのだ。
応接室は久方ぶり、それこそ前回以来だがどうも豪奢な調度品が減っている気がする。そもそも当代陛下の趣味ではなかったと言われればその通りなのだが。
「来たか。座るといい」
勧められるがまま着席し、遊戯盤を挟んで相対する。
「先手はどうする」
「陛下にお任せします」
「では私が貰おう」
一手、二手と静かに盤が動く。陛下の話し事は予想がつく。それは自分が話したいことではない。五手六手。七手目の駒を摘み上げながら陛下は言葉を発した。
「本当に結婚する気は無いのか?」
「ありません」
言葉と手番をすぐに返す。
「相手がいないと言うならば娘を、とも思っていたのだが」
「畏れ多い」
陛下のお考えも理解はできる。一族の女を嫁がせる先が少ないのだ。近隣の国は無論、遠方の国とも上手くいっているとは聞こえていない。ならば国内の有力者と結び付きを強めるべきだ。だが。
「家も土地も要らぬという。どんな物ならば受け取るつもりだ」
「何も」
何も要らない。家も土地も首輪に等しい、まして皇女との婚姻など。
守るものがある兵は強い、しかし抱えるものがある将は眼を曇らせるのだ。皇帝陛下からの賜り物を傷付けまいと一度思えばそれだけで取捨の選択が狭まってしまう。一切を平等に合財を正しく運用するのに個人の財も血縁の情も不要だ。少なくとも、俺はそう考えている。
それに、万が一、この身を蝕むモノが子に遺伝するとしたら。
手番が進み、陛下の駒の動きが鈍くなる。無闇に長考されても困るのでピタリと止まったところに声をかけた。
「わざわざ呼び立ててこの話ですか」
遊戯盤を睨み付けていた陛下の視線が恨みがましくこちらを向いた。
「ここでなければ話せないだろう、普通に話せば命令になる」
無理に勧めたいわけではない、お前にはお前の考えがある。そう言いながら打たれた一手は隙だらけだった。すかさず駒を進めると「うぐっ」と呻き声が上がる。
「どうですか」
「……詰みか」
「はい」
「…………卑怯だぞ」
「隙があるのが悪いのです」
「そうだな」
はあ、と陛下は溜め息を吐いた。それでこれは終わりだ。席を立つ。
部屋を出るところで「守るものがあるのは良いことだぞ」と諦めの悪い声がしたが聞き流した。
そんな事もあったな、と回想する。目の前では闇の王が最終皇帝に詰め寄っていた。
「最終皇帝よ、我が眷属を誑かすのは止めよ」
「そのようなつもりはないぞ主よ。ただ私は労いのつもりで」
「ほう」
伯爵はこちらに背を向けていたがそれでもその瞳がギラリと輝いたのが見てとれた。
「その言葉は真実か?この眼を見て言えるな?」
「――財も土地も持たぬ以上味方は多い方がいい。声をかければ不信は薄まる。宝物の裏付けのない言葉など信用に値しないだろうが……」
「なるほど、よくわかった」
「…………いや待て、今のは」
「最終皇帝よ、お前の闇は好ましいが我が物を攫おうとしたことは腹に据えかねる。ここは私の一撃を受ければ許すことにしよう」
「一撃……、待て剣を抜くな、主よ!なにを放つつもりだ!?」
あれよと言う間に伯爵は血の色の闘気に包まれ、剣閃が最終皇帝を貫いた。
「あーあ」
隣に立つ哲人が呆れの声を上げた。
「主力が倒れてしまいましたが、どうなさいます閣下」
「戦力という意味なら問題は無い、幸いにも伯爵に従う人数は多いからな」
「それ以外の問題が?」
「……あの気絶した愚か者を誰が運ぶんだ。伯爵がこのまま連接領域に捨てていくつもりなら何も言わんが」
「あー……」
気を失った成人男性を運ぶのはかなりの負担がある、作業に二人取られると考えた方がいいだろう。この時点でマイナス3だ。
「しかしまあ、思想の合わない奴はいるものだな」
当時あの男の言葉に狂わされた人間も多かったというのに、その本人は言葉の信頼を財に預けているつもりなのだから理解に苦しむ。金が無ければ声は届かず人は動かず、まったく受け入れがたい思想だ。
それでも彼の言葉が欲しかったと腹の底で喚く自分がいる。
「はい?」
「いや、少し昔を思い出しただけだ。それより闇の王から今後の展望を聞くとしよう、あの愚か者の扱いも含めてな」
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