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桜霞
2025-10-06 21:19:18
9951文字
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【えふご】夢
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【えふご夢】独占欲【術ニキ】
フォロワーが読みたいって言ってくれたから書きました。
いろいろと捏造している。解釈違いもあるかも。
なんでも許せる人向け。
ゲール語はぐーぐる先生のてきとう翻訳だしルーン文字についても好き勝手やっている。
薄眼で見てください。
人理保証機関カルデアの管制室は、いつになく緊張感に包まれていた。休憩中のスタッフでさえ顔を出し、モニターに表示されている諸々の数値を見つめている。
焼却された人類史を修復するための最後の防波堤である天文台に残されたのは、人類史に名を残した数多の星々をサーヴァントという形で現世に繋ぎ止めるための楔であるマスターが三名。その三名はそれぞれに宛てがわれたコフィンに入り、過去への時間跳躍を行うためのレイシフトシークエンスが開始されるのを静かに待機している。
「システム、オールグリーン
……
、よし。みんな、準備はいいね」
ドクター・ロマニが柔らかく号令をかけた。
「レイシフトシークエンス、開始します」
スタッフの声が、管制室に木霊する。
システムに組み込まれている自動音声アナウンスが無機質に再生された。
[アンサモンプログラム スタート。霊子変換を開始 します]
[レイシフト開始まで あと3、2、1
……
]
[全行程 完了。グランドオーダー 実証を 開始 します]
コフィンが静かに稼働する。各システムの工程が順調に進んでいることが、各スタッフから報告される。
祈るような気持ちで、ロマニは拳を握り締めた。
「レイシフト成功です」
「マスター三名、全員のバイタルを補足完了」
「位置情報は?」
「現在取得中、もう間もなく完了です」
「通信チャンネル開きます」
空間に投影されるモニターの数が、二つほど続けざまに増える。夕焼け色の髪の少女と、紺碧の瞳を持つ少年がそれぞれ映し出された。
「藤丸くん、立香ちゃん。ふたりとも、無事にレイシフトできたようだね。こちらの映像はどうかな? 音声は届いてる?」
『届いてます!』
『映像も音声もばっちりです』
「ふたりの位置情報、モニターに出します」
地図上に、ふたつの点がぽつぽつと増えて、優しく点滅している。キーボードを操作すると、どちらの点がどちらか、名前が表示されるようになる。二人は互いに視認できる距離にいるようで、時折視線がそちらの方に向いている。
「こちらでも、予定通り、古代アイルランドにレイシフトできたことを確認した。
……
それで、念の為なんだけど
……
近くにもうひとりいるなんてことは
……
」
『
……
それが
……
』
藤丸たちを映していたモニターで、ランサークラスのクーフーリンが「よっ」と手を挙げた。
『先輩に同行する予定だった兄貴だけがここにいます
……
』
『いやあ、見事にはぐれたな』
直後、スタッフ達が、 ああ、と誰からともなく落単の溜息をつき、肩を落とし、デスクに肘をついて頭を抱えた。
「またかぁ
……
」
「これもだめかぁ
……
」
「バイタルは?」
「拾えてます」
「位置情報は」
「だめっすね
……
」
藤丸両名を覗いたもう一人のマスターが、レイシフトと同時に一行から乖離した場所に着地するようになってから、一ヶ月ほどが経過していた。
嘆息しながら、ロマニが腕を組む。ロマニの傍で経過を観察していたダ・ヴィンチが半笑いで言った。
「どうしたもんかなぁ。これ何回目だっけ?」
「六回目だね
……
。藤丸くんたちはミッションをこなしつつ、彼女の捜索を頼むよ」
『了解です』
『はーい!』
現地では管制室から提供されるナビゲートとミッションを比較しながらマシュが要約し、マスター達が今後の方針を相談している。二人の話にも耳を傾けながら、ロマニは今現在行方不明になっている三人目のマスターについて思考を飛ばした。
「いろいろ試したけど、これじゃほんとに手の打ちようがないなあ。今回は比較的難易度の低いミッションだからいいけど、日に日に補足が難しくなっているというか
……
」
「補足方法増やす方向に倒しますか?」
「となると、こちら側の手が足りなくなるんだよなあ」
レフ・ライノールによる爆発テロの影響で、動けるスタッフは必要定数に全く達していない状況だ。元々管制室で勤務する予定ではなかったスタッフがほとんどで、専門外の業務を各人に二、三人分ほど課している現状において、これ以上のタスクを増やすことはできない。
レイシフト実施時、三人目のマスターひとりだけが逸れてしまう事象が発生する確率は、今回でとうとう7割を越えた。原因は未だ不明であり、強いて挙げることがあるとするならば、藤丸両名、そしてもう一人のマスターの、サーヴァントとの魔力パスの差か、藤丸たちと比較してレイシフト適性率が100%ではないことだろうか。三人目のマスターは、サーヴァント召喚に成功した試しがなかった。
三人目のマスター───彼女が帰還したのは、それからおよそ十五日後だった。藤丸たちがミッションを終えてカルデアへ一時帰還し、彼女の捜索を主要ミッションとして再度レイシフトした際に、エリンのとある村で、村の男と結婚させられそうになっているところを発見された。
藤丸たちには立て続けに課された任務の影響を鑑みて休息が申し渡され、彼女は十五日分のレポート作成が課された。彼女は「私だって突然よく知らん土地に投げ出されてひとりで十五日も頑張ったのに!」ぎゃおぎゃおと主張したが、それくらいの元気があるのなら大丈夫だろうということで、彼女の休日については特に検討されなかった。
やってられねえ、と半眼になった彼女は、ひとけの少なくなった食堂で酒を片手にノートパソコンと向き合って、自分が拾われた村で何をしていたかをつらつらと書き連ねることになった。
定位置であるカウンターに座している彼女の左右には、見かねたエミヤが彼女に用意したツマミ目当てで寄ってきたランサーのクーフーリンと、キャスターのクーフーリンがそれぞれ座していた。
「二週間前のことなんても〜、な〜んも覚えてないんだよなあ〜」
「言う割にはそれなりに書いてるじゃねえか」
「キーボードにルーン文字搭載してくれんかな、いちいち発音直すのめんどくせえんだけども」
キッチンを片付けていたエミヤが瞬く。
「そうか、言語補正も機能していなかったのか」
異なる時代、異なる国で活動する際の不安要素を少しでも減らすため、マスターが身に纏う礼装には様々な機能が搭載されている。レイシフト先に馴染むような服装に見えるような認識阻害の魔術であったり、コミュニケーションを円滑にするための言語補正機能もそのうちのひとつである。これが機能しないということは、助けてほしいの一言でさえ相手に通じないということになる。
彼女は神妙な顔で頷いた。
「マジで詰んだと思ったね」
「よくもまあ嫁入りの話が出てくるほど馴染んだな」
「いや〜余所者にしては上手いこと馴染めて良かったんだけど、嫁入りさせられそうになるとは思わなかったわ! しかも向こうに恋人いたし! め〜ちゃくちゃ気まずかったわアッハッハ!」
あっけらかんと笑い飛ばす彼女に、ランサーは思わず眉間を指で揉んだ。
「とりあえず、お前ひとりにしておくべきではねえというのが、よくわかった」
「まさか嫁入りとはな
……
」
「ま〜身内にするにはそれが一番手っ取り早いからね〜」
「そうかもしれねえけどよ
……
」
彼女の言葉だけを聞いていると、どうにも他人事の様相を呈している。ランサーは口をへの字に曲げた。
「最終的には見合いさせられた相手とその恋人と三人でどうするべきかめちゃくちゃ相談してた」
「その辺、ギクシャクしてなくて良かったな」
「話せばわかるよ何事も。人間素直が一番」
「つっても、言語補正もなかったんだよな? どうやったんだよ」
「まず地面にぐちゃぐちゃのよく分からない何かを書いて、こどもか誰かに『これなに?』と聞かせる。そこからはジェスチャー交えて『これなに?』合戦」
「適応力のバケモンなのか?」
「キャスターとの訓練の賜物か」
「いや、これは俺じゃねえ」
「Mar sin d’fhoghlaim mé beagán Gaeilge」
瞬間、クーフーリン達が揃ってブーッとビールを吹き出した。
「おま、は!?」
「思ったより流暢に喋るな」
「Níl agam ach stór focal atá oiriúnach do pháistí」
「Más féidir leat labhairt chomh maith sin i gceann deich lá, is leor sin」
「何を言っているのかまったく分からんな
……
」
訝し気に眉を寄せるエミヤに、彼女は肩を揺らして笑った。
「これで、ルーン文字で書いてある魔術書とか読めるようになるかも! と思ってるけど、それはそれとして今回みたいな騒動はごめんだからどうにかしたいところだよね〜。もう離れちまうのは仕方ないからできるだけ早く合流したい。どうしたらいいかなあ
……
それを今から考えなきゃいけないんですが
……
もう日付が変わりそう
……
寝ていいか?」
直後、彼女のPCがぴろんと音を立てる。ミーティングに呼び出されたらしく、彼女は特大の溜息をついて腰を浮かした。
「行ってくるわ。今日は早く寝ろとか言わないでよ」
「早よ寝ろ」
彼女はキャスターに半眼で中指を立て、エミヤにお手数ですが後片付けよろしくお願いしますと頭を下げて食堂を後にした。
「それにしても、彼女のあれは、本当にどうしようもないものなのか?」
「さあなあ
……
今回はお前がルーンで探したんだったか」
「そうだな」
彼女の捜索は、藤丸たちが一時帰還した後、ランサーの代わりにキャスターが捜索メンバーに選定され、ルーン魔術による占いなど行われた。
く、とエミヤが片眉を持ち上げる。
「彼女のことは、さしもの森の賢者殿でもお手上げか?」
「さてな」
酒を煽るキャスターに、ランサーは胡散臭いものを見る目を向けた。
「
……
おまえ、なんかろくでもねえこと考えてるだろ」
「いいや? そこまで大したことじゃねえよ」
ランサーはあからさまな怪訝を隠そうともしなかった。
数日後。
レオナルド・ダ・ヴィンチに宛がわれた部屋兼工房兼カルデア内ショップを訪れたキャスターは、珍しい先客に「お」と声を上げた。
声に反応して顔を上げた彼女が、「いらっしゃい」と微笑む。
「悪いね、ちょっと待っててくれるかい」
今度は、ショップの奥の方からこの店の主のダ・ヴィンチの声がのんびりと響いた。
「彼女の礼装メンテ中でね」
「ああ、急ぎじゃねえぜ。気にするな」
「もうすぐ終わるよ」
漂うエスプレッソの香りが肺を満たす。キャスターは手近にあった丸椅子を引き寄せて、礼装のメンテナンスが終わるのを待っているらしい彼女の傍に腰を下ろした。
「何見てんだ」
「ん?」
彼女が視線を上げて、笑みを深める。再び視線の落とされた先には、爪先よりも小さな装飾品が細々と、しかし絶妙なバランスで展示されていた。商品の傍に置かれる筈の値札がないところを見るに、非売品か、それ相応の高級品らしい。
当世ではアクセサリーだとかジュエリーだとか呼ばれるそれを見つめる彼女の瞳にも、そのきらきらしいのが映っているようだった。つられて、キャスターの頬も緩む。
「へえ、お前さんもやっぱり女だな。そういうのが好きか?」
「きらきらしてるしね。綺麗だよね〜」
「マスターくんになら、お安くしておくよ。きっと似合うだろうしね。どうせカルデアからの支給金が貯まりまくってるんだろう?」
ええ、と彼女は困ったように苦笑して、少しだけ照れくさそうに肩を竦めた。
「まあ、それなりにはね。使い時がないし。でもいいよ、こういうの、森の中とか歩いてたら枝に引っ掛けそうで怖いもん。指輪は気になって、ずっといじっちゃいそう、
……
」
殴り合いになったら、指を怪我するかもだし、という言葉を、彼女はすんでのところで飲み込んだ。ネックレスも、下手に利用されて己の首を締めることになったら目も当てられない。
そこまで考えて、あ、でも、と彼女はハタと顔を上げた。
「そういえば、ピアスは開けてみたかったんだった」
「ピアス?」
ダ・ヴィンチが意外そうに目を丸くして彼女の方を顧みる。キャスターもダ・ヴィンチと同じように瞬いた。
「それなら、俺が開けてやろうか?」
「え!? いいの!?」
パッ、と彼女の表情が華やぐ。ダ・ヴィンチはちょっとだけ唇をもにょりとさせたが、それだけに留めた。
「
……
じゃあ、こっちの作業が終わるまでに開けてくるかい?」
「おう、いいぜ。部屋に来な」
「そんなすぐできるもんなの?」
さっさと立ち上がって踵を返すキャスターの後を、彼女が慌てて追いかける。ダ・ヴィンチちゃん、後でね〜、というニコニコ顔が、少しずつ遠くなっていった。
「
……
知らぬは本人ばかりなりってやつかなぁ」
やぶ蛇やぶ蛇、と口の中だけで呟いて、ダ・ヴィンチは素知らぬふりで礼装のメンテナンス作業に戻った。
魔術師は、己専用の研究所とでも言うべき魔術工房を有している場合が多い。己にとって絶対有利な陣地を作成しておくことで、敵への情報流出を避けることができるからだ。キャスタークラスのサーヴァントも例に漏れず、カルデアにおいて自身に宛がわれた部屋を工房化する者は多かった。キャスタークラスで召喚されたクーフーリンも己の部屋を工房化しているうちの一人であり、彼の部屋の内装は、ちょっとした森と化していた。
初めのうちは、多少植物が置かれているだけだったのに、今やリノリウムの床は下草や苔に覆われ、空間拡張魔術で実際の数字より広げられた部屋の壁は作業場以外を木々が多い、天井からはどうやっているのか分からないが疑似的な太陽光が降り注いでいる。部屋の奥の方には泉もあり、一際太い木の傍には、枝葉を天蓋に置いたベッドが分かりにくく置かれていた。
彼女は「まーたなんか部屋に仕掛けを増やしたな
……
」とは思ったが敢えて言及するといったことはせず、慣れた風情で気に入りのベッドに腰かけた。キャスターのベッドはカルデアから至急されているリネンではなく手触りの柔らかく滑らかな心地の毛皮で覆われている。彼女はこの毛皮をいたく気に入っていた。
「ねえキャス」
「ん?」
作業場所か何かをガサゴソとしながら、キャスターが生返事をする。
「やっぱり痛いかなあ、穴開けるの」
「そりゃあまあ
……
つっても一瞬だぜ」
「痛くしないで。なんか上手いことやって、とにかく痛くしないで」
「とりあえず大人しく待ってろ」
「痛くしないって言って!」
「待ってろっつってんだろ」
彼女は渋々口を閉じた。
しかし、耳朶に穴を開けるという行為は、やはりちょっと、特殊な心構えが必要だった。
「
……
やっぱりドクターにやってもらおうかなあ。一応、医療行為だし」
「あいつは今休みだろ」
「だからまた今度
……
急ぎじゃないし
……
」
だんだんと尻すぼみになる彼女の声が、ぎしりと軋んだベッドに掻き消される。スプリングの跳ねた方に視線をやって、キャスターが思ったよりも近くに腰を下ろしたことに、思わず身を引いた。対格差のせいで、それなりに上を向かなければ顔が見えないが、キャスターの手にある針からなんとなく逃れたくて、顎を引いてしまう。
上目でキャスターの方を見遣る顔はもにょりとして、任務に当たるときなどとはまるで別人のように頼りなかった。初めてレイシフトしたときでさえ、もう少しマシな顔をしていたというか、こんなふうに不安げな顔をする彼女は久しぶりに見たというか。
「
……
いたい?」
男のベッドの上で、かよわい声で、そんなふうに言われると。なんというか、どうにも。ちょっと、腰が重くなりかけるというか。
「
……
いつもの修行の方が、よほど痛えだろ」
「でも血が出るまではやらないじゃん!」
ようやっと絞り出した常の声音が、ぎゃん、と掻き消される。キャスターはまともに取り合っていると日が暮れるなと悟り、指を鳴らして炎を呼び出した。
キャスターが針を熱で炙って消毒するのを目の当たりにした彼女の喉から、うう〜、と唸り声が上がる。細腕が探り当てた枕が、彼女の腕の中でぎゅむりと形を変えた。
「動くなよ。怪我するぞ」
「こわいぃ」
腕を伸ばすと、彼女が泣きべそをかいたような顔になる。キャスターは片眉を寄せて呆れたようにして言った。
「ワイバーンに食われかける方がよほど痛えし怖ぇだろうが」
「だってそれはなんかこうスイッチ入ってるからというか、ねえ、痛くしないルーンとかないの、」
「そんなものはねえ」
「うそだ!! 痛くしないで!!」
「うるせえな」
「うる!?」
ぶちっ、
「アいだーーーっ!!!!!」
彼女の大声で、多少の枝葉が揺れた。しかし微動だにしなかった彼女に、キャスターは気のない声で「よしよしえらいえらい」と言ってやった。えーん、と顔を歪める彼女の体の向きを変えさせて、顎を持ち、耳朶に狙いを定める。気付いているのかいないのか、彼女はひんひん言っている。
「い いだい じんじんする せめて合図をするとか」
ぶちっ、(二度目)
「いだい!!!!!!!」
「開けたぜ」
「おそいよ!!!!!!!!!」
ひーん、とめそめそしょほしょぼする彼女をよそに、キャスターはピアスにひょいっとルーンを刻んで、耳たぶにかしゃりとピアスを嵌めてやった。
「今つけてやったのが、ファーストピアスってやつだ。ひとまず一週間つけっぱなしにしておけ。消毒忘れるなよ」
「うん
……
ありがとう
……
」
しおしおになった彼女が耳たぶを触ろうとするのを、「いじくるな」と制して、キャスターは消毒用のアルコールを探すために腰を上げた。
「それが取れるようになったら、似合いのやつを作ってやるから。な?」
「ん
……
赤がいい
……
」
宥めるように甘やかすと、彼女の機嫌も多少戻ったのか、さり気なく注文が入る。へえへえとキャスターはてきとうに相槌を打った。
「赤。赤ね」
己の口が繰り返した色をようやく理解して、キャスターはふと動きを止めて彼女の方を振り返った。彼女は耳たぶが気になるまでも触れるなと言われたのを守ってはいたが、近くの首筋をしきりに擦っている。
「
……
青とか緑とか言うと思ったが。赤でいいのか?」
「うん」
「そうか」
さて、アルコール、と再びがさごそしだしたキャスターをちらりと見て、これ以上理由を追及されることがないと知り、彼女は小さく息を吐いた。気付かれないうちにキャスターの瞳から視線を外し、枕を抱えたままいそいそと鏡の前に移動して、髪をかき上げてみる。
「
……
おお
……
ほんとに開いてる
……
」
「もう痛くねえだろ」
「痛くないけど、いじめられたことにはしばらく拗ねるよ」
「なんでだよ、いじめてねえだろ」
心外、という顔をするキャスターに、彼女は片頬を膨らませた。
「痛くしないでって言ったのに痛くしたもん」
「大したことねえだろうこれくらい」
「怖かったもん!!」
「ええ〜
……
?」
怪訝そうなキャスターから、彼女は、ふい、とそっぽを向いた。あからさまにご不満です、という雰囲気に、キャスターはぽりぽり頬をかいた。
任務でキメラなどの化物を退治するときに、躊躇なくその懐に入り込める女が、比べ物にならぬほど小さく細い針で耳朶に穴を開けるのが怖い?
わからん。しかし、彼女にまだそんな風に思えるところがあったとは。キャスターは初めての戦闘に膝が震えていた彼女や、キャスターとランサーに鍛えられて恐怖を腹に据え飼いならすことができるようになった彼女を思い起こしたが、それも消毒用のアルコールがやはり見つからないとはっきりするまでの数分間だけだった。
「だめだな、酒しかねえ」
「この酒カスドルイドが」
「ダ・ヴィンチのところに戻るか」
「うぇーい」
彼女の礼装のメンテナンスもそろそろ終わっている頃合いである。二人は連れ立ってキャスターの部屋兼工房を後にした。
ダ・ヴィンチのショップへの道すがら、向こうからランサークラスのクーフーリンが姿を見せる。
「あ! 兄貴!」
「おう、マスター、
……
お前、その耳のどうした?」
「聞いて!! キャスがいじめた!!」
「いじめてねえっつってんだろ、この馬鹿弟子」
「ピアス開ける時に痛くしないでって言ったのに痛かった!」
「
……
そうか。消毒忘れるなよ」
「はぁ~い!」
気が済んだのか、いいこの返事をして、彼女は「ダ・ヴィンチちゃんとこにアルコールあるかな〜」と足取り軽くショップへ向かう。その後をのんびり追いかけるキャスターを、「おい」と半身を寄せてランサーが止めた。険しい視線が、同じ色をした双眸を射抜く。
「おまえ、ありゃちょっとやりすぎだろ」
「肌に彫るよかマシだろ。言い出したのは本人だしな」
「───」
思っくそドン引きしました、と顔に書きなぐるランサーをまったく意に介さずに、キャスターはゆっくりと彼女を追った。
一週間後。
彼女の耳朶には、小さな赤い石がきらきらと、さり気なく輝いていた。
「かわいい〜! ありがとう、キャスター」
「はいよ。どういたしまして」
満足いく仕上がりだったのか、上機嫌な彼女に、キャスターの頬も緩む。
他のサーヴァントも彼女の嬉しそうなのを優しく見守る中、ランサーの顔つきだけが多少厳めしい。
「
……
どうした、ランサー。何か懸念点でもあるのか?」
「いや
……
、
……
そうか。お前さんらには見えてねえんだな」
嘆息し、ランサーが半歩距離を詰めて、顔を背けた。合わせて、エミヤも片耳をランサーの方に寄越す。
低く潜められた声が、エミヤの耳朶に静かに触れた。
「あれにはルーンが刻まれてる。探索対象の」
「ああ
……
彼女のはぐれ対策か」
「まあ、それが本命だろうが。あいつに伝えてるかは怪しい」
「なに?」
「それに、あれは本来、自分の獲物や、所有者の正当性を示すために刻むもんだ」
「
…………………………
それは
……
、」
「我ながら呆れるぜ。あれでよくもまあ、導き手だのなんだの
……
」
ランサーが首を左右に振って口を噤む。エミヤは思わず、ちらりとキャスターの方を見遣った。キャスターの表情はほとんどフードに隠されていて、緩んだ口元だけが垣間見えている。
以降、彼女がレイシフト先ではぐれたときに管制室側ではどうにもならないときなどは、キャスターのルーン魔術占いで位置を特定することになった。不本意ながら迷子になった彼女の発見が今までの何倍も早くなったり、敢えてそのまま放置することを戦略的に選択し、任務を進めることもできるようになったのだった。
おしまい
おまけ
数ヶ月後。
シャワーを浴びるときも眠るときもピアスをつけていた彼女は、たまには手入れもした方が良かろうと、久々にピアスを耳朶から外した。
自分の部屋の作業机の周囲を工房化しているので、小さな盥にシャワーで水を張り、ルーン石を何個か放り込んで水を清め、ピアスを水に浸す。
「
……
ン?」
なんの気もなしにぼーっと汚れの有無を確認していた視線が、ふと小さな石の中に刻まれたルーンを見とめた。
「
…………
これは
……
」
たしか、と記憶をさらう過程で、どうにも最近どこにいようが必ずキャスターに見つかること、またその理由が、パズルピースのようにカチカチと嵌っていく。
「
…………
」
ふむ、と彼女は思案した。キャスターがこの文字をピアスに刻んでどんなときも肌身離さず身に着けておけと言った理由はまごうかたなき彼女のためであろうというのは、真実だろうと推測できる。しかし、それならちょっと、この文字は、というか文字列は、なんというか、主張が激しすぎるというか。代替案なら他にも直感的に分かりやすいのがあるというか。これはちょっと下手に勘違いさせることになりかねないというか。
……
うーん。
「
……
ま、いっか!」
というわけで、彼女は開き直った。結果、「どうせキャスターが私のことは見つけるし大丈夫やろ」などと宣ったり、「ピアスはキャスター担当なんだからキャスターが作って 今度は透明なやつがいい」などと遠慮なく新品を発注するようになるなどした。
キャスターは変わらぬ表情で「へいへい」と彼女のそれを受け入れてやることにしたのだった。
おしまい!
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