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西浦
2025-10-06 13:16:06
2868文字
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また明日
ダーリンランデヴー!
西浦宅巴恩と発酵猫さん宅ハル・トロッターさんのうちよそ小説です。CPなし・健全。お借りしました。何かあったら消え、なにも無かったらあり続けます。
誤字脱字がありましたらすみません。よろしくお願いします。
巴恩
ばー・いん
にとってハル・トロッターという男は実に良き人である。
怖気付かない気さくさに、人を選ばない陽気さ。手に余りそうなほどの仕事をこなしきる責任感の強さを持ち、しかしお人よしではない。人当たりの良さの中にも自身の意思をしっかりと持ち反映させている成熟した大人。
通常業務では朗らかな笑みを浮かべながらも正しく職員としての冷徹さを執行し、チャリティークラブではまるでそうあれという手本があるかのように明るく振る舞うハルの姿。時に叱り、時に褒め、他者への労りを忘れないハルは恩にとって、まるでヒーローのように良き人であったのだ。
任務や作業、ボランティアで関わるうちに恩が感じ、丁寧に咀嚼して作り上げたハル像は、当のハルが聞けばきょと、と目を丸くしてから苦い笑みを浮かべそうなものではあったが、それでも恩はいたって真面目に真剣に、そう思っていた。
良き人。導く人。道を照らし、手を引いて、けれどもいたずらに歩幅を合わせることはない公正な人。
恩はそんなハルのことを頭の酷くぼんやりした場所で「お父さん」として慕っていた。誰にも、恩にすら明かされない秘密のことだった。
☆
恩には家族というものがわからない。詳しく言えば、世間一般で想像される平均的な「幸福な家族」像がよく理解できない。恩にとって、父と母と自分で構成されたものに付けられた家族というラベルは温かみのかけらもないただの名称に過ぎず、周りがそう言うからそうなのだろう程度の薄味の言葉でしかなかった。
恩は幸福な家族がわからない。物語を読んだり、テレビを見たりと触れる機会はあるものの、それが恩自身の環境と結びつけることが出来なかった。あまりにも恩の置かれていた環境と違い過ぎたので。
そんな恩だったが、母親からの愛というものには無意識に人一倍執着していた。家族が理解しきれずとも、幸福な家族を遠い存在としていても、恩自身理解の及ばぬ心の奥底は愛に飢えた子供として確かに泣いていたのだ。
恩が物心ついた時。まだ親の庇護を受けて育って然るべき幼さの恩は既に一人で過ごしていた。
シンとした僅かに散らかった家でぽつねんと過ごす日々は、恩をおとなしい子供に育てていく。垂れ流しのテレビを見ながらの食事はいつだって冷凍食品やレトルトで、母の手料理なぞ見たこともない。危ないからとアイロンの使用を禁止されていた恩の服はいつもしわくちゃで、両親との楽しい外出を知らない靴の踵は潰れている。小さな手でもたもたと切ったガタガタの深爪と隣り合うささくれが哀れだった。
そんな生活のうちにも構って欲しいという健全な心の機微は生まれるもので、恩は仕事から帰ってきた母に時々質問や、他愛もないお願い事を口にした。
——
おかあさん、これはどういうこと?
——
おかあさん、このおもちゃが欲しくって
……
答えはいつもこう「後にして」
……
後が来ることは、ついぞ無かった。
母からもらったのは冷たい感情と歪な価値観。恩が興味を持つ全てに「みっともない」と呪いを吐いた母のことを、地獄から蘇った恩の無意識は記憶の箱に入れて隅へ移動させた。
☆
「巴恩くん、これ食べる?」
ぽんと、己の手に乗せられたチョコバーをまじまじと見た恩はぱちりと目を瞬かせてやわい表情をしたハルを見た。
「えと、ありがとうございます! 食べます!」
「ン。今日は結構重い物運ばせたりしちゃったからさ、お礼。それ食べて腹塞ぎしたら帰りな。まだ食堂も空いてるだろうからしっかりご飯食べてゆっくり休んで」
「おれまだやれますよ!」
チョコバーの包みを剥きながらむん! と力こぶを作ってみせた恩に、ハルは「はは、」と仕方なさげに笑って恩の腕を下げさせた。
「今日はおしまい。この間二人して怒られたばっかりだし、今度は無理矢理ベッドに縛り付けられそうな勢いだったから落ち着かないけど切り上げ! あ、でもこっちの備品の発注とこれとこの書類だけは書いて、あとプリントもいくつかサンプルを作らなきゃ
……
」
「じゃあそれが終わるまでおれ付き合います。洗剤と石鹸を買い足して、そうだ! モップの柄がダメになっちゃったんでした!」
「あー、うんありがとう。じゃあこれだけあげるからここで買ってきてくれる? うん
……
、そうそう
……
」
結局、全てが終わったのは深夜をまわり日付を跨いだ頃だった。
次回のイベントのレクリエーションの内容を二人であれこれ話しているうちにうと、と船を漕ぎ始めた恩の姿におや、と気がついたハルがやっと時計を見て「うわ! 日付変わってる!」と気がついたためだ。慌てて積まれた書類を整理しほぼ寝ている恩を揺り起こしたハルは寮の守衛に恩の所在を連絡し、よろよろと覚束ない足取りの恩に肩を貸し、身長相応の重さを支えながら恩を寮の部屋へやっとのことで送り届けた。
ハルは完全に寝ている恩をベッドに転がすと、もう用はないと去ろうとした。が、一歩離れた時く、と服の裾が引っ張られた感覚にふと恩を振り返る。
「
……
、
……
」
「なに? 巴恩くん」
「
…………
はる、さ」
「うん」
「
……
ちょこば、あり、がと」
「
……
、うん。こちらこそ、こんな時間まで付き合ってくれてありがとう」
辿々しい恩の声に答えたハルのそれは穏やかな声だった。幼子を褒める温度をした、大人の声音。
「ま、た
……
あした
……
、
……
」
————
……
よく耳を澄ませなければ聞こえないほど微かな囁きを最後にぽつりと口にした恩はとうとう夢の世界へ旅立っていった。力の抜けた手がぱたりと落ち、凡そダーリンの青年とは思えないあどけない顔で寝息を立て始める。
「、
……
」
確かに鼓膜を揺らした恩の声に目を見開いて肩を震わせたハルは穏やかな寝顔の恩を見てしばらく黙った後、ベッドからはみ出た手を直してやってから「また明日」と小さくこたえ、そうしてふらりと恩の部屋から出ていった。
☆
恩は夢を見る。かつて過ごした場所の商店街を、誰かに手を引かれながら歩く夢を。
食べたかった料理、気になっていたお菓子、着たかった服、欲しかったおもちゃ
……
たくさんの後悔が飾られた商店街を歩く夢の中の恩は、そのどれもが手に入らないとわかっているのに幸せだった。
繋がれた手から伝わる温もりが恩の氷の孤独を、どうしようもない寂しさを溶かし忘れさせてくれていたから。
恩は繋がれた手の先にいる人影を見つめる。
ハル・トロッター。良き人。導く人。道を照らし、手を引いて、けれどもいたずらに歩幅を合わせることはない公正な人。
恩は思わず「おとうさん」と、ほろりとこぼす。
温もりに安心したことも、口走った言葉も、恩の言葉を聞いたハルの唇を引き結んだ酷く苦しそうな表情も。
全ては明日が来れば全て忘れる夢まぼろしのことなのだ。
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