ちよど
2025-10-06 12:26:49
3093文字
Public カルヨダ
 

カルナさんがヨダナさんを助けたかった話

カルナさんが生前の悔いを焼き直す話。

ヨダナさん「──お前はなにがしたいんだ?」

 インドラ神が来てからドゥリーヨダナは部屋に閉じこもっている事が多くなった。
 繊細な装飾が施された鏡台の前に座り、日がな一日顔を眺めている。その背後に黄金の鎧が写った。
「カルナか。食事ならばそこに置いておけ」
「そうしよう。お前が食べるのならば」
 答えないドゥリーヨダナの背後から手を伸ばし、細い指先がドゥリーヨダナのこめかみに触れる。そのまま紫色の髪の間を抜けカルナの両手は滑らかな頭部を包んだ。
「何もない」
「──分かっている」
 ドゥリーヨダナの声は硬い。ドゥリーヨダナが鏡の前から離れなくなったのはインドラ神の一言が原因だった。
『カリの化身』
 人が言ったものなら笑い飛ばせるが、神は偽りを口にしない。ならばドゥリーヨダナは『そう』なのだろう。
 ならば、今は『人の形』でも──。
 カルナの両手が今度は滑り降りる。頬を伝い顎を撫で首筋を覆った。
「何もない」
「そうか」
 角も鱗もない、皮膚も変色しておらず口に牙もない。
わし様がカリになったら、お前もわし様を『討伐』するのか?」
 ドゥリーヨダナが真実カリの化身だったならば、あの戦いは意味が変わる。王宮に巣食ったカリの化身を正しい半神達が討伐しただけのものに。
 そしてカルナは彼らの『兄』だ。
 力なく呟いたドゥリーヨダナをカルナは問答無用で抱え上げ──そのまま管制室で指示を出し、彼をシミュレーターの中に放り捨てた。ロック鳥の巣の中に。



「あいたぁ!」
 大きな卵に思いっきり頭をぶつけたドゥリーヨダナはすぐに振り向いた。カルナの姿はない。あるのは彼を卵泥棒だと見なし大きな翼を広げて威嚇するドゥリーヨダナの3倍の大きさはあるロック鳥達だった。
「ま、待て話せば分かる」
 じりじりと卵から離れようとするドゥリーヨダナの足元で巣材の枝がパキリと鳴る。ロック鳥達がけたたましく鳴く。硬いくちばしが突き込まれるのをドゥリーヨダナは寸でのところで躱した。
 足場が悪い。乱雑に組まれた巣は小さな人間が動くには不都合すぎた。
まさか鳥葬?」
 汚れたカリの化身など殺すにも値しない。エネミーに食わさせて始末させようというのか。
 あのカルナが?
 猛スピードでこちらを抉ろうとするくちばしを避けて避けて避けながらドゥリーヨダナの顔が歪む。
 あれほどの友愛を築いていたと思ったのに、そこまでカリの化身は汚らわしいものなのだろうか。
 周回で数多のエネミーを屠ってきたが、ドゥリーヨダナ自身はカリを何とも思っていなかった。嫌悪も親愛も。──だが、半神の目には異なるように映るのだろう。
 昔、ビーマが執拗にわし様や兄弟達に危害を加えていたように。
 ドゥリーヨダナは突っ込んできたくちばしをかいくぐる。卵を背にした彼にほとんどのロック鳥は攻撃を躊躇し、白い毛が飛び出ている一羽だけが何度もくちばしを打ち込んできていた。

 ──ああ、そういえば一度だけビーマがわし様を助けた時があったな。

 あの時の敵も鳥だった。
 性格には半鳥半人。ガンダルヴァの連中だ。小競り合いの最中にカルナやアシュヴァッターマンとはぐれ、抵抗虚しく捕虜となったのだった。
 くちばしが肩を掠める。
 棍棒を出せば今よりは抵抗出来ると分かっていたが、ドゥリーヨダナはどうしてもその気になれなかった。
 この場から逃れてどうしようと言うのか。
 カリへの変化に怯え、カルナにも見捨てられ──。
 
 何かが、聞こえる。

 そう思ったのはドゥリーヨダナだけではない。ロック鳥達も空を仰ぎ見た。天空に輝く車輪を背にした人影を。
『──インドラよ。刮目しろ。焼き尽くせ『ヴァサヴィ・シャクティ』!!」
 太陽の熱がロック鳥たちを焼き尽くす。悲鳴も上げられず燃え尽きた鳥たちを見下ろして、カルナはゆっくりと天空から降りた。ドゥリーヨダナの眼の前に。
「是非もなし」
「──お前はなにがしたいんだ?」
 ドゥリーヨダナをロック鳥の巣に放り込んだと思えば、そのロック鳥たちを宝具で殲滅する。その行動の意味を問うと、カルナは少しだけ決まり悪そうに視線をそらせた。
「オレは必要な時にふさわしい力がなかった。一度も」
「そうかぁ?」
 ドゥリーヨダナは思わず突っ込んだが、すぐに首を傾けた。思い返す。カルナがドゥリーヨダナを助けた大きなエピソードがあったか?
 ない。
 自分たちだけが知っているような助力はあったが、座に刻まれる程のものはなかったように思う。
 例えば、ガンダルヴァからドゥリーヨダナを助け出したのはカルナではなくビーマだ。
「ん?もしかしてこれはその焼き直しか?」
 ガンダルヴァからドゥリーヨダナを助け出せなかったら、ロック鳥からドゥリーヨダナを助けた。そういうことなのだろうか?
 カルナの目がドゥリーヨダナの目を見た。
「クシャトリヤになりたてのオレは捕虜というものを理解していなかった。お前がどんな目にあっていたのかを」
 だから呑気に構えていてビーマに先を越されたのか。納得したドゥリーヨダナはゆっくりと笑みを浮かべた。
「だが、お前は落ち込んでいたわし様に国を献上したではないか」
 カルナが首を振った。

「──問うたのだ。クル国の第一王子が喜ぶものを差し出せ、と。だが、誰もが何も出せなかった。故にオレがもらって嬉しかったものを取ってきただけだ」

 ドゥリーヨダナは大きな卵に背中を預けた。ため息をつく。
「まあ、わし様は金満王族だからな。そんじょそこらの貧乏王族ではわし様にふさわしいものすら用意出来んだろう」
 どうりでカルナが献上してきた国の元国王に怯えられていたわけだ。長年の謎が解けてドゥリーヨダナはうんうんと頷いた。
 そんなドゥリーヨダナにカルナは表情を強張らせた。
「借りは必ず返そう。今なら俺はサーヴァントだ」
 死後、黄金の鎧とインドラの槍の両方を手に入れた男にドゥリーヨダナは呟いた。
「──それはわし様が『何であれ』助けに来るということか?」
「愚問だ」
「そうか、──ところでなにか聞こえないか?」
 コツコツとなにかを叩くような音が、ドゥリーヨダナの背中から、正確にはその背を預けた卵から聞こえてくる。
 その振動がどんどんと大きくなり、ドゥリーヨダナは飛び退いてカルナの背後に隠れた。槍を構えたカルナの眼の前で卵の殻はひび割れていき、そして。



 カルデアと異なりこの巣は狭い。
 雛たちがすべて孵れば邪魔な卵の殻を捨ててしまわなければならない程に。
 あれから一ヶ月。ドゥリーヨダナとカルナは自分たちの身長ほどの大きさの雛たちの間を一抱えはあるボールとスプーンを持って行き来していた。ボールの中身はミンチ肉だ。
「そうがっつがずともおまえの分もあるわーっ!」
 雛鳥に餌をあげている最中に、他の雛鳥に髪を引っ張られたドゥリーヨダナが怒鳴る。
「順番を知れ」
 敏捷度が高いカルナは雛からの催促を器用に避けながら、その口に餌を運んでいた。
 カルナがロック鳥を殲滅した結果、親のいない雛鳥が何匹も生まれた。話し合った結果育てる事を選んだふたりは、もう給餌だけでなく雛たちの扱いも手慣れたものだ。
「いいか。大きくなったらわし様を乗せて飛ぶのだぞ」
 言い聞かせるドゥリーヨダナに、どれほど分かっているのか雛は大きく口を開ける。
 その口にせっせと餌を運ぶドゥリーヨダナをカルナは見つめていた。

 ──ドゥリーヨダナの部屋にある鏡台は薄く埃が積もっている。




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