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waka_me
2025-10-06 07:07:22
40171文字
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adventurers【全文公開】
オスッテ×ルガオス 非光の戦士(一般冒険者)の出会いと別れの物語。
冊子版はこちら→
https://pa-saco.booth.pm/
ワカ(32) 男性 ミコッテ ムーンキーパー
高地ドラヴァニアに捨てられていたところを学者の老父に拾われて育つ。
今は亡き養父の研究を引き継ぐ傍ら、治癒魔法やら怪しい魔法やら薬やらを研究している。
黒渦団に所属する冒険者兼医者
陽気で皮肉屋。本心は表に出さない
ー
ウィスティルスタル(23) 男性 ルガディン ゼーヴォルフ
海賊の子供。海賊船の上で育つ。
組織独自の文化のもとで育ったため、社交的だが、稀に世間とズレた行動をとる。
海賊をやめ、陸に上がってからは冒険者として活動。リスキーな依頼を好んで受ける。
通称ウィス。
ー
ブルーデュース(29) 男性 ルガディン ゼーヴォルフ
ウィスティルスタルと同じ海賊船に乗っていた男。
精力がすごく、同じく絶倫のロットドリスとコンビを組んで性行為に勤しんでいたところ、性行為に恐怖を抱いてしまったウィスを矯正するよう船長に依頼された。
陸に上がってからはバーで働いていたが、ウィスが発見しリテイナーとして雇用する。
ー
ロットドリス(29) 男性 ルガディン ローエンガルデ
ブルーデュースの相方。受。同じく精力がすごい。
ブルーデュースと同じ店で働いていたが、コンビでウィスにリテイナーとして雇用される。
面倒見がよく、ウィスティルスタルのよき理解者。
ーーーー
■イディルシャイア ゴブリン族の証言
ワカ? ゴブ、おぼえてる! じいさんが連れてきたちっさいミコッテ! とてとて静かで不気味な子! いつもじいさんついてって、大撤収後も残ってた~!
じいさん、この町唯一の医者で、ゴブたちケガしたらすぐ行った!ワカ、いつもとなりにいて、とてとてじいさん手伝った!
じいさん、年寄り、しかたない。よれよれなって死んじゃった~!
ゴブたちとてとてお世話になった! じいさん葬式やらせろ頼んだ! でもでもワカがダメって言って、ゴブたち葬式できなかった!
ワカ、ゴブたちに家に入るな言って、しばらくしたら外でてきた! ゴブたちじいさんの家いくと、じいさんの死体ばらっばら!
ゴブたちワカのこととてとて怒って、この町から出てけと追い出した!
ゴブたちばらばらじいさんを、どうしようかと悩んでた~ そしたらとてとて人がきて、ばらばらじいさん持ってった!
ゴブたちとてとて怒ったけれど、たくさんちゃりちゃり置いてった!
じいさんの家見たい? そりゃそうだ~!
鍵持ってくる、待っていろ~!
■ワカの祖父とされる男性の遺書
お前という子供を拾ったのは運命だったのだろう。お前は賢く、好奇心が旺盛で、私が教えたことをぐんぐん吸収していった。私はお前が知ってる通り、家族というものとうまくやっていけなかった。妻は私の研究にほとほとあきれていたし、子供たちも離れていった。十分な金は渡していたが、それだけのことだ。
お前は私の唯一の弟子だ。
そんなお前に頼みがある。
私はそろそろ死ぬだろう。これは避けようがない事実。シャーレアンの賢人たちならばなにか延命の手段を持つかもしれないが、私は自然に死にたいと思う。
私が死んだら、お前に私を解剖してほしい。モンスターや草花を解剖して調べたように、私という人間を解剖し、隙間なくスケッチし、保管してほしい。お前ならできるはずだ。
いまの治療は、エーテルを用いた幻術などに頼り切りだ。限られた人間が命をすり減らして治癒している。
私はエーテルを用いない治療方法を、人間の体を理解しての理療法はないかと考えていた。しかし、遺体を解剖するなど言語道断だ。しかしこのイディルシャイアで、私の体ならば、好きにしたっていいだろう。
お前の知的好奇心が満たされるまで私の体を隙間なく調べ、保存するといいだろう。そしてシャーレアンにそれを知らせて、私の体を保管させるように依頼するんだ。大丈夫。このリンクシェルの先の男は、私のことを昔から知ってる男だ。秘密裏に処理してくれることだろう。
ワカ、私はお前を愛していた。
この先の世界がどうなろうと、お前が私の意志をついで、生きて、たくさんの命を救える人間になることを期待している。
1
遺品と言える祖父の体と遺書をもってこなかったことを、ワカは後悔していない。あるべきところにいくところで、祖父の本当の意志が引き継がれると考えていた。
いつか自分が死ぬとき、きっとろくでもない死に方をするのだろう。その時は何も持たずに死のうと決めていた。
だから、帝国領の監視や蛮族との内紛に関する依頼のとき、グランドカンパニーに遺書を預けることができるのだが、ワカは一度も預けたことがない。
「ワカさんってさ、遺書預けないよね」
冒険者をぎちぎちに載せたキャリッジに揺られていたら、顔なじみの冒険者に声をかけられた。ワカは目を閉じていたが、狸寝入りであることがばれていたのだろう。仕方なく目を開けて、冒険者のほうを向く。見回すと若いゼーヴォルフの男がいて、若いのにな、と思った。
あんな若いのに、彼は遺書を預けたんだろうか。
「俺はなんも遺さないことにしてるから」
「ふうん それってむなしくない?」
「俺のことを待ってる人なんていないし、いいんだよ」
ふーん、と冒険者はつまらなさそうにキャリッジの幌に背を預けると、目を閉じてしまった。自分から話しかけてきたくせになんだこいつはと思ったが、まあいいかとワカも目をつぶった。
ギラバニア国境付近で帝国軍との小競り合いが発生していた。グリダニア領を守るために助力をするのが今回の依頼である。ヒーラーであるワカの任務は後方支援が主であると説明されており、そこまで危険な依頼ではないと思っていた。
目的地に到着し、冒険者たちがキャリッジを降りていく。ゼーヴォルフの男も剣と銃を携えてキャリッジから降りた。最近生まれたというイシュガルド式機工銃だろうか。珍しい獲物だ。
「珍しいね」
ゼーヴォルフの男にワカが声をかけると、彼は眉間に皺をよせて振り向いた。
「その銃。まだイシュガルドでもそんな広まってないよね」
「
……
それがなにか?」
「いや、珍しいなってだけ。ごめん」
つんとした態度でゼーヴォルフの男は小隊のリーダーのほうへ歩いていく。ワカとは別の部隊らしい。同じ部隊ならいろいろ話す機会があったかもしれないが、残念だなとその後姿を見送った。
「ワカさんが他人に興味を持つって珍しいじゃん」
ワカが今回配属された小隊に合流すると、顔なじみのミッドランダーが話しかけてきた。後衛で援護する立場のワカはこのナイトのミッドランダーとよく一緒になる。名前を憶えていないのは興味がないからではなく、互いにいつ死ぬかわからないからだった。
「俺の名前だって覚えてくれて無いのに」
「面倒だろう」
「面倒って!」
まあアンタの仕事は正確だしね。そう言って男は小隊と共に歩き出す。ワカも薬品を詰め込んだリュックを背負い直し、小隊についていった。
モンスター避けの陣を張り、陣地を設営する。火を焚くと煙で位置がバレてしまうため、温かい食事は当分お預けだ。堅いパンを齧り、交代で見張りをしながら眠る。大体の冒険者は酒や暖かい食事を求めぼやくが、ワカがこの生活に不満を漏らしたことがない。物心ついたころから祖父とフィールドワークばかりしていたせいか、食にはいつも制限があったためだ。
腹が減って眠れないという若い戦士には、極軽い睡眠薬を渡してやった。こういうケアもワカの仕事のうちである。そのためワカの荷物はいつも多くなりがちだ。一度減らしてみたこともあるが、もろもろ不足して逆に面倒だった。
ワカが見張りを担当する時間だった。ぼおっとぽっかり浮かんだ月を見る。虫の鳴き声がする。帝国との小競り合いがあると聞いていたが、ずいぶん静かなものだ。他の部隊はもしかしたら接敵したかもしれないが。
あの若いゼーヴォルフはどこにいるんだろうな、と思う。眠れないと泣きついてきた若い戦士もそうだが、こんな命がけの仕事をしなくたって、金持ちの家の用心棒なり、なんなら武器を使わない給仕のような仕事だって選択できたはずだ。それでも冒険者が戦場に来るのは、金によほど困っているか、愛国心があるか、死にたがりかのどれかだ。
グランドカンパニーの人間は少なからず愛国心と誇りをもって任務に当たっている。しかし、冒険者である自分たちはどうだろうか。ワカは水で口を湿らせると、ふうとひとつため息をついた。
俺は死にたいんだろうか。
金には困っていない。仕事だって定期的にある。それなのにここにいるのはどうしてだろう。
ワカが思案していると、ぱき、と枝が折れる音が聞こえた。ばっと立ち上がり音の方へ近づく。野生動物の類であればいいが。
ばきばきばきばき!
多くの足音が勢いよく接近してくる音がして、ワカは「敵襲!!!!」と大声を上げた瞬間、ぞろぞろと帝国軍が襲い掛かってきた。味方も武装して飛び出してくる。ワカは急いで後方に走り出した。前にいたって足手まといなだけだ。
カニスの群れが俊敏に兵士や冒険者たちに襲い掛かる。すぐさまワカは防護用の障壁を張ったが、遠くから魔導兵器からと思われる光線が襲い掛かった。カニスで陽動して遠方から魔導兵器で襲撃するという作戦だろう。夜目の利く軍用犬たちに利があるのは当然だ。
「明かりを焚け!! 火で散らせ!!」
「待て!! 火を焚いたら場所が割れる!!」
「じゃあどうしろっていうんだよ!!」
大声でカニス達には場所が知られてしまったが、暗闇に紛れていたほうがよほどいいとワカは判断した。明かりがつけばそこに容赦なく魔導レーザーが飛んでくるだろう。だが、完全に混乱し、動揺してしまっている小隊長が、火だ! 火で犬を散らせ!! と松明に煌々を火をつけた。それを合図に他の兵士たちも松明に火をつけ、襲い掛かるカニスたちを散らしだす。
襲い掛かるカニスの攻撃を防ぐため、ワカは何度も陣を張りなおした。もともと多くないエーテルがぐんぐんと消費される。長くはもたない。火で場所は完全に割れているだろう。せめて被害を増やさないためにと頭を巡らせたが、できることは少なかった。
ピカッ
遠くで青燐水特有の青い光が瞬いた。瞬間、カニスごとなぎ倒す爆撃が小隊を襲った。直撃した兵士の体が散り散りに飛び散る。
すぐに第二砲が襲い掛かる。張った障壁を突き破り、どぉんという轟音と共に大地をえぐり、人々をなぎ倒した。ワカもまた、障壁を張っていた腕を吹き飛ばされ、そのまま体を大地にしたたかに打ち付け、意識を失った。
転がった松明が前哨地のテントを燃やす。その炎はやがて周りの木々を燃やし、一帯を焦土と化していく。焦土の中、言葉を発するものは何もない
……
。
ウィスティルスタルの部隊が襲われた小隊の元に到着したとき、すべては終わったあとだった。カニスたちは火や爆撃で燃えつき、小隊の兵士たちもまた、無残な有様だった。
「生き残りはいないか!」
声をかけるも、焼け焦げた木々がぱちぱちと爆ぜる音しかしない。
「う」
そんな中で唯一、呻き声がかすかに聞こえた。ウィスティルスタルが駆け寄ると、そこには左腕がちぎれたミコッテの男が倒れていた。火傷も多々ありそうだが、とにかく失った腕からの出血がひどい。ウィスティルスタルは着用していたジャケットを脱ぐと、ぐっと腕を覆い隠すように巻き付けた。
「あ、えと
……
」
「喋るな」
どうしてこの男が生き残っているんだろうとウィスティルスタルは思う。ワカのことを彼は一方的に知っていた。戦場で倒れ、苦しむ仲間の喉笛を裂いていた。それを皆が見逃していた。
「どうして」
ウィスティルスタルがなぜそのような行為が許されているのかと尋ねると、同行していた兵士が「ああ」と苦笑いした。
「あの人はね、助かる見込みのないヤツを苦しまないように殺してやってるんだ」
「は? そんなことが許されるのかよ」
「全員助けられない。だから仕方ない。あの人が参加している作戦は、被害者が少ないんだ。余計なエーテルやポーションを使わずに済むからね。だからグランドカンパニーも黙認してる」
それが現実ってもんなんだよ。兵士は笑ってウィスティルスタルの肩を叩いた。
──その兵士も、この焦土の中で丸焦げになって死んでいる。
ウィスティルスタルはワカの体を背負った。触れる顔は冷たく、エーテルが不足しているのが分かる。死にかけの人間だ。こいつがいつも殺して回っていたような。
「
……
おいてきな、たすからない」
かすれた声でそう言うワカに、ウィスティルスタルは舌打ちをする。
その通りだ。助かりっこない。
彼の経験がそう言っている。でも、それ以上に気に食わない。自分がこの背負っている男と同じことをすることが。
「
……
うるせえ 俺の背中で死んだら殺す 黙って生きてろ」
「はは、二回も死ぬのはいやだなあ
……
」
そう言ってワカは意識を失った。ウィスティルスタルは自分の部隊に合流すると、衛生兵にワカを引き渡した。
背中にべっとりとついた血が、夜風に当たって冷たかった。
ウィスティルスタルはワカを衛生兵に引き渡すと、襲撃により焼けただれた現場に戻った。何人かの兵士が残っており、生き残りを探していたようだが、ウィスティルスタルの顔を見て首を横に振る。後方支援だったワカだけが奇跡的に助かったようだった。
炭化してしまった兵士もいるが、可能なものは瞼を伏せて横たえる。
「死体袋は」
ウィスティルスタルが尋ねる。兵士は「取り寄せよう」と答えて敬礼をした。
「なんにせよ明るくなってからだ。一度撤退して、それから対処する」
兵士たちは頷くと、ぞろぞろと黒衣森のほうへ戻っていく。ウィスティルスタルは一度だけ振り向き、そのあとをついていった。
翌日、明るいうちに被害現場の片付けを行い、当初想定していたよりも前線を下げることが決定した。ガイウス・ヴァン・バエサルとアルテマウェポンが敗れたことにより、帝国軍の警戒が高まっている。今回の襲撃もあり、いつ攻め込まれるか分からない。
前線を維持し、にらみ合いを続けるべきだというものもいたが、それ以上に、並べられた凄惨な死体の列が兵士たちを委縮させた。身元もわからないほど損傷した遺体も多い。帝国領の監視といういつもどおりの任務であれば、こんな被害が出ることは無かった。
本陣をギラバニア国境から離れたところに改めて設営しなおし、遺体はキャリッジに載せてエオルゼア各国へ帰した。ウィスティルスタルたち冒険者は、予想以上に帝国が警戒しており、危険度が想定より高かったことから、帰還することも打診された。
危険な中で残りたくないという冒険者がほとんどだったが、ウィスティルスタルは依頼を継続して受注した。
死にたがりという訳ではない。ただ、リスクのない依頼はポリシーに反する。自分には自分の身を守るだけの力があるし、なにより、途中で投げ出して帰って飲む酒が美味いと思えなかった。目に焼き付いているのはあの遺体の山と焦土と化した陣地だけ。自分はたったひとりを助けただけで、今回の依頼で何も成していない。
兵士とウィスティルスタルたち残った冒険者は、新たに敷いた陣地で監視を続けながら、国境線の塀を直したり、魔導兵器が仕掛けられていないかなど、改めて国境線の安全を確保することになった。ウィスティルスタルは比較的安全な塀の修繕の任務をあてがわれた。もっと危険な仕事でも構わないと申し出たが、冒険者に任せられないと拒否された。
そうしてウィスティルスタルは長い長い国境線の塀を地道に修繕し、一ヶ月後に後任の部隊と入れ替わる形で依頼を終えた。帝国領の偵察を行っていた部隊は何人か犠牲が出たようだったが、最初ほどの派手な被害はなかったらしい。
ウィスティルスタルはチョコボキャリッジに揺られながら、自分が背負った男のことを思い出していた。腕がちぎれ、体を強く打ち付けていた。骨も何本かやられているだろうし、火傷もあっただろう。助かってはいないだろうなと目を閉じ、戻ったら墓でも見舞いにいくかと思った。
2
帰還後、報酬の受け取りの際にグランドカンパニーに問い合わせたが、冒険者のミコッテの男の遺体は届いていないと言われ、ウィスティルスタルはぱちぱちと瞬きをした。
「あの依頼のですよね」
「ああ。いや、救助した時はまだ息はあったが
……
」
「一名該当者はいます。ワカというファーストネームだけのミコッテですね。一度グリダニアの治療院に収容し、最近ウルダハのほうに移ったと報告がありましたが」
生き延びたのかよ。ウィスティルスタルがぼそりと呟くと、受付の女性兵士はきょとんとした表情で彼を見た。ウィスティルスタルはなんでもないと手を振ると、報酬を背嚢に入れてその場を去った。ウルダハに移動したということは、ある程度まで回復したのだろう。二度も死にたくないと笑っていたが、一度も死ななかったということだ。ずいぶん意地汚いやつだなと思った。
寄り道をせずにグリダニアからチョコボポーターを借りてウルダハ、ゴブレットビュートの自宅に戻ることにした。ウィスティルスタルはフリーカンパニーの長をやっている。
フリーカンパニーといえど、彼と、彼が雇用しているリテイナーしか所属していない小さな組織だ。かつてはウィスティルスタルに冒険のいろはを教えてくれた男がマスターをつとめていたが、冒険の居住を東方に移すと言ってフリーカンパニーを解散し、ゴブレットビュートのハウスをウィスティルスタルに譲ったのだった。
解散後、所属していた者たちはそれぞれの路を進んだ。ハウスに残ったのはウィスティルスタルだけだった。その後、ウィスティルスタルはメンバーを増やす気も特に出ず、リテイナーのふたり
――
幼少期を過ごした海賊船の先輩たち
――
だけを養って、気ままに依頼を受けて過ごそうと思っていた。
しかし、一人で請けるには依頼が限られた。冒険者の花形のダンジョン探索の依頼はライトパーティ単位での受注が基本だったし、ライトパーティ未満で受注できたとしても、ヒーラーが同行することが必須条件になっている依頼が多い。ひとりで請けられる依頼といえば、安全な街道を往く商人の護衛や邸宅や店の番、野良仕事や届け物。そして今回受注したような、グランドカンパニーへの助っ人、所謂戦場派遣。
かつては先輩に連れ添ってダンジョン探索に行くこともあった。リスキーモブの討伐依頼を受けたりもした。しかし、そういった依頼はすべてヒーラーがいることが前提だった。
海賊から陸に上がり、オレンジ農園での仕事に辟易して冒険者になったウィスティルスタルにとって、ひとりでしか請けられない依頼はどれも退屈だった。消去法で残ったのがグランドカンパニーの助っ人で、あのミコッテの男が言ったように「死にたがり」なわけではない。
ヒーラーさえいれば、と思ったことはある。だが、試しに張り紙を出したところでホイホイと加入しにくる者はいなかった。危険な冒険者稼業などやらなくても、都市や町で治療院をやったり、錬金の知識があるものは薬を売ったりすればよいのだ。剣と銃が取り柄の自分と違い、ヒーラーの冒険者はいつでもどこでも不足していた。
ゴブレットビュートの家に着いたとき、カンパニーボードに貼ったヒーラー募集の張り紙をあらためて見つめた。すっかり紙の端が風化しはじめていて、インクも雨風にさらされて掠れていた。
ウィスティルスタルは張り紙をべりっと剥がし、くしゃりと丸めて屑籠に放り込んだ。
ワカが目覚めたのはグリダニアの治療院である。失血とエーテル不足により体はぴくりとも動かせない。目がかすむ。体中が痛い。
藪医者しかいないのかよ、と減らず口を叩きたくなるが、声を出すことも難しかった。ただ、息をしているだけで奇跡みたいな状態なのだと知る。
ワカはゼーヴォルフの男の背中のあたたかさを思い出していた。俺の背中で死んだら殺すと言われた。その言い回しが面白くて、ワカは動かない体で思い出し笑いをする。
どうだ、死ななかったぞ。だから殺してくれるなよ。
ワカは再度目を閉じる。もう目を閉じたら終わりかもしれないと思いながら、それでも意識を保つことは難しかった。
そうやってワカは毎日うっすらと覚醒し、気を失うことを繰り返した。すこしずつ、すこしずつ、覚醒している時間の方が長くなる。覚醒している時間が延びるほど、ワカは自分の置かれている状況を理解していった。
まず、左腕が無い。これが一番大変だ。腕一本で本を読むのは難しい。至急なんとかしなくてはいけない。
エーテルが足りないのは休息を続ければいずれ解消されるだろう。ただ、グリダニアではなくなった左腕を“調達”することは難しい。それに自分は本来グリダニアの都市内に立ち入ることを禁じられている。昔、幻術ギルドに白魔導士のジョブクリスタルを金で買ったことがバレたからだ。おとなしく教えを請うて瞑想していれば良かったのだが、あまりに退屈で時間の無駄だと思ってしまったのだ。今自分がこうやってグリダニアで治療を受けていられるのは、包帯に覆われて気づかれていないか、慈悲深い幻術ギルドに見逃されているかのどちらかだろう。
ワカはとりあえず“一命をとりとめた”状態にならなければならなかった。そのため、いつもはよく回る口を塞ぎ、休息に全力を注いだ。
そうして一月ほどたったころ、ようやく体内のエーテルが安定してきた。短い時間ではあるが医師と話をすることもできるようになり、ワカはウルダハへの移動を希望した。
すぐには難しかったが、さらに一月経ったころ、ワカの体調を鑑みて移送が決まった。やはり、慈悲深い幻術ギルドに見逃されていたのだろう。自分が白魔導士のソウルクリスタルを金で買ったのが許されているわけがない。
やまもり薬草を積み込んだ商人のキャリッジの隙間に載せられて、ワカはウルダハへ移動した。そのころには多少立ち上がって歩ける程度には回復していたが、キャリッジの揺れは傷に障った。グリダニアを出てからすぐにフェアリーエオスを呼び出して、光のささやきで緩和を続けた。
そうしてウルダハに到着したワカは、すぐに治療院に収容された。錬金ギルドのあるこの街は、ワカにとって都合がよかった。
「左腕が欲しい 百万ギル出す」
「何のために?」
「本が読めないのは困るだろ 文字を書くのにだって苦労する」
錬金ギルドの話が分かる人間を呼びつけて依頼すると、彼は笑って引き受けた。ウルダハは本当に、話が早くて良い街だとワカは思う。
ウィスティルスタルに命を拾われたワカは、こうして冒険者として仕事ができるほどに回復した。左腕の件は後ほど、ウィスティルスタルと彼が邂逅するときに「どうなったか」明らかになる。
ロットドリスがヒーラー募集の張り紙が捨てられているのに気づいたのは、ウィスティルスタルがグランドカンパニーの依頼から帰ってきて二か月たったころだった。ロットドリスが怒りながら家に入ってきた時に、ずいぶんと気づかれなかったなとウィスティルスタルはため息をつく。
「ヒーラーいないと俺たちも心配なんだよ、ウィス、ちゃんとしなきゃ」
「そんなこと言っても来ないもんを待ってたってなあ」
ロットドリスは紙を一枚取り出すと、お世辞にも綺麗と言えない字でヒーラー募集と書いた。「条件とか報酬ってなんか決まってたっけ」と問いかけるので、ウィスティルスタルは眉間に皺をよせ「死にたがりのやつ」と言い捨てた。ロットドリスは大きくため息をつく。
『冒険に興味のある人』と彼は書くと、もー、と言いながら外に出た。カンパニーボードに貼りにいくのだろう。ウィスティルスタルはんべ、と舌を出した。
来ないヤツを待ってもどうしようもない。来たところで信用できるかも分からない。
ウィスティルスタルが昼寝と洒落込もうかとしたとき、外からロットドリスの「わー!!」と叫び声が上がったので、ウィスティルスタルは飛び起きた。なんだどうしたとバタバタ外に出ると、ロットドリスは先ほど書いた張り紙を持って、あわわと硬直していた。
彼の巨体で隠れて見えなかった。ウィスティルスタルが怪訝な顔をしていると、ひょこりと茶白の髪のミコッテの男がロットドリスの背後から顔を出した。「よ」と来易く左手を上げるその男は、かつてウィスティルスタルが墓参りに行こうとしていた男だった。
「
……
幽霊か?」
「いや、生きてますけど。ほれ」
ミコッテの男はウィスティルスタルの前に出ると、ぺたぺたと彼の胸を触った。「うーんさすがご立派」と言う彼の左手は確かにウィスティルスタルの胸を触った。触れた。
「なにすんだ!」
「なんだい減るもんじゃないし。減るの?」
「減らねえよ! そうじゃなくてあんたなんで生きて、いや腕、あ、えーと」
「ウィス!! この人ヒーラーで加入希望だって!! ねえ!!」
ウィスティルスタルが混乱していると、ロットドリスがはっと正気を取り戻して騒ぎ出す。情報の洪水がウィスティルスタルに襲い掛かり、ぽかんとすることしか彼にはできなかった。
「あ、えっと、生きて? えーと、うちの? ヒーラー? あ?」
「君、ウィスっていうの? 俺はワカ。一応ヒーラーで、あと錬金術も多少。冒険は興味あり。これでいいかな。あ、そこのローエンくん、個室ってどこ?」
「あ! えーとね
……
」
「ちょいまちまちまち」
ウィスティルスタルはロットドリスを制し、ワカの前にずんと立つ。ワカは「ウィスがマスター?」とへらへらとしている。
「あんたに聞きたいことはいくつかあるが」
「うん?」
「まず、俺はあんたの噂は知っている」
「噂? どれだろう。いろいろあるんだよね」
ウィスティルスタルははあ、とため息をつくと、「あんたが人殺しだってこと」と言った。ワカはそれを聞いて「ああ」となんともないように返事をする。
「ワカ。名前だけ聞いていた。噂でな。戦場の死神。味方殺し」
「ちょっと盛りすぎじゃない?」
「盛りすぎ?」
「俺は助かりそうもない人の介錯をしているだけ」
「それが俺は気に食わねえ。お前の匙加減で決めてんだろ? 神様か何かか?」
「神じゃないよ。人間だ。人間だからやるんだよ」
ウィスティルスタルははあ、とため息をつく。ワカはまっすぐ彼の緑の瞳を見た。
「人だから痛みが分かる。助からないのに助かりたい気持ちも」
「じゃあなんでお前はそんなことやってんだよ」
「気持ち以上に苦痛が上回ることがあるんだよ」
まあそれだけじゃないけどね、とワカは言うと、庭に置いていた荷物を背負い、とりあえず世話になるよとハウスの中に入っていった。ウィスティルスタルはおい!と制止したが、ロットドリスが「いいじゃん、せっかく来てくれたんだよ」と止めるので、ウィスティルスタルは「仮だからな!! 仮!!」とワカの背中に怒鳴りつけた。
3
ワカはあっという間にウィスティルスタルのリテイナーふたりと打ち解けた。まず、二日酔いで帰ってきたブルーデュースにエスナをかけてやり、二日酔いに効く薬を煎じてやった。それがてきめんに効いたらしく、午後からシャキシャキと動いている彼を見て、ウィスティルスタルは目を丸くした。
大抵ブルーデュースは大酒をかっくらった翌日は土気色の顔をして一日中トイレでゲーゲー吐いている。ウィスティルスタルとしては頼みたい仕事がある時にも関わらず調子に乗って飲んでは使い物にならなくなるから、ピンピンしているブルーデュースに面食らった。
すげえなヒーラーって! とニコニコ満面の笑みを見せてきたので、ウィスティルスタルはおう、としか答えられなかった。
ロットドリスが採集仕事で切り傷を作って帰ってきた時も、あっという間に治してしまった。しかも翌日には仕事に持参できるように塗り薬が置かれていた。ロットドリスは雑に仕事をして怪我をすることが多々あったので、彼は感激していた。
「ヒーラーがいるってすげえな」
ブルーデュースがウィスティルスタルに満面の笑みで言った時、ウィスティルスタルは少し眉間に皺を寄せた。
確かに腕は良い。薬も作れる。戦場やダンジョンにも臆さない。願ったり叶ったりの人材ではある。とはいえあの時失っていたはずの左腕が存在していることや、戦場での行いが喉の奥に魚の小骨のようにつっかえていた。
とはいえウィスティルスタルもワカの能力は信頼できるものとして認めざるを得なく、ワカは正式にフリーカンパニーに所属することになった。不滅隊に申請に行った時にはようやくヒーラーが来てくれたんだねえとララフェルの隊員に祝われた。
まあそうなのだ。めでたいことである。
歓迎会をあらためてやろうとウィスティルスタルが言い、クイックサンドで宴会を催した。ワカは酒も飲めるクチで、ペラペラとよく回る口で、あるんだかないんだか判断のつかない話をして卓を沸かせた。
そうして楽しい夜が終わろうとしていたときに、ウィスティルスタルはワカの左腕を指差した。冗談のつもりだった。
「ワカさんよお、その腕どっから持ってきたんだ?」
ワカはああ、となんだそんな事かというような態度で返事をする。
「人から貰ったなんて言わないよな?」
「貰ったわけじゃないよ。買った」
「買った?」
ワカはボトルに残っていた赤ワインをグラスに注ぎ、その真紅の液体をゆらゆらと揺らしながら笑った。
「そう。買って、くっつけた。馴染むまで結構かかったけどね。今はもう違和感もないよ」
「は? え?」
「ウィスは知らないかもしれないけど、そーいう技術は研究が進んでて、一部の金持ちは娯楽で目ん玉を入れ替えて遊んだりしてるよ。んで、腕一本と引き換えにあったかい寝所と飯が食えることに感謝するやつもいる。俺はちゃんと対価を支払って腕を買った。本が読めないのは面倒だしね」
「
……
は、あ」
「あ、もちろん生身の人間のものじゃなくて、義肢とかも研究されてるよ。錬金ギルドと彫金ギルドが合同でやってる事業の一つでね。そっちも興味あったけど、やっぱり触った感覚とかは失われるし、腕買うよりも高くつくから、今回はそっちにしたって感じ」
左腕でグラスを持ち、赤ワインを飲む姿に、ウィスティルスタルは眉間に皺を寄せたが、彼の言うことにも一理ある。
咀嚼しきれない硬い肉を噛んでるような気持ちになりながら、ウィスティルスタルは勘定を頼んだ。
その後もワカとウィスティルスタルの微妙な距離感での関係は続いた。端的に言えば仕事仲間であるが、違いは互いの命を握っているところである。相変わらずウィスティルスタルはリスクのある冒険や傭兵の依頼を受け続け、ワカはそれに付き添った。ほかの冒険者からは「よく受けるよ」と言われたし、ワカは何故ウィスティルスタルのフリーカンパニーに加入したかよく聞かれた。ワカは「スリルがほしかったから」などと笑って返事をしていたが、それが本心じゃないことをウィスティルスタルはわかっていた。
「恩返しのつもりだったらそういうのいいから」
南ザナラーンのモンスター駆除の依頼に向かっている途中、ウィスティルスタルは先を行くワカに声をかけた。ワカはきょとんとした様子で振り向き、砂漠に足が埋まっていくのを気にせずに立ち止まる。ウィスティルスタルは彼の横を一瞥もせずに通りすがった。
ワカは慌てて砂漠に足をもつれさせながらルガディンの大きな歩幅を埋めるべく駆ける。
「恩返しとかそういうんじゃないから」
「じゃあなんだってんだよ」
砂がまとわりついて歩き難いことこの上ない。目的地のサンドウォームの巣穴は近くなっていた。
「単にウィスに興味を持っただけ。一目ぼれみたいなもん!」
ワカはカラカラと笑ってそう答えると、ウィスティルスタルは「げえ!」と舌を出す。
「気色悪いからそういう冗談やめろ」と言いまた前進する。ワカはリュックを背負いなおすと、「冗談じゃないんだけどなあ」と頭をかいた。
ワカがサンドウォームの巣穴に煙を炊き、おびき出したところをウィスティルスタルが仕留めていく作戦だった。そんなに人数はいらないと申し出て二人で依頼を受けた。
正直なところワカが広範囲に薬剤を使う予定だったので、大人数との連携が面倒というのが理由だった。
ウィスティルスタル一人であればこのような依頼は受けられない。受けるとしてもほかの冒険者とその時限りのパーティを組む。別段それが嫌いだとか苦手だとかではないが、いちいちパーティを組むためにクイックサンドの様子をうかがうのは面倒だったし、自分よりも力量の低い冒険者と組んで足を引っ張られることがあるのが嫌だった。
そのため、力量のあるワカが同行するのが担保されているのはウィスティルスタルにとって好都合である。だが、なぜ?とも思う。もともと抱えている顧客への薬の納品やら論文の発表やらで懐はそれなりに潤っているように見える。わざわざ危険な冒険に、そういった顧客への対応などを調整してまでついてくる必要はないはずだ。
自分に命を助けられたから。それ以外に思いつかない。それなら正直、ギルをいくらか置いて行ってくれればそれでいい。なんならそういった謝礼も不要だ。ウィスティルスタルは自分の信念をもってワカを助けた。生き延びたのはワカの生命力、気力によるもので、ウィスティルスタルはただ安全な場所に連れて行っただけである。
毒を含んだ煙に燻されて弱った芋虫たちを叩きつぶしながら、ウィスティルスタルは思案する。気づけばワカはウィスティルスタルにフェアリーの加護を付与していた。こういう細かなフォローを何も言わなくても行ってくれるのは、本当にありがたい。
だからこそわからない。彼がこのように自分の依頼に付き合ってくれる理由が。
無事に依頼を終えてフリーカンパニーに戻り、いつも通り解散した。ワカは荷物を下すとぐっと伸びをする。「じゃあまたなんかあったら呼んで」と笑うと自室に戻っていった。
ウィスティルスタルはその背中を見送り、フリーカンパニーの共同浴場に入る。ゆったりと浸かると疲れがドロドロと溶け出すようだった。
ワカがどうして自分とともに冒険してくれるのか。
ウィスティルスタルはぼおっと思う。本当に自分に興味があるというのなら、そんなに興味深い要素が自分にあるだろうか? ただの海賊上がりの冒険者だ。
命を救った。それはあると思う。でも押しかけてくるほどのことじゃないし、助けた命を賭けて依頼に同行する理由はない。少なくともウィスティルスタルには思いつかない。
もやもやした気持ちを抱えながら風呂から上がると、リテイナーの二人が帰還していた。不在中の留守番と家の維持を依頼していた。大きな荷物を背負っているので、おそらく買い出しから戻ってきたのだろう。
「ウィスおかえり」
「ただいま」
「ワカさんは? 部屋かな」
「部屋。飯できたら呼んできてやってくれ。俺はちょっと寝る」
「わかった。お休み」
ブルーデュースに言付けをして、ウィスティルスタルは自室に戻ろうとしたが、面倒だなと思いリテイナーふたりにあてがっている部屋のベッドに転がった。
旅の疲労と入浴により、体がずぶずぶとマットレスに埋まっていき、あまりの心地よさにすぐに瞼が落ちた。
ウィスティルスタルが起きたのは、とっぷり深い時間だった。リテイナーの寝床を奪ってしまっていたことを思い出し、はっと起き上がると、ブルーデュースが二段ベッドの下の段に眠っていた。ロットドリスは別のところで眠っているのだろう。
悪いことをしたなと思いながらフリーカンパニーの二階に上がる。
腹が減っていた。
飯はとっくの昔に終わっているはずだが、たいてい彼らはウィスティルスタルの分の食事はとっておいてくれている。期待していた通り、鍋にはスープが残っており、皿にハムやチーズ、パンが乗っていた。
鍋に火をかけてスープを温める。ゆらゆら、火が鍋の底をあぶるのを見るのは嫌いではない。ふつふつと沸いてきたスープはトマトの香りがした。
ある程度のところで火をとめて皿によそう。パンを大ぶりにちぎってスープに浸して食べると身に染みた。空腹だったんだな、とウィスティルスタルは自分のことを自覚する。
「あ、ウィス」
突然かけられた声に「ぎゃ」と情けない声をあげてしまった。振り向くとそこにはぼろいカウルに身をまとったワカがいた。二階の奥にある喫煙室にいたのだろう。髪の毛をぼさぼさとかき分けながら、ウィスティルスタルの隣の席に座る。ほのかに薬草の焼けるような香りがした。
「
……
こんな時間に何してんだ」
ウィスティルスタルはスプーンでスープを掬って口に運ぶ。ワカは頬杖をついてその様子を見つめていた。「んー」ととろけた声色で返事をする。
「息抜きに煙草吸ってた」
「息抜き?」
「明日までに寄越せって言われてる資料を作ってたんですねえ」
瞼が半分落ちている。帰ってきてから今まで仕事をしていたのだろうか。
「忙しいなら、依頼、ついてこなくてもよかったんだぞ」
「俺が行きたいから行ってるだけ。気にしないで」
「いや、気にするだろ」
パンにチーズを載せてかじる。ワカは「ウィスはやさしいねえ」と手を伸ばして彼の頭を撫でた。
「ほんとはやりたくないの。資料作るとか、論文書くとか。薬作って納品するとか。あんま面白くないから。ほんとは世界を旅して、いろんなもん見て、研究して、世界の全部を知りたい」
「
……
ふうん」
ワカが自分のことを話すのは珍しい。ウィスティルスタルも詳しく聞いたことがない。
尋ねたことがないから知らなくても仕方がないが、たいていの人間は聞かなくったって自分のことをペラペラしゃべる。ウィスティルスタルはさして興味のない人間の冒険譚を何度も聞かされてきた。だが、ワカは自分のことは全くもって自分からは語らない。
「俺さ、捨て子で。爺ちゃんに育てられて。爺ちゃんとさ、みんなから危ないって言われてんのに二人でいろんなとこ歩き回って、モンスターに追っかけられたりして、でもそういうのが楽しかった。楽しすぎて大撤収のさなかも外にいて、帰ったらもぬけのからだったんだ。
じいちゃんが死んで、解剖した。脳みそも目ん玉も全部保管して、人間ってこうやってできてるんだって思った。爺ちゃんにやれって言われたからやってたんだけど、楽しくて、俺は最低だなって思った」
「
……
それは、最低かもな」
ワカはふふ、と笑う。ウィスティルスタルはハムをフォークで突き刺して口に運んだ。
「研究者になりたいのかなって思いながらエオルゼアにきて、そういう仕事をやってたんだけど
……
ていうか今もやってるけどあんま面白くなくてね。そんで冒険者の依頼を受けたら、たのしくて、自由に生きれるのかもしれないって思った。実際、性に合ってた。
俺はさ、本当はチョコボにのって、たまに人助けとかしながら旅して世界を見たいんだと思う」
「ふーん」
器に口をつけてスープを飲み干す。皿はからっぽになり、腹は満たされた。二度寝して昼にでも起きれば上々だろう。
「ウィスんところに来たのは、最初は命の恩人が気になったから。でも依頼についていくのはさ、ウィスが冒険者の目をしてたから」
「
……
元海賊だからじゃねえか?」
「いや、なんかさ。ウィスと仕事してたらいろんなものが見れる気がして。いいものも、きたないものも。全部さ」
ワカはくあ、とあくびをして席を立つ。自分のことなんて話したから疲れた、と言いながら、ふらふらと手を振って階段を下りていく。
ウィスティルスタルはその後姿を見送りながら、コップに水を注いで一気に飲み干した。
──自分が冒険者をしている理由。
知らないことを知るのは楽しい。戦いに身を置くと、生きている実感がある。金も必要だった。そういうのを全部ひっくるめて叶えられるのが冒険者だった。
それだけ。それだけだ。
冒険なんざロマンにあふれたものばかりじゃない。でも、自分も冒険のことが好きなのかもしれなくて、そしてその生き方に賛同して寄り添ってくれる人間がいる。
そうして酒を飲み、飯を食って、戦いをともにして。
「
……
仲間、か」
ウィスティルスタルは頭をかきながら、自室に戻っていった。
4
日々が過ぎていくのは光のように早い。ウィスティルスタルはワカとともに依頼を受けるのが普通のことになっていた。フリーカンパニーもあまり変わり映えすることもない。
変わったのは世界のほうだった。暁の血盟の英雄が先頭に立ちアラミゴを奪還、ドマの解放などが行われた。帝国の支配下から解放された各国では復興が始まり、エオルゼア諸国の冒険者が力仕事や帝国の残党狩りに駆り出されることが増えていた。
ウィスティルスタルとワカはギラバニアで復興活動にあたっていた。ラールガールリーチを拠点に、がれきを取り除いたり、ウィスティルスタルはイシュガルド機工房やガーロンドアイアンワークスと協力して壊れた魔導兵器の撤去や無効化にあたっていた。
ワカは先の戦いで傷ついた民兵の治療を中心におこないつつ、空き時間にギラバニアを探索して環境調査を行っていた。帝国からの長きの支配からの解放に、にわかに活気づいていたが、それでも傷跡は深く深く土地に残っている。
長期に渡ってギラバニアに滞在していた二人だが、そろそろ一度帰還したいとワカが申し出た。薬剤などの備品が足りず、現地調達も行っているが人手を回すことができないためだ。一度戻ってグランドカンパニーや各ギルドに協力依頼をし、補給の体制を整えたいという理由だった。
一冒険者の提案としては逸脱したものであったが、ワカ、ウィスティルスタルの両名の活動はレジスタンスおよび各グランドカンパニーも認めているところであり、問題ないと判断された。ワカひとりで戻るという選択肢もあったが、ウィスティルスタルも採掘ギルドにクリスタルの補給を依頼したかったし、機工房に帝国の魔導兵器を持ち込んで研究をしたいと考えていた。
二人はゴブレットビュートへの一時帰還の手配をした。そして幾日か経ちチョコボキャリッジの準備ができたころ、情勢が大きく動いた。
ヴァリス帝とエオルゼア同盟各国首脳との停戦会談が設けられたのである。
ワカとウィスティルスタル、そして任期を終えた冒険者たちを載せたチョコボキャリッジがようやくエオルゼア諸国に帰還を始める、というタイミングでの出来事だった。
「どうする?」
会談の様子を知る術はない。停戦になってくれれば現場としては御の字だが、いままでの帝国のやり方からして、そんなにうまくいくものかとワカは疑問に思っていた。ウィスティルスタルはキャリッジのチョコボを撫でながら、「ちょっと待ってたほうがいいかもなあ」と答えた。
交渉が決裂したという一報はラールガーズリーチにもすぐさま届いた。二人は眉間に皺を寄せる。
正直、まだまだ復興には程遠い。ずっと戦い続けたレジスタンスたちには疲労の色も見える。それでも各首脳が一致団結して帝国と戦う道を選んだ。一介の冒険者が何か言うことができるとしたら、ちょっとした皮肉を効かせたジョークを言うくらいだろう。
「戻っても戦争の準備が優先されるだろうし、どうせとんぼ返りになるだろうな」
ふたりははあ、とため息をつくと、グランドカンパニーの将校に声をかけ、結局帰還をキャンセルした。
決戦の地はギムリトダークである。
帝国とグランドカンパニー、盟主たちの戦いは始まっていたが、そこに暁の血盟の面々がいないことが兵士たちの間でさざ波のように伝わっていた。暁の英雄は健在だと伝達が出ているが、一部兵士たちは疑心暗鬼になっていた。
そのうえ、恐ろしい強さを誇る──討ったはずの皇太子ゼノスが生きているのではないかという噂も広まってた。ギムリトダークに向かう隊列に参加した二人は、不安におののく兵士たちの声を聴いて暗澹たる思いになる。
ドマ、アラミゴを立て続けに奪還した事実、各国盟主の演説により士気が高まっているのも事実だが、末端までその熱がいきわたらないのも現実だ。
「物資は足りてんのかねえ」
ワカが背負う各種薬剤、材料はすっかり減って軽くなっている。魔法を使えばいいと言えばそれまでだが、エーテルにだって限界がある。
ウィスティルスタルは銃の位置を直しながら、さあねえと返答した。
帝国、エオルゼア連合国ともにかなりの戦力を投じての戦だった。各国盟主も前線に立ち部隊を鼓舞していたが、魔導兵器の圧倒的な力の前に軽々となぎ倒された兵士たちがゴロゴロと倒れている。ワカは到着するとすぐに状況を確認したが、テントの中にはわんさかけが人が転がっていて休んでいる暇はなかった。
ウィスティルスタルは部隊に組み込まれ、前線へ上がるよう指示された。ワカは衛生兵として絶え間なく押し寄せる怪我人の治療を行う。何かあればリンクパールで知らせるようにお互い約束し、二人は精力的に働いた。
襲い掛かるカニスやスラッシャーを銃で打ち抜く。これまでになく数が多く、ウィスティルスタルもさすがに疲弊を隠せなくなってきたころ、暁の英雄が敵将を討ち取ったという報が戦場を走った。帝国兵たちもその知らせを聞いたのか、波が引くように撤退していく。ウィスティルスタルもようやく警戒を解き、銃を背負って息をついた。
ファンファンとリンクパールの呼び出し音が鳴り、つなぐとワカからの通信だった。
「終わったらしい」と伝えると、ワカはかすれた声で「らしいね」と答えた。
ウィスティルスタルの部隊でもけが人や死亡者が出た。あたりを見回せば、魔導アーマーの一撃で肉体が四散している者や、やけどの痛みでうめいている者がやまほどいる。
「けが人が多い。まだ収容できるか?」
「ずーっとパンパンだよ。チョコボキャリッジに乗せて帰したりしてるけど、空いたらその分入ってくる。物資も足りてない。幻術ギルドに人材要請してるらしいけど、戻った兵士の受け入れに必死でこっちに回ってこない」
最悪だ。ワカが最後にそういった。ウィスティルスタルはため息をつき、通信を切って部隊とともに戦場を後にした。
戦が終わり、ウィスティルスタルは遺体や怪我人の回収に回ることになった。ワカは相変わらず救護班の中で働いていた。
ウィスティルスタルは明らかに助からないだろうと思われる怪我人を何人も見つけたが、ワカのように介錯してやることができなかった。ほかの兵士や冒険者たちも同じで、もう帰ることはできないだろう怪我人も、同じように連れて自軍に戻った。
テントは怪我人であふれる一方だった。治療が間に合わず、日に日に死体も増えていった。
「死にかけの奴がいる。早く助けてやってくれ!」
「こっちもだ!!」
そうやって駆け込む人々が来るたびに、疲労困憊した顔の衛生兵たちやヒーラーの冒険者たちが飛び出してくる。ウィスティルスタルが怪我人を連れてきたとき、久々にワカの顔を見た。その顔はまるで能面のようで、疲労しているのか、どうなのかもわからなかった。
ワカの持つエーテル量はそこまで多くない。しかし、エーテルも補うための薬も、ポーションも、すべてが足りていなかった。皆でやりくりして少しずつ睡眠をとったりはしていたが、絶え間なくやってくる怪我人は彼らを十分に休ませてはくれなかった。
明らかに助からないものも運び込まれてきた。最初こそ助けると衛生兵たちは息巻いていたが、次第に「どうせ助からない」と後回しになっていった。
結果死体は増えていき、衛生兵たちは前線の兵士たちの嘆きを浴びた。心が折れて泣き崩れるものや、患者に当たるものも多々出てきた。
ワカは「無理だ」と言った。しかし上官は無理などと言うなと彼の進言を一蹴した。しょせん冒険者のたわごとである。まともに聞き届けられないだろうことはわかっていたが、彼もまた限界を迎えていた。
ワカが倒れたとウィスティルスタルに一報があったのは、戦が落ち着いてから一週間後である。ウィスティルスタルが駆け付けると、鼻血を出して目元をおおわれた状態で倒れているワカが死体の横にいた。
「限界だ」
ウィスティルスタルがそう言うと、ワカは意識があったのか、「そーかも」と掠れた声で答えた。ウィスティルスタル自身の装備もかなり摩耗していたし、もう二人は限界を超えていた。
ウィスティルスタルは将官と掛け合い、なんとか帰還できることになった。ワカのエーテル量が空っぽになっていること、自分自身も長らく任務に当たっており装備品の修理が必要なこと。ちょうどエオルゼア連合各国から援軍が来る目途が立ったのも幸いした。
後発の冒険者部隊がギムリトダークの前哨地に到着し、入れ替わりでワカやウィスティルスタルは帰還することになった。処置しきれない怪我人が優先ではあったが、なんとかスペースを融通してもらった。
ワカの顔色は蒼く、目の下は濃いクマができていた。ウィスティルスタルもまた、土埃や青燐水でぼろぼろに汚れており、とにかくフリーカンパニーのあたたかい寝床が恋しかった。
怪我人とウィスティルスタル、ワカを含めた何人かの冒険者を載せたキャリッジは明らかに積載量をオーバーしていた。故にチョコボの歩みは遅々とし、狭く、血と土のにおいに満ちたキャリッジ内はじわじわと苛立ちに満ちはじめた。
ワカは怪我人の世話をしていたが、最低限しか対応ができなかった。エーテルもポーションも、薬草もなにもなかったのだ。怪我人のうめき声の中、眠ることも難しい。
「こんなん俺たちも参っちまうよ」とヒューランの男がぼそりとつぶやき、それに対してララフェルが舌打ちをした。
ウィスティルスタルは目を閉じ、体を休めることに集中していた。
三日経ったころ、キャリッジはようやく黒衣森を走りはじめていた。
夜は危険が多いため足を止めて野営をしていたが、業を煮やしたヒューランの男が夜も走れと言い出した。少しでも早く温かい飯を食い、ベッドで眠りたい気持ちはあったし、怪我人たちも日に日に悪くなっている。
安全を取るべきだろうと言う者もいたが、ほとんどのものが苛立ちや疲れ、痛み、苦しみ、様々な感情により、リスクを計算できなくなっていた。
そうしてキャリッジはランタンを掲げ、夜の黒衣森を走りだすことになった。
ワカもウィスティルスタルも、この夜行に何も言わなかった。熟練の冒険者である彼らでも、日に日にキャリッジの中で増える死体を見ており、正しい判断をしかねる状態だった。
がたごとがたごととキャリッジが夜を往く。モブが出たらどうする? という意見はあったが、ヒューランの冒険者が「このあたりのモンスターなら大したことないだろう」と突っぱねた。安全な街道を選んで走っていたし、確かにそうかもしれないな、と二人も油断していた。
疲労は判断力を鈍らせる。故にそういうときこそ慎重にならねばならない。
ウィスティルスタルが海賊船にいたころ、そう教えてくれたのは父だったか。
がたん! と大きくキャリッジが揺れる。「何事だ!?」とウィスティルスタルが呼びかけると、乗り手の双蛇党の男の頭が薙ぎ払われて頽れるところだった。
「リスキーモブだ!!」
赤い巨体がランタンに浮かび上がる。ウィスティルスタルが叫ぶと、皆ひい、と息を飲んだ。通常のモブであればさしたる脅威ではないだろう。大きさ的に強大なリスキーモブであることが予測された。「レドロネットか!?」と幌から顔をだしたワカが叫ぶ。
「おそらく!」
「畜生、運が悪い
……
!!」
ワカとウィスティルスタルは獲物を構えたが、ほかの冒険者たちは突然の危機に混乱してしまっている。「おい!」とウィスティルスタルが声をかけても、世界の終わりだ、と嘆くばかりで獲物に手もかけない。通常のモブであれば何とでもなると言った口はどこに行ったのだろう。
「くそったれ
……
!」
いつもならば。
準備ができている状態ならば、ワカとウィスティルスタルの二人で何とかキャリッジが逃げるための隙を作ることはできるかもしれない。だが、今の状態では無理だ。毒もない、エーテルもない、装備は壊れ、剣は切れ味が落ちている。そのうえキャリッジは満杯で、チョコボたちも満足に走れない。
「ウィス! チョコボの操舵を頼む!」
ワカが叫ぶ。ウィスティルスタルはワカの意図をくみ取りきれないまま、とりあえず指示に従った。血の匂いで興奮しているチョコボをなんとかなだめる。
「ワカさん! どうしたらいいんだ!?」
「とにかく走らせてくれ! なんとかするから!!」
「なんとかするって!?」
ウィスティルスタルが問いかけた声に悲鳴が被る。
「たすけて! たすけて!!」
「いやだ! やめてくれ!!」
「しにたくない! しにたくない!!」
様々な悲鳴が上がり、遠のいていく。悲鳴が増える度にチョコボの走る速度が少しずつ上がっていった。
「ぎゃああ!!」
断末魔が遠くなる。とにかく、ウィスティルスタルは言われた通りチョコボを走らせた。そうしていくらか走った後、レドロネットの影が見えなくなった。
逃げ切ったのだ。
一体ワカは何をしたのだろうか。
「ワカさん、何を」
幌の中を覗くと、肩で息をするワカが立っていた。ランタンが揺れて幌の中を照らす。
──怪我人たちがいない。
「
……
まさか」
「
……
」
ワカはなにも言わなかった。よく見れば口だけ達者なヒューランの冒険者もいなくなっている。
「
……
ワカさん」
「もう、大丈夫。先を急ごう」
幌の中に残っていたララフェルの冒険者が、かたかたと震えながら、ワカを見て「人殺し」とつぶやいた。
そこからの旅路はスムーズだった。積載量が減ったことでチョコボたちの足も軽くなり、怪我人たちのうめき声もなく、文句を言う者もいなくなった。ただただキャリッジは静寂の中、黒衣森を進んだ。
そうして途中休憩をはさみながら幾日かの旅を終え、ようやくグリダニアに到着した。双蛇党の兵士が出迎え、チョコボの足に括り付けられている識別番号を確認する。そしてリストと照らし合わせ、怪訝な顔をしてウィスティルスタルに問いかけた。
「派遣したチョコボの操舵士と、あと、怪我人が多数運ばれてくると連絡を受けているのだが」
幌から荷物を下していたワカが気づき、ウィスティルスタルの前に立つ。「すいませんね。俺が説明します」と笑ってみせた。
ウィスティルスタルは「おい」と声をかけたが、ワカは振り向かなかった。
「道中、リスキーモブに遭遇しましてね。奇襲により操舵士は死亡。逃げようとしましたがいかんせん“荷物”が多すぎた。なので全部捨てました」
「
……
捨て? は?」
「倒すにも物資も武器も足りてない。逃げるしかなかったんです。それにはどうしてもたくさん乗っけていた荷物が邪魔だった。
なので全部捨てて、囮にして逃げたんです。おかげでここまでたどり着けました」
「お前、何を言ってるかわかってるのか!?」
双蛇党の兵士がワカの胸倉をつかむ。ワカはへらりと笑いつづけた。わざと癪に障る言い方をしているのだろう。普通に報告すれば、まだ罪は軽くなるかもしれないのに。
「確実に生き延びるには選択が必要だった」
ワカがぽつりとつぶやく。ウィスティルスタルは目をそらした。
そうだ。選択しなければ、全員でのたれ死んで終わりだった。
しかし、ワカの選択は、ウィスティルスタルの信条に反するものだ。俺の前でやってくれるなと言ったこともある。助けてやったその腕で、生きたいと言う人間を見殺しにしてくれるなと。
ウィスティルスタルが事の顛末を話せば、ワカの今までやってきたこと、そして今回やったことを正しいことだと認めてしまうことになる。
故にワカは、前に出て話した。すべては自分一人がやったことなのだと。自分が生き延びたくて他を犠牲にしたのだと。ほかの生還者についてはおまけでしかないというような口ぶりで。
ワカはすぐさま取り押さえられ、首根っこをつかまれて連行されていった。ウィスティルスタルがなにか口をはさむ間もなかった。
「災難だったな」と声を掛けられ、「ああ」とだけ答えて荷物を担いで歩き出す。ふわふわとした思考の中、とりあえずウィスティルスタルはテレポを唱え、フリーカンパニーに帰還した。
荷物を置き、装備を解き、風呂に入って汚れを落とす。体は泥のように重たいのに、目だけが異様に冴えている。
まだ戦場の、リスキーモブとの対峙の、余韻が残っているのだろうか。ばしゃりと熱い湯で顔を何度も洗うが、いつまでもすっきりしそうになかった。
風呂から出て、ウィスティルスタルは二階に上がると、バーカウンターから強い酒を取り出した。ショットグラスで飲むような酒だが、目についたタンカードを手に取り勢いよく注ぐ。大量の酒をがばりと勢いよくあおると喉が焼けるようだった。
寝酒にしては破天荒な飲み方をしている。自覚している。だが、めちゃくちゃに酔っぱらって、全部忘れてしまいたかった。ここ数か月の何もかもを。
カウンターに乱暴にタンカードをたたきつけると、「わ」という声がした。ロットドリスが階段を上ってきているところだった。
「
……
よう」
「ごめん、帰ってきてるとは知らなくて、泥棒でも入ったのかと思っちゃった」
ロットドリスは冗談めかして言う。ウィスティルスタルはから笑いすると、酒を追加で注いだ。
「
……
体に悪いよ」
「
……
すまん、でも」
「飲まなきゃやってらんないことでもあった?」
「
……
ん」
ロットドリスがウィスティルスタルの隣に座る。海賊船のときから、彼はウィスティルスタルが参っているときに必ずやってきて、ただただ話を聞いてくれた。察しがいいのだろうか。一度聞いたことがあるが、なんとなくだよ、と穏やかに笑っていた。
ウィスティルスタルはロットドリスの肩に額を載せる。猫が甘えるみたいに擦り付けると、ロットドリスはくすぐったいよとウィスティルスタルの背中を撫でた。
「
……
抱いてほしい」
「
……
酔ってないときならいいよ」
「いつもなら抱いてくれるだろ」
ぽん、とロットドリスはウィスティルスタルの背中を叩くと「自棄になってるときにセックスすると後悔するからね」と穏やかに諭した。
「子供のころみたいに一緒に寝るならいいよ。狭いけどね」
「
……
狭すぎて休まらねえからちゃんと自分の部屋で寝るよ」
「それがいい」
嫌なことは明日聞くから。ロットドリスがそういうと、ウィスティルスタルはこくりとうなづき、自分の部屋に戻っていった。
ワカは帰ってこなかった。
5
翌日、ブルーデュースの「なんだって!?」という大声でウィスティルスタルは目覚めた。自分の手足があり、目が見えて、耳が聞こえる。腹が減っていることもわかる。ようやく生きて帰ってきた実感がわいてきた。
庭に出ると、黒渦団の隊員がブルーデュースに令状を渡しているところだった。
「どうも」
ウィスティルスタルが挨拶すると、隊員は敬礼をした。
「ワカさんは?」
「そう、ワカさん! なあ、ウィス、これ」
ブルーデュースが戸惑いながらウィスティルスタルに令状を渡す。そこにはワカが除隊になったことと、戦争犯罪人として逮捕されたことが記載されていた。
「
……
そうなっちまったか」
「
……
はい。事態は想像できたのですが、怪我人を見捨てたことはやはり看過できず。
他にも証言があれば罪状を軽くすることも可能かもしれませんが、本人が自分ひとりでやったことだと一点張りで」
「それで、処分として除隊と、身柄の拘束ってわけか」
「彼が暗にやっていた行為については自分は知っています。それによって被害が結果として少なく済んだことが多々あることも。
……
戦場ではいくらでも隠せましたが、今回は難しく」
令状を手に、ウィスティルスタルは俯いた。
みんな知っている。ワカが手を汚すことで生き永らえた命があることを。ウィスティルスタル自身もそうであることも。
だが、やったことは非人道的な殺人行為だ。無理をおしてでもリスキーモブと戦うべきだったのかもしれない。そうすれば、別の突破口が見つかったかもしれない。だが、ウィスティルスタルも思いつかない。ワカが行ったこと以上の最善策を。
「現在はエールポートの留置所で身柄を預かっています。牢の準備ができ次第、そちらに収監されるでしょう。処罰も後々下されると聞いています」
「
……
フリーカンパニーには所属させておいてもいいんだよな?」
「
……
本人が脱退を希望しています」
「は!?」
ブルーデュースが大きな声を上げた。隊員はその声に「わ」と驚き、後ろにのけぞると、「約束を破ったからもう一緒にいられない、と
……
」と言った。
ウィスティルスタルはうつむいたまま、その言葉を聞いていた。
冷たく暗い牢獄でワカは目覚めた。もともと幼いころから野宿をよくしていたから慣れてはいるが、疲労が蓄積した体には酷な環境だった。
グリダニアに到着して、エールポートに収監されてから、何日経ったかわからない。朝も夜も関係なくずっと眠り続け、出された食事もろくにとっていない。
死んだのか? とソムヌス香の売買で検挙されたゼーヴォルフの男には笑われたが、何か言葉を返す気力もなかった。
自分の体に虫が羽を休めるようになったころ、ワカに外に出るように命令が下った。もともと肉付きがよいわけではなかった体はさらに痩せ、頬は削げ落ちていた。
一人で立って歩くことができず、黒渦団の肩を借りた。断頭台に立つ前に死ぬかもな、と思い、少し笑った。
「大丈夫かよ」
黒渦団のゼーヴォルフがワカに声をかける。肩を貸しても足取りは危うく、ゼーヴォルフはワカを抱きかかえた。これから殺す人間にずいぶんと優しいものだ。あたたかい人肌が心地よくて眠りそうになる。
「あんたはこれから、極秘の研究にかかわってもらうことになる」
「
……
研究?」
「お上直々のご指名だとよ」
人殺しを欲しがる奇特な人間がエオルゼアにもいるのか。ワカはそう思いながらゆっくりと目を閉じた。
ウィスティルスタルはまるで人が変わったように、穏やかな日々を過ごしていた。
朝目覚めたらコーヒーを沸かし、それを飲みながら新聞を読む。リテイナーふたりが起床したらパンを焼き、かじりながら家を出る。ウルダハへ行くとクイックサンドや不滅隊に顔を出さず、採掘ギルドに行って依頼を受け、夕暮れまで岩を掘り、納品して帰宅する。
入浴してその日の汚れを落とし、晩酌をして、本を読んだりリテイナーふたりと会話をしたりして、穏やかに眠る。
オレンジ農家の仕事を退屈だと言って逃げ出した、かつての姿はどこへやら。ウィスティルスタルへ直接依頼を持ってくる人も多くいたが、それをすべて断った。
ブルーデュースがクイックサンドで一杯やっていると、ウィスティルスタルは炭鉱夫にでもなったのか? と聞いてくる冒険者もいた。様々な戦場を駆けていたウィスティルスタルの名はそれなりに広まっている。彼に助けられたという者もいた。
「ウィスは今、そういう気分じゃないみたいでさ」
正直なところ、ブルーデュースとしては今の穏やかな生活を送るウィスティルスタルに安心している節がある。アラミゴ復興のために出かけて行って、何か月も帰ってこなかったあの時、ブルーデュースとロットドリスは気が気ではなかった。もともとワカが購読していた新聞を、どちらからともなく読み始め、次第に習慣になっていった。暁の血盟が行方不明になっているという噂や、皇太子ゼノスの生死、そして戦場の状況を知るために、わらにでもすがる思いだった。
ワカは帰ってこなかった。たばこをふかしながら新聞を広げ、ろくでもないゴシップを教えてくれた、胡散臭いけど陽気なミコッテ。顔が見えなくなるほどの薬草を抱えてきて、家じゅうが臭くなることもよくあった。そのたびにウィスティルスタルがワカを叱り、ワカは笑いながらごめんと言う。そのやり取りを見て俺たちも笑う。そういう日々はもう戻ってこない。
フリーカンパニーのマスターでもあり弟分でもあるウィスティルスタルを失うようなことがあれば、自分たちはどうなるんだろうか。想像するだけでゾッとした。
もう二度と失いたくない。海賊船が霊災でなくなったときで十分だ。あれ以上何を自分たちから奪うのだ。
ブルーデュースはロットドリスに、今のままがいいな、と言ったことがある。ロットドリスはすこし目を丸くした後に、そうだな、と答えた。
慣れない新聞なんて読まなくてもよい日々が、いつまでも続くといい。
リテイナーふたりはそう願っていた。
ウィスティルスタルが採掘ギルドでの依頼を受けて生活を続けていたある日、マーケットを歩いているとふとミスリルアイの見出しが目についた。『隠された死の研究所にせまる!』センセーショナルな煽りである。
しかし、ヴァリス帝が暗殺され、帝国内で跡継ぎ争いが発生しており、戦がようやく落ち着いてきた頃合いに、わざわざ不安の芽を買い求める者も少ない。どちらかといえば表紙の水着のミッドランダー女性の豊満な胸部のほうが購買欲をそそられるだろう。
ウィスティルスタルはたまにはいいかとミスリルアイを一部買い求めた。帰宅してぱらりとめくると、やはり水着のミッドランダーのグラビアのほうが大きく取り上げられており、死の研究所とやらの扱いは小さかった。
記事によればギラバニア辺境にそれはあるらしく帝国兵の捕虜や各国の罪人が研究の実験台になっているという。グランドカンパニーは存在を否定しており、一体何のための研究が行われているかは定かではない。だが、現在各国に収容されている囚人たちの間では、致死性の毒ガスの研究が行われており、そこに送られた囚人が誰も戻ってこないことから、彼らの間で「死の研究所」と噂になっている、とのことだった。
ウィスティルスタルはバカらしいと雑誌を机に放り投げる。ぱらりとページがめくれて水着姿の女が笑顔でこちらを向いた。
6
季節が変わり、星芒祭の飾りが街を彩り始めたころ、フリーカンパニーに久々に黒渦団の隊員が来訪した。ワカの処遇について知らせてくれた男だった。
「ウィスティルスタル、あなたに依頼がある」
いつもどおり採掘ギルドへ向かおうとしていたところだった。「俺はそういうのもう断ってんだ」とひらひらと手を振ってあしらおうとすると、男はウィスティルスタルの服をつかんで引き留めた。
「なんだよ」
「ワカの情報もある」
男はじっとウィスティルスタルを見つめた。緑の瞳を深く閉じた後、ウィスティルスタルはハウスに男を招き入れた。
温かい薬茶を出すと、男は感謝を述べた。ウィスティルスタルは男と向かい合うように座った。
「最近、囚人が行方不明になる事態が続いている。ワカもあの後どこかに連れていかれたが、秘匿になっていてどこにいるかわからない」
ウィスティルスタルは自分用に淹れた茶を一口飲んだ。
「もともと研究者だったことから、高い金を払って引き取られた。そこまでしか記録にない。でも、保釈金も行先も何もかもが黒塗りになっている」
「
……
さっきの行方不明になっている囚人の話につながるのか?」
「そうだ。最初は帝国兵の捕虜だった。
収監していたアラミゴ城の地下牢からチョコボキャリッジでどこかにつれていかれたって言われてね。グランドカンパニーの隊服を着た連中が連れて行ったと証言があるが、エオルゼア連合のどの国にもそんな記録は存在していない」
「で、次は各国の囚人か」
「ああ。牢が手狭になってきたとかそういう理由で、囚人がどこかにつれていかれた。これも先ほどと同じ手口でね。内部に怪しい動きがあることが分かった。
調査を続けてようやく尻尾をつかんだところ、ギラバニア辺境に連行したらしい。恥ずかしい話だが、金で買収された隊員が複数見つかってね。彼らが移送を行っていた。移送までしか行っていないから、何が行われているかは知らないらしい」
「
……
で、そこにワカさんがいる可能性がある。だから俺に依頼を持ってきたってわけか?」
隊員の男は茶を一口飲むと、「そうだ」と返事をした。
「身内の恥で申し訳ないが、グランドカンパニーは表立って動けない。
ほかにも買収されたものや裏切り者がいる可能性があるからだ。
だから信用できる冒険者に声をかけることにした。ウィスティルスタル、俺はあんたにリーダーを任せたいと思っている」
「
……
なんで俺に?」
「いままでの貢献度もあるけど、あんたは判断を間違えないと思ってね」
ウィスティルスタルはため息をつく。ずいぶん買いかぶってくれたものだ。「一日時間をくれ」と答えると隊員はうなづき、「いい返事を期待してるよ」と言って戻っていった。
ワカのことが気にならないかといえば嘘だ。しかし、何かあったとき、自分が正しい選択をできるかはわからない。
信条はある。譲れないものも。でもそれをかたくなに守ることができるかはわからない。守った末に得た答えが間違いだったとき、自分はそれでも胸を張っていられるだろうか。
ウィスティルスタルは頭を抱えた。自分の信じる道を行き、助けた命が、自分が選ばない選択をして命を救ってくれた。
決断することが怖くなった自分が、また戦いに立てるのか。
淹れた茶は熱を失い、ひんやりと冷たくなっていた。
「いやだ」
思わず口をついてでた言葉に、ロットドリスははっと口を覆った。フリーカンパニーの二階、ダイニングテーブルに三人は集まっていた。
「ロットドリスの気持ちもわかる。俺も本心は嫌だよ」
「
……
ありがとな」
ブルーデュースがうつむく。暗い顔をする彼の肩をウィスティルスタルが叩いた。
「俺は行きたいと思ってる」
「ワカさんとウィスがずっといなくて、俺たちはずっと待ってた。待ってたんだ。慣れない新聞とかも読んだよ。ずっと怖かった。死んでもどってきたらどうしようって。ふたりとも無事でいてほしいって願ってた」
「
……
うん」
「そしたらワカさんが帰ってこなくて
……
面会にいったらどこかに連れていかれたって。わからないって。で、ウィスはその行方不明になったワカさんがいるかもしれない場所に行かないといけない。怪しいし、危ないと思う。
ウィスも行方不明になっちゃったら、俺たちどうしたらいいかわからない」
顔を覆うブルーデュースは泣いているかどうかわからない。ウィスティルスタルは「ごめん」とだけ言った。
ウィスティルスタルが返事をしたのは翌日の朝だった。依頼を受ける。彼はそれだけを書いてモグレターを飛ばした。昼には返事がきて、どのような編成になるか、目的地は、集合場所は、と様々な内容が記載されていた。ウィスティルスタルは久々に銃をメンテナンスし、剣を鍛冶ギルドに出して研ぎなおしを依頼した。古くなっていた装備も買いなおす。
ブルーデュース、ロットドリスの両名には、いつもなら採掘などの依頼をするのだが、当分の間暇を出した。フリーカンパニーのハウスで過ごしてもいいし、なんならほかの冒険者のリテイナーとして再雇用されてもいい。ウィスティルスタルがそう伝えると、二人は首を横に振り、「俺たちはお前の家族だから、いつも通り待っているよ」と抱きしめた。
その温かさは幼少から慣れ親しんだもので、なぜだか涙があふれそうになった。
集合場所に指定されたカストルム・オリエンスに到着すると、同じ任務を受けたと思われる冒険者が数名待っていた。八人パーティが編成されると聞いている。
ウィスティルスタルが到着したときはまだ全員集まっていなかったが、自己紹介などしていると、残りの冒険者たちも合流した。初顔のものもいたが、同じようにグランドカンパニー関連の軍事作戦に参加していた者もいる。その誰もがウィスティルスタルが信用に足ると思える実力者であり、なるほど、実績のあるものだけに声をかけているのは本当なんだなと理解する。そして、それだけ本気で、危険だと考えられているかということも。
「行こう」
八名集まり、簡単な自己紹介をしてウィスティルスタルは出発の号令を出した。
囚人や捕虜はカステッルム・コルヴィに移送されているという情報を受け、依頼の題目はカステッルム・コルヴィの調査となっている。
目立つのを避けるため、徒歩での移動が採用された。時に現れるモンスターを倒しながら、パーティは先を進む。
「それにしても、ちょっと怖えよな」
黒魔導師のララフェルが口を開いた。モンクのハイランダーの男が「珍しい。あんたがそんなこと言うとは」と返事をする。不毛の岩の大地を踏みしめると、ざり、と砂の音がした。
「最近、帝国のほうで開発された新兵器があるらしいんだ。黒薔薇っていう毒。暁の血盟が預かってる案件らしいが、賢人たちが不在っていう噂もある。情報屋なんかはその毒で賢人たちが死んじまったんじゃねえかなんていう噂を流してるやつもいる」
「情報屋!? あいつらの流す噂なんざ、ミスリルアイよりも信用ならねえじゃねえか」
「まあまあ、たまに小銭払って話を聞くのが俺の趣味でね。で、その毒がてきめんに強力で、味方も敵も関係なくコロッと殺しちまうっていう。そんな馬鹿なことあるかよって笑ったがよ、情報屋が信じられる筋からの情報だ! とかいうからさ、ついチップを渡して深堀して聞いちまった」
本当に信用できる情報屋もいるが、大半はゴシップの語り部だ。クイックサンドなどの冒険者が集まる酒場にいて、金を払えば語りだす。オーケストリオンの代わりに買うのが趣味の冒険者もいるが、ウィスティルスタルは海賊時代からの付き合いの情報屋としかやり取りしたことがない。
ふうん、と黒魔導士の話を聞きながら、目的地に向かって足を進めた。
カステッルム・コルヴィに到着すると、門の前にグランドカンパニーの隊服を着た門番が立っていた。あれが正規の隊員かどうかは判断しかねるが、グランドカンパニーを隠れ蓑にして何かしら行っていることは想像できた。当たり前だが、内通者もいるだろう。
ウィスティルスタルは双剣士の女に指示を出す。女はこくりとうなづくと、身を隠す術で足音もなく近づき、門番ふたりを気絶させた。東方ドマの忍びの術だと聞いていたが、実際目にするのは初めてだった。
「行くぞ」
門番の身動きがとれぬよう縛り上げ、門の鍵は銃で破壊した。ピッキングを試みたが、帝国の建築物の知識が足りなかった。音でバレる可能性はあるが、その時は戦闘やむなしだろう。
しかし、中に入っても何かが襲い掛かることはなかった。非常灯が足元を赤く照らしているだけの、暗い廊下が続いている。警戒しながら進むが、本当になにもない。
「
……
ハズレか?」
誰かがぽつりとつぶやいた直後、ひ、と弓術士のミコッテ女性が小さく悲鳴を上げた。彼女の視線の先には小部屋への扉があり、中には大量の死体が几帳面に並べられていた。
「な
……
」
どこかに連れていかれたという帝国捕虜や囚人たちだろう。裸に剥かれた死体はひっかき傷や痣が皮膚に残っているものや、吐血や吐しゃ物にまみれているものなど様々いる。その中で、何にも汚れていない、きれいな状態の死体が複数ある。
ウィスティルスタルは率直に気味が悪いと思った。
死の苦痛も知らずに眠るように死んだ?
そんな死が、老衰以外にどこにある?
ウィスティルスタルの知っている死は、誰もが苦しみ、もがき、生きたいと願いながらも事切れるものだ。死は理不尽に襲い掛かるもので、人はそれに抵抗をすることができるはずだ。
だが、ここにある一部の死体は、抵抗する間もなく事切れたように見える。まるで運命のように。
「
……
なんなんだよ
……
」
モンクの男が後ずさりする。同時に「うわあ!」と黒魔導士のララフェルの悲鳴が響き、ウィスティルスタルは立ち上がって声のほうに向かった。そこにはずらりとケースが並んでおり、眼球、脳、神経──彼らが知らない人間の臓器が細かく分解されて保存液に浸っていた。丁寧に日時や人種なども記載されている。
「
……
なんなんだ、なんだよこれ!!」
暗く、よく見えていなかったが、床には血が滴っている。棚には医療用に使われる刃物がよく磨かれて並んでいた。壁一面に並ぶ臓器のケースに、冒険者たちは恐怖し、吐いてしまうものもいた。あまりにもグロテスクな光景だった。
「
……
進もう」
ウィスティルスタルが言い、全員が武器を構えて歩き出した。ほかの部屋も覗いてみると、おびただしい研究記録や薬の調合方法が殴り書きされた紙片が床や棚に散らばっていた。それに加え、エオルゼア連合国ならび、アラミゴ、ドマ、ひんがしの国からも取り寄せられた薬草らしき植物が几帳面に整理されている。
何かしらの研究が行われていることは明らかだ。だが、これだけの研究の痕跡があるにも関わらず、人の気配がない。ただ死体が転がっているだけだ。
「捨てられたのか?」
ララフェルの男がぽつりとつぶやく。何かしらの研究が行われていたのは明らかだが、あまりにも人がいなすぎる。
もう研究が終わったのか、それとも拠点を移したのか。
拠点を移したとなると面倒だな、とウィスティルスタルは思う。どこかにヒントがないか探す必要がある。しかし、充満する死の匂いに、すっかり精神をやられてしまっている者もいた。ウィスティルスタルも正直こんなところ早く出ていきたい。
ふと棚に手をかけ、目についた記録をぱら、と開いた。そこに書かれた文字に、ウィスティルスタルは目を見開く。
見覚えのある筆跡。早く書くのはいいものの、本人以外読めないだろとみんなに笑われていたミミズののたくったような文字。医者やってるとみんなこうなるんだよと笑っていた男。
「
……
ワカさん?」
「何?」
ウィスティルスタルはハッと振り向く。そこには汚れた白衣を着用して笑うワカの姿があった。冒険者たちが一斉に彼に武器を向ける。ワカは「大丈夫だよ。丸腰だから」と手をひらひら振った。
「ワカさん、だよな」
「そうだよ。その声はウィスかな」
「
……
どうしてこんなところに」
「それはこっちのセリフだよ」
白衣のポケットに手を突っ込んで、ワカは肩をすくめてみせた。
「ごめんね。たくさん来てくれたのに俺ひとりしかいなくて。前はもうちょっといたんだけど、みんな逃げちゃったんだよね」
硬質な床を靴底が叩く。ワカはすたすたと歩いていく。冒険者たちはみな武器を彼に向けたまま後に続いた。
「案内するよ」
ワカは普段通りの声色で語った。ウィスティルスタルたちと食事の相談をしているときのように。
「ここでは帝国の新兵器、通称黒薔薇に対抗するための研究をしていた。
黒薔薇は、エーテルの循環を止めてしまう致死性の毒ガスと報告されていた。草木も動物も、もちろん人間も平等に死ぬ。帝国では実践導入の検証をしているところで、実際被害にあった集落がある。
黒薔薇の対策については暁の血盟が持ち帰ることになったけど、賢人たちから報告が途絶えた。ほかのメンバーは活動してるみたいだけど、中枢からの報告がない。
そこでエオルゼアでも独自に研究を行うことになった」
奥に続く道すがら、様々な部屋が存在した。おそらく研究者たちが寝泊まりしていたのだろう空間もある。ここにはワカ以外にも人がいたのだ。
「まず、黒薔薇とは何か? を知る必要があった。俺たちは何も知らなかったからね。
でも、人間が作ったものだ。帝国ができてエオルゼアができないわけはない」
「何かを知るって、それは」
「まずは黒薔薇がどういう毒か、どう作られているか、どう効くのか、それを再現する必要があった」
最奥に到着すると、ひときわ分厚い鉄の扉があった。ワカはよいしょ、とその扉を開く。
その中にあったのは、拘束具のついた簡素な寝台だった。
「実験台が必要だった。最初は、草花やモンスターをつれてきて試した。でも、検証結果として充分ではなかった」
「まさか、あんた」
「まず、帝国の捕虜をつれてくることになった。ひとりずつ、寝台に括り付けて、毒を噴射して試した。なかなか完全な再現には至らなくて、実験台が足りなくなった。だから囚人も連れてきてもらうことになった」
ウィスティルスタルはワカの胸倉をつかんで壁にたたきつけた。ワカは抵抗しなかった。
「あんた、何やったかわかってんのかよ
……
!!」
ワカの目はウィスティルスタルを見ているが、どうにも焦点が合わない。よく見ると、彼の目は元々の黄金ではなく白濁化している。
「
……
対抗策がなければ、死ぬのは現場の兵士たちだ」
ぽつりとつぶやいた声は、先ほどまでのひょうひょうとした様子とは異なった。
切実な声だ。
「知識と、人を殺す覚悟ができる人間が、俺が、必要だっていわれた。仲間たちが黒薔薇で死なないために」
「
……
ッ」
彼の話や情報屋のゴシップを信じるなら、黒薔薇はかなりの脅威だ。投入されたら最期、なにも抵抗できずにただ死んでいくことになる。鍛え上げた武術や積み上げた経験など関係ない。赤子も、民衆も、冒険者も、兵士も、すべてが等しく死を迎える。
そのために知る必要がある。その理屈について理解ができる。グランドカンパニーにもそう考えたものがいたということも。ウィスティルスタルにも、この施設の、ワカたちが行ってきた研究の必要性は理解ができる。
それでも、あれだけのおびただしい死体を作り上げねばいけなかったのだろうか? 帝国兵は故郷に二度と戻れず死んでいき、体を解剖され、墓に埋葬されることもない。
「ウィスティルスタル!」
冒険者の男が叫ぶ。ウィスティルスタルはハッとしてワカのほうを向いた。
「そいつが実験してたんだろ!? じゃあ、毒を持ってる可能性もある!」
「
……
そうだ! さっさと殺さないとやべえんじゃねえのか!?」
未知の脅威にパーティ全員が混乱していた。ウィスティルスタルはワカを自分の体からひき離し、一歩下がって銃を抜く。ワカは突き飛ばされた勢いで床に尻もちをついた。
「ウィス」
白濁とした目がどこかを見る。ウィスティルスタルと目が合わない。
かつては向かい合って酒を飲んで、この時期なんかはドードーの丸焼きをみんなで食べた。ミイケットに行って祝祭を祝ったこともある。
「怖がらせてごめんな。もう何も見えないから、俺が毒を使うことはできない。皆どこかに行ってしまって、俺の書いた論文がどこにあるのかもわからない」
「
……
あんたは嘘つきだ。信用できない」
「わからないんだ。本当だ。
出来上がったって報告して、寝て起きたらもぬけの殻になってた。きっと、あんたらが来るのを知っていたんだろうね。俺は実験の途中で毒の影響で目が見えなくなったから、もう用済みってことらしい。生贄みたいなもんだね」
ワカは笑う。焦点の合わない目で笑う。ウィスティルスタルは銃を構えるが、その手は震えて照準が合わない。
どうしてだ。どうして、こうなってしまった。
彼は使命を全うした。その方法が正しくなかったとしても。
「ウィスティルスタル!!」
冒険者の声にハッとする。
「殺せ!!」
そうだ、ワカさんは嘘をつく。いまだって毒を持ってて、俺たちを殺すことができるかもしれない。危険だ。殺すべきだ。殺さなくてはいけない。
本当に?
「くそおぉおお!!!!」
ウィスティルスタルは引き金を引いた。感情が邪魔をして、照準はぶれていた。だが、ワカが自ら銃口のほうに近づいた。
バン
銃声ののち、ウィスティルスタルが見たのは、頭を打ちぬかれて壁にもたれて死んでいるワカの死体だった。
依頼は完了した。ウィスティルスタルはワカの遺体の横に膝まづくと、見開かれた瞳を閉じ、祈りのポーズに整えてやった。そんなことする必要あるか? とほかのメンバーは言ったが、ウィスティルスタルはなにも応えなかった。
「とりあえず、ここに残ってる文献をグランドカンパニーに引き上げてもらおう」
その提案に特に異論はない。ララフェルの男がリンクシェルで連絡を取りはじめた。
ウィスティルスタルは呆然と、自分が打ち抜いた男の死体の手を握っていた。
いつも冷たい手をしていたように思う。暑い日も寒い日も庭で薬草を育てて、水で洗い、加工していた。それが薬になって、擦り傷をこさえた俺たちに塗りたくってきた。ものすごく染みるがものすごくよく効いて、最初こそ嫌がったがあっという間に治るから慣れっこになったし、なんかあればワカさんに相談した。
思えば、非情に見えて慈悲をもった人だった。誤解されやすい人でもあった。こうやって人殺しの実験をさせられて、目も見えなくなって、ひとり取り残されていった。
すべての罪を、彼が背負うことになるのだろう。きっと墓に入ることも許されない。グランドカンパニーが来る前に、ここに埋めていってもいいかもしれない。でも、ここは彼にとって縁もゆかりもない土地だ。ひとりぼっちにしても悲しいだけだ。
「ごめんな」
それだけ言って、ウィスティルスタルはその場を後にした。
その後、グランドカンパニーが到着して、研究所内の資料をあらかたすべて持って行った。ワカの遺体も回収され、しかるべき処置を行われるという。
できれば墓に入れてやってほしいと伝えたが、グランドカンパニーの隊員は曖昧に返事をするだけだった。
7
フリーカンパニーに戻ったウィスティルスタルは、顛末をブルーデュースとロットドリスに語った。二人は何も語らなかった。否、語る言葉を持たなかった。
ウィスティルスタルは抜け殻のようになり、昼間まで寝て、起きて酒を飲み、そしてまた眠るという自堕落な日々を過ごした。エオルゼア連合で秘密裏に動いていた対黒薔薇の毒についてはまだ調査が続いていたし、その後の対応についてウィスティルスタルに依頼も来たが、彼はすべて断った。
抜け殻のような日々を心配したブルーデュースが、サベネア島の話をウィスティルスタルに持ち掛けた。
彼も依頼中に同業に聞いたらしいのだが、帝国が内乱でおとなしい今、船が数日に一本程度出ているらしい。まったくの異国へ行けば気分も変わるかもしれないと勧められるあがまま、ウィスティルスタルは必要最低限の荷物を持ってサベネア行の船に乗った。
港があるイェドリマンに到着し、一息つくと、チョコボポーターを使用して首都ラザハンに移動する。鮮やかな建造物は見事なもので、ワカさんも喜びそうだな、と思った。思ってしまい、首を横に振った。
ラザハンは、色とりどりの鮮やかな文様の建築物が多層的に構築されていた。
入口にいた人物に声をかけると、ここが貿易都市であることを教えてくれた。エオルゼア諸国との関係はまだ深くはないが、商人たちは独自の航路を使って品物を取引しにくるのだという。
誓約の階段という長い階段を登り切って噴水で一息をつく。マタンガのような獣人に声を掛けられ、エオルゼアから観光にきた、と答えると、彼らは嬉しそうにラザハン、そしてサベネア島について教えてくれた。
織物が特産であること、錬金術についての研究が盛んになされていること、スパイスの効いた食事が特徴的で、酒も美味いと自慢げに語る。ウィスティルスタルは感謝を述べると、ついでに教えてもらった宿へ向かった。
異色の土地だ。
知らない文化はウィスティルスタルの気分を存分に変えてくれたし、当分滞在してもいいな、と思えた。とにかく忘れてしまいたかった。不誠実だと内なる自分が責めているが、ワカさんならきっと許してくれるだろう。
宿で十分に休息をとり、翌日からラザハンの都市内を探索して回った。エオルゼアの冒険者だと名乗ると皆珍しそうにした。商人は来るが冒険者が来ることはあまりないという。自警団である星戦士団が警備などを行っており、商人たちの滞在中の護衛も行っているらしく、冒険者の存在は珍しいそうだった。
人々は活気に満ちている。ウィスティルスタルは休息をとりながら広いラザハン中を歩き回り、人々の営みを楽しんだ。行く先々で声をかけられた。ウィスティルスタルの存在については、珍しく冒険者がきたと風のように都市をかけていったらしい。土産にどうだとかサベネアの観光スポットだとか、頼んでも無いのに人々は情報を山ほどくれた。
ラザハンに数日滞在したウィスティルスタルは、そろそろサベネア島を散策してみようかと考えていた。依頼でもなく単なる冒険をするのは久々である。楽しいな、と心が沸き立つのを感じていた。
星戦士団の詰め所に赴き、危険な場所やリスキーモブに該当するモンスターがいないかなどを訪ねていたら、アルカソーダラ(マタンガではないらしい)の女性がばたん!と大きな音を立てて入室してきた。
「エオルゼアの冒険者さんっている?」
彼女はそう尋ね、ぐるりとあたりを見渡し、ウィスティルスタルの姿を認め、いたあ!と大きな声を上げた。
「私はアルキミヤ製薬堂につとめてる錬金術師なんだけど、エオルゼアから調査依頼で届いた文書で、一部どうしても読めないのがあるのよ! もしかしたらエオルゼア訛りとか、そういうのがあるのかもって思って、あなたに見てもらいたかったの」
「俺に?」
「冒険者ならいろんな国を見てきてるだろうし、お願い! 藁にも縋る思いなの」
ウィスティルスタルとしては錬金関連はワカを思い出すので避けていた。だが、こう頼まれてはどうにも弱い。「わかった」と答えると、アルカソーダラの女性についていった。
アルミキヤ製薬堂はウルダハの錬金ギルドの数倍の広さと設備を持っていた。
「たまにね、ウルダハの錬金ギルドから調査依頼が届いたりするの。サベネア式で見ると違う発見があったりするから」
「へえ」
錬金のことはさっぱりだが、ワカを連れてきたら喜ぶだろうな、と思ってしまった。見たことのない錬金窯、薬品、おおきな甕。どれも好奇心をくすぐられる。
「それでね、あなたに見てもらいたいのはこれなのよ」
ウィスティルスタルが周囲を見渡していると、女性が一冊の分厚い紙束を持ってきた。それはひもで綴られており、いわゆる本ではなく、論文などの類であった。
「途中までは読めるのよ。でもね、突然みみずののたくったような字になっちゃって
……
」
ほら、ここから。ウィスティルスタルに問題の箇所を開いて見せる。
「で、みみずの後はずっと白紙なんだけど、調査したら何か封印されているみたいで。でもどうしたらいいか手詰まりになっちゃったのよ」
ウィスティルスタルは目を見開いた。みみずののたくったような字。俺が分かればいいんだよと言って書いていた字。何書いてるかわかんねえよといつも指摘しては、こう読むんだよと理不尽に怒られた。
「ワカさんの字
……
」
ウィスティルスタルは息を飲む。これは、あの研究所から持ち出されたものだ。
ミミズののたくった字の前には、だれにでも読めるように丁寧な文字で研究の過程が記されているようだった。あの研究所にあった膨大な資料の中の一部だ。そして、ワカが封印したのだ。─いったい、何にために?
「
……
記録は愛する者の名のもとに」
「え?」
「このみみずみたいな文字で書かれてる文章だ」
アルカソーダラの女性はウィスティルスタルの返答を聞き、すごい! と感嘆した後、ということは、と、ものすごい勢いでぶつぶつと独り言をしゃべりだす。
ウィスティルスタルはぎょっとしながら彼女の様子を見ていると、「パスワード!」と彼女が大声を上げ、ウィスティルスタルはしりごみした。
「誰かの名前が、多分この人の恋人かしら? が合言葉になっているのよ。でもこの論文、誰が書いたか名前がないのよね
……
ウルダハに問い合わせたらわかるかしら
……
」
「
……
ペンを貸してくれるか?」
「え? え、ええ」
懐からペンを差し出され、ウィスティルスタルは受け取った。そしてミミズののたくった字の下にある空欄に自分の名前を、ウィスティルスタルの名を記載する。
すると論文は輝きを帯びはじめた。ウィスティルスタルも目を見開き、ほかの錬金術師たちもなんだなんだと集まり始める。
あたたかな光だ。
ウィスティルスタルがそう思うと、その光は収束して消えた。おそるおそるぱらりと次のページを開くと、誰でもわかるような字で、何らかの論文が記載されていた。
「
……
! すごい! なんでわかったの? いやそれよりも続き! 続き読まなくちゃ!!」
せかされるがまま錬金術師に渡すと、彼女は息までも止めてしまったかのように論文に集中した。すさまじい勢いでぱらぱらと読み進め、はあ、と息をつく。
「
……
なるほどね」
「何が書かれてたんだ?」
「いわゆる黒薔薇のレシピと、その実験結果、そして対抗手段がないという事実」
は、とウィスティルスタルは息を飲む。グランドカンパニーが、帝国も含めた全世界が欲しがる情報だろう。そしてあまりにも危険な情報だ。
「
……
完成させてたのか」
「おかしいと思った。前半のほうにはなんとでもなる毒のことばかり書いてあった。論文にしては稚拙だけど、正確な情報と豊かな知識で記述されていたのよ。あら、これ、前半の記述も全部変わってるわね
……
ずいぶん凝ったことをしたものだわ」
「どうして、こんなこと
……
」
ウィスティルスタルがうつむくと、アルカソーダラの女性は最後のページを開いてウィスティルスタルに見せた。
──正しい行いをできる唯一の友に託す
「は
……
」
ウィスティルスタルは論文を抱えると、ワカが死んでからようやく泣いた。
こんなものをもらったってうれしくない。一緒に冒険できればよかった。こんな形でサベネアで再会したってどうしたらいい。
アルカソーダラの女性は何も言わず、ウィスティルスタルを見守っていた。
「
……
あなたの知り合いが書いたものだったのね」
サベネア原産というチャイを飲み、ウィスティルスタルはほっと一息つく。「そうだ」と答えると何てことかしらと女性は頭を抱えた。
「きっと、これは世界を動かす論文だわ。だから悪用されないように細工したのね。正しく扱える人、この論文を書いた人が信じられるあなた以外が読めないように」
「
……
わかるさ」
「どうするの? あなた次第よ」
「
……
俺が預かってもいいだろうか」
「わかった。申し訳ないけど、変化する前の論文を複写させてちょうだい。それをウルダハには返すわ。ちょっとぼろっとさせて、それっぽくしてね」
「すまない。手間をかけさせる」
「
……
でも、あなた、大丈夫? これはとても重いものだわ」
ウィスティルスタルはすこし目を丸くした後、快活に笑ってみせた。アルカソーダラの女性はきょとんとする。
「あの人は俺にいっつも重たいもんばっか背負わせるんだ。無自覚に。とんでもねえ迷惑な人でさ」
ぱんぱん、と論文の束を叩き、ウィスティルスタルは笑った。
「背負えなくなったら突っ返してやるさ」
そののち、複写が終わるまで、ウィスティルスタルはサベネア島を旅した。あの論文をここの錬金術師たちに託せば、もしかすれば黒薔薇への対抗策の研究も進むかもしれない。だが、ワカはウィスティルスタルに背負えと言った。だからいったんは預かることにした。
どうするべきかの答えはでない。当たり前だ。こんなの冒険者が持ってていいものじゃない。でも、いつか、俺なら正しく扱えるだろうとワカさんは信じてくれた。だから俺は俺なりに、答えを探して、正しい選択のもとに託す。
薫風が鼻をくすぐる。ウィスティルスタルはいつ帰ろうか、とふと考えたのち、もうちょっと旅でもするか、と思い直す。
いつか話した、ふたりで冒険したいという言葉を思い出しながら、ウィスティルスタルは借りたチョコボにまたがった。
■エピローグ:ワカの手紙
手紙を書いたことが無いんだ。
遺書を書けって何度も言われたことがあるけど、面倒で書いたことがなかった。遺したいものなんて何もなかった。
俺の人生はしょーもないものだから、それでいいと思ってた。
本当はあの論文は燃やすつもりだったんだ。俺が先頭に立って作った毒。理不尽だろ?
帝国はあれを使った。そして、それに対抗してエオルゼアでも同じものを使ったらどうなる?
人は死ぬ。土も海も。すべてが終わる。そうやって終末を迎えて、残るのは死の大地だ。
研究中に事故で目に試作の毒が入ってしまって、俺の眼はもう少ししか見えない。いつか失明するだろう。お前がそんなへまするか? って、あんたは笑うかもしれないな。
まあきっと、あれは仕組まれた事故だったんだろう。あの研究所での日々は、詳しく書いたところで時間の無駄だからやめておく。
俺が死んだら、論文はエオルゼアの手に渡るだろう。ただしいひとたちによって解毒、もしくは免疫、抗体、そういう
……
なにか解決策が見つかればいい。そう思ってた。最初は。
俺にはたどり着けなかったところ。
血に濡れた手で、たどり着けるわけがない答え
……
。
でも、きっとこの論文はそのまま、毒を作るために使われる。最初は解毒剤や抗体を研究するために再現してほしいって説明されていた。でも、俺が出来上がったって言った途端、俺は用済み扱いされた。
解毒剤だとかを研究してる時間なんて、最初から考えてなかったんだ。皇帝が不在の今のうちに量産して、帝国への抑止力として使うつもりだったんだろう。
お互いがお互いの正義を胸に、この毒を使うんだろう。そうしたらはじまるのは大量虐殺の連鎖だ。憎しみは憎しみを呼び、悲しみは怒りに変わる。
一度はじまってしまったら、もう終わらない。すべてを食い尽くすまで。
だから、なんとか目が見えるうちに細工した。俺が唯一信じることができるあんただけが読めるように。
あんたが選んだ決断なら、俺は全部受け入れる。燃やしてもいい。グランドカンパニーに渡しても。遠い他の国に渡してもいいし、シャーレアンに持ち込んでもいい。
……
あるいは、あんたが持ち続けてもいい。
持ち込めばきっと多少は金になるだろう。燃やせば背負うものは無くなる。持ち続けると
……
どうだろうな。あんたならいい使い方を思いつくかもしれない。
こんなもん残すなって怒られるかな。本当にごめん。でも、俺は友達が少ないんだ。こんな性格だからさ。
俺と一緒に冒険をしてくれてありがとう。ウィス、あんたと共に冒険者をしてきた日々は、俺にとって人生の最上の時間だった。
ありがとう。明日も、良い日になると信じて。
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