ほしのねい
2025-10-06 00:30:47
2251文字
Public 海財
 

【海財】やさしいおかたづけ

――後輩が言うには、
これは立派なえこひいきらしい。






「まじか……っ」
――ご覧のとおりです」

これは、どういうことだ?
しかめっ面をいっさい隠さず、ぐるりと部屋中を見渡す。
(ご覧の通り、じゃねぇだろ……っ)
ほんの半年ほど前までモデルルームか? ってぐらい無機質だった室内は、すっかり荒れ果てていた。多種多様な本がメインだ。そこに、おざなりに衣類が混ざっている。
やさしい色彩のどこかの国の絵本から、かしこまった専門書まで――読書を勧めたのは確かに海棠だが、乱読にも程がある。積まれている本の山には、手を付けられた形跡が確かにあった。見覚えのあるタイトルだらけだ。
(あ~~くそ……っ)
(こいつに教えたモンばっかじゃねぇか)
たったそれだけでこの惨状を許してしまえそうな自分に、必死に舌打ちをする。

「おまえ……どうしてこうなる……っ」

頭が痛い。実は一か月前、同じ光景を海棠は目にしている。趣味がないという財津が、めずらしく食いついてきたので、手持ちの小説を貸してやることにしたのだ。
何冊か適当に選んで持って行ってやる、と。――そこで、この惨状に遭遇してしまった。
最初は、引退したばかりで、こいつも落ち着かねぇのか? と思った。――走るためだけに生きてきた、イキモノだ。
夜寝て、朝起きること。メシをちゃんと食うこと。
居住まいを正すこと。
それらはすべて狭いトラックの中を駆けるためにあった。以前のこいつなら『散らかった部屋』などという環境に心身のリソースを取られることを許さなかったはずだ。

――おい財津。これは、もう読んだのか?』
『とりあえずこっち、な? 未読のモンは積んでおくぞ』
『優先順位はあるのか? ……は? 俺に聞くなよ』

……そう。艶やかな皮のソファの上で、おとなしく海棠の片づけをじっとみている財津にあれこれと聞きながら、手伝ってやったのだ。手伝いというか、ほぼメインだったが。
『いいからお前はそこにいろ!』と海棠に言われるまま、借りてきた猫のようにソファに座りこむ財津が、放っておけなかったのもある。

まるですき間を埋めるように、手あたり次第に書籍を買い集めた部屋のなかは、確かに酷い有様だった。
理由が理由なだけに、つよく叱れなかったのが悔やまれる。

* * *

そうして今日。
某雑誌のインタビューが被ったタイミングで『あれから、どうだ?』などと海棠はうっかり声をかけてしまった。
ふいっと一瞬だけそらされた視線に、思わず目が座る。

――まだ、落ち着かねぇのか?」
返事はない。以前と同様『そこにいろ』と海棠に言われたソファに、おとなしく収まっている。この惨状をとがめないワケにはいかないが、撮影のために少しだけ切った毛先が、まるい肩の上でくるんっとハネているのが目に入って、一気に毒気をぬかれてしまう。

……おまえ、ほんと~~に走り以外は、だめなんだなぁ」
「っ」
ため息交じりに呟いた声音は、不機嫌に聞こえてしまったかもしれない。うすい瞼のしたで黒い双眸がゆっくりと瞬く。
借りてきた猫というか、迷子の猫だ。それも極上の。
いつだってまっすぐなセリフを吐いてきた唇が、はくっとひらいて……言葉にならずに閉じてしまう。
「あのなぁ……よりによって、なんで【散らかす】ことまでヘタクソなんだよ」
「???」
「本の置き方が丁寧すぎる。しかもクリーニングから返ってきました~って面したシャツを、ビニルひんむいて乗せるな。バレバレだぞ、こんなん」

飴色のテーブルのうえで、不器用に積まれた本の山。
不釣り合いにその横に添えられている、
洗われたばかりの白いシャツ。

――いくらなんでも、あからさますぎる。
何が言いたいのか分からないが、相談があるのならこんなことわざわざしなくても、乗ってやるのに。
身勝手なやさしさだ。それで構わない。こいつは俺の『最上』なのだ。

(いままでどれだけ……っ)
(どれだけ、おれが――

腹の底がザラつく。
まんまと指摘されたことが的中したのか、財津はそっぽを向いてしまう。
十五のころから見てるこっちにしてみれば、珍しいことこの上ない。
海棠が見ている限りで、十代の財津に反抗期というものは、訪れていないはずだ。

いったいどれだけ、
その張りつめた背中を見てきたと思ってるんだ。
いったいどれだけ、おれが――

……だ、って」
「なんだよ」
――だって。わからなかったから」
「??? なにがだ?」

ぽつん、とつぶやく財津は、走るためだけに使ってきた身体をちいさく丸めて、抱えたひざから自分のつま先に視線を落とす。
しっぽなんてモノがついていたら、しょんもり垂れ下がっているだろう。迷い猫すぎる。じぶんちだろ、ここ。
(ほんとに、こいつは……っ)
さっきから思考がとっ散らかっている。
白線のうえを走らなくたって、すこしも変わらない。
いつだってこいつは、俺のなけなしの余裕を奪っていく。

「わからないんです」

――どうしたら、海棠さんを捕まえられるのか。
――いちばんをとるより、むずかしい。

…………かんべんしてくれ」

わからない、と。
こぼした声の先が、細くふるえている。

戸惑いを帯びた眼差しが、
ゆっくりと海棠のほうに預けられた。

ぐぅっとうめいた海棠は、
ジャマな本たちをかき分けるとヘタクソな散らかし魔を
その腕に閉じ込めたのだった。





(もう捕まえたし、もう捕まってる!)