syanpon
2025-10-06 00:04:12
4063文字
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綺麗なのは貴方だけ

天使パロ
オトスバ(ししょすば)
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 静かな夜だった。
 寒いというにはまだ早い。誰の気配もない夜の街はオットーの革靴の音が響くほど静かだ。月明かりですら薄雲に邪魔されて陰っておりその美しさを隠してしまっている。
 なれた道をなんの感情もなく歩きもう寝るだけとなっている自宅の鍵を回し開けた。
 途端に視界が白に染まる。いや、実際にオットーの視界を占める白は三分の1ほどだった。それでも薄暗い部屋の中でなにものにも汚れることなく輝く白に吸い寄せられる。

「遅い!」

 ――それがナツキスバルとの、天使との出会いだった。

「俺たち天使は不幸な人間を幸せにしてやる仕事をしてるの」出会って早々に大きな羽をバサバサとはばたかせながらスバルは語った。片翼だけで大人の腕の倍はありそうな翼だ。
 オットーの部屋にものがほとんどなくて不幸中の幸いというべきか。
 
「これが幸せってことですかね」

 そう言えば目の前の天使は天使に似つかわしくない鋭い目つきを哀れみで歪め、「お前の幸せ小さすぎるだろ……」と肩を叩いた。

 ***

「具体的に僕をどう幸せにするんですか」

 オットーがそう尋ねればスバルは肩をびくりと震わせた。拍子に人間でいう肩甲骨のあたりから生えている羽もバサリと音をたてる。天使の顔を覗き込んでみればバツの悪そうな顔をして目を泳がせていた。

「えっ、とぉ」
「はい」
……うーんと」
「はい」
「ええぃ! 天使パワー!」

 なんとも言えない掛け声を上げたあと、スバルはオットーのカサついた両手をぎゅうと握りしめ、チープな掛け声をあげる。

 が、しかし何も起こらない。
 何か光るわけでも音が鳴るわけでも目に見えた幸福がふって湧いてくるわけでもない。説明を求めるようにぱちぱちと瞬きをしてスバルを見つめれば天使は困ったように笑った。

「俺、天使の中でも落ちこぼれなんだよね……

 お前のこと幸せにしてやりたいのは本当なんだけど、羽先を床にずり、と擦り付けて笑う。手を離そうとするとその手をオットーに再度ぎゅっと握りしめられる。

「な、に」
……いえ、天使も体温とかあるんですねえ」

 男の指より細い指先を握って離してを繰り返しながらオットーはしみじみと語る。

 その瞳には失望も怒りも滲んでいなくて。

……お前に幸せになってほしいよ。おれ」

 スバルは男の指先を握り返した。

 ***

 大きな羽をもっている方が、多くの枚数を持っていた方が基本的に天使の力が強いとされている。スバルは幼少の頃から他の天使よりも羽が大きく、他の子供達よりも頭ひとつ抜けて能力が高かった。
 が、成長していくにつれてその差は縮まり追い越され、見送るだけになってしまっていた。
 他の天使たちは祝福のラッパを吹き鳴らし飛び回っているのにスバルはまだ吹き鳴らすことすらできない。
 大きな羽は涙を隠すのにはちょうどいいが大きいだけの羽は傷を作っても分かりにくくて嫌だった。

 スバルから見たオットー・スーウェンはここぞという時に運に見放されている男であった。
 そのどうしようもなさをなぜか自分に重ねてしまう。
 彼を幸せにすることができたのならば、このどうしようもない自分も救われるような気がしてしまったのだ。

 ここにきて1ヶ月ほど経っただろうか。幸せにする術をもたない天使と幸せがわからない男の生活は平行線で続いている。最近わかったことだがオットーはスバルの羽を触るのが好きらしい。先端の方をほんの少しそろそろと触ってくるのはどうしようもなくくすぐったい。
 末端の方は神経もそんなに通っていないはずなのになぜだかオットーが触れてくるとどうしようもなくくすぐったいのだ。一回だけ「そんなに気になるものか」と尋ねたことがあるが端的に「綺麗なので」と返されてしまった。これで恋人がいないのもおかしな話だ。
 スバルからしてみればほんの少し澱んでいるけれどもオットーのビー玉のように綺麗な青い瞳の方がよっぽど綺麗だと思うのだけど。
 
 スバルから見ても初めの頃よりも雰囲気が柔らかくなったんじゃないかと思う。ほんの少し口元を緩めて笑うようになったしスバルが大きな羽で物を倒しても困ったように頭を撫でてくるだけだ。人には人の幸せというが、一体何が彼に効いたのかわからないが(悲しいことに己の天使パワーではなさそう)今のオットーは出会った当初と比べたら幾分か幸せそうに見える。

 でも、オットーが幸せになってしまったらスバルはここに別れを告げなくてはならない。そうすれば天使は見えなくなってしまう。
 
 人には人の幸せがある。

 こいつは、オットーはまだ幸せじゃあないよ、とスバルは今日も嘯いている。

……早く幸せになれよな」
「僕が幸せになったらあんたはどうするんですか? なんか昇格とかするんです?」
「いや。そしたら別の人を幸せにしにいくよ。オットーから俺は見えなくなってそのまま」

「は?」

「え、なに……い、痛い!!」

 突然の刺すような痛みにスバルは悲鳴をあげた。声を上げても痛みはおさまってくれなくてジタバタと暴れるが羽が邪魔をしてオットーの姿も見えないし何が起こっているのかすらわからない。痛い痛いと暴れて叫べば体をうつ伏せに倒された。

「痛い! 痛い痛い痛い痛い!!! いたい!!!」
――いかせませんよ」

 ブチ、と太い繊維が切れるような音がスバルの体から聞こえる。右肩のあたりが燃えるように痛い。半狂乱になって音の正体を探るために振り返るとオットーがスバルの片翼を握りしめていた。まるで紙を握り潰すようにスバルの羽がへし折れていて根元の方が赤く染まっている。
 
 根元の方から千切られかけている。

「痛い痛い痛い痛い痛い!!! やめ、やめていたい!!! たすけて、やめて、痛い痛い痛い!!! 羽もがないでお願いします痛いから!! 俺、帰れなくなっちゃうから!!!」

 涙が溢れて止まらなくて背後の男に叫び散らす。
 羽を一枚でも失ったら天使はもう戻れなくなってしまうのだ。冗談にしてもやりすぎているし優しい男のことだからやめてくれるはずだとスバルは必死に叫んで懇願する。

「戻れなくなるんですか? いいですね、それ」

 ぶち、ぶちぶちと音がする。
 オットーがスバルの羽を引きちぎる。

「あなた、僕が幸せになったらいなくなっちゃうんでしょう? 僕はあなたがいないと幸せになれないのにそれっておかしいじゃないですか」

 スバルの体から完全に剥がされた右翼はその大きさの割に軽かった。あんなに綺麗な白だと思っていたのにいざ本人の体から離れてしまうとそうでもないかもしれない。

「戻れなくなるんでしたよね。じゃあずうっと一緒にいましょうね」

 神も仏も信じていないし天使の飼い方なんてものもとんとわからないがなんとかなるだろう。

 祈る対象が見つからないオットーはうっそりと笑い、赤く染まったスバルの背中にキスを落とした。