その後、気絶していた男たちを縛り上げ、警察へ連絡した。ぬらりひょんはすぐに動いてくれ、男たちは暴行と誘拐の罪で逮捕された。彼らにはまだまだ余罪がありそうだった。山田老人には悪いが、息子は当分塀の中で暮らすことになるだろう。事情聴取を終わらせて屋敷に戻ると、すっかり日が暮れていた。
「おお、親父さん。お疲れじゃったのう」
「茶漬けでよければすぐ作れるぞ」
広間で晩酌をしていた子泣き爺と、ゲゲ郎の帰宅を待っていたらしい砂かけ婆が出迎えてくれた。
「ああ、ありがとう。いただくとするかのう」
ゲゲ郎は礼を言って広間に上がり込んだ。
「水木の具合はどうじゃ?」
誘拐され、寒い所に放置されていた水木の体調を慮り、ぬらりひょんに頼んで水木は先に屋敷に返していた。子泣き爺は代々医者に継承される名前である。いつもは飲んだくれているが、腕は確かだ。
「顔を殴られたのと、腕を縛られた擦過傷じゃな。それ以外は元気なものじゃよ」
「それはよかった」
「水木どのも、親父さんの顔を見たら安心するじゃろう。ほれ、茶漬けができたぞ」
湯気を立てる丼の中には、たっぷりの焼き鮭がほぐして入れられている。ゲゲ郎はそれを受け取り、ふうふうと冷ましながら食べ始めた。彼の体調に問題がないようならそれでいい。焼き鮭を噛み締めながら、今日の出来事を思い返した。
「それで、どうして水木どのが誘拐されたんじゃ?」
砂かけ婆に聞かれ、ゲゲ郎は箸を止めた。
「……わしへの怨恨じゃ」
夏祭りでゲゲ郎に叩きのめされたことを根に持っていたようだ。だが、一見優男で軟弱そうに見えてもゲゲ郎は強い。そのうえ、地域を仕切るヤクザとあってはなかなか手出しできなかった。
だが昨夜、夜道を一人で歩く水木の姿を見て、夏祭りでゲゲ郎のそばにいた男だと思い出した。一度見たら忘れられない端正な容姿の男だ。それも当然だろう。山田の息子は閃いたのだ。――――水木を痛めつければ、ゲゲ郎への報復となるのではないか、と。
「なんということじゃ」
「鬼畜のような輩じゃのう」
子泣き爺と砂かけ婆が憤慨する。水木は彼らにとって、もう家族も同然なのだ。老人たちが憤っている間、ゲゲ郎はずっと黙っていた。その沈黙をどう受け取ったのか、子泣き爺は「親父さん」とゲゲ郎に呼びかけた。
「お前さんのせいではない。水木どののことも、岩子のことも」
「……」
付き合いが長いだけあって、子泣き爺たちには心中で考えていることなどお見通しのようだ。
ゲゲ郎は事情聴取をされながら、ずっと考えていたのだ。
肝臓を壊して死んだ母。出産がもとで亡くなった妻。ゲゲ郎のせいで誘拐された水木。
彼らはゲゲ郎にとって大切な人だった。だが、もし自分がいなければ、彼らはもっと幸せに生きることができたのではないか。昔、母の恋人に『疫病神』と罵られたことがあるが、自分は本当に大切な人に不運を招く存在なのかもしれない。
――――水木のことを、手放してやるべきなのだろうか。
そんな考えが、どうしても頭から離れなかった。
恋を自覚したとたんに別れを思うなんて、自分はとことん間が悪い。
お茶漬けの入った丼を傾けて、すっかりぬるくなってしまっただしをすする。冷めてしまうとしょっぱさだけが舌に残った。
すっかり夜も更け、そろそろ眠ろうかと部屋の電気を落とそうとした時だ。
「ゲゲ郎、いるか」
襖の向こうから声をかけられて、ドキリとした。水木の声だ。
「おるよ」
「……入っていいか」
おずおずと声をかけられ、ゲゲ郎は「ああ」と答えて彼を部屋に招き入れた。その姿を見て、ゲゲ郎は目を丸くした。水木が着ているのは、ゲゲ郎の着ているのと揃いの髑髏蜘蛛の着物だったからだ。びっくりしていると、水木は恥ずかしそうに「砂かけさんが誕生日にくれたんだ」と早口で言った。
「髑髏蜘蛛というのは、一見不気味に見えるが……髑髏というのは死や世の無常、死からの再生を表し、蜘蛛は子孫繁栄やお釈迦様との縁を意味する。初代が好んで身に着けたものでな。人と人との縁を大切にするよう願いを込められておる」
「へえ……」
水木は感心したように着物を眺めている。
「よう似合っておるぞ」
心からそう言うと、水木は少し顔を赤らめた。立ち話もなんだからと、部屋の中へ招き入れる。布団が敷かれているのを見て、一瞬、水木は動きを止めた。しかし、すぐに思い直したように部屋の中へ入ってくる。
「怪我はもういいのか」
「ぴんぴんしてるぜ」
「そうか。何よりじゃ。おぬしになにかあれば、時貞翁に申し訳が立たぬからのう」
ゲゲ郎は水木を安心させるように微笑んだ。しかし、水木の表情は晴れなかった。彼は何か言いたそうにしている。だが、なかなか切り出せないようだ。ゲゲ郎は彼が話し始めるのを根気強く待った。やがて、水木は意を決したように顔を上げた。
「話がしたいんだ」
青い目がまっすぐにこちらを見つめている。緊張しているのか、水木は膝の上で拳をぎゅっと握りしめていた。震えているのは寒さのせいもあるだろう。襖の向こうで聞こえる微かな音は雨音だろうか。道理で冷えるはずだと、ゲゲ郎は立ち上がり、水木の肩に自分のかけていた羽織をかけてやった。
「お前はいいのか」
「わしは暑さ寒さにはめっぽう強くてのう」
それだけでも足りないと思い、常備してあるグラスを二つ手に取った。
「飲みながら話さんか。わしも話したいことがあるし、夜は長いからのう」
のんびりした口調でそう言と、水木はほっと表情を緩めた。彼は「ありがとう」と言ってグラスを受け取った。
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