おまえの重さ(原藤)

付き合ってる原藤。「上に乗る」「噛み跡」「鋼の脚で蹴る」の話。

 原田が部屋に帰ってくると、同室の藤堂はベッドにうつ伏せに転がって、貸し出しのタブレット端末でパズルゲームを遊んでいた。
「そんな機能あったのか」
「うん」
 ちっともこちらを振り向かない藤堂は原田がいない間にやり込んでいたらしく、とんとん拍子にマスに数字を埋めていく。
 原田はベッドの端に腰かけ、頭のつむじをぼんやり眺めてみる。藤堂はゲームに夢中だ。貸し出してもらったとき、あまり長時間画面を見つめていると眼精疲労が溜まると注意されていたようなことを思い出す。
 そばに座っていても背中を見せつけてちっとも警戒されていないことには仄かな高揚感が浮かんだが、手持ち無沙汰にじっと待つには、すぐに飽きた。せっかくどちらも休日で、いまは二人きりだというのにつまらない。
「平助」
……んー」
 音は聞こえているが返事は鈍い。原田はベッドに膝を乗り上げた。ぎし、とベッドが二人分の体重を受けて軋む。藤堂の両脇に腕をつき、影の檻の中に閉じ込める。哀れ白兎は、あっけなく赤い狼に囚われた。
 ずっしりと体重を乗せると、異変を察した藤堂はぴくりと暴れ出したがすでに遅し。小柄な藤堂の抵抗を封じ込めることは原田には訳もない。背中を押し潰して脚を絡めて手首を捕え、なにすんだよ、とわめく藤堂の無防備なうなじに唇を寄せる。舌を出してべっとりと舐めると、ヒヤッとしたのか甲高い声が漏れた。
 首だけ回して睨みつけてくる色濃い青に、原田の欲に濡れた顔が映り込んでいるのを見つけてゾクゾクと興奮が昇ってくる。
 舐めたい、と本能的に思って原田はまなじりに音を立てて口づけた。きゅっとまぶたをつむった藤堂に少しだけ残念に思いながら丹念に皺を舌で濡らしていく。
「は、らだ、さん」
 上からかぶせて握っている手の中ですっぽり収まってしまう彼の指が原田の指に添えられる。抵抗ではなく許容を。思うところがあって原田は接吻を止めてやった。
「平助、なまえ」
「は……?」
「俺のなまえ。呼んで」
 原田の考えが理解できない、藤堂はそんな顔をした。彼にとっては突然に原田がスイッチを入れたように思われるのかもしれない。
「左之助」
「うす」
「左之助、退いてくれますか。重たいし、苦しいし、……僕から、顔が見えない」
 原田がそっと身体を浮かせていくと、藤堂はごろりと仰向けに寝返りを打った。タブレット端末を追いやろうとしたので原田が代わりにサイドテーブルに置いてやる。ガタン、と重たい機器が物音を鳴らしたと同時に、藤堂の腕が首に回る。左の義手のひやりとした感覚がどれほど熱を持つのか、原田は期待に喉を鳴らした。



「そろそろ退いてくれませんかね」
「ん……
 抱き枕にするには小さいし機械でなくてもごつごつしているしで抱き心地は悪いが、人肌の暖かさは何にも代えがたい。汗びっしょりの髪の匂いを吸っていると、真下に敷かれている藤堂がもぞもぞと首を振ってくすぐったかった。
 どんどんと腹の傷を叩かれているのは知っていたが、そんな弱々しい力ではびくともしない。調子に乗って耳を塞いで顔をこちらに向けさせて唇を吸う。舌を差し込んでやれば接吻が下手くそな藤堂は翻弄されるがままだ。青い眼が驚きに開き切って、鼻にかかった声がくぐもって響く。
「うっ」
 がり、と舌を噛みそうになって原田は唇を離した。まだ脚の付け根がじんじんと痛む。痛むのは藤堂の鋼の脚が情け容赦なく蹴り上げたからで、ぎりぎり急所を逸れていた。もし直撃していたらただでは済まない。
「っぶねえ! へし折る気か!」
「さっさと退かない左之助が悪い。水飲みたい」
 気怠そうに起き上がった藤堂は悶絶する原田を脇に転がすと、ベッドから降りて小型の冷蔵庫を開けた。冷蔵庫にはだいたい酒と水、氷室にはチョコレートアイスが入っている。藤堂は水のペットボトルを取り出し、ごくごくと音を立てて傾けた。喉仏から垂れ落ちる汗が妙に官能的で、原田はこくりと唾を飲む。藤堂は一気に飲み干すと、原田にも一本投げて寄越し、空のペットボトルは冷蔵庫の上に置いた。
 汗だくの身体をタオルで拭いてストレッチを始める藤堂に、原田はちびちびと水分を摂取しながらタフだなあという気が湧いてくる。藤堂曰く変な筋肉を使うので伸ばさないと始末が悪いとのことだったが。
 刀を持つ男の例にもれず無数の切り傷が刻まれた背中だった。その中に、あきらかに刀傷には思えないものが混ざっていて原田はにやけさせる。背中に、肩から腕のライン、太股の内側、おそらくは藤堂が見えないところまで。壁にもたれてその生々しい痕跡を原田が数えていると、ふと藤堂の動きが軋んだ。
 気づかれたか。原田はペットボトルを床に投げて壁にもたれていた身を起こした。
「クソッ、こんなところまで」
 勢いよく振り返った顔はいまにも湯気を噴き出しそうなほどに火照っていた。怒るとますます幼く見える童顔だ。胸の真ん中に堂々と滲んでいる歯形を指す。
「おまえ、がぶがぶ噛みすぎだろ。犬じゃあるまいし」
「赤狼なもんで」
 しれっと原田は答える。生身の拳が飛んできたので身体をひねって避けた。
 藤堂は怒りが収まらないらしく原田自身に乗り上げてくる。形ばかりの揉みくちゃの抵抗をしつつ原田が笑っていると、藤堂は原田が逃げられないようがっちりと両脚で腰を挟んで頭に平手を落としてきた。素手であるだけ本気ではないぶん、お互い素っ裸というのも笑い話だ。
 と、藤堂は原田をまじまじと見下ろす。藤堂の全身につけられている歯形の数も相当だったが、藤堂とて義肢の腕力があまって無意識にぎちぎちと絞め落とそうとしてくることも幾度かあった。原田の方もそうして残された赤い線が走っている。
……ウワ……痛くないんですか?」
 そろりそろりと指で撫ぜられて鳥肌が立つ。急に換気をまだしていない室内の湿っぽいような気配を強く意識して、原田はまたも熱が中心に集まってくるのを感じた。どっと汗が噴き出してくる。
「左之助?」
 心配そうに顔を近づけてきた藤堂の首を捕まえ、半開きのそこに口づけた。ほとんど重さを感じないような身体を抱きすくめれば簡単に火が移る。原田と似たような表情で藤堂がうっそりと笑む。
「続きはいいけど、今度は潰したり噛み噛みしたりしないでよ」
「よく云う。そういうの好きなくせに」
 意趣返しのように噛みつかれた。