悠環 彰
2025-10-05 11:36:40
2085文字
Public MCU:ステサム
 

見知らぬ部屋

ライサム前提のステサム未満。
WSとCWの合間のある朝のステとサムの話。

CW時期に書いたお話です。
初めて書いたCPっぽいお話でした。

※ミニイベント【#月いち36の日】掲載作


 ふっと浮上する感覚がして目が覚めた。ブラインドから差し込む光は既に早朝のそれではなく、いつもより深く眠ってしまったようだと分かる。三日ほど続く神経を張りつめていた調査が昨日やっと一段落したからだろうか。
 超人の自分でも疲れることがあるんだな、と改めて他人事のように考えながら起き上がろうと身じろいだ。
「んん」
 そこで、やっとスティーブはベッドの中にもう一人の気配があることに気づいた。スプリングの軋む音にむずがるような声を上げたのは、この家の主であるサムだ。昨日スティーブが寝た時にはいなかったから、夜遅くに帰ってきてそのまま潜り込んだのだろう。
「珍しいな」
 スティーブと同じく、サムも朝は早い方だった。まだ夜が明けきらない時間に起きだして、早朝ランニングに行くのは彼の日課でもある。だからこそ、こんな時間までベッドの中にいるのは稀なことだ。特に、スティーブが泊まっている日なら、尚更。
 眠たげに開かれたサムの横顔に苦笑ともつかない笑みが浮かぶ。
「ごめん、サム。起こし」
 寝室に隣接するバスルームに向かおうと身を起こしながら口にした謝罪の言葉は、途中で途切れた。するり、と伸びてきた褐色の腕がスティーブの肩に回り、やんわりとベッドへ引き戻す。
「サム?」
「まだ、もうちょっと、いいだろ」
 足が伸び、絡む。呆気に取られるスティーブの額に、軽いリップ音と共に唇が触れる。
「そのまま」
「サ、」
「いい子」
 寝起きの甘い声。そのまま、サムは再びまどろみの中に戻ろうとする。高い体温が直接肌に触れる。スティーブはどうしていいか分からず、何か気まずいものを見たような表情を浮かべながら行き場のない手で頬をかいた。
「ん……
 それから三十分ほど。くぐもった声を漏らしながらサムが再び身じろぎ、薄らと目を開く。
「あ、れ……今何時だ」
「十時ぐらいかな」
 独り言のような声にスティーブが時計に視線をやりながら答える。一つ、瞬きをしたサムが「え」と疑問の声を上げた。
「は、なに……スティーブ?」
「おはよう、サム」
 苦笑を浮かべながら朝の挨拶をすると、ようやっと自分がスティーブに抱きついているという現状を把握したサムが「うわぁ」と悲鳴のような声を上げて転がった。
「うわ、危ないっ」
 そのままベッドから転がり落ちそうになる彼のタンクトップの裾を捕まえる。寸でのところで止まったサムが、まるで油の足りないブリキの木こりみたいにぎぎぎと振り返った。
「す、スティーブ」
「いや、ごめん。起こそうか迷ったんだけど気持ちよさそうに寝てたから」
 それに、久々に感じる他人の体温に思わず懐かしさを感じてしまったのもあった。改めて身を起こしながらスティーブは再び顔を背けてしまったサムの丸まった背中を見る。
「それでも、こう言う時は起こしてくれよ」
 振り返らないまま、蚊の鳴くような声がする。ごめん、ともう一回言えば、彼は一拍置いて僅かに首を振った。
「いや、悪い。その、寝ぼけてた」
 気まずげな謝罪の声。
「別に、いいよ。誰かにいい子なんて言ってもらったの、本当に久し振りだった」
「俺、天下のキャプテン・アメリカにそんなことを?!」
 がばっとサムが勢いよく起き上がった。目に見えて狼狽しているその表情は、どこか珍しい。だから、ついちょっとしたいたずら心が芽生えてしまった。
「キスもくれたよ」
「えっ」
「額にね」
 絶句したサムはぱくぱくと口を開け閉めする。それを見ていたスティーブは、いよいよ耐えきれなくなってくすくすと笑い声を上げた。
「ほんと、悪かった」
「いいって、別に」
 何しろそれは嫌悪感のあるものではなく、貴重で、懐かしい体験だったのだから。
 氷の中から目覚めて二年と少し。本来の「スティーブ」を知るものはほとんどなく、キャプテン・アメリカとして忙しい日々を送ってきた。短い間にも目まぐるしく状況は変わる。その中で友人と呼べるような親しいものが、いったい何人できただろう。こんな風に誰かの隣で気を許して眠ったのはいつぶりだろうか。
 サムのそれは、酷く温かく、安堵できるものだった。
「でも、珍しいな。君が寝ぼけるなんて」
「え、ああ……夢を見てて」
 大きな瞳が、やんわりと緩む。何かを懐かしむような、優しい、でもどこか苦い笑みが唇に浮かんで消える。
「僕と、誰かを間違えた?」
 あ、しまった。と、そう思った。目に見えてサムの表情が固まって、消えた。スティーブもまた、それ以上の言葉をなくす。
 先ほどまでの和やかな温かさは失せ、しんと沈黙が降りた。
……腹、減ったろ。朝食作るよ」
 逃げるようにサムがベッドを離れていく。うん、とだけ答えてその背中を見送る。
「僕を、誰と間違えた……?」
 その答えはなんとなく予測がついていたけれど。急に見知らぬ場所になったこのベッドルームにいるのが、なんだか気まずく思えた。
 スティーブは肩を竦め、バカな考えだと首を振る。そしてベッドを降りて、バスルームで顔を洗った。