ゆうり
2025-10-05 09:40:13
4589文字
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気高い君に。

秋の入りの季節ネタのヘクジェラ話。両片想い。
ロマ2世界に金木犀があるかはわからないので名前はぼかして模造です。

昼食を城下で済ませて早々に城に戻ろうと墓地近くを通るとふわりと香る甘く優しい香りがヘクターの鼻腔を擽る。
香水か、はたまた甘い菓子かと周囲を見渡すがこんな城下町の外れで人の姿すら殆ど見かけることは無い。
強く感じるほどでもなく決して不快ではない。だが自分でも無視出来ないその香り。
「あの方みたいだな。」
今ではその人の欠片を感じれば何がなんでも探し出して姿の全てを映したいと思う唯一の至上の人。
ただ嫌っていた頃でさえヘクターはその人の存在を無視できなかった。
自らの意思が拒むのに本能が何故か惹かれる。
今だって偶然でもいい、一目姿を見られたらと城までの足取りも急ぎがちになる。
いい歳した擦れた男がこんな遅れに遅れた初恋を持て余して、それでもそれを不要な事とは思わない時点で自分の覚悟はとうに決まっているのだろう。
ただこの想いをいつまでひた隠しにしておけるのかという不安を抱えて。


ヘクターが城内に戻り訓練所の方向へ向かおうとすると見慣れた赤と先程感じた甘い香りを感じて思わずそちらに向かう。赤毛と白いケープについた金のタッセルが合わせたようにふわふわと揺れる後ろ姿が見えた。周囲に警備の兵は見られるがジェラールに付き従う護衛の姿は見当たらない。
「ジェラール様!」
「ん?ああ、ヘクターか。休憩中ではないの?」
「まあまだちょっとありますけど護衛は付けていらっしゃらないんで?」
ジェラールにそう問いかけると手元の分厚い本を示される。
「アリエスのところにちょっと本を借りに行く程度だったし、警備されてる城の中だから大丈夫かなって怒ってる?」
ジェラールは人の機敏を感じ取るのが上手いので少々の不満の気持ちくらいは読み取られてしまうようだ。ほんの少し眉を顰めた程度であっても的確にこちらの思いを読み取ってくる。
だからこそ先程のような甘ったるい考えは隠さなければいけないと思うし、それこそ排除してしまえれば楽だろうにとヘクターは内心で自嘲する。
そうであっても凝り固まっていた自分を変えたこの人への感情だけは捨てたくないと思うのだ。
「怒りはしませんが心配はします。」
「ヘクターは意外と心配性なのだね。」
「貴方がもう少し自身の立場を理解された方が宜しいのでは?」
皇帝に就任以降は自由の限られる身となったジェラールにこれ以上の我慢は強いたくはないが、それはそれとして替えのきかない御身の安全は確保して欲しいともヘクターは思う。
少し前まで誰よりもジェラールを低く見積っていた目の曇り様の自分が言える口ではない事も重々承知もしている。
そんな複雑な思いまでも汲み取ったのかジェラールは苦笑いをして了承してくれた。
「ではさしあたっては休憩中の君の時間を切り上げて付き合ってくれるかな?」
そんな事は願ったり叶ったりでしかない。休憩しているくらいならば側にいた方が飽きない。
ジェラール本人が許してくれるのであれば尚更だ。
じゃあ行こうか、と振り返るジェラールの後ろ髪を見ると赤毛に混じっていくつか小さな粒が付いている。赤毛と大して色合いが変わらないので遠目では気が付かないが香りに引かれて顔を寄せるとその存在に気が付かされる。
ヘクターは自然とその髪に触れようとする右手を制してジェラールに問いかける。
「ジェラール様、御髪の後ろの方に何か付いてます。」
「えっ、ああの時のかもしれない。ヘクター取れる?」
「え。」
たった今自らの意思で何とか堰き止めたはずの行動を許されてしまうと思わずヘクターの内心は揺れるが、これは主君からのお願いで希望なのだ。
震えそうになる右手を理性で何とか押さえつけてジェラールの後ろ髪に触れ、その粒を全て取り去る。
ヘクターが右手を開くと数個の粒が城下から気になっていた香りをさせた事で正体に気がついた。
「あの香りってこれか。」
「ヘクターもこの樹を見たの?城下にもあるよね、昔墓地あたりで見たかな?」
「ああ、その辺を通った時です。これ樹になってるんですね?」
良く見ると小さいが花のような形をしているが、これが茎が付いたような花とは到底思えないので樹に下がっているならそっちのが納得がいく。
「そう、小さくて可愛らしいけど香りが強いから意外と自己主張が強いというか。この時期になると思わず近くに行ってしまうんだよね。」
という事はこの花の粒たちはその名残という事だろうか。
「城内にも裏庭の一角に植えてあるんだよ。良かったら途中で見てみる?私もまだ時間に余裕はあるから。」
「ジェラール様の休みを使っていただく訳には。」
ヘクターの休みがジェラールに使われる事は自分にとっての喜びでしかないが、ジェラートの貴重な休みが臣下に使われる事は本意では無いので固辞するがジェラールの足は既に裏庭の方に向かっている。
「私も君と一緒に見たいと思ったんだ。だからこれは私のお願い。」
ね?と首を傾げて尋ねてこられるその姿をヘクターに見せられてはもう折れるしか無かった。
ご機嫌で裏庭に向かうジェラールを追いかける前にヘクターは右手に残る花の粒に彼の人の髪の感触や香りが残っていないかと唇を近付けるが、ジェラールの言うように意外と主張の強いその花は自らの香りを残すだけ。
それでも残るかもしれない何かに縋るように、隠しに花を忍ばせた。



ジェラールに案内された先には濃い緑の葉と橙黄色の小さな花を付けた樹。
樹自体もけして大きいものではないのにその存在感を改めてヘクターは感じた。
「意外と小さかったので驚きましたけどこうやってまとまって咲いてる姿も可愛いもんですね。」
自分から可愛いなんて感想が出るのもなんだが語彙力の無いヘクターにはこれが精一杯である。
「気に入って貰えた?それなら嬉しいな、私も好きな樹だから。」
そう言って樹を見つめるジェラールを見ているとヘクタールは何となく既視感のような物を覚えた。
そう、城下ではこの香りをジェラールのようだと思ったがこの樹そのものもジェラールに似ているように見えるのだ。
「ジェラール様に似てますもんね。」
ヘクターは思わず思っていたことがぽろりと口から出てしまいそれを右手で抑えるが、ジェラールの驚いた顔を見ればそれが失敗した事は一目瞭然だった。
「似てる?」
「あ、いや、その、ですね?」
なんと言って弁解すればいいのかと慌てるヘクターを見てジェラールが笑う。
「ふふ、何でそんなに慌てるの?ヘクターがそんな風に思ってくれるのは嬉しい。自分の好きな花に似ているなんて、素敵だと思うよ。」
小さくても目を惹くその姿、意外にも主張の強い本質、思わず触れたくなるその儚さ。
「オレも、好きです。」
「え?」
「オレも、この樹の事が。」
降って湧いた状況に吐露させられそうな想いを香りの中に隠させてもらう。
我ながら卑怯だなと自嘲しつつ。
そう、一緒だね。」


ジェラールを隣にして一緒に眺めていると吹き付ける風に樹の枝が押されて小さな花がパラパラと舞い落ちる。
こうやってジェラールの髪の上にも乗ったのだろう。
自然現象での出来事なのだから仕方ない事だがせっかくのいい香りの花が勿体ないような気がしてヘクターは地に落ちた花の粒を拾い上げる。
「その花は薬用効果もあるんだよ。あと香りに安眠効果があるから芳香剤にすると良いと本で見た事がある。」
「へえ詳しいですね。」
「好きな花の事だから。ヘクターは最近寝付きが悪いという話を聞くからこの花を集めて芳香剤を作ってみたら?」
「は!?その話何処から!」
そもそも寝付きの悪い理由は齢20歳を軽く超えてからの恋に恋しているような状態だからで、それを愚痴る相手とジェラールにその状況を吹き込む相手は何となく当てがあるので文句を言ってやろうとヘクターは心に決める。
「まあ何にしても君の事を心配してるんだと思うよ、もちろん私も。」
心配していただけるのは有難いが、アンタが問題の当事者ですなんて事は言える訳もないのでそれを誤魔化すためにヘクターは散った花を無心で集めることにした。



ジェラールを執務室まで送り届けた後にヘクターは城内の酒場を訪れ、探していた当たりを付けていた人物に向かって叫ぶ。
「アンドロマケー!」
「んん!?なぁんだヘクター、何の用?陛下からの直接の任務の依頼でもあった?」
アンドロマケーは近辺の魔物退治の任務を終えて昨日帰還したばかりなのもあって昼間から薄い酒を楽しんでいるようだった。
「ジェラール様からの直接のお言葉は貰った。」
「あら良かったじゃない。」
「良くねえよ!主君に心配かける臣下がいるか!?」
それもよりによって自分都合の悩みが原因の。
「それ私から言った訳じゃ無いから。ジェラール様が最近ヘクターが疲れているような気がするって相談されたの私に!」
本人に聞けば良いのにねえとアンドロマケーに吹っ掛けられるがそんな事されたら何を言い出すかヘクター自身も分からない状況だ。何ならさっきやらかしているのだから。
ヘクターが頭を抱えているとアンドロマケーが身体を寄せてくる。
「なんかいい匂いがするアンタ。」
「ああ、さっき裏庭にあるその樹をジェラール様と見に行ってきたから。」
「あら、デート?」
「ッ待てそれは違う!護衛だ!」
第三者から見たらそんなんデート以外の何物でもないでしょ~?とアンドロマケーが絡んでくるがこんな薄酒で管巻いてくるなんてお前こそ疲れてるんじゃないかとヘクターは思う。
まあ酔っ払い相手ならすぐに忘れるかとそのままアンドロマケーに質問をもちかけた。
「その樹の花を芳香剤にするといいってジェラール様から聞いてさ、瓶と塩があれば出来るとか。」
「それならこの酒場でもご用意出来ますよ?」
予想外のところからの助言に顔を向ければ酒場に常駐する兵の管理担当者。
食堂にでも行こうかと思っていたがここでも手に入れられるなら好都合だ。
「悪い、面倒かけるな。」
自分とはあまり絡む事はない人物だが仕事はしっかりしているとジェラールの弁がある。
「ある物からお出しできますからお気にならさず。陛下からも兵に求められる物があれば柔軟に対応するよう仰せつかっております。」
こういう地味でも助かるような事まで気の回るご主君で有難い限りだ。



ヘクターが一日の勤務を終えて自室に戻った時にはとっぷりと夜もふけていたが、今日中にあの花の処理だけはしたいと思い、蝋燭に火をつける。
こんな細かい手作業はジェラールの方がうまいのだろうが手順はそんなに難しそうでもないので何とかなるだろう。
ジェラールの髪に付いていたものとジェラールと花を見た裏庭で零れたものを使い、瓶に塩と交互に詰めていくと保存の形にもなっているようで思い出を取っておく為にもいいかもしれないとヘクターは感じた。
全ての花を瓶に詰め終わりきちりと蓋を締める。
自らの分不相応な想いもこうして一緒に閉じ込めておけたらいいのに。
閉じたとしても柔らかく癒してくれるその花の香りに気高く愛しい人を感じてしまい、果たしてこれで安眠効果が得られるのかどうか。
結果は明日の自分が知る事だろう。