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g_g_i_i_e_e
2025-10-05 02:09:32
3150文字
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お題:「天体観測」
#ししさめワンドロワンライ 2025/10/04
流星群が見えるらしいというので、二人はしっかりと服を着込み、椅子を並べて夜の南天を見上げた。
ちぎれた綿の欠片のように、灰紺色の雲がちらほら浮いてはいるが、天体観測に適したいい天気だ。
春の深夜はツンと冷えて、ともすれば鼻の赤くなる感触がある。獅子神は村雨の左隣に座り、このために買ったブーツタイプのもこもこルームシューズの中で、くすぐったく足指を動かした。
「夏にはマヌケどもが大はしゃぎすることになりそうだな」
獅子神の家には二階バルコニーにささやかな規模のプールがあるが、友人たちが集まって馬鹿騒ぎをするようになった頃は残念ながら、水ではしゃぐという季節でもなかった。春用の綿のマフラーに顔の下半分を埋めた村雨の、眼鏡越しの眼差しはそのプールを
――
正確にはそこにかけられた金属のプールカバーを指しているらしい。
「まぁ、わけわかんねえ使い方じゃなきゃいいよ。プールだって、オレ一人が往復してるより五人がバシャバシャしてる方が、プール冥利に尽きるってもんだろ」
プールはともかく、家を建てた頃の自分が何を思ってバーベキューグリルまで備えつけたのかは、今となってはもう思い出せない。結果としてそれらは友人たちが大いに活用するようになり、酔っぱらって笑い騒いでいるときなどにはふと、「もしかしてオレは予知能力でもあるんじゃねえのか」などと、馬鹿なことをチラリと思うこともあった。
「プールにそのような自我は存在せんぞ」
獅子神の正気を危ぶむように、村雨はそう言う。五人って部分は否定しねえのな、と思いながら獅子神は、話題を変えるために空を見上げた。
「住宅街で暗いっつっても、東京だからな。満天の星とはいかねえが、そのおかげで逆に星座は見つけやすかったりするんだ」
「くわしいのか」
「星座ってのは、星の見えるとこに住んでさえいりゃあ、金をまったく必要としねえ趣味だからな」
獅子神が幼い頃に住んでいた地域は、近隣に川が流れており、開けた夜空に事欠かなかった。学校では教材として星座早見盤を配布してくれたし
――
それはありがたいことに無償だった
――
、穴の空いた靴でも歩きさえすれば、図書館で雄大な星座の神話をいくらでも読みふけることができた。
「夏の大三角形とは言うが、この時間になると東の空から上がってくるんだ。こと座は
――
ああ、見ろ、ほらあんなに高い、あっ」
指さした先にツイと、細く光が流れていく。思わず振り返ると、同じ方向を見ていた村雨が
――
眼鏡の奥で少し顔をしかめるようにして
――
彼なりに熱心に、ああ、見えた、と頷いていた。
「月がないから、よく見える」
「アイツらも来りゃよかったのにな、もったいねえ」
「なんだ、二人きりじゃない方がよかったのか」
村雨がそう言って、獅子神は思わず「えっ」と言葉を詰まらせた。最近の村雨は時折不意打ちのように、こうして獅子神を試すようなことを言う。
五人ぐるみのつき合いだが、二人きりで会うことも増えてきたところだ。獅子神には多少の下心があって
――
その下心を見透かされたのか、叶などには「流星群なんてイベント、無理してオレらを誘ってないでロマンチック極めてりゃいいだろ」と言われる始末だった。
「
……
そりゃ、こうしてるのは
……
好きだよ」
他の意図で「好きだよ」と言うにはまだ、何かが満ちていないようにも思う。獅子神はごまかすように、あっまた流れた、と声を上げた。
「おとめ座はどれだ」
「うん?」
「星はまだまだ流れるんだろう、他の星座も見たい」
「ああ
……
」
指で示そうとして、村雨が既にそちらの方角に顔を向けていると気づく。村雨はこちらをチラリと見て、推測しただけだ、と言った。
「主に九月に生まれた人間がおとめ座になる。ということは、古代では九月の昼十二時に太陽とおとめ座の位置が重なっていたんだろう。ならその半年後、三月の二十四時にも南中するということになる。もちろん、古代と今では地球の傾きも違うが
――
それでもざっと、南と西の間にはなるだろうと」
「さすが村雨先生、仰る通りあの白い星がおとめ座のスピカだ」
「ああ、学校で習ったな」
地学の授業だったか。村雨の、いつも冷えて聞こえる声には懐かしさが混じる。そうだな、と獅子神も頷いた。
「けどなんでおとめ座なんだ? こと座から見るならほら、それこそ夏の大三角形
――
」
「あなたの星座だろう」
「なに?」
「おとめ座じゃなかったか?」
無邪気なほどまっすぐに、村雨は獅子神を見てそう言った。
「そ、そう
……
だけど
……
」
言いようのない照れを感じて、獅子神は己の髪をやたらと撫でつける。
「でかい図体をして星座がおとめ座とは、かわいらしいところがあるものだ」
「っておい! わかってるよ似合わねえってのは」
「そうでもない」
照れ隠しもあって大仰に怒ってみせる獅子神を、意に介することなく村雨は右手を挙げてみせる。
そしてその右手でスピカ星を指さし、その右下で小さく四角形を描いた。
「あそこ、そう、スピカから少し行ったところだ。この明るさではぎりぎり見えるか、というところだが
……
暗い星が四角形を作っている」
「ああ、あれ、なんだっけな。確かあの辺りにはうみへび座がぞろっと
……
こう長くでっかく
……
」
「からす座だ」
「カラス、へえ」
獅子神は片目をすがめた。その単語は獅子神と村雨に共通する収入源を
――
あるいは死因となり得るものを
――
含んでいた。
「だがあれには別名があってな。あれはスパイカズ・スパンカーと呼ぶらしい」
「綴りは?」
「SPICA’S SPANKER」
村雨は流れるような筆致で、宙にその言葉を書いてみせた。
「学生時代に、ヨット部の同級生から聞いたことだ。あの四角は、帆船の後部にあるスパンカーという帆にそっくりらしい。それでスピカを船に見立てて、スピカのスパンカーと呼んだわけだ」
「しゃれてんな」
「帆は風を受けて、船を進行方向へと連れていく」
獅子神の相槌を無視したように
――
これはいつもの村雨の語り口だが
――
、言葉を継いで村雨は手を下ろした。
「つまり、スピカを押して動かすのはカラスだということになるな」
村雨は星ではなくオレの話をしている、ということに気づいて、獅子神は暗く地味な四角形から、村雨の横顔へと視線を移した。
その視線には当然気づいているのだろう。村雨もまた、眼鏡越しの視線を獅子神へと向ける。
マフラーに埋もれて見えない口元が、人ならざるものの予言のように、しんしんとした声で言った。
「どんな強風の中でも、舵を手放さないことだ。
方向を決めるのは、帆ではなく、舵を握るその手なのだから」
透明で無機質な板の向こうで、赤い目がわずかな光をはじいている。
縫い止められたように獅子神が凝視していると、それは不意に動いて見開かれた。
ハッと獅子神も背後を振り仰ぐ。
とっさに息の詰まるような、そんな流星が東から南へと、天空を横切って消えていくところだった。
――
ああ、
わずかな残像すら残したような気のする、そんな流星の名残を探すように目を閉じて、獅子神は心中に呟く。
――
オレはこいつのことが好きなんだ。
「
……
大きな流れ星だったな」
「そうだな」
口に出してはそう相槌を打ち、獅子神は目を開いて村雨を見る。
「ありがとうよ、先生」
「私は思い出話をしただけだ」
「わかってるさ」
そう言って顔を背け、東の空に視線を戻す。
「二人でよかったよ」
「
……
そうか」
「ああ」
ほら、また流れてく
――
そう言葉少なに言い合いながら、獅子神は星々の末路をじっと見つめつづけた。
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