来羅
2025-10-04 23:04:53
1782文字
Public トワウォ
 

衣替え/服(風信)

ワンドロライ第12回。




 うーん、と唸り声が聞こえて顔を覗かせれば、空き巣でも入ったのかと思うような惨状が広がっていた。
「信一?」
 部屋の中心にいる愛し子は、腕を組みつつベッドの上に並べたシャツを眺めている。足元にはジャケット、その向こうにはトラウザーズ、椅子に何本ものネクタイ。城砦一の洒落者は服が多い。タンスの全てをひっくり返したんだろう床は足の踏み場もなかった。
「何をやってるんだ?」
「あ、大佬」
 気づいた途端に、ぱっと笑顔になった信一が飛び石のごとく空いた床を選んで、文字通り、飛んできた。
「ファッションショーか?」
「見てく?」
「どれもお前に似合うだろう」
「ありがと。じゃなくてさ、そろそろ寒くなるだろ。もう着ない服もあるから、洛軍にやろうと思って」
「洛軍に?」
「あいつ、香港の冬、はじめてだろ。いくら短い冬とはいえ、あの格好はちょっとな」
「なるほど」
 それで、これか。頷いた龍捲風に、信一はまた器用にベッドまで飛んでいくと、その上に並べてあるシャツを指差した。
「大佬は、どっちがあいつに似合うと思う?」
 ちょっと。いや、かなり。面白くなかった。
 いらない服をと言いつつ、並んでいるのはおそらくまだ着始めて間もない信一お気に入りだったものだ。
 自分が洒落た服を身にまとうのが好きなのは知っていたが、他人をコーディネイトするのもまた好きだったらしい。そういえばあれこれ十二と話していたなと思い返して素知らぬ顔で服を見比べる。あれこれ、龍捲風は言われたこともないのだけれども。
「どれもお前の色で、洛軍の色じゃないな」
「だよなぁ。俺もそう思ってさ」
 悩んでんの。
 友人を真剣に思う姿は美しい。良いことだ。悪くない。
 悪いことがあるとすれば、この心の狭さなのだ。





「ということがあった」
 数時間後。
 ひと段落ついたらしい洛軍を拉致して街中を引っ張り回した龍捲風に、洛軍と十二は冷ややかすぎるほど冷ややかな眼差しを向けた。特にたまたまそばに居合わせただけでお前も来いと連れ出された十二は、付き合いの長さもあって辛辣だ。
「大佬、いや、それは」
「龍哥、大人げなさすぎ」
 若者ふたりに同時に詰められても龍捲風はどこ吹く風だ。
 今も悩んでいるんだろう愛し子が、自分の大切にしている服を与える──のが気に食わないならば、その元凶である洛軍が不要なくらいに服を持てばいい。龍捲風の思考回路は至ってシンプルだった。
「だからって買ってもらうのは、ちょっと」
 それなりに溜まってきた金を使うのは惜しいが、服を買うくらいは持っている。洒落っ気にも興味はない。暖かさと動きやすささえあれば十分、な洛軍としては城砦内の衣料品店で十分だったのだが、それは十二が顔を顰めた。曰く、これから外に出ることもできるようになったのだから、舐められないためにも見てくれは大事だ、とかなんとか。
「だからってな」
「いいから買ってもらえよ」
「どれがいい」
 値段を見ない買い物をする男たちは怖い。洛軍は心底震える。
「お前も好きなものがあれば選んでいいぞ、十二」
「やった、あ、でも」
「虎には秘密だ」
「ありがとうございます、龍哥!」
 ああ、これは口止め料なのだな、と賢い十二にはわかっていたけれども、触らぬ神になんとやらだ。無邪気に喜んでそこそこ値の張るものを手に取った。ついでに洛軍にも、よく似合っていたジャケットを押し付ける。
 生死の境を彷徨って、辛うじて手にした残りの生、を信一に全振りし始めた男を温い目で見てしまうのはしかたがない。が、良かったなぁと目の奥が熱くなるのも確かだった。
 バレたら(きっとバレる)不貞腐れる信一を今度は必死に宥めるのだろう。もともと大佬大好きを隠さない信一だから、その不機嫌もずっとは続かない。それもまた『今』あってのことだ。
「それで、信一には何を買うんです?」
「付き合います、大佬」
 よくわかっている若者ふたりは、呆れ顔で、それでも嬉しくて、龍捲風を見て笑った。





「大佬! ちょっと話があります!!」
 そうして、思った通り、信一には秒でバレたらしい。
 冰室にまで響く怒鳴り声を聞きながら、洛軍はパイプベッドに寝転がり、壁にかけた真新しいジャケットを見上げて目を細めた。