桐子
2025-10-04 21:57:31
1736文字
Public
 

まわる世界⑮


手の拘束をほどいている間に、ぬり壁と一反もめんの二人で、その場にいた男たちを制圧してしまった。幽霊会は小さい組だが少数精鋭だ。ぬり壁も一反もめんも腕っぷしが強い。安心して背中をまかせられる仲間だ。
水木の腕を拘束している縄をほどいてやる。よほどきつく縛られていたのだろう。手の先が震えている。ゲゲ郎は水木の手をそっと包み込んだ。冷たい手だ。
「大丈夫か」
そう尋ねると、水木はゆるりと首を横に振った。
「別に、平気だ……ちょっと口の中を切ったくらいだから」
強がっているが、その顔色はあまりよくない。だが、大きな怪我もなく、水木が無事だったことに、ゲゲ郎は心から安堵した。
「よかった……本当に」
そう言って抱きしめると、水木は体をこわばらせた。
……なんで来たんだよ。俺なんか、放っておいてもよかったのに」
「何を言うか。妻を迎えにくるのは当然じゃ」
「馬鹿じゃないのか」
水木の声は震えていた。だが、背中におずおずと回された手が、ゲゲ郎を拒んでいないことを教えてくれている。水木の首筋に顔を埋めると、彼の体温と心臓の音が伝わってくる。ああ、彼は生きているのだ。そう思ったら、目頭が熱くなってくるのを感じた。自分は今、とても嬉しいのだ。
「水木よ」
ゲゲ郎は水木の頬に触れた。彼は静かに顔を上げる。美しい青い目だ。この目にずっと見つめていてほしい。
かつて同じようにこいねがったことがあった。妻の岩子に出会った時にも、同じことを思ったのだ。悲しみに覆い隠された記憶の奥にある、妻と過ごした幸せな時間、そして初めて人を恋しいと思ったあの胸の高鳴り。今それと同じ気持ちを感じている。
砂かけ婆の言う通りだ。自分は水木に恋をしている。
「わしは」
この溢れそうな思いをどうしても伝えたくて口を開いた。彼の目が大きく見開かれる。次の瞬間、ゲゲ郎は水木に突き飛ばされていた。二人の間に隙間ができる。そこに振り下ろされたのは鉄パイプだった。
「ぶっ殺す!」
血走った目でゲゲ郎を睨みつけているのは、山田の息子である。倒れたふりをして機をうかがっていたのだろう。水木は背後の男を見て、ゲゲ郎を守ろうと突き飛ばしてくれたのだ。だが、男はもう一度鉄パイプを振り下ろそうとしてきた。なんとしてもゲゲ郎を害してやろうという執念を感じる。
一反もめんたちは少し離れたところにいる。一瞬の間に、振りかざされた鉄パイプを避け、山田の息子を突き飛ばそうと足を踏ん張った。しかし、横に避けようとしてハッとした。
(水木……
この距離では、自分は避けられても後ろの水木が危ない。ゲゲ郎はとっさに跳躍をやめ、腕を頭上へ掲げた。腕の一本くらいかまうものか。骨は折れるかもしれないが、水木を庇わないという選択肢はなかった。
だが、その瞬間、水木がゲゲ郎の脇をすり抜けた。
小柄な体が男の懐に潜り込み、そのまま襟首をつかんだ。
「ぐえっ」
男の体が宙に舞った。水木は男を投げ飛ばしたのだ。見事な背負い投げだった。
「俺の旦那に手ェ出すなんて、いい度胸だな!」
水木はそう叫ぶと、そのまま男に馬乗りになり、その顔面を殴りつけた。一発、二発。なおも拳を振り下ろす水木に、ゲゲ郎は慌ててストップをかけた。これ以上やると本当に殺してしまう。
「もうよい、十分じゃろう」
肩を掴んで引きはがすと、男は鼻血を出して気を失っていた。水木は乱れた息を整えながら、ゲゲ郎に向き直った。
……俺だって、守られるばっかりじゃねえ。おじいさまにはいろいろ鍛えられてるからな」
そう言ってニッと得意げに笑う男を見て、ゲゲ郎は胸がいっぱいになるのを感じた。姿かたちや心根が美しいだけではなく、ゲゲ郎を守れるほどに強いだなんて。こんな人間、他にいない。好きにならないはずがないではないか。
「水木」
ゲゲ郎は水木の体を引き寄せた。彼の体はすっぽりと腕の中に納まってしまった。そのまま強く抱きしめる。かつて岩子に感じたのと同じ甘いときめきが胸を満たす。恋というのは、こういうものだった。自分は水木に、この美しい男にすっかり惚れている。
「おい、もう平気だから……
そう文句を言われるまで、ゲゲ郎はずっと水木のことを離さなかった。