悠環 彰
2025-10-04 21:17:36
2104文字
Public MCU:バキサム
 

On the beach

ある日の任務とバキサム。

昔、実弾射撃をしに行ったときにうっかりイヤマフを外してしまい耳がキーンてなって聞こえづらくなったのを思い出しました。
そういうこともあるかな、という小話です。

※ミニイベント【#月いち36の日】掲載作


 ガクン、と輸送機の床が揺れた。分厚い窓の外を鋼の羽根を持った鳥が飛んでいくのが見えたと思うと、機体の左端が沈むようにして傾いていく。どうやら、キャプテン・アメリカが携えたヴィブラニウム製の翼が輸送機の片翼を切り裂いていったようだった。
「くそ、こうなったら……!」
 床を転げて見事に一回転した男が取り出したモバイルの画面を操作し、表示されたあからさまに怪しいボタンを押した。すぐに、ボン、ボンッと小さな爆発が続けざまに機体を揺らす。自爆する気か。バッキーは安定しない床――というか正確に言えばココは窓のついた側壁だが――を走り、窓に尻をつけて座り込んだままの男を一つ殴り気絶させると、そのまま引きずってドアへ向かう。
「サム、投げるぞ」
『分かった。ホアキンが構えてる』
 行けるか、との声に続きホアキンの応答がインカムに届く。バッキーはそれを聞きながらメタルアームでドアを力任せにもぎ取った。ごう、と強くて冷たい風が一気に流れ込んでくる。
「行くぞ」
『オーケー、バッキー』
 すぅと一回り小さい雛鳥が並走するように輸送機に近づく。念の為とパラシュートを着せた男を、そのまま空に放り投げた。錐揉み回転しながら飛んでいく人影を、ホアキンが追っていく。しばらくして確保の報告が入った。
 機体は煙を上げどんどんと高度を下げていっている。そう遠くないところに海岸線も見えてきた。
『バック』
 呼び声がして、バッキーもドアから身を投げた。両手両足を広げ空気抵抗を使ってなるべく体勢を安定させておく。そこへ大きな翼を広げたサムがやってきて、バッキーの体をがしりと抱き締める。
 ドンッ、と一際大きな音が響いて、機体が盛大に火を噴いた。サムが咄嗟に翼を使ってガードしたので、熱風で顔や髪が焼けるのは避けられた。だが爆風に煽られ、バッキーを抱えたサムの体は空中で回転しながら意図しない方向へと飛んでいく。
「ぐっ!」
 砂浜に叩きつけられる衝撃でどちらともがうめき声を上げる。ギシギシと体は痛むが無事のようだ。どうやら落下の向きや勢いを調整しようと苦心してくれたようで、抱き合ったまま盛大に浜辺を転がったくらいで骨が折れたりといった大きな怪我はなかったらしい。いつかの記憶と同じようにごろごろと転がった後、砂塗れになりながら並んで仰向けになる。
「っは……肝が冷えたな」
 思ったより爆発のタイミングが早かった。やれやれとため息をつきながら立ち上がり、軽く砂を払うとバッキーが手を伸ばす。
「サム、助かった。大丈夫か。下敷きにしたけど、怪我はないか」
「ん、何だ?」
 ぼんやりと宙を眺めながらほっと安堵の息をついていたサムが、視界に伸びてきたバッキーの手に気づいて視線をこちらへ向けてきた。僅かに眉を寄せ、いつもより少し大きめの声で聞き返してくる。ぴん、と眉を跳ね上げつつ、応えるように伸ばされたサムの手を引いてやる。
「愛してる、って言ったんだ」
 どうやら、思った以上に至近距離での爆発を受けて一時的に聴力が利かなくなって聞こえづらくなっているようだ。それに気づいて、つい魔が差してバッキーは家で二人きりの時にしか言わない言葉を歌うように舌に乗せた。
「ぅおっ?!」
 と、膝の裏辺りを少し強めに蹴られた。バランスを崩しかけながらサムの方を見る。聞こえていないと思ったのに、というのが表情に出ていたのか、眉間から鼻根の辺りまでぐっと皺を寄せて睨まれる。
「それぐらい、俺だって読唇できるっつーの」
 バァカ。とはなんとも可愛らしい罵りだ。これはきっと照れている。たぶん、恐らく。ふんと下らなさそうに鼻を鳴らして、バッキーを置いて歩き出す、その手に追い縋って指を絡めて引く。
「なぁ、サム。今夜は泊まっていいか。砂浜じゃなく、シーツの上を二人で転がりたい」
 少し早口に言って覗き込むように様子を伺う。一度足を止め、ちろりとバッキーの方を見やったサムは、ついと視線を明後日の方へと泳がせる。
「サム」
「悪い。爆音で耳がイカれてて何も聞こえなかった」
 バッキーに倣うように早口で言って、絡めた指を解いてほら行くぞとサムが再び歩き出す。砂を払って、サクサクと音を立てながら先を行く背をじっと眺める。
 あれは、聞こえてたな。聞こえてて、聞こえないフリをしている。
「おい、待てよサム」
 サクサクと砂浜を踏みつけ大股に追いついて横に並ぶ。
「耳が治ったら、教えてくれ。さっきの言葉、もう一度言うから」
 正面を向いたまま伝えれば、今度は肩を小突かれる。ほら、聞こえているんじゃないか。口元を盛大にひん曲げてこちらを睨みつけてくる顔すらただの照れ隠しにしか見えなくて、ついつい笑ってしまう。そして更に小突かれるのループ。
 でもまぁ、聞こえないフリしているだけってことは、ノーではないってことだ。
「ねぇ、ちょっと。イチャイチャしてないで早く戻ってよお二人さん」
「イチャイチャしてない」
 ぴしゃりと返してサムが走り出す。少し遅れて走り出しながら、バッキーは逸る気持ちを抑えながらちろりと唇を舐めた。