らぎ
2025-10-04 20:04:35
944文字
Public モノノ怪
 

離坤ドロライ二期第四回「広間」「芝居」「嘘から出たまこと」

地属性母属性坤ちゃん。

とある寺には、「出る」のだと言う。正体は朧なれど宵闇に鮮やかな白い妖怪……と、離の薬売りがのんびり茶を啜る蕎麦屋の二階ではまことしやかに囁かれていた。夕暮れ時の蕎麦屋に入って蕎麦のひとつも頼まぬとはとあからさまに嫌な顔をした店主も、離の薬売りが哀しげに眉を下げて頼めば渋々居座るのを許可してくれるのだから、全く顔の良さと言うのは便利なものである。
 それはさておき。「妖怪」がモノノ怪なのか妖なのか、はたまた何かしらの嘘から出た実かはまだ不明。とは言えこうして月明かりのもと、寺に近づいても背負子の上段に鎮座する退魔の剣が喧しく騒がないあたり、モノノ怪の線は薄いだろう……が、それはそれで妖の線が残るので早々に帰還とはいかない。時代がくだれば写真の普及によっておよそ姿を消すこの手の噂話は、この時代ではまだ貴重な情報源だ。
 離の薬売りが件の寺の門をくぐると、静まり返った境内には先客がいた。此方が気がつくとほぼ同時に彼方も離の薬売りに気がついたようで、からんと高下駄を鳴らして歩み寄ってくるのに僅かに会釈してみせた。その出立ちは色彩の差こそあれど離の薬売りと大差ないかぶき具合であり、そのかんばせがこの世のものとは思えぬ整いぶりである事も、離の薬売りのそれとよく似ていた。
「坤の方。……アンタも、例の噂で此処に?」
「ええ。しかしアレはもう、還しましたので……
 斬った、とは言わない辺り、噂の正体は逸れの妖と言ったところだろうか。それ以上深くは問わず、離の薬売りは同輩が向ける視線の先を追った。小ぢんまりとした本堂があり、その奥にはがらんとした大広間が口を空けている。生温い風が空に巻き上げた枯葉を見送った離の薬売りは、徐に坤の薬売りに向き直った。
……いますね」
 何が、とすら言わないが確信を含んだ指摘に、坤の薬売りの頬が引き攣った。
「はて、何も……感じませんが……
「下手な芝居はよしなさい。今度は猫だか犬だか……どちらにせよ十翼に現世の生き物を持ち込むのは控えろと言われたばかりでしょうに。」
 降参するように項垂れた坤の薬売りの、着物の袷からひょこりと白毛に覆われた長い耳と赤い瞳が姿を現した。そして白い「妖怪」はその日より後にはふっつりと姿を消したと言う。