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むかいえ
2025-10-04 17:10:30
4060文字
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シャアム
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代替不可
シャアム。レイ繋がりで「私が死んでも代わりはいるもの」発言のアムロと怒ってる周囲の人々の話
空気が凍り付いた。一拍置いて、ニュータイプじゃなくてもわかるくらい、目の前の男が表情を顰め、怒りを纏う。
ハッ
……
と己の失言に息を呑んだ時には、つかつかと近寄ってきたブライト・ノアに胸ぐらを掴まれ、アムロは頬を張り飛ばされていた。
「二度と言うな
……
!」
押し殺したような声には、怒りと共に悲しみを感じる。そう思わせてしまったことが、何よりもアムロの気持ちを沈ませた。
アムロは恐る恐ると周囲を見渡す。ブリーフィングルームに集まっていたのはアーガマの艦長であるブライト、そしてエゥーゴのトップとなったクワトロ・バジーナ。今やΖガンダムの乗り手としてエースパイロットとなったカミーユ・ビダンだ。
正式な会議ではなかった。場所もアーガマの居住ブロック内での出来事だ。
ブライトとクワトロが話し合っているところにアムロとカミーユが通りかかり、出撃や陣形について軽く意見を求められた流れである。意見交換しているうちに本格的な議論に変貌し、話し合うには通路では不適当だと近場のブリーフィングルームに揃って入った次第だ。擬似重力内でコーヒーを片手に、彼らは雑談と表すには些か本格的で重みがあり、会議と呼ぶには気安く自由な語らいをしていた。
しかし話し合いは、アムロとクワトロの意見が対立したことで白熱していく。
きっかけは、各パイロットの技量を絡めた戦闘配備案についてだった。クワトロはアムロの出撃に対して、艦の守備を中心に置くように進言する。これに反論したのは他ならぬアムロ自身で、ここから二人の言い合いはヒートアップしていったのである。
アムロはいろいろあって宇宙へ上がり、カラバ旗艦のアウドムラからブライトが艦長を務めるアーガマへと所属することになった。彼は自身のパイロット技能が一年戦争当時と比べて落ちている自覚がある。そのことをアウドムラで言葉にしたこともあった。共闘する形となったクワトロも知っているだろう
――――
なにせ彼は最盛期と言えるアムロと幾度も戦ったジオンの赤い彗星、シャア・アズナブルその人なので。
……
つまり、侮られたと思ったのだ。実力が落ちた故に自分を守備に回すのか、と。
当然クワトロにそんなつもりは露ほどもない。アムロの実力は多少衰えていようとも、アーガマのパイロットの中で間違いなくトップクラスである。それ故に、罷り間違っても失うことのないように、そして文字通りの最後の砦として艦を守れるように、という提案だった。アムロが次々と敵を撃墜するのも一つの作戦としてあるけれど、カミーユという新たなエースパイロットがいる現在、ある程度若手に任せて経験を積ませることで、戦力増強を図る目的もある。
――
何よりも、最強のパイロットが艦を守ることの心強さ、そして手強さは、ブライトとクワトロがよくよく身に染みている。アムロが守りに入れば、それだけでも難攻不落と言えた。
冷静に考えれば、その采配の理由もアムロは察することができただろう。
しかしこの頃の彼は多少立ち直ったとはいえ、七年に及ぶ軟禁含めたストレートな人権侵害の影響で、精神的に不安定だった。感情的になりやすいのである。まして、相手はシャアだ。酒を酌み交わした時に距離は縮まったものの、過去の全てが水に流れるわけでもなし。
決して侮っているわけではない。けれどよりにもよって、そう思わせるようなことをクワトロの口から言われたものだから、アムロの頭にカッと血が上ったのだった。
そして
……
売り言葉に買い言葉が続いて。クワトロが、きっと個人的な気持ちも含めて「なにより、君を失うわけにはいかない」と告げた時。
「仮に俺が死んでも代わりはいるだろ!」
アムロは、吐き捨てるようにそう返答した。
――
そう、言ってしまった。
大切な誰かを喪ったことのある、この場の全員に向けて。三人それぞれが唯一無二の男だと思っている、アムロ・レイ本人が。ここで冒頭に繋がるのである。
張られた頬が痛い。口腔内を噛んだのか、うっすら血の味がする。だがアムロは文句を言える立場ではないと、甘んじて受け止めた。明らかな失言だと猛省しているのだ。
ブライトだけではない。アムロを素直に慕っているカミーユは、信じられない言葉を聞いたような愕然とした顔をしていた。次いで、その表情はぐしゃりと泣きそうに歪む。彼から伝わる思惟は、怒りよりも悲しみの方が強い。
……
感受性の高い彼のことだ、それこそアムロの死をはっきりと想像してしまったのかもしれない。親や、大切にしたい人たちが死んで日も浅いカミーユは、親しい誰かをこれ以上喪うことを恐れている。白くなるほどぎゅっと強く握り締められた彼の拳が見えて、アムロは何も言えなかった。
沈黙が満ちる。
誰も何も言えない中、アムロは知らず俯いていた顔をゆっくりと上げる。すぐ隣に、禍々しいプレッシャーを感じたからだ。
そこに立つクワトロは
――――
シャアは、アムロを見ていた。この時ほど、彼がスクリーングラスを外していたことを恨む日もあるまい。
金髪の美丈夫は、能面でも着用したような無表情を装っている。だがアムロにひしひしと伝わるのは、彼の内側から漏れる強い怒りだ。
……
シャアは、激怒していた。交感神経の活性化で、青い瞳の中の瞳孔が開いている。視線が絡んだ途端、彼はアムロの腕を、骨が折れそうなほど強く掴んだ。
「
……
ブライト艦長。申し訳ない、少し失礼する」
「ああ
…
」
「クワトロ大尉、」
「カミーユ。君も言いたいことはあるだろうが、後にしてくれ」
察したブライトが目を瞑る。カミーユの言葉もぴしゃりと打ち切って、シャアは配慮などかけらもない力でアムロを引っ張った。ブリーフィングルームから二人は抜け出す。二人分のコーヒーのカップが虚しく残されていた。
◆
「あの、いいんですか、あれ
……
」
「いいんだよ」
遠ざかるプレッシャーに、知らず緊張で強張っていた肩から力が抜けた。
カミーユはそろりと隣に並ぶブライトを見やる。彼はニュータイプではないけれど、何かしら感じるものはあったらしく、明らかに不穏な様子のクワトロとアムロの歩みを止めることはしなかった。今では嵐が過ぎ去ったと言わんばかりに、けろりとした様子で残された飲みかけのコーヒーを片付け始めている。その切り替えの速さに、流石だ
……
とカミーユは密かに艦長への憧憬を強めた。
「あいつらには時間が必要なのかと思っていたが、いっそぶつかり合ってしまった方がいいのかもしれないと思ってな」
「ぶつかる
…
ですか」
「俺はニュータイプじゃないから、お前たちのように言葉の裏側まで受け取ることはできない。だから結局、言葉と態度で表すしかない。それでも誤解は生じるが
…
」
皮肉でもなんでもなく、割り切った声でブライトが言う。それはニュータイプとオールドタイプの断絶ではなく、出来ることと出来ないことを記録するような整然とした区別であった。
「
……
クワトロ大尉は、なんというか、アムロに甘えている気がするんだ」
「あ、甘え?」
「ああ。
……
アムロならわかってくれるはずだ、みたいな感じだな」
カミーユは目を瞬く。言われて思い返して、確かにそうかもしれない、と頷いた。
クワトロは誰に対してもフラットに対応している印象だが、アムロにだけは明確に違う。意識しているのが丸わかりだ。
ダカールの日を境に、少しずつ歩み寄っていた二人は、まだ時々、距離感を測り損ねたようなぎこちなさがある。クワトロが一歩深く踏み込んで、驚いたアムロが一歩逃げるような、少しだけぴりついた空気だ。それはクワトロが、わかってくれるはずだと踏み込んで失敗しているのだろう。
「だからショックだったんだろう。そんなことを考えてたなんて
……
ってな。
…………
俺も、キツかったよ」
ブライトが苦笑いして、ぐっと右手を握った。アムロの頬を張った手だ。
「だが、言葉にしなければ伝わらない。あいつら、ちゃんと話していればいいが
……
そうだ。カミーユもやっていいぞ。ぶってやれ。俺が許す。反対の頬にでも」
「えっ!? い、いや
……
でも
……
」
「クワトロ大尉には修正してるじゃないか。アムロも修正してやればいい。今回ばかりはあいつもちゃんと受け入れるさ」
悲しかっただろう、とブライトは続ける。カミーユは図星を突かれて俯いた。
悲しかった
……
そうだ、アムロからそんな言葉が出てきたことが、カミーユはとても悲しかったのだ。アムロ・レイは一年戦争の英雄で、強いニュータイプで、高い技量を持つパイロットで
――
死んでしまうなんて、考えたこともなかった。カミーユにとって憧れの人。当然、代わりなんているはずがない。これは決してアムロに限ったことではないけれど。
どんな人間にも代わりになる者などいないのだ。たったひとりのかけがえのない存在だから。
「ただ、まあ
……
あの様子からすると、多分クワトロ大尉にこってり絞られるだろうし、今日のところは勘弁してやってくれ」
「
……
はい。じゃあ明日、修正してやります! 例えアムロさんでも、容赦はしません
……
!」
死んでも代わりがいるなんて、そんな悲しいことを言う彼に喝を入れてやるのだ。憧れの人を殴ることに躊躇いもあるが、今回の発言はやはり修正しなければならない。カミーユは決意の拳を握った。
――――
まさか翌日、アムロのハイネックで隠されていた首筋に、明らかに男のものと思われる真新しい歯形がちらりと見えるなど、彼は思いもしなかった。二人が出て行った後の諸々が露呈した結果、アムロではなくクワトロ大尉の方を先に力一杯修正するとは、この時のカミーユも、もちろんブライトも知らなかったのである。
ぶつかり合うって別に隠語でもなんでもなかったんだけどなあ
……
と吹き飛んでいく金髪の男を横目に、アーガマの艦長は遠い目をしていた。
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