ぽふむん
2025-10-04 22:50:00
1888文字
Public ワンドロ
 

天鈿女

#童しの版深夜の真剣物書き60分一本勝負

「罠」「オオカミ」

謎軸
オオカミをあえて「大神」として書いています。
天照大神が岩戸隠れしてしまった古事のように、童磨さんの「あること」に怒ったしのぶちゃん。
部屋に閉じこもってしまいました。



お腹がすいた。
もう夕餉の時間は過ぎている。
もちろん声はかけられた。
襖を隔てた向こうに、膳が置かれていることも知っている。

でも、しのぶは出ていかない。
その膳は罠だ。

膳を取るために襖を少しでも開けようものならば、こじ開けられ捕らえられてしまうに違いない。

外はすっかり暗くなり、月明かりが優しく部屋を照らしている。

信者の方々に多大なる迷惑をかけていることは承知している。
それでもあの男は許さない。

ぐぅ~きゅるうぅうう

珍妙な音のするお腹をなだめすかしながら決意を固めた。
お腹は「変な意地を張るな」「くだらない。もう許してやれ」と言っている。


その時だった。

高らかな笛の音が聞こえてきた。
鼓の音がする。
高まる期待に、笑いさんざめく信者の声が聞こえた。

「やぁやぁ、今宵は急な催しに来てくれてありがとう」
しのぶを怒らせている主の声が響き渡った。

「月も明るい、良い夜だねぇー。でも、俺はそんな月よりもっと楽しいことを、皆で楽しんで行って欲しいんだ」

わぁあああ

歓声が沸きあがる。

そして、管弦の音が鳴り響く。
何やら歌声が響き渡る。
魅惑の甘い……童磨の歌声。

管弦の楽の音に合わせ、歌いながら舞い踊っているようだ。

(な……何してるの?)
しのぶはその声に聞き惚れながら思う。

一曲終わったらしい。

「ああ、ほんと〜うにいい夜だ。皆日々様々な苦労があると思う。日銭をただ真面目にコツコツ稼ぐのも大事な事。
でも、そんな日々のひと時に、こんな時間もあってもいいよね🎶
いいじゃない。ほんのひとときでも夢の中を生きる時間があったって」

わぁあああ

童磨のその言葉に信者達はさらに湧き上がる。

きょーそ教祖、と謎のコールが沸き起こる。
なんだかよく分からないが、こんな僅かな楽しみ。刺激的な時間も、時にはあっていいのだろう。

「さぁ……興も乗ってきた。もっと楽しもうぜ」

そして、先程までとは違う、なんとも官能的な楽の音が鳴り響く。
女達の黄色い歓声が聞こえる。
男も感嘆の吐息をついている。

(なんだろう)
しのぶは誘惑、好奇心に負け、薄らと襖を開け覗き見る。

そこに見えたのは、片肌を脱ぎ、官能的に身体を揺らす童磨の筋肉美。
チラリと流される視線も婀娜っぽい。

桶に座り、背を反らし、足を伸ばす。
神憑りした状態というのはこういう姿なのだろうか。
身体を揺らし、肩を揺らしながら少しずつ衣服を剥いでいく。
袴の紐が緩められ

途端にしのぶの脳裏に古事記の一節がよぎった。



───裳紐を陰におしたれき───

このまま行けば、本当に

見せ……ちゃう?
見られちゃう?
そんな姿を見ていいのは私だけでしょう。

ダメ!

でも、なんて言う美しい見世物なのだろう。
もっと見たい。

しのぶは襖をもう少し開いた。その時だ。

「それ、いまだぁ」

「き……きゃああああ」
教団の力自慢の剛力が外に控えていたらしい。

無理やりこじ開けられ、しのぶは引っ捕らえられ童磨の元に献上されることと相成った。

🪷🪷🪷🪷🪷🪷🪷🪷🪷🪷🪷🪷

「あはは、天岩戸を開くには天鈿女命の裸踊りというのは古来からの定番だ。女神様はむっつり助平というのも古来から変わらない」

上半身裸の童磨に抱きしめられ、しのぶは、気まずさにぶすっとした表情をうかべる。

(なんでこんな匂いがするんだ。この男)

これは肉桂か……いや違う。
この匂いは自分しか感じとっていないことに気がついてしまった。

その匂いは、所謂フェロモンだということに。

元々無臭なのに、ある特定の個体にだけはたまらなく蠱惑的な匂いになることも、薬学に詳しいしのぶは知っていた。

そして、何より癇に障ったのは……
今日漂ってきた匂いに発情してしまったから。

しかも

(童磨は発情してないんです。私だけ……これ、私ド助平みたいじゃないですか)
「何を怒らせてしまったのか分からなくってごめんよ」
童磨は困ったように眉を下げている。

いや、今日は童磨は何も悪くない。
分からなくてもなんの非もない。

でもしのぶは怒ったふりで言った。
「裸踊りは、私だけにみせてください。他の人にはダメです」

童磨はキョトンとした。

「天の岩戸を開ける為だし、人前では初めてだったんだけどな……はぁい♡」

そして、謝る必要などないのに謝って来た。
それが何より腹が立ったのに。

でもこれは……この男の生育環境のせいだと思えば仕方ないのだろう。