スズ
2025-10-04 13:47:41
8891文字
Public あつおさ
 

【証言者】尾白アラン

成立前のあつおさ。
あつむがおさむの🏐を諦めたくないってダダこねる自分と、手放しでいちばんに応援してやりたい自分のせめぎ合いを了ランくんに聞いてもらう話



 夏のインターハイは、夏休みの始まりを告げる季語だ。
 少なくとも稲荷崎高校男子バレー部にとっては〝いつもの〟夏であり続け、あり続けられるように努力し研磨した結果、尾白が卒業してから最初の夏においても、それは変わることなく全国で新チームは実に堂々とした試合と結果を見せつけた。
 全国の舞台を経験した一年生の顔つきは一皮剥け、二年生はいよいよ春高予選のレギュラーの座をもぎ取ろうと貪欲に目の色を変える。そして三年生は最後の夏を終えたことで、真冬のあのオレンジコートに立つことのみがその視野の先に浮かんでいる。
 自分たちがそうであったように、一つ下の後輩たちもまた目標が削ぎ落とされてシンプルになり心なしか表情が澄んでいる。尾白がいる頃はあれだけ手を焼いた個性が強めの後輩たち。それが今は部の最高学年として後輩たちの面倒をみながら、集団を牽引し、どうにかこうにかまとめ上げる姿は、インターハイを経たこの真夏の合宿ではもうしっかり板についていてどこか感慨深い。
 インターハイ後に行う、県内の奥にある合宿施設での夏合宿。最後の練習日、遠いところを年の近いOBたちが差し入れを山のように携えて激励に来るのが部の伝統で、尾白の代も就職をしてどうしても予定が合わせられない人間などは除けばほぼ集合して、それぞれ金を出し合い、差し入れ調達をする人間を分担して顔を出した。特に卒業して間もない代はまだまだ現役のころから体力は落ちていないだろうと練習相手になることが通例で、当然のように尾白も北たちと共に練習から合流した。
 特に尾白は卒業前から声をかけられていた立花Red falconsに入団しており、オフシーズンとはいえ流石に体力には問題なかったものの、高校を卒業してからバレーボールからは離れた同級の面々は「久しぶりすぎて膝わらっとるわ」「こんな動けなくなってんねんな」「明日から俺走ろうかな」と悔しそうに口々に言っていているのを聞いて、皆、それぞれの場所ですっかりバレー以外のことに一生懸命になっているのだと時間の経過を感じる。
 練習は今日で終わり、明日は朝から施設内の掃除をして、それが完了したらチャーターバスは帰路に着く。そんな最終日前日は父母会が協力する恒例のバーベキューが行われ、尾白の代は練習中の部員たちが飲み食いするものの差し入れを担当したが、バーベキューへの差し入れは現地には来れない歴代のOBから豪華な食材やデザートが多く届けられ、ちゃっかりとそれにあやかるのもまた卒業したての代の恒例だった。
 尾白は一通り、後輩たちひとりひとりに声をかけていった。三年と二年はもちろん、面識のない一年にも「どうや調子は」と声をかければ、自分のことを知ってくれているらしく、プロリーグとこれまでの違いだとかOBならではの話題で盛り上がる。
 そして最後に少し離れたところで皆を見つめて座っている侑のところに向かうと、尾白が近づいてくるのを見つけるなり、途端にその金色の目はパッと開いて明るく瞬く。人懐っこい表情が一気に滲んで、ああ、今の今まで一生懸命に先輩面してたんやなコイツと思うと、ついつい昨年までの自分たちのことも芋づる式を思い出して懐かしくなった。
「アランくん! 沢山ありがとうな、差し入れ!」
「ええねん、ええねん。これくらいしかできんから」
「いやいやいや〜。練習にプロが入ってくれんねんで。豪華すぎて釣りが来ますわ〜」
「よぉ言うようになったやん。ほれ」
 尾白が侑の分の缶ジュースを放ると、しっかりとキャッチして「あざっす」と言いながらプルタブを開けた。体育館の開放された扉の石段に座る侑の隣に、どかりと腰を下ろすと尾白もまた自分の缶ジュースのプルタブを開けた。カシュっと音が重なって、炭酸が泡立つ音がする。
「主将もすっかり板についとるなぁ」
「んー、どうかなあ。サムも銀も角名もおるからなんとかなっとるけど……北さんのようにはいかんから、しんどいときもあるし」
「信介みたいには誰でも無理やろ。俺かて無理や。あいつはな、あいつだからあいつなんやって」
「あははっ、北さんそんなふうに言えんの、アランくんくらいや」
「そらまあ、同級生でよかったーーって、俺も大耳も赤木も正直思っとるけど」
「そこは思うとるんや……
「はははっ、言うて同学年の奴らなんてもんは、みんな戦友やからな。お互い遠慮なんかしてたら、できるもんもできんくなるわ」
「でも俺、アランくんと北さんとかが喧嘩してるとか見たことないで」
「そら後輩の前ではそんなことせんて。お前ら双子やあるまいし」
「お、俺らやって三年になってからは、手は出してへんねんで!?」
「そこは自慢気に言うとこちゃうやろがい。まぁ、お前らが思ってる以上に結構口ではやりあっとったなぁ」
「へえええー! ぜんっぜん知らんかった!」
「そら子供らには喧嘩は見せへんやんか」
「いや、夫婦なんかーい」
 流れるような会話は地元だからというより、年下の幼馴染と話しているからだ。
 思えば尾白もまた、この双子とは縁が多くて一緒にバレーをしてきた時間は長い。それこそ同級生たちよりもこの双子とバレーをしてきた時間の方が少しだけ長いかもしれない。
 味方のときもあれば、敵のこともあったが、総じてふたりは強くて、とてもしなやかだったなと思う。頑固のように見えて柔軟性が高く、前に進むための変化を厭わないあたりがバレーボール選手としてはもちろん、人として強い部分なのだろうと思う。仮に選んだ競技がバレーボールでなくとも、そして場所はどこであっても、このふたりは大成したに違いない。少なくとも尾白はそう信じて疑わない。
 だからこそ、侑に主将を任せようと思うけどどう思う?と黒須監督に相談されて、侑ならちゃんとやると思いますよと、尾白は太鼓判を押し、進路の話を治から聞かされたときも実のところ大きくは驚かなかった。
「主将なんて、ほんま柄やないし。やってみるとやっぱり大変やし、めんどいことばっかやけど。でも去年まで歴代の先輩たちは、こんなことまでしてくれてたんやなぁとかは知れてよかったと思うし、バレーはもちろんやけど、俺は稲荷崎のバレー部も好きなんやなーって、わかったし」
「うう……! 侑の口からそんな言葉が出てくるなんてなあ……! めっちゃおっそいし、今更何言うてんねんって思うけども……!」
「アランくん、それ褒めてんのか貶してんのかどっちなん。……まー、あとはなんや。個人的なことやけど、そういう役割みたいなのがある方がいまの俺にはよかったんやろな」
 余計なことを考えずに済むから。
 そう、どこか物言いたげに続ける侑が見つめる先に居たのは。
「ん? なんや。治がバレーやめることは、余計なこととちゃうからええやんか。たくさん考えたって」
 なんのフェイントもかけず、コートの上でまさに尾白が打つ直球かつ豪快なスパイクのようにそのまま言ってやれば、侑もまた変に驚いたりすることもなく、まるでコースを読み切ってディグを構えていたかのように「そうかなぁ」と、冷静な返球をした。
「だって、いくら俺がどうのこうの言うたところで、サムがバレー終わらせるのは変わらんねんで。それくらい、ちゃんとわかってんねん。別に、サムが生半可な気持ちでそんなこと言い出すわけないって。めっちゃ悩んで、めっちゃ考えて決めたことなんやって。そんなん……俺が、この世でいっちゃんわかってる」
 ほぼ独白だった侑の言葉を聞きながら、もしかすると侑は、治がバレーを高校で終わらせることについて〝一生勝負〟と、まるで一生を互いにかけることを当然のように宣言したという件があり一応はひと段落しているように見えても、実はそれ以降、誰にもその胸の内を話すことなくここまで来たのかもしれない、と尾白は思い至る。なにせ侑が何かあれば相談する相手は、なんやかんやと言いながらもずっと治だったはずだ。その治にさえ一言も言えないことが身の上に起こることは、侑にとって人生で初めてのことだったかもしれない。
「いっちゃんわかってるんやから、これ以上、ガキみたいに文句は言いたない。けど」
「言いたないけど?」
……そんでも俺は、……あいつともっと一緒にやるつもりやった。一緒に、やりたかった。サムとなら、ずっとずっとどこまでも一緒に行けるって、思ってた。ほんまに、何の疑いもなく」
 侑の眼差しが、夕日に照らされて金色にきらめく。
 それは見つめる先の銀髪の片割れが、美味しそうに焼肉を頬張る様子ごときらきらと反射して、どこか眩しそうに細まった。
「俺だって、……応援してやりたい。決まっとるやんか。誰より俺が手放しで、一番近くで、頑張れやって言ってやりたい。なのに、……気持ちよくそうできない自分に、苛立つし。こんな自分になってまうのも、やっぱサムがバレーやめるとかそもそも言い出さなきゃよかったやんかとか、そういうこと。ちょっと時間があると、考えてまう」
「そら忙しいほうがあれこれ考えないでええ、みたいなことはあるよな」
「アランくんにも、そんなんあんの?」
「いや、お前は俺をなんだと思うとんねん……!」
 言いながら尾白が手の甲で、宙をぴしりと払う。それを見た侑は「ははっ、アランくんのツッコミがあると、やっぱ落ち着くわ」と破顔して、いつもの〝幼馴染のやかましい双子の片方〟の顔をして見せた。
 それを見た尾白は、今年の合宿に顔を出せてよかったと思う。
 最高学年として気を張っているだろう後輩たち。去年の自分たちも同じだった。実績を出して当然という強豪校としての重圧。自分たちの代でまさかの番狂せすら起こさせる隙も徹底的に潰す。他を寄せ付けないほどの圧倒的な強さを、常に研がねばならなかった。
 それでも自分たちをどんなときでも後輩として扱ってくれる先輩の顔を見ると、どこか張り詰めすぎて破れそうな気持ちが、ちょうどよく緩んでくれた。去年の今頃、自分がそこまで考えていたわけではないけれど、時が経てば経つほど、ありがたかったと感謝が湧いてくる。
 だからこそ自分たちがしてもらってきたことを一つでも多く、今度は自分たちが後輩たちにしてやりたいし、それが恩返しというものなんだろうとも思う。いつまでもこの一癖も二癖もある、手がかかる一つ下の学年に先輩面ができる自分たちが顔を見せることで、少し前まではちっとも後ろを振り返らないで、それでも心底楽しそうにはしゃいでいた頃の顔を、一瞬でもいいからさせてやりたい。そのためなら、多少の予定の調整は苦ではなかった。

「俺だけが、……サム離れできへんのかなって。怖くなった」

 陽が傾いて、焦げるような日差しの強さが和らいでから始まったバーベキューでも、湿度も高くてまだ気温も下がり切らず、肌にはじっとりと汗が滲む。
 首にかけていたタオルで顔を拭く侑は、喉仏を揺らしながら勢いよく缶ジュースの中身を流し込んで、それからずっと見つめていた先の治が、一年生たちに囲まれてまた肉や野菜を焼いている網の方に歩いていって人に埋もれて見えなくなると、視線の先を、自身の足元へと下ろした。
「サムは、俺から離れたって平気なんやと思う。その決意ができたから、進路のこと言うて来たと思うし、ずっと俺に話してくれんかったのだって、きっとこわかったからや。俺がこわいんやから、あいつだってこわかったはずで。でもそんでもアイツは、ちゃんと俺に言ってきた。バレーは高校までで終わらせるって」
 そして、こうして侑が僅かに口を尖らせてぼそぼそと言うときは大抵、拗ねているときだと尾白だけはきちんと心得ている。なるほどなあ、とひとりごちた尾白は、治がひとりで大人になってしまって、自分は遅れを取っていると侑が思い込んでいるのだと辿り着き、どこまでも治が軸になっている侑に思わず苦笑を浮かべた。
「侑はほんま、治に一歩先に行かれるんが我慢ならんもんなぁ、昔っから」
「はぁあ!? そ、そんなことないし……!?」
「でも治に先に行かれて負けてたまるかって、いつも張り合ってんのは、ようするに〝一緒やないもんがあんのが嫌や!〟てことなんとちゃうん」
「えええ〜……? アランくん、今まで俺のことそんなん思うてたん……? え、めっちゃハズい……
「今更すぎるから気にせんでええて」
「なんも慰めになってない慰めありがとうございますー……
「こちらこそー」
「まあ、……そんなんやから、俺だってサム離れせなって意地になってたときもあったけど。でも銀に、そこは意固地になるとこちゃうし、しゃあないでええやんかって言われた。サムのことで知らんことが増えて。どんどんわからんくなって」
「でもそれが嫌やって思うのは、お前ら双子はしゃあないわ。……って、俺も思うで」
「うん。慣れなくていいって思ったら、ちょびっとだけラクになった。……たぶん俺は、これから色んなことがあると思うけど、どうしたってアイツとのバレーを諦められへんやろなって、思う。だからもう俺だけは、とことんアイツのバレーを惜しんだってええやろって。もっとやりたかったのにって、駄々こねたってええやろって思ったら開き直れてきたけど。でも、サムが進路の希望調査とかで俺の知らん学校の名前書いてたり、秋に専門学校の見学いく予定立ててたり。ちょっとずつ、離れてく準備が進んでんの見てまうとな。やっぱ『サムはどうして平気なんやろ』とか『サムがやりたいことすんのは勝手やけど、それで俺はアイツとのバレーぶんどられんのホンマ納得できん』とか。バレーボールさわってないときほど、ぶわっとなる」

 これまではどこで迷子になったって、治のことを見つけられた。
 周りの大人たちがどこに行ったのかと探し出せないでいる中で、自分だけは治の居場所が手に取るようにわかったし、見つけることができた。
 今までも、これからも、それは揺らがない。
 そう思っていた。そう、信じて疑いもしなかった。
 けれど今は、治が雑踏の中に消えていっても自分には見つけられないような気がして。
 だから目を離すことが怖いのに、当の治はそんなことは平気だという顔をしていることが嫌なのだと。

 侑はそう吐き出し終えると、缶ジュースの残り一口分をぐいっと飲み干して立ち上がる。
 また少し身長が伸びたかもしれない。
 尾白自身も身長は伸びているし、侑たちもまたもうひと伸びするだろう。身体の仕上がりも二年生の頃に比べればまた少し変わっている。侑は侑で、すでに全日本ユース候補からユース選手の座をもぎ取り、それもあってVリーグのチームからいくつか唾をつけられていると聞く。卒業後のことも意識して体づくりしていて、尾白の目から見れば、変わっていくのはなにも治だけではないと思うけれど。
「すぐ隣やし、近すぎて見えんことっちゅーのもあるわな」
「え。なに?」
「いやいや、こっちの話。ちゅーか、侑がハイソウデスカーなんて納得できるとか、侑がおりこうさんにしてハイワカリマシターって言うとか、誰も思ってへんから安心せえって」
「なんッッも安心できる要素なかったけどっ!?」
「侑は、たとえばバレー取り上げられようもんなら、駄々こねて絶対嫌や〜〜!て喚くやろ?」
「そら、まあ」
「ほんなら、治のこと取り上げられたって、そら納得なんてできんわ。侑のバレーには、治がおって当然やったんやから」
 言って尾白もその場から腰を上げる。
 立ち上がれば、人に埋もれて見えなくなっていた治も、問題なく視界に捉えられた。
 ようは角度の問題なのだ。見ようと思えば見えるし、見えないと思ってしまえばその場で立ち尽くすだけになる。けれど自分たちは人よりも高い身長に恵まれていているし、そしてそれは自分たちが人一倍気を使って身長が伸びるためにできることは全部やってきた結果だ。
「あーーっ!! サムのやつ、一年共に餌付けされすぎやろ! あんなにバカスカ皿に盛られて、全部食う気かクソブタ!!」
「相変わらず治の皿には、ずーっと食いもん乗ってるなあ」
「一年共も、なにを面白がってサムの皿に乗せとんねん。ああっ!? あんの一年……!」
 侑が何やら怪訝な顔をするので、尾白も同じように治がいる方に視線を向ける。すると治の隣にいる一年生が、気を利かせてなのか差し入れのアイスバーを剥いて、手が塞がっている治の口元に向けていた。てっきり尾白は、治はそのまま何も迷うことなく差し出されたアイスにかぶりつくのだろうと思って眺めていたし、侑も堪りかねてとばかりに治の方に向かおうと一歩踏み出したところだった。
 だが、治は意外にも首を左右に振って、アイスを食べさせてもらうことを断った。
 侑も尾白も、ふたりして「「えっ」」と間抜けな声を出したと同時に、治の視線の先がぐるりと旋回して、体育館の出入り口にいる侑を捉えた。正確に言えば、尾白のことも捉えたことに間違いはないが、その焦点は尾白ではなく、確かに侑に置かれていた。

 なんや。ツム、そこにおったん。

 尾白の耳には声までは届かなかったが、治の口元が確かにそう動いて。
 それから侑の姿を目に映した途端、くしゃりと、まぶしいほどやわらかく笑ったのを、尾白は確かに目撃する。
 そして侑もそれは同じはずで、案の定、動かそうとした足は止まり。

「サム。俺、……ここにおったんやで。さっきから、ずっと」

 尾白の立っている場所でさえ、聞こえるか聞こえないかという小さな声でこぼす。
 その侑もまた西陽を眩しそうに目を細めていて、そしてどこか泣きそう歪んでいるように見えて尾白は息を呑んだ。
 侑は、自分だけが治から離れられないのかもしれないことが怖いと言っていた。
 それは、確かにそうなのだろうと思う。
 けれどただ負けず嫌いで、先に行かれたくないだけで、こんな表情をするものなんだろうか。
 治が自分から離れて独り立ちすることは、止められることでも止めるべきことでもないことも、侑は理解している。自分もいつかは離れなきゃならないと思っているけれど、心がそれをよしとしていない。
 先に行かれたくないという対抗心の影になって見えづらいがその奥底には、治の視線が自分を一番に映さなくなることを許したくないという憤りが、いま尾白の目には確かに見えた。

 これまで、侑は無条件で治のたったひとりの特別でいれた。
 その視線を、誰よりも独占できていた。
 けれどこれからはそうではなくなることが、耐え難い苦痛なのだとしたら、それは──

「なあ、侑」
「?」
「『治と一緒にバレーやれんの嫌や!』って、治に真正面から言うたらええやん」
 なんでやめるとか。どうして決めたとか。
 そうした互いの理由や理屈はぶつけても、気持ちは何一つきちんと言葉に出して言っていないのではないか。
 そう尾白が言えば、隣に立つ侑は神妙な顔をして尾白を見つめてくる。
「せやけど、今さら嫌や言うたって、もうなんも変わらんし……
「そうかもしれんけど、そうとも限らんで」
「え? どういうこと?」
 侑が首を傾げていると、遠くにいた治が侑からその視線を一切外すことなく、こちらに向かって歩いてくる。その手の紙皿には鉄板で焼いた焼きそばだの、とうもろこしだの、いろんなものを溢れんばかりに乗せて。真っ直ぐに。
「ツム、どこに行ったんかと思った」
「ここでアランくんと、しゃがんでダベっとったから」
「アランくん、なんか食べるもん持ってこよか?」
「お。なんや、治の口からそんなん出てくるようになったんか」
「え〜〜? 前からちゃんと言うてたと思うけどなぁ」
「嘘つけブタサム。いつもこういうとき、自分が食うことしか頭に無かったやろがい」
「ほーん。そういうこと言うん。せっかくコレ、ツムに食わせたいなぁて持ってきてやったのに」
「え、俺?」
「ほれ。食ってみ!」
 言われて、自ら箸で侑の口元まで焼きそばを持ってくる治に、侑は一瞬だけ戸惑ったものの、すぐに何かを諦めるような顔をして「あーん」と大きく口を開けた。
 治の手で食べた焼きそばを咀嚼した侑はすぐに「え!? ほんまにウマ!!」と目を見開く。そして、そのリアクションに治はまるでスパイクをラインの際に決めたときのようにニッカリと口角を上げた。
「これ、俺が作ってんねん」
「は? これサム作ったん!?」
「せやねん。こそっとな、ツムが好きやろなーって味付にした焼きそばや」
 片割れの嬉しそうな顔に、侑はさらに目を大きく見開いて言葉を失った。
 何かに気がつき、気づいたことで込み上げてくる大きな感情の波に戸惑っているのが、尾白の目にはわかりやすく映っていたが、隣にる治はといえば不思議そうに「ツム?」と声を掛ける。
 すると侑は、そこでようやく我に返ったようにハッとして、それから勢いよく片手で顔の下半分を覆うと。
……飲み物なくなったから、取ってくる!」
 言い残して足早にその場を立ち去っていくので、治はその背中に「俺のもなー!」と注文を投げれば当然「自分で持ってこいや、クソサムッ!」と予定調和が響く。
「なんやアイツ、耳ちょっと赤くなかったか? 熱中症? アランくん、ツムのやつおかしなとこなかった?」
「あー……、まあ、ピンピンしとったし。心配ないと思うで」
「ふーん。そんなら日焼けかな」
 結局、侑に食べさせるために山盛りにしてきた皿の上のものを自分でも食べながら、治はこてりと首をかしげる。
 そのなにも気がついていない様子の治に、尾白は軽く息を吐くと「お前らはほんま、いつまでも手がかるなぁ」と缶ジュースの中身をすべて喉に流し込んで、困ったように笑った。