アルマジロ
2025-10-04 10:59:46
4726文字
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Good night, Sweet dreams

駆除人時代のレザヘク。
廃墟にお邪魔して雨宿りする話。ちょい暗。

 二人はずっとそこにいた。
 雷の日も、雨の日も、霧の日も。
 変わらず寄り添い続けて、きっとこれからも側にいる。
 ここは暗く冷たくて、手を伸ばせば暖かい場所に届いたけれど。

 それでも、貴方の隣は黄金郷よりも。



 腐食した木の床板は所々が崩れて、冷たい地面が剥き出しになっていた。その中でなるべくまともに床材が残っていそうな箇所に腰を下ろして、レザラは焚き火を見つめる。
 木材や破片には事欠かなかったから、簡単に火を起こせて良かった、と安堵の息を吐いた。

 かつては壮麗な街並みを誇っていたであろう旧アレクサンドリア城下町も、今となっては無人となり魔物が彷徨うだけの抜け殻となっていた。
 世界を覆う雷に人々は大地を追われ、塔の中に身を寄せ合って暮らすようになってから数え切れないほどの年月が過ぎた。
 今やこの街を訪れる人は、拾得人や駆除人、あるいは研究者や物好きな墓守といったくらいだろう。

 そんな廃墟の一つ、まだ比較的崩壊が進んでいない一軒の家屋にレザラとヘクトールは避難していた。
 旧王国領に大量発生した蛇型の魔物、その討伐を請け負った二人は何事もなくその仕事を終えたが、予想外だったのは天候の急激な悪化だ。
 避雷塔でも庇いきれないほど立て続けに落ちる雷。かつての雷光大戦を彷彿とさせる嵐に、二人は屋内へ逃げ込むことを余儀なくされていた。

 元々はありふれた一軒の家だったであろうこの場所は、長い年月を経て暗く冷たい廃屋と化していた。所々穴が開いているが、雨と雷が凌げれば問題はない。
 屋内に入ってすぐ広がるのは、大きめのリビングダイニングだった。奥には個室へと繋がる廊下があるが、この家で一番広いこの空間が雨宿りには丁度いいだろう、と判断して二人は態勢を整えていく。
 捨て置かれた家財は部屋の隅に寄せ集まっていたおかげで、中央には目立つ物がない。破片を壁へ寄せれば、身体を休めることもできるだろう。

 雨に濡れた身体を乾かすために、レザラは廃材を拝借して焚き火を起こしていた。エレクトロープ製ではない明かりが数百年振りに屋内を照らす。
 火が安定したことを確認したレザラが、ヘクトールの方へ目線を寄越した。ヘクトールは焚き火に背を向けたまま、通信機を片手にどうにか現状を伝えようと四苦八苦している。

……やっと連絡送れたぜ。ったく勘弁してくれよな」

 ずっと通信機と格闘していたヘクトールが、溜息を吐きながら焚き火の横に座る。その眉間に刻まれた皺が、いかに不安定な通信だったかを物語っていた。

「お疲れ様、ヘクトール。こうも天気が酷いと連絡も一苦労だよね。こんな嵐は本当に久しぶりだよ」

 労うような笑みをヘクトールへ向けながら、レザラは湿気がマシな木材を焚き火にくべた。
 無事であることさえ連絡できれば、あとは雷雨が収まるのを待てばいずれ帰還はできるだろう。
 何もない廃墟で待つしかない、という窮屈さはレザラの気を重くしたが、改めて考えると帰れたところで特にやりたい事もない。どうせ二人で適当に過ごすことに変わりはないのだから、いつも通り時間を潰せばいい。レザラはそう切り替えることにした。

「しっかし何時まで続くんだろうねぇ、この嵐。退屈な仕事が更に退屈になっちゃうよ」
「ボヤいたって仕方がねぇだろ。討伐終えたばっかなんだから、今のうちに体力回復させとけ」

 床に座っていたヘクトールが仰向けに寝転がる。自分の両腕を枕にして、雷雨が止むまで目を閉じて休むつもりなのだろう。
 レザラもまたヘクトールに倣うようにして床に身体を横たえた。とはいえ眠るつもりはなく、ただじっとヘクトールの横顔を見つめていた。

 大粒の雨の音と雷の音が静かな部屋に響き渡る。床に横たわっていると、時折落雷の衝撃が振動となって二人の身体を揺さぶった。
 狭い障壁の中、更に狭い塔に閉じ込めるこの国の現状に辟易していたレザラだったが、こうも雷に晒されては、なるほど閉じ籠もるしかないのも頷ける。
 世界を滅ぼした雷が、今も絶え間なく降り注いでいる。まるで世界に二人ぼっちで遭難しているみたいだと思えば、レザラは面白がるようにくすくすと笑った。

「ねぇ、もしこのまま嵐が止まなかったらさ、ボクたちもここで死んじゃうのかな?」

 子供が小さな悪戯を共有するような楽しげな口調で、レザラはヘクトールに話しかける。
 ヘクトールは片目を開けてレザラに視線を向けた。細められたレザラの目が、闇の中で猫のように輝く。

「こうやって、並んで、誰にも知られず二人っきりで…………

 あの二人みたいにさ。



 レザラとヘクトールが駆け込んだこの家屋には、先客がいた。
 居間から繋がる廊下の奥、かつて個室だったその部屋には家具と比べて真新しい絨毯が広げられていた。
 荒野の伝統的な衣装に身を包んだその二人は、互いに抱き締め合うような形で絨毯の上で眠っている。
 白く曝け出された二人の頭蓋骨の、その傍らに、レギュレーターは転がっていなかった。

 魔物が徘徊する旧城下町。人が寄り付かないこの地は、静かに終わるには都合の良い場所だったのだろう。
 服装からして拾得人と思われるあの二人なら、ここを訪れたとて気にする者はいない。
 レギュレーターを着けていないのなら、死んだとしてもその死を認識されず、遺体が回収されることもない。
 レザラとヘクトールが訪れるまで、ここには二人だけの、静かな楽園だったのだ。


 この家屋に駆け込んだ当初、安全を確認している最中に見てしまった個室の光景をヘクトールは思い出す。
 揃って床に寝そべる今の自分たちは、確かにあの二人に似ているかもしれない。そんなことを思ったものの、やがて馬鹿げた考えを否定するかのように首を振った。

……俺はこんなところで心中なんざまっぴらごめんだ」

 寝転がったまま顔をレザラへ向けてニヤリと笑う。

「死ぬならもっとマシな死に方がしてぇ、だろ?」

 企みを話すようなその口調に、レザラの好奇心がくすぐられた。少し身体を近付けて、二人並んで寝転びながら死を語る。

「マシな死に方って、例えば?」
「すんげぇ強い敵と戦って、ギリギリのところで勝って死ぬ、とか」
「いるかなぁ、そんな都合の良い敵」
「言うだけならタダだろ」

 つまらない人生を彩るような刺激的な最期を夢に見る。二人揃って血と闘争に塗れた願望を語り合えば、雷の音さえも気にならなくなっていた。
 ひとしきり笑い合った後、互いに呼吸を整える。話し声が静まって、代わりに雨音と焚き火の音が部屋を埋めていった。
 暗闇の中、互いの息遣いに耳を澄ませる。

「そうだ……もっと相応しい死に場所があるはずなんだ……

 不意に、ヘクトールは天井を見上げて静かに呟いた。
 顔を上げたレザラの目に映るのは、ヘクトールの横顔。その瞳はひび割れた天井に向けられていながら、それよりも遥か高みへ、まだ知り得ない何処かを見据えてた。
 真っ直ぐヘクトールの右腕が上へと伸ばされる。暗い地の底から光り輝く空を求めるような、ごく自然な動きだった。

「こんな所で終われねぇんだ……魂を燃やせるような……生の実感を得られる場所が……どこかに……

 彼方へ向けられたヘクトールの瞳に、焚き火の炎が映り込む。光を放ちながら不安定に揺らめくそれは、まるでヘクトールを内側から灼くかのように見えた。
 怒りとも闘志ともつかない炎が、彼の中で燻っている。それは静かに、でも確実に、彼の深奥を黒く焼き焦がす。
 その末に自らが灰となるまで。


 レザラは考えるよりも先に身体が動いていた。
 両腕を伸ばし、ヘクトールを自分の元へと抱き寄せる。離さないとばかりに腕に力を込めて、その胸に顔を埋めた。

 レザラ自身、何故自分がこんなにも焦っているのか分からなかった。
 自分たちはここではない場所を求めている。共に渇望を抱えていて、手を伸ばす先だって同じなはず。
 それでも、不安が身体を突き動かしていた。ヘクトールが魂資源を使い、蘇生する時に感じるそれと同じ衝動だった。

……ヘクトール」
……なんだよ」
「一人でいっちゃダメだよ」

 レザラはヘクトールを抱きしめたまま顔も見ずに告げる。
 戦って、命を燃やして終われたらどんなに素敵だろう。そう夢に見ながらも、この退屈な檻ではそれが叶わないことも分かっていた。
 代わり映えのない獲物、代わり映えのない景色。
 不完全燃焼しかできない命だとしても、せめてその虚しさを分かち合いたい。
 檻の中に、一人取り残されたくはない。

「頼む……今だけでいい……何処にもいかないと言ってくれ……

 先ほどまで死闘に焦がれていた男のものとは思えない、か細い声だった。レザラはらしくもなく震える腕でしがみつくばかりだったが、それをヘクトールが笑うことはない。

…………お前なしで何処に行けるってんだよ」

 ただレザラの髪を撫でて、静かな声で肯定を示す。

 吹き荒ぶ風と大雨が家屋を揺らしていた。床は冷たく、小さな焚き火しかない部屋は薄暗い。
 それでもレザラは、その一言だけで安らかに眠れる気がした。
 魂を燃やし尽くすことが叶わないのなら、あの二人のような終わり方だって悪くはないんじゃないか。
 そんなことを考えながら、レザラはゆっくりと瞼を下ろした。



 一晩を廃墟で明かせば嵐は過ぎ去っていて、雨の名残が天井の隙間からぽたぽたと垂れ落ちるばかりになっていた。
 何事もなく目を覚ましたレザラとヘクトールは帰還するため身支度を整える。雷鳴は未だ空に轟いていたが、この世界でこの音が止むことはない。落雷と雨が弱まっているのなら帰路に問題はないだろう。

 通信機で帰還のため移動する旨を伝えたヘクトールは、外套を羽織りながらレザラに呼びかける。

「あいつらの死体、報告しないとマズいか?」

 ヘクトールが顎で指す先は廊下へと繋がる扉だった。
 本来、レギュレーターを着けていない人間の死体を発見した場合はガバメントに連絡する義務がある。二人の居場所を伝え、適切に葬るための情報を共有するのが良き王国民としての務めだろう。

 それでも、レザラにはそれが正しいことだとは思えなかった。しばらく考え込んだ後、ゆっくりと首を横に振る。

……やめておこう、ヘクトール。ボクたちは何も見ていないし、この家には誰もいなかった。きっと、それがいいよ」

 困ったように笑いながらレザラは言った。
 ヘクトールはその選択を否定することはなく、「そうか」とだけ返した。

 焚き火の始末を終えた二人が、玄関扉から外へ出て行く。
 石畳へ踏み出そうとしたレザラが、最後にもう一度だけ振り向いた。
 廊下に繋がる扉、その先にいるであろう二人をじっと見つめる。その瞳に共感と、憐れみと、僅かな憧れを滲ませて、しかし何を言うでもなくレザラは再び前を向いた。

 後ろ手に扉を閉める。歩き出した彼らはもう振り返ることも、あの二人に言及することもなかった。
 彼らはただ、一晩宿を借りただけ。それだけに過ぎないのだから。


 廃屋には再び静寂が満ちていた。
 暗く冷たいこの地に立ち入る者はなく、時折雷鳴が遠くで響くばかり。
 女王の慈愛も黄金の輝きも届かない。ただ時に身を任せ朽ちていくだけの闇だとしても──

 二人はずっとそこにいた。