The Night is Short, eat Secretly(藤堂+ビリー+ジェロニモ)

三人で夜の見張りの話。

 藤丸がふあぁ、とあくびをすると、マシュも半分まぶたが下りているような顔であくびが続いた。三人目のコルデーもふぁ、息をつく。焚火に薪を足したりテントを調整したりしていたビリーとジェロニモは顔を見合わせ、ジェロニモが父親のような顔で若い娘たちに告げた。
「コルデー、きみもマスターたちと眠ったらいい」
「え、でも……
 戸惑うコルデーにビリーはニヤッとしてジェロニモに同意した。
「そーそー。夜間の護衛は僕ら男三人でも充分だとも。気が引けるならテントの中の護衛とでも思ったらいいさ」
「うむ? だがサーヴァントに眠りはひつ、いやなんでもない」
 夕飯に使った鍋を無心で洗っていた藤堂は顔を上げて、ジェロニモに目配せをされて口をつぐむ。なかば寝ぼけている藤丸は、そんな三人の意味深長なやりとりにも気づかず、二度目のあくびをして頷いた。
「わかった、おねがいするー。コルデーちゃんはわたしたちといっしょに川の字で寝ることー。おやすみぃ……
「おやしゅみなさい……
「じゃ、じゃあ、おやすみなさい、みなさん。なんかあったら起こしてください!」
 藤丸とマシュとコルデーがテントをくぐっていくのを見送り、残ったのはビリーとジェロニモと藤堂。同行メンバーとほとんど初対面の藤堂は、藤丸なしでどう会話をするかと居心地悪く息をつく。
 なにせ英霊として登録されているだけあってみな、個性ある面々ばかり。その中では極東の国の、神秘の薄れた時代のマイナーなサーヴァントだという自覚のある藤堂は気が引けて、どのように関わればいいのかわからなかった。
「藤堂君、きみもこっちに座りたまえ」
 二人は焚火を囲むように倒木に座っていた。ジェロニモに声をかけられ、藤堂は彼の横に丸まるコヨーテを避けて、おそるおそる反対側の端に腰かける。一人分の隙間を空けての隣はビリーで、陽気に鼻唄をうたいながら縦に細長い薬缶に湯を沸かしていた。眠気覚ましの茶でも淹れるのだろうか、と藤堂はぼんやりと眺めた。
「ジェロニモ、アレは持ってきた?」
「もちろん。大きい方でいただいてきたとも」
「やったね。あ、ブランデーも持ってきたけど入れるかい?」
「その酒類はしまいたまえ。酔わないと云っても、見張りを申し出たんだ。千鳥足で撃たれても困る」
「ちぇっ、酔っぱらっていたって僕なら外さないのにさ。トウドウ君、ブラックでいいかい?」
「えっ、あ、うん」
 急に会話を投げかけられて、藤堂は慌てふためいてよく聞かずにこくこくと首を縦に振った。ビリーが猫のように眼を細め、うん、と返事をする。手元の薬缶はしゅうしゅうと白い息を噴いていて、手袋をはめた手でビリーは火から上げた。
 いつの間にか三つのカップが用意されている。てんでばらばらな、子供が描いたような絵柄が側面に描かれている不格好なカップだ。それぞれにビリーはスプーン一杯の黒い粉と湯を注ぐ。即席の飲み物だった。
「はい、君の分ね。熱いから気をつけて」
「ありがとう……
 タヌキのような絵柄のカップを摘ままれて渡され、藤堂は両手で受け取った。湯気が立っていて、焦げたような匂いがしてくん、と鼻に近づけてみる。遠く異国の気配のする茶だった。ジェロニモにも腰を浮かせて手渡された。
「ジェロニモにはウサちゃんね」
「ふむ。ビリーのは……なんだ……?」
「ハシビロコウだって云ってた。トウドウのはイヌ」
「犬?」
 とうてい犬には見えなかった。困惑する二人にビリーはくすりと吹き出す。昼間、すべての銃弾をエネミーの眉間に当て続けていた射撃の天才とは思えないような、年相応の笑みだった。
 他愛ない会話をする二人を横目に、藤堂は息を吹きかけて冷ましてから異国の茶に口をつけた。
「ぶっ!」
 不味い。藤堂は吹き出した。
――あっははは! やあ、まだ早かったかな、君には」
「こら。ビリー。やめたまえ」
 膝を叩いて笑うビリーをジェロニモがたしなめる様子を、藤堂は袖で唇を拭きながら恨めしく見つめた。はっきり云って、渋い。この世の飲み物とは思えなかった。
「ごめんごめん、だからブラックでいいかって訊いたのに」
「慣れていなかったんだな、すまん。彼のコーヒーはとびきり苦いんだ。ほら、蜂蜜とチョコレートを入れなさい」
……これ、マシになるのか?」
「むろん、好みはあるが。マスターやマシュもよくミルクと砂糖を入れている」
 比較対象が歳下で、なんだかまたも子供扱いをされている気が否めなかったが、ジェロニモも自分のカップに蜂蜜を入れていたので溜飲を下げた。スプーンで蜂蜜を一杯と、ビニールに絞られたチョコレート一粒。熱いコーヒーにかき混ぜて溶けたころ、口をつけると不思議なことに甘くほっこりした香ばしさが喉を潤した。
 ビリーとジェロニモはもうひとつ、ごそごそと何かをしていた。串に白いふわふわした求肥に似たものを刺して炙っている。焦げて垂れて来たそれをビスケットとチョコレートの層に挟む。
 藤堂にも差し出された菓子を、藤堂が不審を込めてまじまじと見つめていてもビリーは気を悪くはせず、今度はきちんと説明がなされた。
「これはスモアと云って、マシュマロをクラッカーで挟んだおやつ。早く食べないと溶けちゃうよ」
 云って、ビリーは自分でもかじって見せた。ジェロニモが新しいスモアを寄越してきて、断るのも悪いようで藤堂は手に取って、どう食べるかを一巡してからかぶりついた。
 目を見開く。これも、食べたことのない味だが甘くてうまい。ふんわりもっちりした甘い食感とクラッカーのぱりっとした塩気、熱で溶けかけたチョコレート。ぺろりとひとつを食べて指先についたチョコレートまでも舐めてしまってから、藤堂は二人に見られたことに気づいて赤面した。
「ふふ、食べたからには僕らは共犯だ。マスターたちには秘密ね」
 次の串を炙りながらビリーは悪戯っぽくウインクして自分も指を舐めている。無邪気を装った悪い子供につられるように藤堂も表情をやわらげる。
「その……僕も炙ってみたいんだが」
「ああ、どうぞ」
 あっさりとビリーが一人分の距離を詰めてくる。猫みたいだな、と思っていると膝の上にふわりと毛玉が乗った。見下ろすとジェロニモのコヨーテが一匹、撫でろと云わんばかりに藤堂の膝に頭を乗せていていた。
「コーヒーのおかわりはいかがかね」
「キャラメル入れてよ、ジェロニモ」
「キャラメルはないな」
「その、こいつどうしたらいいんだ。動けないんだが」
「むやみと噛みはしないから撫でてやってくれ。それで、コーヒーは?」
「結構だ」
 なんてことないようにジェロニモが焚火に薪を足しながら云い放ったので、藤堂は迷ってからカップを地面に置き、コヨーテの首元に触れてみる。ごわごわした毛皮だった。コヨーテは甘えも鳴きもせずすんと澄ました顔でおとなしく耳を平たくする。
 甘味を分け合って自然、口は軽くなった。ビリーはまず藤堂の刀に興味を示し、ジェロニモは藤堂の火砲仕込みの義手を気にしてよく見せてほしいと云った。昼間はちゃんと喋るひまなかったから、と二人は口々に云って、気まずさの打破をしたかったのは藤堂だけでなかったことを知った。
「君、エート……トウドウ君。名前の方は?」
「平助だ」
「ヘイスケ、うん。そっちが呼びやすいな。ヘイスケでいい?」
「かまわないけど……
「よかった。僕も本名ならウィリアム・ヘンリー・マッカーティ・ジュニアだけど、縮めてビリーでいいよ、ジェロニモもね」
「また勝手だな」
「ダメなのかい?」
「ダメではないが。私の名もただのジェロニモだ。あらためて、カルデアにようこそ。同じマスターをいだく者同士、よろしく頼む」
「よろしく」
 儀礼的な握手を求められてくすぐったいように思っていれば、まったくの遠慮なしにビリーが肩を組んでくる。
「ヘイスケは酒はいけるクチかい? 帰ったらカードゲームでもやろうじゃないか」
「云っておくが、ビリーは手癖も酒癖も悪いぞ。身ぐるみ剥がされ絡まれたくなくば酒場には顔を出さないことをお勧めする」
「やだなあ、新入りから根こそぎ巻き上げるなんてしないよ! せいぜいこのコーヒーとスモア代だね」
 いけしゃあしゃあとビリーは告げ、残ったチョコをさっと取り上げて食べてしまう。ジェロニモはやれやれと肩をすくめた。まるで子供と大人のように息ぴったりで、藤堂は思わず吹きだす。温かく晴れやかな心地で、「遠慮しておくよ」と告げた。