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waka_me
2025-10-03 14:39:28
5616文字
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白き牢獄を超えて
ワカさんの旅立ち紆余曲折
少年はサイズがまったく合わない大人用のコートを引きずりながらクルザス西部高地を歩いていた。
魔物除けの香を焚き染め、雪で埋まる足を一歩ずつ踏みしめる。重たい体、足、凍るように冷たかった指先はすでに感覚が無い。
少年の名はワカという。低地ドラヴァニアに捨てられていたところをシャーレアンの学者に拾われて育った。幼いころからフィールドワークに連れていかれ、植物や動物、モブ、そういった生態について教えを受けていた。
学者は偉大だったが老いていた。老いていたが、妻も子供もいなかった。研究に身を捧げ、その結果、誰もついてこなかった。誰も彼を理解しなかった。
ワカはその偉大な学者の跡継ぎになるように育てられた。学者のエゴにどっぷりつかり、染まっていた。しかし幼い彼にはそのようなことなど分からず、彼もまた学者のように”狂人”のように育っていってしまった。
老いていた学者はワカが推定14歳ごろのころ合いに、静かにベッドで息を引き取った。その遺体はワカに解剖するように遺書にあり、その通りにしたところ、イディルシャイアのゴブリンたちからワカは追放された。血まみれの床、むっとした人の肉の香り、腐敗を止めるために冷え切った部屋。それを理解できるのは、バラバラになった学者だけだったのだ。
そうしてワカは最低限の荷物をまとめてイディルシャイアを後にした。二度と帰っては来ないだろう、と思いながら。
ワカに戦う力はなかったので、モブが嫌う香を焚き染めて、ひたすらに歩いて旅をした。研究三昧でろくにギルもなかったので、テイルフェザーや各地の集落で農作業の手伝いや治癒をして路銀を稼いだ。しかしまだ少年の面影が濃い彼には、誰も真っ当な報酬を出さなかった。子どもの駄賃のようなギルを睨みつけながら、それでもワカは旅をつづけた。
どこに行けばいいのか。イシュガルド王都に行けば仕事の宛はあるだろうか。はじめこそそう考えていたが、この歳ではろくな仕事なんてないだろうと思い行先を変えることにした。せっかくなら全く知らない土地が良い。
ケアルやエスナといった基本的な幻術を、ワカは学者から学んでいた。身を守るための最低限の術だった。本当に危険な時にだけ使い、基本はポーションなどを使った処置をするようにお達しを受けたが、こんな便利なものをなぜ使わないのか?と思ったものである。
その時の記憶を思い出し、ワカはエオルゼア3国のうち1つ、グリダニアを目的地に定めた。幻術のメッカだというその土地に行けば、自分が学者に抱いた疑問が解消されると思ったのである。
しかしその旅路もここで終わりかと思えた。そのくらいクルザスの雪は深く、吹雪は方向感覚を失わせた。常にカンテラには明かりをともしていたが、ファイアシャードも底をつきそうになっている。見当を見誤った他なく、失われていく体温に舌打ちした。
死んでたまるか。死んでたまるか
……
。
思いとは裏腹に体は動かなくなる。なんとか、洞窟みたいな、自分の身をこの吹雪から隠せる場所がないかと目を凝らすが吹雪で目の前は真っ白だ。
死んでたまるか。思う。願う。だが自然において人間はとてもぜい弱だ。
自分が気づかぬうちに雪の中に倒れ込んでいた。ぼふりという音すら吹雪の轟音でかき消される。体の感覚はもうない。眠い。寝たら死ぬ? そんなのどうだっていい。眠い。とても眠い──。
『世界の総てを知るのが私の夢だよ』
育ての親のよく言っていた言葉を思い出す。俺も知りたかったなあ、こんな冷たい場所だけじゃない世界を──。
「目を覚ましたわよ」
女の声が聞こえる。ワカはぼんやりと目を開けた。暖かな毛布に幾重にもくるまれて、感覚のなかった指は灼熱のように熱く、痒い。
ぱちぱちと薪が爆ぜる音がする。天国か?と思ったが違うようだ。胸に手を当てればとくんとくんと鼓動が鳴っている。
手にした胸の感触が素肌のソレだったので、どうやら裸に剥かれているらしいと気づく。確かに、濡れた衣類を身に着けたままにしていればあっという間に体温を持って行かれてお陀仏だ。どうやら命拾いをしたらしい。
「あの」
「ああ、まだ眠っていていいのよ。あなた、本当に死んじゃう寸前だったんだから」
確かに眠い。暖かさにゆるゆると微睡み、ワカは瞼をゆっくり下ろした。
どのくらい眠っていたのだろう。
ゆるりと目を開くと日差しが窓から差し込んでいる。毛布の中で手を開いたり閉じたりして体の無事を確認する。どこも欠損したりはしていないらしい。幸運なことだ。
「あら」
がちゃりと戸が開く音がして身体をもちあげる。「よく眠れた?」と問いかけられる。女は見た目は齢40前後に見えた。エレゼンらしいスラリと伸びた手足はふっくらと女性らしい曲線を帯びている。
「あなた、行き倒れてたのよ。あのクルザスの雪の中で」
女は手に持った桶を寝台の脇に置くと、中につけていた布巾を絞る。湯気がたっているのを見る限り湯が張ってあるのだろう。
「凍傷もひどくて。ほら、自分の体が見える?」
ワカは改めて自分の体を見聞する。身体中に包帯が巻かれており、ちりちりとした痛みがあるのに気づく。
「
……
ありがとう、ございます」
とりあえず礼を言うと女はどういたしましてと言いながらしゅるしゅると慣れた手つきで包帯を解いていく。
「ここはいったい? あなたは?」
女はワカの素肌を手慣れた手つきで温かいタオルで拭いていく。「ファルコンネスト。私はこの辺一帯の自警団をやっているわ」と女はワカの顔を見ずに答えた。
「ちょうど見回りに出てたときだったの。カンテラの明かりが微かに見えて──私の旦那があなたを見つけたの。どうしてあんなところを1人で?」
「
……
旅の途中で」
「あなたみたいな子供がひとりで? どこから? どこへ行こうと?」
上半身を拭き終わり、下半身へ。下履きは穿かされているようで安心した。暖かで清潔な布が肌を撫でていくのが心地よい。
「えっと
……
」
「目的地もなくあんなところ歩いてたの!?」
事情は知らないけれど、と女は言い、ワカは眉を八の字に下げた。
イディルシャイアにはもう帰れない。それに、世界を見なければと思った。自分があの老人と共に見てきた世界はあんなにも狭い。
だから、とにかく外に。
「
……
すみません、いろいろあって」
「仕方ないわねえ」
体を拭き清めると、慣れた手つきで包帯を巻き直される。
「言えるようになったら教えてちょうだい」
そう言って女は部屋から出ていった。ワカは漠然とした自分の欲求と焦燥感は何なのか、分からぬまま枕に頭を埋めた。
なぜ世界を知りたいのだろうか。
体を起こせるようになり、ワカは少しずつ状況を理解し始めた。ファルコンネストのこと、助けてくれた夫婦のこと。彼らは絶え間なくやってくるワイバーンや狼から、神殿騎士たちと一緒にこの街を守っているのだということ。
「こんな辺境にヒトを駆り出せるほどイシュガルドには余裕がないのよ。まったく
……
」
「だからといってエオルゼアに門戸を開けるつもりもない。だから私たちみたいな退役軍人もこうやって戦わされてるのさ」
ワカを助けた夫婦は元々イシュガルド王都に勤めていたという。竜たちとの1000年に渡る戦争のごく一部に携わり、そして生き延びた。体には引っ掻き傷の跡のようなものが多数ある。武人の勲章といえば聞こえはいいがね、と主人はコーヒーを飲みながら苦笑いした。
「妻は腹にデカい傷を負って、私たちは子どもが望めなくなってしまった」
ワカは夫婦の討伐仕事の手伝いや家事をして過ごしていた。
イディルシャイアで学んだ治癒魔法は夫婦や他の自警団の者も助けた。おかげでワカにも賃金が支払われるようになり、夫婦の家から出ていこうとしたが、婦人がそれを頑なに止めたのである。子どもが一人で生きるにはこのクルザスは寒すぎる、と。
ワカはソファを寝床にさせてもらっていたが、婦人が共に寝ようとワカを誘うことがたびたびあった。少年期を終えようとしている身で照れ臭さはあったが、暖かく、柔らかな体と乳のような香りは嫌いではなかった。
ワカは母を覚えていない。記憶の始めは低地ドラヴァニアでアリの行列を見ていたころ。そのあと老父に引き取られても、彼は女の子と話すこともなく、ひたすら老父と駆け回った。故に世間を知らなかった。
だから、このクルザスでの日々はワカを人間として成長させた。狼に襲われて足を折った黒チョコボを殺すとき、ワカはまだ治るかもしれないと訴えた。だが皆首を横に振り、「治るまで待つ余裕がない」と斧で首をたた切った。
その羽を毟り、肉となったチョコボが夜の食事に出た時、ワカは目の前のチョコボ肉のシチューの暖かさと美味そうな香りに腹が鳴り、居た堪れない気持ちになりながら貪り食った。
命は循環する。生活に犠牲は必要で、清らかな祈りだけで人間は生きてはいけない。血を覚悟しなければならない
……
。
そうやって生活して数ヶ月が経ち、ワカの懐も温まってきた頃、夫婦に旅立ちを告げた。
主人はそうかと言い、ワカの息災を願ったが、婦人は持っていた盆を落とし、上に乗っていた陶器のマグカップは床に叩きつけられバラバラに砕けた。どうしたんだ?と主人が立ち上がって婦人の肩に触れようとすると、その手を乱暴に跳ね除け、ワカのまだ成熟し切っていない手を握りしめた。
「あぁ、私の子、どこに行くというの」
ワカは狼狽した。
私の子? 俺が?
たじろぎ、ワカは手を引こうとする。しかし戦士の万力でぎゅうと握りしめられており、手を引くことは叶わない。骨がみしみしと音を立て始め、ワカは痛いと声を上げた。婦人はハッと顔をあげ、ワカから手を離すと、ああ、ああ、と嘆く。
「
……
恩知らずですみません。でも、俺は世界を知りたくて」
「世界なんてここだけでいいじゃない 非力なあなたがこのイシュガルドの、クルザスの閉ざされた土地からどうやって旅立つの? また行き倒れたら? あなたはまだ幼いのよ。ねえ、ここに居なさい。ねえ、わたしの愛子、ねえ
……
」
主人が割って入ろうとするが、婦人の形相に狼狽えた。目は溢れんばかりに見開かれ、血管の一本一本が見える。腹の怪我で子を成せないと告げられたときですらこの様な取り乱し方はしなかった。
夫婦は、お互い歳をとり、このクルザスで骨を埋めるだろうと諦めていた時に、ワカという少年が現れた。死にかけていた彼を助けるために、彼女は確かに懸命だった。だが、それもひとえに人助けの──正義や道徳といったところからの行動だと主人は思っていたし、妻もそうなのだろう、と思っていた。
だから主人はいつかこの若者がまた旅に出る時、後腐れなく見送ってやろうと考えていた。しかし、違ったのだ。妻は、婦人は、ワカを本気で息子にしようとしていた。
注いでいたのは道徳や正義ではなく女の母性だった。
「俺の世界はここだけじゃない
……
!」
主人はハッとして婦人の名を呼んだ。婦人は瞬きもせず、ワカを見つめ、あなたは間違っていると叫ぶ。
「わたしの愛がなくてどうやって生きていくの? ここには暖かな暖炉もスープもある。そうよ、いっしょに眠りましょう? 赤子みたいに可愛がって
……
」
「俺は貴女のままごと遊びの人形じゃない!!」
ワカがそう叫ぶと婦人は狼狽し、ワカから目を反らす。その隙を見てワカは夫婦が見立てたコートではなく、行き倒れた時に着ていた老父の形見のコートを着て外に飛び出した。婦人はハッと気づくとすぐに立ち上がりワカを引き止めようとしたが、マグカップの破片が足に刺さった痛みで少しだけたじろいでしまった。
外はワカを助けた日のように猛吹雪だった。まだ成熟していないミコッテの少年の姿形を隠すには充分すぎるほどだ。婦人は部屋着のまま飛び出そうとしたが、主人がそれを押し留めた。ワカを何度も何度も婦人は呼んだが、その声もクルザスの吹雪はかき消してしまう──。
ワカは放棄された小屋で吹雪が明けるのを待っていた。翌朝の天気が晴れることは、天気予報士から聞いていたので、この夜さえ超えれば何とかなるだろう。
自分は恩知らずの世間知らずで、このクルザスで、イシュガルドという国で、夫婦の手伝いをしながら生きていくべきだったのだろうか。ワカは冷えた手のひらを擦りながら考える。
いや、違う。違う。違う。
蟻たちみたいになりたくなかった。ワカの原初の記憶は、アリの巣を塞ぐことだった。ここだけが世界だなんて勿体無いと思い、外に出た蟻たちがどこにでも行けるようにと巣を埋めた。それは幼さ故の虐待であったが、ワカは確かにずっと世界を夢見ていたのだ。
見たことないものを、知らないことを。
知識欲は止まらない。例え門を抜けられずに死んでしまったとしても後悔は無いだろう。
婦人に、いつか教えてやろう。自分が知ったことを話に行こう。
ワカはそう思いながら朝を待った。
これはその後の話だ。
ワカは無事にイシュガルドを離れ、グリダニアに到着した。そうして紆余曲折あり冒険者の道を選ぶ。
後にパートナーとなるルガディンの男のフリーカンパニーに属し、癒し手として活躍することになる。
イシュガルドにはエオルゼアとの親交が戻り、蒼天街の復興事業に錬金術師として携わった。その際、ファルコンネストにも訪れた。夫婦の家には別の若い夫婦が子どもと暮らしており、先住者について問いかけると、精神を病んでしまった妻を伴いイシュガルド王都へ移住したという。その後の消息は掴めず、ワカは探すのを諦め、蒼天街の復興に尽力した。
もし彼らが健在ならば、いつかこの街に住んでくれたらいい。
その願いは、叶ったかどうかは誰にもわからない。
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