りっつぁ
2025-10-02 00:12:34
5743文字
Public その他(BL)
 

あの子はみんなのものだけど

ケヴィホのホークアイとモブ獣人兵くんが喋ってるだけ。ED後の話です。ホークアイはビーキンにほぼ住んでいるのかもしれない。
ケヴィンが獣人王になってます。モブくんはケビ王の強強強火信者でホークアイに敵意バリバリです。でもマウント取られ倒します。
ホちゃんは嫉妬深いしケビちゃんは独占欲強いしでここくっつくと周りに迷惑かからないんじゃねとか言われてそうな二人。割れ鍋とじぶたップル。

 どいつもこいつも、呑気すぎる。長い廻廊の突き当たり、蹴破るようにドアを開け放った。吹き込んだ風に目を細める。広くとられたバルコニーに、月明かりが降り注ぐ。
 怒りに任せて飛び出してきてしまった。王も臨席する予定の協議であったのに、その王が現れるよりも前に。協議の中身なんてどうでもよかった。王を近くで見られればそれでいい、あわよくば一言でも直接言葉を交わしたい。こんな絶好の機会がまた訪れることなんて、そうそうないだろう。気が滅入った。
 アイツらがいけない。アイツらが、——
「見つかっちゃった? お先に悪いね」
 こんなヤツが王の周りをうろついていることに、何の疑問も警戒心も抱いていないのが悪い。
 手すり壁の上に危なげなく立つ人影が、くるりとこちらに振り返る。
 この国は、先代の獣人王が築き上げた獣人達のための国だ。そこに、この人間。男のくせに線が細く身の丈も足りない。金色の瞳は猫のように目尻が上がり、一つに結われた髪の毛も猫の尾のようだ。いかにも優男の風体でいて、油断ならない。つい今さっきバルコニーを見渡したのはほんの一瞬だったが、コイツはいなかった。夜の闇から溶け出したような姿を睨みつける。
「そこまで殺気むき出しにしなくてもいいだろ? 別にキミとケンカしようってんじゃないんだから」
「お前のような奴は視界に入るだけで不愉快だ」
「言うじゃない。そんなに嫌われるようなこともしてないつもりなんだがなぁ」
 どの口が言う。コイツの存在そのものを不愉快に思っているのは俺だけではない。こんな無礼で惰弱な男が、王のそば近くにいるなんて許されない。王は変わってしまった。コイツが誑かし、あれこれとくだらないことを吹き込んでいるに違いない。
 王の力は、強さは比類ないものだ。しかし、昔はこんなものじゃなかった。国を離れている間、王と共にいた人間達が教え込んだ、人間の習俗。食べるもの読むもの、くだらない遊びに人間同士の交遊。そんなのはまだ序の口で、王を鈍らせた最たるものはこの男だ。
「なぁ、何考えてる?」
 男は手すり壁からひらりと飛び降りる。まあまあ高さがあるのに、靴音がごく小さな音を立てただけ。咄嗟に身構えると、男は小さく両手を上げてその場に止まった。
「だからオレから手を出す気は無いって。キミは、今にも殴りかかってきそうな顔してるけど」
……今から尋ねることに答えろ」
「唐突だなぁ」
 男は半笑いで肩をすくめる。答えられる範囲でなら。余裕ぶった言い草にまた苛立つ。
「貴様は、……貴様は、王にとって何なんだ」
「何って、聞いてるだろ? キミ達の王様とは旅仲間だったんだよ。世界中一緒に駆け巡ったんだぜ」
「それだけではないだろう」
「うん?」
「自分がここの者達からどう呼ばわれているか、気づかないほど愚鈍であるなら即刻国に帰るといい」
「手厳しいな、カマをかけられたくなかっただけさ。その口ぶりだとキミももちろん知ってるんだろうからぼかしたりはしないけど……愛人、妾、情夫、あとはなんだ、慰みものとかオモチャとか性奴隷とか? どれがいい?」
「貴様が王を籠絡したと分かればどれも同じだ」
「あ、そ。だったら愛人くらいがいいかなぁ。まだちょっとウツクシイ気がするよね、響きが」
「ほざけ」
 致死の猛毒のように、怒りが全身を回る。体が内側から焼けるようだった。コイツが王を誑し込み、変えてしまった。これが女であれば、獣人の血が薄くなるから手放しで喜べはしないが、子を成せるかもしれない。しかしコイツは男で、獣人王の寵を受けても何も生み出せない。王に利するものを何一つ与えられない。コイツがもたらしたのは情やしがらみや執着、こんな愚にもつかないものたちが、王の纏っていた棘をたわめてしまった。余計なものを極限まで削ぎ落とさないと、あの頃の王のようにはならない。研ぎ澄ました牙のような、立ちはだかるもの全てを食い破る、あの頃の。
……今度はこっちから訊いてもいい?」
「答える義理も義務も無い」
「まぁまぁそう言うなって。キミさ、今いくつ?」
「は?」
「年齢の話。何歳ですかって」
 言い直されてもますます意味がわからない。品定めをするような視線が鬱陶しかった。
「じゃあ質問を変えようか。キミは、アイツが……ケヴィンが昔どんなだったか知ってるんだろ? しかも、人伝てに聞いたんじゃなくて直接見てたはずだ」
 息を飲みそうになったのを堪えた。男は愉快そうに口の端を吊り上げる。
「当たり。わかりやすいな」
「勝手に知った気になっていろ」
「今のケヴィンからは想像もつかないよなぁ。顔色ひとつ変えずにただ殺しまくるだけの、操り人形みたいだったって」
……王を侮辱するな」
「ものの例えだろ? ピリピリしなさんな。で、そんなアイツを有り難がって崇拝してるってことは、記憶はしっかりしてるけどまだ子供って言える範囲にいたんだろうな。三つ四つは下なんじゃないか? ついでに、キミが獣人の中ではちょっと小柄そうなのも関係してる?」
 答える必要はない。腹が立って仕方がないが、目をそらしたら負けだ。睨み合いはほんの数秒程度しか続かず、男はふっと息を吐くように笑った。こちらにゆっくり足を踏み出す。
「本題はここから。キミから見て、その頃のケヴィンってどんなだった?」
…………
「質問の意味がわかりませんって顔だな。オレは、オレに会う前のケヴィンがどんなヤツだったか知らない。知りたいと思うのは自然な話だろ? ケヴィンはあんまり話したがらないし」
「王本人に話す気がないことを、下世話な好奇心で引きずり出すのか?」
「んー、ま、そういうふうに言っちゃえばそうだけど。悪いようにはしないさ。知った話をどう扱うか、出し方も引っ込め方も、少なくともキミ達よりは上手いと思うぜ」
 あの頃の王は。コイツに話してやる気はさらさら無いが、頭は勝手に昔の記憶を取り出し並べ立てる。今よりもずっと小さな体はどう動いたか。目を疑うほど速く軽く、正確無比に敵の急所を狙い、地に沈める。雷に打たれたような衝撃を受けたのを、今でもはっきり覚えている。体格の差も筋力の差も超越した強さ。これまで絶対的だと思っていたものが覆ったのだ、幼かった俺は瞬く間に当時の王に心酔した。そしてそれは、今なお続く。
…………知らないからだ」
「ん? 何を?」
「知らないから、平然としていられる。分からないんだろう? お前が損なったのは何なのか」
 男が片眉を跳ね上げる。その取り澄ました顔を引き裂いてやりたい。
「王の強さはあんなものじゃない。あの方にとって、戦うこと以外の全ては雑事でしかない。お前はあの方を弱くする。お前がここにいる限り、本来の王が見られることはないだろうな」
 喉がぐるぐると鳴る。夜だ、律儀に人型を保つこともない。獣人化すれば、こんなヤツすぐに食い殺せる。でもことが露見して王に知られたら、知られないはずがない、知ったらいつかは気づくはずだ、目が覚めるはずだ。コイツをそばに置いていたのは大きな間違いだったと。
「ちょ、っと待てって、おーい、まだ聞こえてるか?」
……貴様の息遣いまで、よく聞こえる」
「いい耳してるじゃないか、だったらかっぽじってよく聞けよ。何が本当のその人かなんて、考えること自体がナンセンスだとオレは思うね。人間って、この場合キミ達みたいな亜人もひっくるめてだけど、いろんな顔を持ってるのが普通だろ。キミだって、オレ達と一緒にいたときのケヴィンを知らない。アイツ、旅に出る前より相当、とんでもなく強くなってるだろ」
「今の王の甘さが無ければ、もっと強いはずだ」
「そうだね、絶対そうはならないとは言い切れない。でも、アイツはそっちの路線は目指さなかったわけさ。腕っぷしの強さだけじゃ解決できない問題が世の中にはたくさんあるんだって気づいちゃったからね。そこで、オレも力を貸してやってるんだよ」
 まだ王に不遜な口をきくか。コイツに何ができる。この国では、少なくともこの城では王が庇護しているから皆が見逃してやっているにすぎない。しかし、男は小馬鹿にしたように笑い、俺を見る。
「おいおい、まさかアイツがホントにオレみたいなのを囲ってるだけだと思ってたわけじゃないだろ? そんな無駄なことするタイプじゃないよ。オレはさ、腕っぷしだけじゃどうにもならないとこ担当。どういうことかわかる?」
「戯言を。貴様に何が出来る」
「それがあるんだよなぁ、出来ること。ここ最近は国同士の大きい諍いこそ起こってないけど、どっかがずーっとくすぶってるような感じだろ。キミんとこの王様も、くすぶってる通り越して火がついちゃわないように、どうにかうまく立ち回ろうとしてるんだよ。だから、地道な根回しとかに必要な情報集めに協力してるっていうか、うちのための仕事でもあるからお裾分けって方が近いかもね」
「どういうことだ?」
「そういう協定があるってこと。別に秘密にしてた話でもないよ、訊かれないなら積極的には話さないってだけで。オレがここに入り浸ってるのも半分くらいはちゃんとしたお役目なんだよ」
 男はゆったりとした足取りで、こちらに向かって歩き始めた。
「ケヴィンにいろいろ助けてもらってたけどやってることは間者と変わらないからね、危ない橋もいくつも渡ってきたよ。オレのとこだけじゃなく、この国のために。……で、キミは何をしてるの? アイツのために何が出来る?」
 足を止めた男が俺を見上げる。俺の間合いの内側にいる、舐められたものだ。けれど、動けなかった。寒い季節でもないのに手足の先が冷たい。怒りとも苛立ちとも違う、これは焦りだろうか。俺は、この男に言い返すべき言葉を持っていない。獣人兵として長年仕えてはいる、王の信頼もある程度得ているからこそ今夜の会合にも参加を許された。だが、この男のように国の中枢に食い込むような働きをしているかというと、そうではない。
 黙り込んでいると、男は軽く息を吐き、視線をよそに投げた。
……もっと余分なこと言わせて貰えばさ。キミがどんだけアイツを崇め奉ってようとキミの勝手だけど、あれも一皮剥けばただの男だよ」
 夜風が森を揺らし、男の横顔に髪の毛がかぶさる。そこだけ見える口もとが、笑いを堪えるようにひしゃげた。
「あの子さ、十五の頃からオレに夢中なの。キミもわかるんじゃない? そんなに長い間その人のことしか見えないみたいな感じってさ。良く言えば一途だけど、悪く言えばちょっとイカれてるよね。でもキミの方がケヴィンよりはかなりまともかな。なりふり構わないってとこまではいかないだろ」
…………もういい」
「何で?」
 踵を返そうとした足を、男の声が止めた。間髪を容れず発された鋭い問いに、思わず舌打ちする。
「聞く価値もない。俺は戻る」
「あ、待ってよ。オレも今日はその会、出ることになってるんだ」
「後から来い」
「そこまで冷たくしなくてもいいだろ、すぐそこなんだから」
「貴様と肩を並べて歩くなんぞ、一歩たりともごめんだ」
「だから、なんで?」
 これまでの自分の言動を忘れたのか。怒りを通り越して絶句した。男は飄々と、今思いついたかのように言葉を繋げる。
「だってさ、キミのそれ、嫉妬だろ?」
 全身が総毛立つ。見えないところから急所を突き刺された。もちろんこんなやつに指一本触れられてはいない、そう感じただけだ。けれど刺された傷口から血が溢れ、怒りで体が震える。やっぱりコイツを生かしてはおけない、このままここで。コイツもなかなか使えるようだし、見た目通り丸腰ではないだろう、けれど刺し違える覚悟であれば。
「ホークアイ」
 背後から、ここで聞こえるはずのない声。昂りきった感情が一気に冷める。
「ケヴィン。迎えにきてくれたのか?」
……ホークアイ、大人気ない」
「なんだよ、彼も立派な大人じゃないか。大人相手に大人気なくたって全然問題ないって、対等な口きいてるってだけだろ」
「こういうの、対等とは言わない、きっと」
 王が近づいてくる。その場で跪き、こうべを垂れた。王の足が視界の端から歩いてきて、あの男と向き合って立つ。見ていたくない。
「獣人王様、……
 咄嗟に呼びかけたが、その先が続かない。硬直する俺に、王は名を呼んで発言を促した。俺の名を、俺を、覚えていてくださった。それが後押しとなり、口から言葉が転がり落ちる。
「獣人王様、この者が、…………この国のために働いているというのは本当ですか」
「うん。カケモチ、だけど」
「全部が全部横流ししてるわけでもないよ。それなりに報酬ももらってるし」
「いろいろ、教えてもらってるから」
「では、この者が…………
 口ごもった。王の足先がこちらを向く。見られている。膝をついた俺を見下ろしている。ぞくりと背筋が粟立った。
「もう半分も、本当。でも、……愛人、じゃなくて、恋人」
「細かい訂正入った」
「細かくない、大事なこと。それに、ホークアイが何もできなくても、オイラ、そばにいてほしい」
「本当に何もできなくなっても? ドジ踏んで大怪我でもしたらさ、ギリギリ生きてはいても自分の面倒すら見れないってなことになるかもよ?」
「そしたら、オイラ、全部してあげる」
……そうかぁ。でも万が一そうなったら流石に帰らせてほしいかなぁ。まだ気が楽だ」
「ダメ。帰さない」
 冗談か本気かわからない言い合いの声が、徐々に離れていく。二人が歩き去るのを、石造りの床を見つめてやり過ごした。扉の開く音の後、王がまた俺を呼んだ。
「ゴメンね」
……なぜ、そのような」
「オイラ、今まで思ってたのと、違ったでしょ」
「そんなことは、」
 ない、とは言えなかった。すぐ始まるから、待ってるよ。穏やかな声がそう告げ、扉が閉まる。
 何をどうしてやればいいのか、とにかくやりきれない。足は石の一部になってしまったかのように重く、しばらくここから動けそうになかった。