一仕事終えて酒場に足を踏み入れたとき、珍しい顔を見つけた。ホークアイがここを離れていた間、一緒に行動していた仲間。と、聞いてはいるが俺が個人的に話をしたことはない、ごく真っ当に育ってきたように見える剣士だ。このとき俺は、今日も無事に帰ってこられた安堵で気が大きくなっていたんだと思う。ろくに顔を合わせたこともなく、俺のことをもちろん覚えていないだろうソイツに声をかけ、一緒に飲まないかと同席を願い出てしまう程度には。
「構わねぇけど……アンタ、名前は?」
名乗ると、ああ、と何か思い当たるところがあるような顔をした。彼の対面にあった椅子を引いて、隣に腰を下ろした。
「あれ、聞いたことある?」
「……アイツの話に出てきたような気がする」
「ちょっと意外だな」
「そうなのか?」
「同い年だし長い付き合いだって言えるとは思うんだけど、そこまで仲が良いわけでもないんだ」
「ふーん……まぁそういう距離のヤツもいるわな」
「そうそう」
剣士の彼は自分から名乗ってくれたが、俺もそこまで聞き覚えがなかったからおあいこだ。
「じゃあ、デュラン。お近づきの印に」
「ん」
ボトルを差し出すと、デュランは自分のグラスの中身をぐいと煽って空にした。結構ノリが良さそうだ。ボトルを傾け、惜しみなくグラスを満たしてやった。
「多分、ホークアイももう来るよ」
「アンタ、一緒だったのか」
「ああ。アイツはフレイムカーン様のところに報告に行ってるけど、そろそろ終わる頃だと思うよ。俺はそういうの滅多にないヒラシーフだからね、早々に解放されたってわけ」
「シーフは返上したんじゃねえのかよ」
「あー……微妙なとこだね」
肩をすくめ、自分のグラスにも酒を注ぐ。ナバールはここ数年でいきなり方針転換をしたけど、今までの〝仕事〟を全くやめてしまったわけでもない。庶民から搾取し私服を肥やす金持ちってのは後から後から現れるものだし、そういう輩は俺達にとっても貴重な収入源だ。おそらく彼はこういう裏稼業に縁がなく、好意的でないどころか嫌悪しているかもしれない。そう思ったが、意外にも然程興味なさげに頷いただけだった。
「あんまり気にしないんだね?」
「あ? あぁ……何にでもいるじゃねーか、先立つもんってやつが。それに、アンタ達のやることで助かってる人もいるんだろ」
「多分ね。嬉しいな、話がわかるじゃないか。もっと飲む?」
「ペースが早ぇんだよ」
「平気平気、君、見たとこいける口だろ」
「そうでもねぇって」
とかなんとか言いながらも、彼はまたグラスを半分ほど空けた。隙間が空きさえすればいい、すかさず中身を注ぎ足す。
「おいおい、」
「どんどんやってくれよ、俺の奢りだ」
「じゃあ遠慮なく」
「……一番飲んだときってどのくらいいけた? 瓶? 樽?」
「樽はねーだろ」
どうでもいい冗談に笑った彼を、なんだかまじまじと見つめてしまった。やっぱり、その見かけよりもずっと気安い反応をするヤツだ。
「ここの連中は大概こんな感じなんだな」
「こんなって? やかましいとか騒々しいとか図々しいとか?」
「無駄に口数多いのは確かだな」
「だよねぇ」
「それに、人懐っこいのが多い。よそ者にも遠慮ってもんをしねぇだろ」
「うるさい?」
「いや、居心地悪くはねぇよ」
こんな砂漠の真ん中で、砦の中に自前の酒場を設けてしまうくらいここのヤツらは集まり好きの喋り好きだ。彼の故郷は自身も剣士である王が治める国だというからここよりずっと硬派な気風なんだろうけど、居心地が悪くないというのはお世辞ではなさそうだ。彼がくつろいだ表情を見せるから俺も気分がよくなって、いつもより幾分口が軽くなる。
「あのさぁ、君から見てアイツってどんな感じ?」
「ホークアイか?」
「ああ。アイツあんな開けっぴろげだけど、意外と掴みどころないよな」
ほんのガキの頃から近くにいたわりに、俺はホークアイのことをあまり知らない。見た目と人当たりが抜群に良いくせして、腹の中で何を考えているかよくわからないヤツだと思ってきた。なんとなく、今日見たアイツの表情を思い出す。俺達や街の人に向けた人好きのする笑顔。今日の標的だった屋敷の使用人を騙くらかしたときもそれはもうにこにこと愛想を振り撒いていたが、底が知れない感じもした。それに、屋敷の主人と相対したときに見せたゾッとするような冷笑。どれが本当のコイツなのかなんて、青臭いことを言うつもりはない。どれも彼の一面なのだろう、何もおかしくはない。けど、そうやって使い分ける顔を取っ払った奥にあるコイツを、誰か見てやっているんだろうか。心配とまではいかないまでも多少気になってはいた。だって、彼と特別親しかったヤツらは大体みんないなくなってしまったから。この場にそぐわない、どこかもの寂しいような心境になったが、そんなことを察する必要もないデュランはあっけらかんと言ってのける。
「そうか? 小手先でちまちま小細工するかもしんねーけど根っこは同じだろ。お前の方が詳しいんじゃねぇか」
「いやぁ、今のアイツのことだったら君のほうがよっぽどよく知ってると思うよ」
「基本懐っこいだろ、アイツも。身内相手もそうだし、初対面でも敵意がなくて御しやすそうだと思えばぐいぐいいくよな」
「そこだけ聞くと結構計算高い感じだね」
「あー……そんなんよりもっと単純だな。ありゃ嫌われたくねぇだけだろ」
話があまり想定していない方へ転がっていきそうだ。グラスを口に持っていき、一口ごくりと飲み下す。慣れた苦味で舌が痺れた。
「敵を作らないようにしてるとかそういうのとも違うの?」
「違わねーけど、……結果そうなってるんだろうな。手当たり次第にいい顔すんだろ、疑う隙を与えねぇようにしてるっていうか……あれはもうビビってんだよな。そんぐらい、嫌われたくねぇってのが根っこにあんだよ。んで、構われてぇんだよ。誰が構ってくれるかっていつも探ってんだよな、あんな澄ましたツラして」
これは、なかなか新鮮な意見だ。現首領の養い子で、首領の実の息子がいなくなった今では後継として自然と受け入れられている、ホークアイは名実ともにここの中心人物なんだと思う。そんな男を、ただのかまってちゃんだとばっさり切り捨てる。痛快だった。
それと、と前置きして、デュランはニッと唇を吊り上げた。どんなネタが飛び出すかと俺は少し前のめりになる。
「オレが思ったような反応しねぇとむくれるし、あれですげーやきもちやき」
「あー……それはそうかも」
「だろ?」
「ガキの頃はイーグルと遊ぼうとすると絶対アイツがくっついてきてた」
「呼ばれてなくても当然みてーな顔して一緒に来るんだよな。やりそー」
見てきたような口ぶりだが、実際見てきた俺としてもおおよそその通りだったと思う。デュランはケラケラ笑って、いきなりぐっと顔を寄せてきた。俺もつられて背をかがめ、内緒話をするような格好になる。
「どうしたの?」
「ちょっと付き合えよ」
「何に?」
「このまま。適当になんか話しとけ」
そういうのは得意分野だけど、意図がわからない。今振る舞った酒についてつらつら話しながら、間近で彼を見た。少し眠気がきているのか、丸っこい目が潤んだように見える。健康的な肌の色はどうやら日焼けによるものらしく、胸元から僅かに見える肌は思いの外生白い。俺の話に短く相槌を打つ声は低く穏やかで、これだけ近くで聞いていも耳に心地よかった。彼の手が俺の肩にかかったような気がした瞬間。
「何の話?」
はっと顔を上げると、テーブルのすぐ横にホークアイがいた。
「おう、遅かったな」
デュランは何事もなかったように体を起こす。俺も素知らぬ顔をしているのが正解なんだろうけど、どうしても頬が引き攣る。こんなにわかりやすく、にこやかなのに目が笑っていないホークアイを見るのは初めてだった。気配の殺し方も本気過ぎだし、これに気づいていたデュランもやっぱり只者じゃないというか、できたら早めに知らせておいてほしかった。背筋に薄ら寒いものを感じながらもぎこちなく片手を上げた俺に、ホークアイも小さく頷いて応じる。
「一緒に待っててくれたのか」
俺が応えるより前に、デュランが割り込む。
「そうだよ。お前の昔からの知り合いだっつーからオレが誘った」
「へー」
あからさまに平板な、不機嫌を前面に押し出した「へー」だった。いやだから俺はなにもしてない、ていうかどうしてなの、その細かい嘘は。何が何だかよくわからなかったけど、促されて立ち上がったデュランが俺を振り返ってニヤッと笑った。声を出さずに動いた唇を読み取る。
『ほらな』
何が? 混乱しているところにまたホークアイからの剣呑な一瞥が投げられぎくりとする。おざなりな挨拶を交わし、立ち去っていく二人を見送った。独特の距離感というか、空気感。ホークアイがデュランの肩なり腰なりを抱いていないのがちょっと不思議なくらいの。ああ、そういうこと。やっと察しがついた。俺は一見すれば純朴そうなあの剣士に、どうやらうまいこと使われたらしい。重い重い、今日の稼ぎの金貨銀貨を詰め込んだ皮袋よりもひょっとしたらずっと重たい、ため息をついた。グラスを口元に運び、乾いた舌を酒で湿らせる。
確かに、あれはかなりのやきもちやきだ。
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