荒野ハチ
2025-10-01 23:38:52
3292文字
Public 小話
 

乖離の兆し

否定を否定する

徐々に静まりゆく稼働音とともにシステムの出力が落ちていく____
アハギハラシステムはやがて完全に沈黙し、そこで修復と整備、そしてデータの回収を終えた神造魔人が
培養液の中からゆっくり這い出て来る

「ご苦労だった。身体に違和感はないか」

その身を真っ白な戦闘装甲で覆い、私より体格が良く
だが容貌は私と瓜二つの男

「ああ、問題ない。………。」

彼は返答をするや否や周囲を見渡し、なにかを探すような様子を見せる。
その“なにか”が何なのか、当然私には察しがついていた

「彼か。君のメンテナンスが終わるまで此処で待とうとしていたようだが、私が先に帰らせた」

他でもない、彼の対となる存在である少年だ。
初めて二人が共にダアトから帰還した日から数ヶ月が経つ。
それから二人の様子を日本支部の長官という立場でずっと見てきたが、
日に日にその絆に深まりを感じていた。
現に、少年はアオガミを心配して、メンテナンスが終わるまで傍にいたいと私に要望してきていたし、
アオガミもまた、メンテナンスが終わりこうして真っ先に気にかけていることが少年のことだ。
ナホビノの知恵と生命として欠かせぬ互いの存在
そんな二人の仲が良いのならばそれに越したことはない。
たとえナホビノでなくとも、親族とも言える二人の関係が円満であることは、兄として微笑ましく思う。

「君が持ち帰ったデータの中に気になるものがあった。その回収にやや時間がかかることが予想されたのだ。
決してアオガミの身に何かあったわけではないのだと伝えたが、それでも彼は君を心配していたようだな」
「少年
「早く帰ってあげるといい。彼も安心するだろう」

そう帰宅を促した。……が、
弟は突っ立ったままその場でやや俯き、何故か動こうとはしない。

アオガミ?どうした」

いつもなら、云われずとも。と、真っ先に転送装置へ向かうだろう弟の不可解な様子に
疑問を問いかける。

「兄よ。聞きたいことがある」
? 何だ」

ただでさえやや威圧的な印象のある瓜二つの顔が、
より深刻な表情で話を続ける。

「私はアオガミ型神造魔人。武力を以ってこの国の困難を終息させるため祖神より生み出された存在
20年近くダアトで活動を停止させている間に失われていたこの記憶だが、兄を含め日本支部の尽力があり復元された」

終の決戦にて、完全に失われたと思われていたアオガミ型神造魔人……
そのアオガミが、まさかナホビノへと至りその半身と共に魔界から帰還するとは、
神の思惑か、又は魔の気紛れか。一体誰が予測できただろうか。

「君の帰還については、実に奇跡としか言いようがなかった。本当によく帰ってきてくれた」

アオガミの事は誰もが諦めていた。この私でさえ
姉上も同時期に没して以降、事情により転生できぬ今、活動可能な神造魔人は内政型である私のみ。
一人でこの国を守っていくしかないのだとそう覚悟を決めていた。

そんな最中。アオガミが奇跡的に帰還したと知らされた時、
肩が少し軽くなったような 安堵のような感覚があった。
一人で全てを背負い、気づかぬ内に自身に無理を強いていたのかもしれないと、その時初めて自覚した。
また以前のように兄弟共にこの国の為に戦えるのだと。そう喜ばしく思えた。

「ああ、私も感謝している。己に与えられた使命を思い出すことで、神造魔人として何を望まれているのか。何をすべきなのかが明確になった。だが……

当時のことを思い返し、口元がやや緩んでいた私の一方で、弟の表情は依然として深刻そのもの。

「故に、私の中に新たに生まれた“これ”が、本来の神造魔人の使命から私をどんどん逸脱させているそう感じてもいるのだ」
「生まれた?一体何がだ」
分からない」
「分からない?」
「ああ分からないのだ」

弟は自身の胸にそっと手を当てながら話す。

「私の胸の内に生まれたこの感情
この感情が強く、少年を守れといや、守りたいと訴えかけてくる。
この感情は、本来の神造魔人としての使命よりも強く今の私を揺り動かし奮い立たせる。そう感じている」

造られた身ではあるが、比較的人に近い存在として生み出された我ら神造魔人。
擬似的なものだが感情も持ち合わせている。私も同じく。
人のそれと比べると非常に単純で簡易なものではあるが。

「目覚めた当時にはこのようなものは無かった筈だ。
当時の私は、自身に与えられた使命の通り行動していた。
だが、少年と共に過ごす内に段々と自分に違和感を感じるようになった」
どのような?」
「少年を守りたい。少年の気持ちを知りたい。少年を不幸にしたくない。
少年が幸せなら私も幸せな気持ちになり、少年が困っているならばどんなことをしてでも助けたい。
少年を想うと、どう形容すべきなのだろうか やや温かいような、熱を持った
息苦しくもどこか優しい、解析不能な複雑な信号が私の中に走る」

本来我々が持ち合わせていない筈の事象をなんとか形容しようと
言葉を尽くしながら模索している私と同型の神造魔人___
その様子は、自分と同型とは思えぬほど
本来の我々の姿から乖離した、何か別のもののように見えた

「今の私の状態は、ベテルが意図していたものだとは思えない。私はどうしてしまったのだろうか」
「アオガミよ
「だが“これ”は、私を本来の神造魔人の使命から逸脱させようとしているものでありながら、悪いもののようにも思えないのだ」

自身の確かな変化を自覚し、それをどうにかして自分に落とし込んで受け入れようとしている我が弟……

「兄よ。“これ”は何なのだろうか。
ツクヨミ型たるその使命から長い間、人と関わりを持ち、その心に寄り添ってきた兄になら、
この感情は何と形容するものなのか分かるのなら教えてくれ」

確かに、総理大臣という立場から多くの人間と関わってきた。
故に人の持つ複雑な思惑や感情といったものにもおおよその理解があると自認している。
理解があるからこそ、我々神造魔人の中で
“それ”は成り立たないのだと断言できるのだ

「アオガミよ。それは我々神造魔人が持ち得ぬものだ」
「だが私の中に確かにあるものだ」
……気のせいだろう」
「気のせいだと」
「あり得ないのだ。可能性がゼロであるものに、説明のしようがない」
「しかし
「これ以上私に説明できることはない。残念だが」

そうだ。我々は造られた存在であること
“神造魔人”であることが、全てを否定する。

____筈なのだが

……気のせい、なのか?」
……
「困らせることを聞いたようだ」
「いや私の方こそ君の望む回答ができず、すまない」
「少年とならこの答えも見つかるのだろうか」
……。早く帰って、安心させてあげるといい」
「そうだな。少年が待っている。時間を取らせた」
「気にしなくていい」

……ゆっくり休んでくれ。明日も、よろしく頼む」

……………

人の持つ魂の輝きや心といったものは、我々神造魔人が本来持ち得ぬもの
そこに惹かれてしまう気持ちは理解できる。
他ならぬ、私自身がそうであるからだ。
特にアオガミは英雄型たるその使命から、“ 情 ”というものから最も縁遠い位置にいた故に、
そこへの憧れも一層と強いのだろう

しかしながら
憧れを超越し本人がその情を宿すなど、過去のどのアオガミ型にも当然ながら見られなかった事象だ。
彼らと明確な違いがあるとすれば、やはり……

……少年の存在か」

そして、アオガミが感じているあの情は


___ 愛 情 ……? そんなばかな


神造魔人であることが全てを否定する。……だが、
弟が確かに持つ“それ”は、いつしか
持って生まれた神造魔人の使命を違え
我々兄弟の立場すらも対立させかねない決定的な何かになり得るかもしれない……

そんな朧げな不安を 僅かに感じた気がした