有栖川
2025-09-30 21:17:52
17726文字
Public 10月吸血鬼パロ本
 

ダンス・イン・ザ・ヴァンパイアホーム/04

吸血鬼パロのkiis。原作沿いifパラレルで、サッカーしてるし監獄もあるけど、異種が普通に人間と混じっている世界観。
吸血鬼のkis×吸血鬼の眷属になっちゃう41の話です。捏造と特殊設定もりもり。
10月に出す本の一部になります。サンプルになる部分を更新しきったらpixivにまとめる予定です。

一部セクピスに影響を受けた設定が含まれますが、セクピスパロを期待すると肩透かしぐらいの感じ。
ここまででサンプル部分はひとまとめになります!
pixivにはR-18部分を追加して掲載する予定です。

04 Midnight, Heartbeat




 絵心に連れられて辿り着いたのは、同じホテルの上層階にあるスイートルームだった。「別に俺がこの部屋で豪遊しようとしたワケじゃないよ、セキュリティレベル上げた場所確保しようとしたらここしかなかっただけ」そして世一が余計なことを訊ねるより早くピシャリとそう述べ、さっさと座れ、と客間のソファを指し示す。
 カイザーと世一は顔を見合わせあい、それから、ここでどうこうしても仕方がないと合意して大人しく指示通りに腰を降ろした。その様子に絵心が肩を竦める。「流石にお前らでも動揺してるか」、なんて言いながら。
「まぁ無理もないな。まず潔世一、先に謝罪しておく。セキュリティを破られ襲撃犯に侵入を許したのは完全にこちらの落ち度だ。今諸々の後始末をアンリちゃんにやってもらってるけど、不審者の身元を突き止めるのは厳しそう。なんか監視カメラに映ってないんだって」
……まさか、〝吸血鬼は鏡に映らない〟?」
「正解。とはいえきょうび純血吸血種でも鏡には映るしカメラにも映るよ。だからお前ら異種も配信に乗ってサッカー選手として活動出来てる。現代吸血鬼は原則、情報化社会に適応してるからね。鏡に映らないなんてのは——意図的にそう調整された高位異種の眷属以外に有り得ない特徴。お前らを狙ってるのはそーゆー相手ってコトです」
 要するに、人を人とも思って無くて、国際法の遵守なんてバカがやることだと思ってて、自分たちだけは何をしても許される特権階級だと思い込んでて、実際その通りに規則をねじ曲げられるレベルのヤバいヤツが敵の親玉。
 淡々と締めくくられた絵心の言葉に、カイザーは言葉を返す気にもならず力なく首を振る。世一の方をちらりと見ると、世一は話が壮大すぎてついていけないとばかり真っ白になっていた。お前サッカーの時はあんなに頭回るくせに、と思わないでもないが、正直それが真っ当な反応だ。ついこの間まで純人間種だった世一にとっては、陰謀論ディープステートとか秘密結社イルミナティとかの話を延々と聞かされてるようなものである。
 だが、一方で、絵心の話は決して法螺でなければ妄言でもない。
 太古から連綿と血を繋いでいる高位異種は、実際に国家に取り入り、今でもある種の権力を握っている。そんなことは異種に生まれついた人間にとっては常識と言ってもいい。実際に御影なんかは日本政府に対してある程度の発言力を有しているはずだし、恐らくだが糸師も鎌倉公家の方面を中心に広く影響力を持っている。まぁあいつらの場合特に余計な口出しはしないので無害そのものだが。
 とにかくそんな当たり前の話は、ことここに至ってはどうでもいいことでしかなくて。
 問題は、何故そんな連中が世一を——しかも純血吸血鬼であろう西洋の旧家が、ちょっとサッカーが上手くてプレー中暴言がヤバくなるだけの日本人を——標的にしたか、のほうだ。
「では何故そんな連中が世一を狙っている? コイツが先祖返りだからか?」
 だがカイザーが真っ直ぐに視線を向けてそう問うと、絵心はふるりと首を振る。
「それに対する答えは半分イエスで半分ノーだ。……んー、どっから話したもんかな。まぁまずは潔世一のために『先祖返り』の説明から軽くしとくか」
 そして「お前には退屈だろうが我慢しろ」とカイザーに言い含めると、テーブルの真ん中に紙を広げ、絵心が備え付けのペンでサラサラと線を引き始めた。
「まず異種ってのは、そもそもにおいて血が……遺伝子が強いから、人間と婚姻してもその子供は基本的に異種の特徴を受け継ぐわけ」
 あと種族が違う異種同士に生まれた子供も、基本的に特徴をミックスしたりはせずに父母どっちかの異種の能力を受け継ぐ。絵心の言葉は続く。どうやら彼が書いていたのは家系図だったらしい。異種と人間、そこから生まれた異種の子供とまた人間、と家系図はどんどん下に伸びていき、そして七代経ったあたりで、生まれた子供に「異種じゃなくて人間」という説明書きが添えられる。
「で、このぐらい時が経つとなんか血が薄まって流石に異種の特徴が出なくなるらしいんだよね。——が」
 絵心が言った。しかし彼の手はそこでは止まらず、家系図はそこから更に下へと伸びていく。
「こんな風に、ここからまだ血が繋がっていった場合……
 そして十五代目あたりまで家系図を連ねると、最後に生まれた子供の横に、「異種の特徴を持って生まれる。先祖返り」と書き添え、絵心が手を止めた。
……ごく稀に、こーゆーコトが起こります。それが潔世一お前。理解したか?」
「えーっと、あー、あ、わかった。なんかあの魔族大覚醒的なヤツってこと?」
 そして世一がカイザーにはよく分からないフレーズを口にして頷くと、絵心が何故かピシッと固まった。
「お前の世代でなんで幽○読んでんの逆に」
「父さんの愛読書で……
「うっわ、地味にダメージ来た」
 が、どうでもいい枝葉の話だったらしく、すぐに平静を取り戻すと絵心はペンを置いてこちらに向き直った。
「とにかくそーゆーワケです。実は二ヶ月前の招集で日本代表は全員健康診断兼各種検査を受けさせたんだけど、その結果——
「数値から世一は異種の可能性が高いと判定され、先祖返りの可能性が出た?」
「そ。照会したら高校までの検査では数値出てなかったんだけどね。異種まみれの青い監獄ブルーロックが影響したのかもって話が出て、高度専門機関でより詳しく検査することになって、並行して家系図調査とかもすることになった」
「あ、それで俺の検査結果返ってきてなかったんだ……
「一応通達したよ? 国際郵便で、検査結果の返却遅れますって。とにかくそこから一ヶ月間調査を行って、やっとつい先日、結果が判明した。——潔世一は『使い魔』の家系の先祖返りだ。まず間違いない」
 そしてこれは国にすら知られてはまずいレベルの機密事項でもある、と、絵心が背筋が寒くなるような声で言い置いた。
「はあ、使い魔の……
 カイザーはあまりのことにほんの一瞬、何もわかってない子供のようにそうオウム返しで頷きかけて、
「は……はァ!? ただでさえ先祖返りは貴重だってのに、使い魔だと!?」
 そして無事ことの重大さ(マジで重大すぎる!)に気がつき絶叫した。
 マジでクッソ有り得ねぇ。本当に心底から思う、潔世一という男はイカれている。精神性も、その出自も……正体すらも、だ。
 道理で狙われるわけだ。そんなことが公範に知れ渡ったら、世一は最悪世界中のヘンタイ金持ち共から存在を狙われかねない。
「えっ、何、何? どゆこと?」
 一方、本当に何もわかっていない子供(まだティーンだし)の世一は、真横で突然張り上げられたデシベルに目を白黒させつつも、懸命な様子で詳細な説明を求めた。「俺のことなんだから俺抜きで納得すんなよ!?」という追撃もついてきて、カイザーはどうにかこうにか呼吸を整え、絵心の「いいよ、お前から言ってやんな」という目線に答える代わりに頷く。
「まず、先祖返りっていうのは、世界人口の0.00001%以下しかいないと言われている貴重な存在だ」
 カイザーはゆっくりと息を整えると、慎重に言葉を選んで話し始めた。
「数の少なさも勿論貴重な理由だが、特筆するべきはその異能の濃さ。基本的に異能が弱まって生まれている現代異種に比べて、先祖返りの連中はときに原始異種に匹敵するほど強く特性を発揮するんだよ。現代では満月の夜にちょっと耳と尻尾が生えて凶暴化する程度におさまるはずの狼人間が、本当に狼そのものに変身できてしまったりな——だが、それはいったん横に置いておいて」
「ん? うん」
「そのうえで補足すると、〝使い魔〟というのは、かつてこの世に存在したとされる異種のひとつなわけだ」
 事実を確かめるように、言葉を並べたてる。決して言い方を間違えないよう丁寧に……。世一はその話を大人しく聞いていたが、途中で、耳聡く言い回しの奇妙な点に勘付いて首を捻る。
存在した・・・・? ってことは……
 その問いを待っていたとばかり、カイザーは力強く頷いた。
「絶滅したんだ、近代に入ってすこししたあたりでな。何故か? ——それは〝使い魔〟の種族特性が『契約した異種の能力を何倍にも高める』ことだったからに他ならない」
「種族特性? ……あッ!?」
 そして最後にその一点を強調して言い聞かせてやると、世一は——パーティー会場で凪や玲王が「狐は禊ぎや見破りが得意な性質だ」と言っていたことを思い出し、重ね合わせて——迅速に、かつどうしようもないほどに、自分がどれだけ稀少で恐ろしい存在なのか、その理由を理解した。
「ただでさえ、絶滅した、この世にもういないはずの異能ブースターの種族なのに……先祖返りなら能力の強さも折り紙付き。つまり俺って、……超強力異能ブースターみたいなモンってこと?」
 世一が恐る恐る呟くと、カイザーも絵心も、もっともらしく頷いてみせる。
「そう、だから知らずに契約相手になっていた俺も、現代異種にあるまじき超強力異能である空間転移(テレポート)でミュンヘンからヨコハマまでひとっ飛びで来れちまったわけだ。ちなみに現代吸血鬼なんて本来は人の血を吸わないと体調悪くなってちょっと身体能力が高いぐらいの特性しか持ってない。そういうことなんだ、使い魔との契約ってのは文字通り人智を超えた現象なんだよ」
……あのさ、じゃあもしかして、使い魔が種族的に滅んだのって、」
「もちろん、金と権力を持て余した高位異種が乱獲・・したからだ。とくに近代化から世界大戦にかけて、あらゆる異種が私欲とお国のために使い魔の異種たちを犠牲にした。どんな種族だろうが、所詮異種も欲深い人間の亜種でしかない。そして世一の遠いご先祖様たちは歴史上では滅亡した」
 だというのに潔世一は再び現世に使い魔として現れた。天文学的確率の、できの悪い御伽話さながらに。
 最後にそうカイザーが畳み掛けると、——あたりには居心地の悪い静寂がしんと張り詰めた。
「そっ、か……
 世一はすっかり言葉を失ってしまったらしく、そっか、そうなんだ、と、ヤツらしくもなく何度も弱々しく頷いていた。無理もない。愛を知った吸血鬼が奇跡を起こすなんて馬鹿げた話と比べてもずっと現実的じゃないし、ある程度現代化した他の異種の生態と比べてもあまりにファンタジーが過ぎる。
 だからこそ歴史上において使い魔は単なる兵器や武力、或いは権力者の悪趣味なトロフィーとして求められた。
 世一だって、もしもコトが公になってしまえば、……今まで通りサッカー選手を続けることなんて出来ないだろう。それこそ国際倫理にもとるいかなる手段を採ってでも世一を欲しがる者は後を絶たないはずだから。
……とにかく、潔世一が現在置かれている状況はコイツがペラペラ語った通り。この事実は監獄内の一部人間しか把握しておらず、外部に情報が漏れないよう徹底して隠匿工作を行った」
 黙り込んでしまったふたりを見回して、続けて絵心が説明を引き継ぐ。するとその言葉にカイザーがギュッと唇を噛みしめ、それからゆっくりと面を上げ……鋭く視線を上げる。
……だが世一を狙った刺客はどこからかその情報を手に入れた。それも青い監獄ブルーロックには関係なさそうな、恐らくは西洋純血異種のお貴族が」
 カイザーは低く這うような声を漏らして、絵心甚八を睨め付けていた。
「つまり——監獄のセキュリティが破られてどこからか情報が漏洩しており、なおかつその犯人はまだ特定できていないという状況ゆえに、監獄の関係者しか知らないハズの場所に刺客が現れたってコトだよな?」
 苛立ちさえこめかみに滲ませて、しかしそれでも隣に座る眷属を不必要に怯えさせまいと爆発しそうなほどの怒りを必死に抑えながら。
……え、カイザー?」
 その様子に世一がハッとしてカイザーの手を掴む。するとカイザーは絵心を睨み付けた状態のまま、世一の腕を引いて抱き寄せる。
 まるで世一を絵心からも——世界中の全てから守ろうとするみたいにだ。
 その様を、絵心甚八は決して健気だとは言わなかった。
 必死な子供を揶揄うほど悪趣味じゃないし、こちらとしても余裕はない。日本サッカー界が誇るとっておきの才能の原石、宝石に磨かれつつある青い監獄ブルーロックの申し子の未来を、こんなつまらない理由で摘ませたくはない。絵心にとってはそれがすべてだった。こんなでも一応世一に恩師だと思われている自覚はあるのだ。
「そーだね。不甲斐ないけどそーゆーコトになる。さっきも謝罪したけど、こちらのセキュリティは万全じゃなかった。今も——けどそれでも、お前らはしばらくここに留まったほうがいい。ミュンヘンに戻ろうなんて以ての外」
 だから絵心はその代わり淡々と、現状を——これから取るべき方策を提示する。「そもそもお前入管通ってないからね。あとでパスポート貸して、俺とアンリちゃんで入管に手回して入国手続きやったことにしておくから」その間にサラッとオマケの対応も挟みながら、絵心は真っ直ぐに自分を訝しむ鋭い空色を射抜き返す。
「相手の動向が読めない以上飛行機すら危ないだろうし、もし仮に空間転移テレポートで潔世一ごとミュンヘンに戻れるとしても、正直危険は変わりない。お前ら有名人だから簡単に家割れるし」
「そりゃあ危険は付きまとうだろうな。それでもここよりは安全じゃないか?」
「こっちの方がいい。青い監獄ブルーロック一期生共のイベントはあとしばらく続く。貴重な異種が多くて金のある連中も揃ってるから、各々で信頼出来るセキュリティを連れてきてる。御影とか糸師とか、本家が送り込んできてるし、そいつらも厳戒態勢に移ってる。そういう状況だから、青い監獄ブルーロックのセキュリティが信用出来なくても、トータルではこれ以上守りの堅い場所もないと俺は考える」
 そこまで言葉を重ねてようやく、ぴくりとカイザーの眉根が反応した。ぽかんとしている世一を腕の中に一生懸命抱え込みながら、懸命に値踏みをして、命を賭けるに値するかどうかを必死に計って、そしてもう一度絵心に視線を戻す。
「もう一度言う。潔世一に友好的な人間が二十人いるほうが、お前ひとりでコイツを飛行機に乗せようとするよりずっとマシだよ」
 その視線に、絵心甚八は完璧に応えた。
 意味を理解して、ミヒャエル・カイザーが理屈に則った納得を求めていることを看破し、望む解答を与えることで相手を押し込んだ。
…………分かった」
 ややあって、カイザーが深く息を吐き、首を振る。そして一息吐いたように肩を竦め、そこでようやく自分が世一を抱きしめていたことに気付いたらしいカイザーは、慌てたようにばっと両手を離し、世一との間に十五センチほどの空白を作る。しかし世一が何故か詰めてきたせいでカイザーの目論見は台無しになった。カイザーは顔を覆って深い溜息を吐く。
「あの〜、絵心さん、コイツなんでこんな落ち込んでんの?」
 その様子を見た世一が不思議そうに首を傾げたが、そっち方面で首を突っ込みたくない絵心はスルーした。
「知らん、自分で考えて。それより話の分かるガキ共に一個だけ朗報」
 ばさり、と今度はどこからか取り出した書面をテーブルに広げ、絵心が口を開く。「なにこれ?」世一はきょとんとして英文でズラズラ書かれた書面を見回した。英語ぐらい覚えなければと言われて勉強してはいるのだが、まだ英文びっしりの書類を難なく読めるほどには熟達していない潔世一(19)なのである。
 だがそんなことはカイザーも、そして絵心も期待していなかったようで、絵心は特に何も言わなかったし、カイザーは反射で煽りを挟みつつもそんなことは知っていたとばかり文面をあらためはじめた。
「英語ぐらいマスターしろ、何なら今日からでも俺が教えてやるちんちくりん」
「それ要るぅ!?」
「糸師冴はペラペラだぞわかってんのか世一ぃ? ともかく、これは……
 だからお前は今季のゴール数勝負で微妙に負け越してるんだよなどとまったく因果関係にない事柄を持ち出しつつ、カイザーの目が英文を辿っていく。このお堅い書式はどうもなんらかの条文のようだ。それによればこれは国際異種共同連盟の出した声明文であり、具体的には……
「一九六七年に追加で制定された国際法の、……それも吸血鬼に関する項目の詳細みたい、だ……
 と、そこでいったん、カイザーの唇が止まった。
 そしてさぁっと顔が青ざめて、何かやらかしましたみたいな表情が端正なご尊顔へ大写しになる。世一は首を捻った。こんなカイザーの顔滅多に見られるものではない。では一体何が起こったというのか? というかそういえば一九六七年って、パーティーで何回か耳にした年号だったような……
「あっ、思い出した! そーいえば人間を吸血鬼化させるのって国際法違反だって!」
 そして思い出した勢いでポンと手を叩いて思いっきり叫ぶと、カイザーの顔はますます蒼白になって唇が歪んだ。その反応に、世一もワンテンポ遅れてやっと「……あっ!」と間抜けに大口を開く。
 つまり人間だった世一を吸血鬼にしたカイザーは、
「刑罰は最低でも懲役三十年。これまでの判例は殆どが終身刑。一九七二年に日本でやらかした事例では……し、死刑…………
 ものすごい重罰に処されて最悪死ぬ! ブタ箱どころの騒ぎではない……
「え、絵心さぁん!」
 固まって何も言えなくなってしまったカイザーを見てこっちも真っ青になり、世一が咄嗟に絵心の方を振り向く。丸っこい双眸の中には「どーにかしてくださいよアンタ青い監獄ブルーロックの最高権力者でしょ!」と書かれているが、しかし青い監獄ブルーロックの責任者だからといって国際法をどうこうするなど出来るはずもない。
「無理。青い監獄ブルーロックにそんな権限ないからね常識的に考えて」
 だから絵心はハァと小さく息を吐いて肩を竦め、
「が——今回は潔世一が使い魔で自我の剥奪を免れた・・・・・・・・・と断定できるため、一九六七年制定の国際法でミヒャエル・カイザーを起訴等しない方向に決めました。あと諸々抜け道もありそうだったし。だからとりあえず、書類上の罪には問われないよ、良かったね」
 それからぺらりと追加の書類——特例について記載された追加条文——を見せると、あっけらかんと種明かしをした。
 ちょっともったいぶり過ぎたかな、まぁいいやどうでもいいし、みたいな態度だった。
「まぁ、潔世一が吸血鬼化してるって話聞いた時はかなりビビったけどね。しかも糸師凛がわざわざ寄ってきて報告してくるから。世間話みたいな感じで。これは本人がコトの重大さ分かってないだろうな〜と思って、念のため調べておいた。日本ウチの選手が犯罪に関わってると監督として普通に困るし」
「あっ、あぁ……
 えっ、調べたってあの短時間で?
 世一がキョトンとする。一方カイザーは絵心の態度になんて気を払う余裕もなく、必死になって最後に出てきた書面に目を通す。


——以下いずれかの条件を満たすケースを特例とみなす。

一、相手が洗脳魅了効果に有意な抵抗力を保持する一部異種(人狼、妖精、ドラゴニュート)であり、転化成功しているものの一時的な変化であるとみなされる場合。
二、相手が先祖返りで、高い抵抗力と同化能力を持つ異種(依童、使い魔、ホムンクルス)の特性を持つと先天的後天的にかかわらず認められた場合。

……またいずれのケースにおいても、相手の同意を得ており、かつ長期にわたって友好関係が維持できることを求める。関係が破綻した場合、各国の法令に基づき処罰が下される可能性がある


……使い魔が絶滅してから作られた法文なのに対象に入っているあたりちゃんとしている。カイザーは顔も名前も知らない当時の法律制定者に感謝した。
「あぁ……なるほどな……
 これで最悪、世一が転化していることがバレても依童かホムンクルスの先祖返りなんだと言ってまわれば済む。どっちもマイナー種族だが、使い魔ほどには悪用できないので基本的人権ぐらいは確保出来るだろう。
「ご配慮どーも。……感謝する」
 それに本当にホッとして、カイザーには実に珍しいことに素直に目上の人間に謝意を示すと、隣で世一が信じられないものでも見たかのように目をかっ開き、絵心は今度こそ心底どうでもよさそうに手を振った。
「俺はどーでもいいが、あのサイボーグがうっせぇんだわ。お前んとこのガキの教育どーなってんのって送ったらよりによって返事が『俺の食いモン減らすな』だったわけ——はぁ、クッソ世界一エゴイストが」
 そして告げられた言葉に、カイザーと世一は揃って顔を見合わせる。なんともあのノエル・ノアらしいコメントで、なんだかバカらしくなって一気に肩の力が抜けてしまう。
 それでも、ふたりが置かれた現状はどこまでも緊迫したものだけれど。
 しかし物事はなるようにしかならない。そして自分たちもどうにかして平穏を取り返さなくちゃいけない。あのクソ老害だってまだぶっ倒してないのだ。やることはまだ山ほどある、カイザーにも、そして世一にも。
「じゃーとりあえずお前らはしばらく隣の部屋でじっとしてて。俺はこの部屋に詰めつつ、話が通じそうな連中に声掛けて警備増強しておく。くれぐれも余計なコトはしないよーに」
 ふたりがすっかり得心いったことを確かめると、最後に絵心がカードキーを放って寄越し、立ち上がる。
……わかった」
 カイザーも世一も黙って立ち上がり、踵を返した。そしてたいして遠くもない隣の部屋までの道のりを歩くあいだ、世一は何故か、先を歩くカイザーの腕に手を伸ばそうとしては引っ込めるのを繰り返していた。


◇ ◇ ◇


 隣室のスイートに足を踏み入れ、世一を招き入れると、すぐさまオートロックに加えてチェーンを掛ける。世一と違ってだだっ広い室内にはしゃぐ元気も興味も無く、それからカイザーはふらふらとソファに吸い寄せられてぐったりと背をもたれさせかけた。
「疲れた……
 とにかく今日はあまりにも多くのことが起こりすぎた。或いは今日も・・・と言うべきか。それでも目が醒めた時はまだ、カイザーは自宅のリビングで捗らない読書をしていたはずだったのだ。
だというのに一日も経たないうちに日本の横浜にいて、しかも謎の襲撃者から世一を守って、くどくどとした状況説明まで受けさせられた。気疲れも体力の消耗も半端ではない。よく考えたら食事だってろくに摂っていなかった。
……そう思った途端、ようやく空腹感を思い出した脳につられるように腹が鳴って、もう恥ずかしいと思う元気すらなく、カイザーはバカみたいに長い溜息を零す。
「なに? お腹減ってんのカイザー?」
「今朝方にトーストとハムエッグを食べたのが最後だ。世一の血も昨晩飲んだきり。そしてこの感覚からして胃が要求しているのは血よりもとにかく腹に溜まる食事」
「あー。じゃルームサービス取る? ……あっでも絵心さんの言い方的に外部の人と接触するのはマズいか。なんか冷蔵庫にないかなぁ……
 対して世一のほうはというと、満身創痍といっても差し支えないカイザーとは対照的にはちゃめちゃに元気だった。自分が襲われたあとだっていうのにやけに脳天気だなと思いながら冷蔵庫を漁る丸っこい頭をぼーっと見る。ときどきご自慢の双葉がぴょこぴょこ揺れているのがなんともアホっぽくて、その様子を眺めていると、ここ一ヶ月あまりのミュンヘンでの暮らしが思い返されてほんの少し気持ちが和らぐような気がした。多分クソバグだが。
「おっ、カイザー見て見て! 冷蔵庫に食べ物の買い置きと絵心さんのメモ入ってる! 帝襟さんがときどき補充にくるからこれ食べてろだって」
 一分も掛からず絵心の心配りを手に入れた世一は、ぱたぱたと寄ってきてはカイザーのすぐ真隣に腰を降ろし、てきぱきとした手つきでテーブルにコンビニ弁当を並べ始めた。「なんか食いたいもんある? カツ丼? それとも寿司がいい? パックだけど」それにしてもコイツ本当に元気すぎやしないか。妙に興奮しているというかハイになっているきらいがあるというか。「もぉ、返事しろよ〜?」そのうえ距離も近い。異様に近い。カイザーが自宅で読書をしているときもしょっちゅう横に腰を降ろしてダラダラしていたけれど、その比ではない。
 これではもう横に座っているを通り越して密着しにきているだ。
 つーかなんでお前頬をツンツンしてきてんだよ。
……触んな、スシがいい」
「やっぱ寿司かー、しょーがない、今日は譲る! 明日は俺に先選ばせてね、ほら食べて」
「だから触るなと、……はぁ」
 溜息を吐きながらパック寿司に手をつけ食べはじめると、世一は腰と腰がくっ付く距離のままカツ丼のフタを開け、器用に箸を使って食べ始める。
 俺が気にしすぎなのか……
 カイザーは首を捻った。ここ一ヶ月はドイツ流の距離感に合わせていたが、ここは日本だから故国の流儀に戻したとか……? そんな根拠のない適当な推論を頭に思い浮かべ、けれどすぐに、いやでもそんなワケないか、糸師冴が実家でそういう態度だったら絶対笑っちまうし、と思い直す。
「なぁ世一」
「ん〜?」
「カツ丼も食いたい」
「え〜、ホントにしょーがないヤツだなお前。ひとくちだけあげるからそれで我慢して」
「俺も寿司一個譲る」
「マジで? じゃあ俺イカ貰うわ、マグロとサーモンは食べ慣れてないヤツが食うべきだからさ」
 そして距離感の理由がよくわからないままいつものノリで一口くれと頼むと、世一は何故か照れくさそうにはにかんで——本当になんでだ? 普段普通にサンドイッチパクってくるだろお前——カツと米がすくわれたスプーンをカイザーの口元へ差し出してきた。
「ほら、口あけて」
 しかもそのまま世一手ずから食わせようとしてきた。
……? あ、あぁ」
 あまりに意味不明な行動だったためつい言われるがまま口を開くと、世一は嬉しそうに笑う。——嬉しそう? 何故? ダメだ。頭の中に無限に〝何故〟が増殖して止まらない。ただでさえ事態が意味不明だというのにこのうえ世一まで輪を掛けて意味不明になるとかカイザーのキャパを超えている。
 いや、潔世一という生き物はそもそもにしてカイザーの理解の範疇を超えているようなものなのだが……! だって先祖返りのうえに使い魔って。お前はMANGAの主人公かよってぐらいの属性過多だろ。
「ふは、カイザーが素直にあーんして食べてるー。熱いからゆっくり食べろよ」
 おまけにもぐもぐ咀嚼しているカイザーをじっと見ながらフワフワした顔をするし……
「んふ、かわい〜」
 自分より一回りぐらいデカい大男に珍妙な形容を使ってくるし。
 ……そのうえ、向けられる視線は、今までのミヒャエル・カイザーの人生の中で経験したことがないくらいに甘ったるくて柔らかい、し。

 調子が狂う。

 その笑顔に、カイザーはハッキリとその言葉を自覚した。調子が狂う。元からコイツには何かとペースを乱されてばかりだったが、何というかこれはそういうレベルじゃない。
 だいたい俺たちはうっかり事故で一連托生になってしまっただけで、本来的には喰らいあい殺し合う敵でしかないはずだろ。
 だというのにこれは……身内認定されてるからで片付く態度じゃない。こんなに甲斐甲斐しくカイザーの世話を焼く世一なんて、まるで悪い夢か、或いは…………
「世一……お前まさか今更隷属化が効き始めたのか……?」
 そこまで考えて、気付けば、カイザーは咄嗟にそう尋ねてしまっていた。
 同居生活ではそれなりに協力しあってたりはしたものの、それはあくまで対等なギブとテイクの関係に基づいたものだったはずだ。カイザーが食事の準備をするから世一はその間に洗濯や掃除を行う。その逆もまた然り。それは当然だ。曲がりなりにも同じ家で暮らすんだから協力はしあうものだ。でも今は……カイザーはソファに倒れ込んでぼーっとしているだけで何もしていない。
 あと、あえて添えるとしたら、襲撃者からは……守ったが。
 そのお礼にしちゃあの視線は妙だなと思っての判断でもあった。
「疲労か……緊張のピークに達したとかで、遅ればせながらご主人様に服従したくなっちまったんだろう。でなけりゃお前が俺にちょこまか世話を焼くなんて、……あり得ない」
 けれどカイザーがそんなことをしどろもどろに言うと、世一は——え〜? なんて可愛らしく笑って頬を膨らませる。
「なってねーって、少なくとも俺の気持ちの上では」
「だが……
「もぉ、疑り深いなお前。じゃあ試しにさ、なんかやめろって命令してみてよ」
「今すぐカツ丼食わせるのやめろ、クッソ恥ずかしい」
「やーだ♪ カイザーが恥ずかしがるならなおさらやらない理由にはなんねーな!」
 そして言うや否やとんでもない勢いでぽかんと空いた口の中に次のカツを突っ込まれた。
 ……咽せるわクソボケが!
——ッ、ゲホッ、ゲホゲホッ、どうやら本当のよう、だな……!」
 持ち前の反射神経を活かしてどうにかこうにか突っ込まれたカツを咀嚼嚥下し終えると、自分の胸をバンバン押さえながらゆっくり顔を上げる。こんな暴力的なご奉仕してくる奴が隷属化しててたまるか! その意味を込めてギロリと睨みつけてやると、世一はまるで意に介したふうもなくけらけらと笑ってみせるではないか。
「な? だからこれは、ホントに俺がやりたくてやってんの」
 世一の瞳は丸っこく愛らしく、どこまでも、どこまでも、柔らかかった。
……はァ……?」
 何度まぶたを擦って瞬きをしても、決して見間違いなどではなく、楽しそうに……そして幸せそうに、浮かれたガキの顔してこちらを見上げてきていた。
「なんだよその声。そんなに変? 俺もともと面倒見良くて世話好きって評判なんだけどなぁ」
……どこでだよ」
「色んなところで。バスタード・ミュンヘン来てからもそういう評判貰ってるし、青い監獄ブルーロックの頃なんか、同室の顔ぶれによっては洗濯物から部屋の掃除まで全部見てたよ。なんかほっとけないんだよなー」
……俺はそんなことされてない」
「カイザーはできちゃうじゃん、ひとりでもちゃんと。……だからあんまり手出ししない方がいいかと思ってたんだ、でも気が変わった。俺、それでもカイザーのそばで色々してみたい」
 ほら、もう一口食べる? 世一がふっと目を細め、今度はゆっくり丁寧にカツを差し出してくる。
 カイザーははたと立ち止まるように固まって、けれど結局、差し出された手の誘惑に抗いきれず口を開いて近づけた。カツ丼はむやみやたらに美味かった。世一が手ずから食わせてくれているからそうなのだと言われても、完全には、その言葉を否定しきれない自分がいるような気がして、……本当に困る、自分はいったいどうしてしまったんだろう。
……おい、あとはもう大丈夫だ。スシは自分で食べられる」
「ん、りょーかい」
 三口目のカツ丼を咀嚼し終えると、ふるりと頭を振り、ついでに追い払うように手も振る。世一はそのつっけんどんな態度に気を悪くしない代わりにカイザーの言葉をちっとも聞きやせず、相変わらずカイザーの真横でニコニコしながら残りのカツ丼に手をつけ、それから、益体のない世間話をダラダラと繰り広げてくる。
「あのさ——だから、俺が思うにカツ丼ってのは——
「はぁ、——知らねぇよ、なんだそれ。それより俺としては——
「ん、だからね——って感じで、——あっなくなっちゃった。ごちそーさま」
「あー、——俺もだ。明日もスシがいい、——帝襟女史に言えばいいのか」
——ん、たぶんね。——俺が言っとくよ」
——あぁ」
 そうして食べ終わる頃にやっと気がついたのだけど、こうして誰かと食卓を囲むというのは、世一がミュンヘンを発って以来七日ぶりのことだった。
 それを思えば、コイツがこんなにグイグイくるのも、すこしは分かる気がする。世一も単に寂しかったのかもしれない。きっとそうだ。そうであってほしい。自分たちは曲がりなりにも契約関係にあるのだから、いつ何時でも共にいるのが当たり前のはずで、それで、それから、だから、
「なぁ、——カイザー」
 お願いだからそうだと言ってくれないか。
「こっちも……欲しいんだけど」
 お前がぺたぺたくっ付いてくるのも、愛くるしく笑うのも、この胸がやけに高鳴るのも、そんな顔をして生白い牙を剥き出して迫ってくるのも、それに満更でもない気持ちとあまりにも顕著な飢えを感じてしまうのも、全部、全部全部全部、主従契約それだけのせいにして見ない振りをしてしまいたい。
「俺の血、ぜんぶあげるから」
 頭がくらくらする。
「お前の血、俺にちょーだい、……カイザー」
 この感情にどんな名前を付ければいいのか、俺にはわからないのに。


 それからふたりして貪り合うように互いの血を喰らった。なんたって直飲みは七日ぶりだ。血液凝固剤を入れていたとはいえ大分前に採血して瓶詰めしたヤツで日々糊口を凌いでいたところにいきなりフレッシュ一番絞りを突っ込んでしまったら、もう自制なんて効くはずがない。
 カイザーも世一も胸がいっぱいになるまで血を吸って、吸って、勢い余って吸い過ぎて、ちょっと貧血気味になったあたりでお互い遅まきなブレーキを掛けた。血を吸ってるのに貧血になる吸血鬼とか笑えないギャグみたいな感じだが、相手から吸った血は栄養素に分解されて吸収するつくりになっているので致し方が無い。
 そしてたらふく食い終わったあとは、どちらからともなくもう寝るか……みたいな空気になって、別々にシャワーを浴びた。
世一はやたらしつこくカイザーの身体を流したがったけど、今コイツと全裸で密着したらろくなことにならない気がして頑なに辞退した。カイザーがガチで嫌がっているとなると世一も無理についてくることはせず、代わりに、カイザーの髪の毛を鼻歌混じりにドライヤーで乾かす役を勝手に拝命していた。ネスが聞いたら歯ぎしりしそう。
 とにかくそういう感じでドタバタしつつも準備を終え、就寝することになった——のだが。
……はぁ」
 時計の針が真夜中の二時を数えたあたりでぱちりと目を見開いてしまい、カイザーは鼻をつまむと、ふるふると頭を振った。カーテンの隙間から漏れ入ってくる月の光が目にまぶしい。古の吸血鬼が夜行性だった名残で、現代吸血鬼もやたらと夜目が利く。それに助けられることも勿論ないわけじゃないが、こういう眠れない夜には、見えすぎる目は邪魔くさいことこのうえない。
「半月……もう少し太ってるか」
 やけに目につくソイツの姿を確かめ、ちいさく息を吐いた。
 カイザーにとって月の光というのは、孤独な夜の慰めであると同時に、忌々しい過去の象徴でもある。幼い頃、満月の夜の下、ボロボロのボールを抱えてミヒャエル少年は祈った。いつかここを出て自由になりたいと。人間になり、愛されてみたいと。夢は叶う兆しがない。だって周囲はミヒャエル・カイザーのうわべにしか惹かれない。本当の意味で求めている愛は、きっと、誰からも、永劫与えられることはない。
 それが己というみっともないクソ物の限界で、お似合いの末路だ。
 そのはずだとカイザーは今も信じている。
…………ん、んぅ……なに……?」
——は?」
 だから本当に、本当に……コイツのことは心底から理解に苦しむ。
「世一? 何してるんだお前……
 ギョッとして口が滑る。真夜中でも見えすぎるカイザーの瞳、その中央に、すぐそばで身体を丸めてカイザーに腕を伸ばしている世一の姿が映り込んだからだ。
 ハ? ちゃんとツインで別々にベッドを使うって話で別れたはずだよな?
 だというのにここにこの双葉が浮かんでるということは、コイツもしかしなくとも勝手に移り入ってきたのか……!?
「なんだ、まさかと思うがこんな夜中に吸血衝動でも出たってのか。さっきはちきれるまで飲んだくせに?」
「ん〜? んん〜……んぅ……
「おい世一、ちゃんと返事しろ、俺に抱きついて寝に戻るな」
「うるせぇなぁ……いーじゃん、おまえの身体、あったかいし……
 けれど問い詰めても世一は呂律のまわっていないくちびるでモゴモゴして、「べつに……血はいいよ」なんて言うばかりだ。
 吸血衝動じゃないって言うんならなおさらなんで入ってくるんだよ、人のベッドに。
 ミュンヘンの家ではちゃんと別々のベッドで寝ていたはずだという事実が疑問に拍車を掛ける。なんだって今日はこう赤ん坊に返ってしまったかのようにべったりなんだ?
「んー……? んん……今日……まあそれなりにね、こわかった、から」
 更に訊ねると、世一は、半分以上寝こけていると言わんばかりのふにゃふにゃ声でそう呟いた。
「うれしかった、の。……ありがと、カイザー」
…………そうかよ」
「うん、そう、だよ。カイザーはさ……やさしいし、きれい、だ。心が。……言葉は口さがないけど、魂が」
 そしてふにゃふにゃもちゃもちゃしたまま、ゆっくりと腕を伸ばし、堂々とカイザーの背中に手を回して……どんどんとカイザーの身体に自分の身体を重ね合わせ、密着してくる。
「だから……おまえのそばは、安心する。……ここが落ち着く、ここがいい」
 心臓の位置が、布を数枚隔ててすぐの場所で、確かに重なり合う。
——お、おま、」
 そのあつい感触に、カイザーは思わず息を呑んだ。今度こそ確かに理解不能な感情や衝動が全身を駆け抜けていって、息の仕方がわからなくなる。
「すぅ……
 人の温もりなんてきもちわるい。
 ずっとそうだった、カイザーには優しく抱きしめてくれる父も母もいなかったから、誰かに触れられるのは全部きもちわるいし、悪意以外の感情を込めた指先で触れられるのは理解できないから大嫌いだ。
 つまりこの言いたいだけ言って一人清々しく寝落ちてしまうようなクソ最悪級エゴイストの押しつけがましい体温なんて当然キライに決まっていて。
 衣擦れの音も規則正しい吐息も皮膚が触れ合うじんわりとした熱も全部キショくて最低で。
そのはずなのに、…………でも潔世一の呼吸はどうしてだか肌に馴染んで心地よい。
「最悪だ……
 カイザーは頭を抱えた。
抱えるしかできなかった。だって吐息が頬にかかるたび、熱が、身体のなかいっぱいに暴れ回って、そして中央に集まる。中心が兆していくのがいやでもわかった。あー、その、つまり、アレだ。なんか勃ってる。……最悪だ。本当に最悪。
「クソッタレ、」
 だけどそれでもやっぱり、自分を抱きしめる世一の指先はばかに柔らかくて温かかくて気持ちがいい。
「くそ……よいち……
 引き剥がすことすらできないまま、熱に引き摺られるようにして、意識がふたたびまどろみへ落ちていく。
 月の光すら届かない夜の闇に浮かされて、もつれるように眠りへつく。いつも中途覚醒のあとはてんで寝付けなくてイライラするはずなのにそんな片鱗も見せずに、ふたり、甘くたゆたうような明日へと意識を投げ出して溶ける。
————あぁ、」
 だから次に目が醒めたのは、当たり前に次の日の朝で。
 プロテクト錠を飲んでいてもほんのすこしだけチリチリする眩しい朝焼けの光にくすぐられながらまぶたを開くと、世一に抱きつかれたまま眠ったはずのカイザーの身体は、今度は、両腕を大きく広げてはがっちりとソレを掴み込んで、世一を抱きすくめるような格好になっていた。
「何をやってるんだ俺は……
 思わずそんな独り言が漏れる。相手はあの潔世一だというのにこんな、まるで女子供へそうするように。まぁカイザーには女を優しく抱きしめてやった経験も子供を抱えて寝た経験もないのだが。ただ、世の中の真っ当な人間たちはそうしているのだろうという漠然とした思考をふわふわと寝起きの覚束ない頭で弄んで、己が一度殺して眷属に変えた、ちっとも言うことを聞かないムカつくストライカーのガキくさい寝顔をじっと見つめる。
(こんな赤ん坊みたいなツラして一度サッカーさせたらアレなんだから人ってのは見かけによらないもんだな)
 というか、今更だが、自分を散々に罵ってボコボコになっても追い討ちを掛けて晒し者にしてきた男と一緒に暮らしてるの、普通に頭おかしいな……
 なんでこんな見た目と中身が釣り合ってなさすぎるジャパニーズ童顔魔王と一緒に暮らしてるんだろう。よくここまでやってこれたもんだ。そんなことを好き勝手思い浮かべるかたわらで、けれど、と、もうひとりの自分がふと呟く。

 ——でも世一との生活は悪くない。
 コイツが隣にいるのだって。
 息がしやすい。飾らない自分でいられる気がする。
 それに——

(だがこの安らぎはいったいなんなんだ? どこからくるものなんだ)
 それを知らず空に問おうとして、だけど持ち上げたカイザーの手のひらが、はたと、宙で動きを止める。
「ん……あれ、カイザーもう起きたの、……おはよ」
 ごしごしと眠たげにまぶたをこすりながら、世一がもにょもにょと唇をもごつかせる。
そしてぺたぺたとかたちや存在を確かめるように指を伸ばしてカイザーの輪郭をなぞると、最後にモサモサの髪を撫で回して——しまった。セットしてないクソ寝癖を世一に見せてしまった。いや今までも完璧に隠せていたわけではないのだが気持ちとしてちょっと凹む——何故か愛おしそうに頬を緩ませてゆっくりと目を見開いていく。
「ん〜、んふふ。カイザーの寝起きのモサモサ、俺好きだよ」
 それから世一は、まるでカイザーの心情を見透かしたかのようにドンピシャでそう囁いて、ふわふわした金髪をきゅっと握り締めた。
……うるせぇ、今すぐ記憶から消せよ」
「どーしよっかな。やだなー、カワイイもん、カイザーって飾りっ気ない素の姿の方が破壊力あるよな」
「はぁ……?」
 カイザーは行き場を無くして宙を彷徨っていた手でそれをぺしんと退かすが、世一はまるで気にしたふうもなく、「ふふん♪」とか気色悪い笑い方をしているばっかりだ。
「おい、マジでなんなんだよ」
 そのどう考えても普通じゃない反応に、思わず強張った声がくちびるから漏れた。もしかしてカイザーが知らなかっただけで世一はものすごく寝起きが悪いのか? こう……ヘンな方向性に? そう疑ってみるも、それを訊ねるより先に、世一の方が次の行動に出る。
「なぁ、カイザー」
 そして世一はカイザーの頬をふにふにと撫でさすりながら、ふわりと笑って頬を緩め——こう宣った。
「俺さ、やっぱお前のこと好きかも。恋しちゃったみたい!」
………………あ?」
 その言葉にカイザーは固まった。
 世一と一緒に暮らしだしてからワケのわからないことばかりだが、その中でも一番と言っていいほど理解不能なイベントすぎて、何も出来なくなりフリーズした。
 だってコイツ今何て言った?

「俺のことが——好き?」

 ……そんな、恋愛を御伽話か何かと勘違いして夢見がちなばっかりの少女よろしくはにかんで——言うに事欠いて「恋しちゃった」、だと?