小話倉庫(深上)
2025-09-30 01:05:17
4560文字
Public 悠アキ/haruwise
 

言葉を綴る(悠アキ/haruwise)

公式にお出しされたバンドに脳みそが焼かれた人が衝動的に書き殴ったものです。

 浮かない顔をしてビデオ屋にやってきた悠真は、アキラの部屋に入るや否やそのまま無言でベッドの方に向かい、スプリングが軋むほど勢いよく倒れ込んでしまった。
……どうしたんだい、悠真」
「聞いてくれる? アキラくん」
「この状況で、それ以外の選択肢が見つからないなぁ」
「ですよねぇ……はぁ。これ」
 ペラ、と悠真が懐から出したのは、折りたたまれた紙切れだ。何か変な任務でも受けたのだろうか、と受け取って丁寧に広げてみると、それは予想に反してポップなデザインのイベント告知のチラシだった。『H.A.N.DでB.A.N.D!』という語呂が良いのか悪いのか分からないタイトルとともに、詳細が掲載されている。これだけ作り込まれているからには、企画段階ではなく既に開催が決定しているのだろう。 
「へぇ……六課みんなで、バンドをやるのかい?」
 メンバーとして挙がっている名前を見て、アキラは感嘆の声を漏らす。六課のみんなは楽器が出来るのか。そう視線で尋ねてみると「目下練習中ですー」という感情のこもらない返事をもらった。
「蒼角はドラムか。彼女なら力強い重低音を響かせそうだ。ボーカルは雅さんなんだね。柳さんでも良さそうだけど」
「月城さんは最近、どこかの誰かさんのおかげでラップを嗜んだみたいで。H.A.N.D.の宣伝兼ねた公共の場所で、六課の副課長の罵倒を浴びせるわけにはいかないでしょ」
 じと、と睨められて、アキラは肩を竦める。何を隠そう、彼女の新たな才能を見出したのは自分……と、向かいのCDショップのエイファである。ちなみに成り行きで柳の膝枕というレアな報酬を頂いてしまったアキラは、後日悠真に知られて大層白い目を浴びせられた。その後「僕もやる」という彼の駄々に付き合って、強制的な固い枕と上から降ってくる文句という二重苦を味わった。この恋人は存外、嫉妬深い。
 それはさておき、と悠真の担当する楽器の項目を見る。
「君はギターをやるのか。弾けるのかい?」
 尋ねると、悠真はようやく身を起こした。しかし口元は不貞腐れたままだ。
「武芸はそれなりに身に着けてきたけど、楽器はぜーんぜん。この年になって一から学ぶことの喜びを感じてるところだよ」
 全く喜んでいなさそうな顔で言われて、苦笑する。どうやらこの状況は彼にとってひたすら不服らしい。
「そんなに嫌なのかい?」
「ファンイベントならまだいいよ。インタビューとかさ。でもバンドって何。その練習してる暇があるなら、少しでもホロウの拡張を防ぐべく戦ってた方がマシだよ」
「ふふ、君から出るとは思えない真面目な言葉だね」
……アキラくん、なーんか楽しそうだね?」
 不満の矛先がこちらに向く。それを受け流しながら、アキラは再度チラシに視線を落とす。
「僕はいいと思うけどね。六課のみんなでライブをやるところ、ぜひ見てみたいな」
「そう?」
「ああ。君がギターを弾いているところもきっとかっこいいだろうし」
 チラシを見入っているふりをしながら、アキラは少しだけ視線を悠真の方に向ける。むす、と口を尖らせてはいるが、少しだけ悪くはないと思い直していそうだ。ここぞとばかりにアキラは言葉を重ねる。
「君はギターをするだけなのかい? 作詞や作曲は、外部の専門家に任せるのかな」
「作曲は課長のツテで、なんだっけ……『邪兎屋』のアンビーさんに引き受けてもらったみたいだよ」
「え、アンビーに? よくニコが許したね」
 雅に対してニコが一方的に突っかかっているイメージがあったからか、その繋がりは意外だった。しかし続く悠真の言葉に、ああ、と納得する。
「そもそも課長が乗り気になったの、あんたらが頑張ってた『ファンタジィ・リゾート』の音楽フェスがあったからなんだよね」
「ああ……雅さん、ニコと旧友を深めるとか言ってたっけ」
「そ。そこで一気に話をつけたんだって。元々バンドの話は来てたみたいだけど、それは自分たちの任務ではない、って課長も突っぱねてたんだよ。でも実際のフェスを見て気が変わったようでね。人心を掴むには音楽が有効だ、とか呟いてた」
「人心はさておき、確かにいい宣伝にはなるとは思うよ。それで、作詞は?」
…………僕」
「え」
「僕が、やることになったんだよねぇ……
 ぼふ、とまたベッドに逆戻りした悠真に、目を丸くする。悠真が作詞。悠真が? 彼に作詞のセンスがあるかどうかはともかく、その状況がじわじわと心に滲んできて、気付けばふっと息を吐いてしまった。
「あ、アキラくん今笑った!?」
 再びガバリと身を起こした彼に平常心を保とうとしたが、すぐに笑みがこぼれてしまう。くく、と喉を鳴らして笑うアキラに我慢がならなくなったのか、とうとう悠真はベッドから降りた。
「そりゃ、僕だって柄じゃないなと思ったけど……消去法なんだよ。蒼角ちゃんはまだ字もうまく書けない、課長も副課長もお硬い文章しか書けない。そしたら自然と僕に白羽の矢が立ったってわけ」
 アキラの横を通り過ぎ、悠真はテレビの前のソファにどかっと腰を下ろした。その横顔を見るに、不機嫌ではないが心底思い悩んでいるようだ。彼の隣に座って、アキラはなるべく優しく話しかける。
「悠真、君、小説もろくに読まないだろう」
「僕の家の本棚に何もないことを知ってるよね」
「アストラさんにアドバイスをもらうという手もあるよ」
……プロにお願いするのは、さすがにお金を渡さなきゃでしょ」
「じゃあ君が、君の経験から得たもので書くしかないね」
「だよねぇ……
 はぁ、と息を吐く悠真が何を思い悩んでいるのか、ようやくその一端をつかめた気がした。悠真は恐らく、自分の人生で歌詞に出来るような良いものはないと思っているのだろう。
 世の中に溢れる歌の歌詞には、その歌い手の心情や訴えが含まれていることが多い。報われなくて嘆く歌、遠い誰かを思う歌、誰かを奮い立たせる歌、そして――恋の歌。そのどれもが、歌い手や作り手の想い、願いが込められている。
「六課で歌うなら、誰かを導くような歌詞がいいのかな」
「どうだろ。その辺は特に指定がなかったな」
「じゃあ、恋の歌は? 恋じゃなくても、愛する誰かを想うような歌詞とか」
 半分冗談で言ってみたのだが、アキラの言葉を聞いた悠真は深く考え込んでしまった。今さら冗談だよとも言えず、考え込む悠真に「少し下に行ってくる」と告げてアキラは部屋を出る。
 少し無神経だったかもしれない、と反省する。悠真とは恋人関係だ。そんな彼に「恋の歌」を提案することはすなわち、自分へ向けた歌詞を書いてくれとねだったようなものだ。頭を悩ませながら一階にいくと、店内の整理をしていたリンに見つかり「お兄ちゃん、顔真っ赤」とからかわれてしまった。
 ゼロから何かを生み出すのは難しい。ならば何かとっかかりができればいいのでは、とアキラは幾つかビデオを見繕って部屋に戻った。先ほどと同じ姿勢で考え込んでいる悠真に、気晴らしに映画を見ようと誘う。
「君を悩ませる作詞の助けになるかもしれないよ」
 そう言うと悠真はようやく顔を上げ、それもそうだね、と笑った。
 悠真が見たがったビデオテープをデッキに滑り込ませると、ゆったりとした音楽が流れ始めた。人間ドラマが主題の映画で、恋愛、家族、友情とありとあらゆる愛が凝縮された作品だ。流れる映像を不動の姿勢で眺めていた悠真は、不意に手を伸ばしたかと思うとテーブルの上に置いたままのペンを手に取り、くるりと一つ回してから、持ってきたチラシの裏の空白に何かを書き込み始めた。
……アキラくん、この表現おかしいかな?」
「歌詞としてならいいと思うよ」
「じゃあこれは? 回りくどい?」
「うーん……唐突だなぁとは思うけど」
「じゃあこれなら?」
「うん、気にならなくなった」
 もう映画には目もくれず、悠真は一心不乱に言葉を綴っていく。やはりスイッチが入ると早い。ビデオを止めようかと思ったが、音が途切れることすら彼の集中を妨げることになりそうで、アキラは彼の隣で映画を見るふりをする。ついには彼からアキラに向けられていた質問は鳴りを潜め、テレビから流れる音声とペンを走らせる音だけが部屋に響いていた。
「あー……出来た」
 かたん、とペンをテーブルに置いて、悠真はぐーっと伸びをした。少し眠気が入り込んできていたアキラははっとして、悠真が手にする紙を見る。
「それ、見せてもらっても?」
「あ……んー、いや、えっと」
「ん?」
……その、恋愛をテーマにしてみたんだけど。我に返ってみればちょっと、恥ずかしいというか」
 顔を僅かに赤く染め、くしゃ、と紙の端を握り潰す悠真の手から、アキラはするりと紙を抜き取る。
「あ、ちょっと……!」
 慌てる悠真に構わず、奪い返される前にざっと上から下まで眺める。
 ――ああ。これは、なんというか。
「アキラくん。正直な今の僕の感想、言ってもいい?」
「えーと……どうぞ」
 少し気まずい気持ちが伝染して、アキラもしどろもどろに先を促す。すると悠真は口元を手で押さえて、絞り出すように吐き捨てた。
「ラブレターみたいじゃない? これ」
「まぁ、そうだね」
 最初から最後まで、ひたすらに誰かを思う愛が綴られたそれ。悠真が心の奥から引きずり出した、飾り気のない感情。歌詞としてはたどたどしさすらある言葉の欠片たちは、しかし素直な感情だからこそ、それこそラブレターよろしく聴く者の心を揺さぶりそうだ。
「僕、あんたへのラブレターも書いたことないのに!」
「おや、書きたかったのか」
「僕のラブレターを読んで恥ずかしがってるアキラくんはちょっと見てみたい」
「結局今、一番照れているのは君の方だけれど」
 うう、と完全に顔を覆ってしまった悠真を無視して、再度彼が綴った歌詞を読む。
 君に会えてよかった
 君がいない日々はきっともう耐えられない
 もし世界が滅ぶなら、その時は君の隣にいたい――
 いつも言葉を濁す彼の、直球な言葉が胸を打つ。そう思ってくれているのか、とアキラの胸にじんわりと喜びが広がった。表出した気持ちのまま悠真の肩に頭を寄せれば、わ、という驚きのすぐ後に、彼の戸惑いの眼差しを見た。
 嬉しいよ、と正直な気持ちを告げれば、ならよかった、と僅かな羞恥を残しつつ、悠真は安堵して柔らかい笑みを見せた。


 後日、H.A.N.D.本部前の広場で開かれたライブイベントに訪れた多くの市民は、僅かな時間で熱狂の渦へ叩き込まれた。即興バンドではあるが誰一人手を抜かずに練習をしたおかげで、音楽としても完成度の高いものになっており、曲が終わった後の歓声はすさまじかった。
 中でも二曲目を飾った恋の歌が話題となり、それが悠真の作詞したものだと判明した途端「マサマサに本気の恋のお相手が!?」という噂が立った。
 爆発的に広まる噂は、彼のファンたちを強く刺激したらしい。行く先々で熱量の高いファンに呼び止められ質問攻めにされた悠真は、アキラの部屋に避難してくるなり以前と同じように無言でベッドに倒れ込むのだった。