匣舟
2025-09-29 20:13:56
6609文字
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陽だまりに魅入られた獣

あれを獣とよぶならわたしは、の続編のこへ乱。
楽しい楽しい鬼ごっこをする話 たぶん続きません

 本日の保健当番であった乱太郎は、授業が終わるとすぐさま一年は組の教室を後にして保健委員会の活動場所である医務室へと足を向けていたはずだったのだが
 医務室に向かっていた乱太郎の足は今、風を切るように宙に浮いているところだ。乱太郎を背負いながら木々の中をすり抜けているのは、医務室に向かおうとしていた彼を攫った張本人である六年ろ組の体育委員会委員長である七松小平太である。
「七松せんぱぁい~っ!」
 有無を言わさず攫われてしまったことに相当ご立腹なのかぷくーっとフグのように頬を膨らませながら大きな声で彼の名前を叫ぶと、乱太郎を背負いながら顔色一つ変えることなく走っていたのが、乱太郎に名前を呼ばれたことで嬉しそうな顔と声を向けてきた。
「どうした、乱太郎?」
「どうしたもこうもありませんっ!せめて伊作先輩にっ!」
「そのことなら気にするな!目撃者がいたし、そのうちいさっくんの耳にもはいるだろう!」
「そ、そういうことを言ってるんじゃありませんっ!」
「まあまあ、細かいことは気にするなっ!」
 彼のお決まりのセリフであるいけいけどんどんっ~!という言葉と共にさっきより一段階走るスピードがあげられ、また木々の中を通り抜けていく。もう彼と会話をすることを諦めた乱太郎は、伊作先輩、ごめんなさい。今日はきっと委員会には行けないかもしれません。と心の中で謝りながら、彼が自分を下ろしてくれるまでおとなしくすることにした。
 しばらくおとなしくしていると、目的の場所に着いたのか次第に速度を緩めてついには立ち止まり、小平太が乱太郎をゆっくりと地面に下ろした。
「着いたぞ、乱太郎!」
「ここは、裏山?」
 乱太郎が下ろされた場所は、いつも一年は組の実技担当である山田がマラソンコースにとして使っていたり、保健委員会で薬草を採取しに行く場所である忍術学園の生徒ならお馴染みの場所である裏山だった。
 保健委員会で裏山にはよく行くため、他の生徒よりは裏山のことをよく知っている乱太郎でも小平太に連れられて下ろされた場所は、あまり来たことのない場所のようだった。
 いつも裏山で生い茂っている木とはまた別の木が生えていたり、あまり見かけたことのない雑草や薬草らしきものが地面に生えている。その珍しさからきょろきょろと辺りを見渡していると乱太郎をここに連れてきた張本人である小平太がポンっと彼の頭に手を置いた。
「どうした?何か気になるものでもあったか?」
「あっ……いえ。ただあまり見たことのない植物があったので気になってしまって。」
 乱太郎がそう伝えると小平太はきょろきょろとあたりを見渡してみるとあぁ。と呟くような声が聞こえたので不思議そうな顔をして彼の顔を見つめる。すると乱太郎の方に顔を向けニッと笑った。
「流石保健委員といったところだな!ここはちょうど裏山と裏裏山の境目なんだ。だから裏山にはない生態系があると思うぞ!」
「なるほど。」
 まさか裏山にこんな秘境があったなんて。自分がいつも訪れているところはまだほんの序口でここみたいにまだ知らないところがあるんだろうなあ。次ここに来たときは採取道具とかスケッチ道具を持ってくるのもいいな。なんて考えこんでいると、目の前にいる彼がクスクスと笑いながらとても優しい眼差しで乱太郎のことを見つめていた。
「はは、熱心なのは良いことだが、私を忘れてもらっては困るぞっ!」
「わっ!」
 急にぐしゃぐしゃと頭を掻きまわされて驚きのあまり声が出てしまう。先輩を放ったらかしにしてしまったことに慌ててすみません。と言葉を紡ぎながら小平太の方を見ると、さっきまでの温厚な顔はどこへやらまあるい満月の日に見た時と同じような、獣のような瞳をこちらへと向けていた。
 彼から放たれているものが殺気だと気づいた瞬間、まず距離を取ってから逃げようと後退りしようとした瞬間、両肩を掴まれ、まるで獲物を捉える肉食動物のようにギラギラと瞳を輝かせてこちらを見つめてくる。ここまで距離を詰められてしまったら、圧倒的体格差と経験差で彼から逃げることはできないと悟った乱太郎は前と同じように目を逸らすな。と自分に暗示を掛けて、そのまま小平太の顔を見つめるしかなかった。
「乱太郎。」
 目の前の彼から自分の名前を呼ばれる。は、い。と震えないように声を張り上げると、殺気を纏いながら彼は鬼ごっこをしよう。と笑った。
「鬼ごっこ……?」
「そうだ!ルールは至極単純。私に捕まったら負けだ。場所は裏山のみで、制限時間はそうだな、いさっくんがここに来るまでにしよう!」
 伊作先輩がここに来なかったら私はどうなるんだろうか。という疑問の前に、何故さっきを纏った彼と鬼ごっこをしなければならないのか。と頭の中で考えを巡らせていると、目の前の彼が目線を合わせるように顔を近づけてきてこう告げた。
「あの夜、お前は私にこう言ったな。忍者になる覚悟がなければ六年生までここにいないと。」
 確かにあの夜自分が口にした言葉ではあるが、それを掘り返されては恥ずかしくて顔を赤くしてしまう。あの時は目の前にいる彼の殺気に飲み込まれないように必死だったからよく覚えていないのに、彼は一体何故、自分が言った一言一句覚えているのだろう。
 しかもこんな時にわざわざ思い出すなんて。恥ずかしくて顔を俯かせるが顎を指で摘ままれて強引に顔を上げさせられる。抵抗しようとしても彼の力に叶うはずもなくじっと彼と視線を合わせるしかなかった。
今まで断られてばかりだったからな、今日こそお前の実力を、お前の忍者としての覚悟を私に見せてくれ。」
 小平太はそんな言葉を言い残してから乱太郎の肩から手を離して距離を取り始める。そして十秒数えるぞっ!と叫び始め、一、二……とカウントを始めた。それと同時に乱太郎は身を翻して逃げる準備をする。
 きっと暴君と呼ばれている彼には、今更何を言っても通じないだろうし、脚力に自信がある乱太郎にとって喧嘩を売られたも同然なので先輩相手に叶わないことはわかっているが、一度受けて立とうではないかと意気込んで、パチンと自分の両頬を叩いた。
(できる、私なら。先輩にあの日、啖呵をきったのは私だ。だから、やらないと。)
 乱太郎の瞳はさっきまでの怖気付いた顔とは違って闘志に燃えた目をしていた。そして彼が五秒をカウントした瞬間に、乱太郎は全速力で自分の背と同じ草むらへと走り出した。
「九ッ!……十っ!」
 きっちり十秒カウントしてからスタートを切った小平太は、早速乱太郎の姿を探すべく辺りを見渡す。いつもは元気よく授業を受けたり友人たちと遊んでいる姿から想像もつかないくらい、存在感を消すのが上手いらしい。
 だがこの狭い範囲にいればどこかに必ず痕跡は残っているはずだと踏んだ小平太はキョロキョロと辺りを見渡し続ける。暫くして違和感のある一画を見つけるとそこを目指して移動すると微かに足跡のような痕跡を発見することができた。この道を進めば乱太郎がいるのではないかと考えた小平太は笑みを浮かべて乱太郎が残してくれた道標を辿るべく森の中を駆けていった。
(ふむ、ここにも足跡、か。)
 小平太は乱太郎を捕まえようとどんどん速度を上げて進んでいるが、まだ乱太郎とは出会えていなかった。鬼ごっこをしてから早一刻半は過ぎている。中々やるな。と考えながらまた新しい証拠を見つけたのでそれに従って乱太郎が残したであろう道標をたどっていくうちに、小平太はある一つの答えに辿り着いてしまった。
乱太郎はわざと自分の足跡を残している。恐らく小平太が自分の方へと誘導するために。まさか乱太郎が自分のことを逆手に取るなんて思わなかった小平太はどんどん興奮状態になっていく。
「はははっ、お前は本当に私の予想を超えてくるな!」
 面白いぞ、乱太郎。受けて立とうじゃないか。と好戦的な笑みを浮かべながら彼はまだ見えぬ乱太郎の背を追いかけた。
(裏山に向かったって聞いたんだけど、どこに行ったのかな。)
 本日の当番である同じ保健委員である乱太郎が中々医務室に来ず、一年は組の教室に迎えに行こうかなあ。と立ち上がろうとすると、誰かが医務室の扉を勢いよく開けたのだ。
 勢いよく開けたのは乱太郎と同じく保健委員である一年ろ組の伏木蔵で、彼の口から出た言葉に伊作の機嫌は氷点下に陥っていた。
小平太が乱太郎を攫った?」
「はい〜。スリルな現場を見てしまいまして〜。」
それで二人はどこに行ったって?」
「裏山の方に向かっていると思います〜。あの方角は裏山方面ですから〜。もしかして探しに行くんですか〜?」
「ありがとう。うん。僕は今から二人を探してくるよ。伏木蔵は申し訳ないけど当番頼めるかい?」
 乱太郎が攫われたと聞いた時には相当怒り狂ってしまったけれど冷静になった伊作は医務室を開ける訳にはいかなかったので臨時の当番として伏木蔵に待機してもらうことにした。
「はい〜。乱太郎のことお願いしますね〜。」
「もちろん。ちゃんと連れて帰ってくるね。」
 小平太が乱太郎に対して最近異常なまでに執着していたのは分かっていたが、まさか人前で堂々と乱太郎を攫うなんて何を考えているのだろうか。
 今回の件について小平太にはちゃんとした説教をしないといけない。などと心の中で考えつつも医務室から出て行った伊作は裏山方面へと足を進めていった。
 その顔は笑顔を携えているものの、いつもの人当たりがよい笑顔ではなく、どす黒く笑顔を貼り付けているので伊作が通り過ぎて行った生徒たちが怯えていたことを彼は知らない。
(せんぱい、まだかな。)
 一方その頃、伊作が来るのを今か今かと待ちわびている乱太郎は、小平太が自身の道標に惑わされているのを見計らいながら全力で走っていた。最初こそ彼と距離をとっていたはずだったのだが、今の時点でかなり追いつかれてしまっているのが現状だ。
 いくら脚力に自信があるとはいえ、やはり六年生の彼の体力の凄さには敵わない。ここで少し体力回復をさせようと休憩でもしようかな。と思った矢先に小平太がどんどんと近づいてくる音が聞こえてきたので息切れしながらも再び走り始める。
(っ、くそ、っ、追いつかれる。)
 ふと、後ろを振り返ると彼との距離がほんのわずかしかないことに気づき焦った乱太郎は、小平太に見つかる前に物陰に隠れることができた。
「あれっ?この辺にいたと思ったんだけどな〜?」
 少し迷っている声が聞こえたがそれでも乱太郎を見つけるのは諦めないのか茂みの奥まで探す彼の姿が確認できた。
(うぅ……見つかるな、立ち去ってくれ。)
 そう思っていると、こちらに近づいてきた音が聞こえたのでビクリと肩を揺らしてしまう。その音に気づいた小平太はニヤリと笑みを浮かべてずっと追いかけていた乱太郎の背に音もなく忍び寄った。
「み~つけたっ!」
 背後からいきなり声をかけられた乱太郎は咄嗟に身構えるが遅かったようで、あっという間に肩を掴まれてしまった。
つーかまえたっ!」
 その声を聞いて乱太郎は悔しさから顔を歪ませるが、反対に小平太は嬉しそうに笑っていた。
「ははっ、予想以上に楽しませてもらったぞ!」
……せんぱいには負けますよ。」
 乱太郎は悔しさから拳を握り締めながら小平太の目を見て文句を言おうとする。しかし目の前にいる彼の顔を見た瞬間思わず息を呑んでしまった。小平太は先程までの楽しそうな顔から一変して真剣な表情へと変わっていたからだ。
 すると突然乱太郎の腕を引き寄せ自分の胸の中に抱き寄せたのだ。いきなりのことに乱太郎は何も抵抗できずにされるがままになっていると、小平太はにかっと太陽な笑みを乱太郎に向けた。
「またこうして私と鬼ごっこをしてくれ、私からこんなに逃げられたのはお前が初めてだっ!今度はもっと早く捕まえてやるからな!」
 そんな言葉を彼に告げると乱太郎の身体を解放し満足そうに微笑む。乱太郎は呆然と立ち尽くしていたがすぐに我に返り文句を言い始めた。
「もう嫌ですよっ!」
「なんでだ!?楽しかっただろ!?」
「もう懲り懲りです〜っ!!結局、委員会にも行けてないしっ!」
「それはすまんっ!」
 反省の色が見えない先輩にぶつぶつと文句を言う乱太郎に対し小平太はまた遊ぼう!と言いつつ頭を撫でてくるものだからますます乱太郎は膨れ面を続ける羽目になるのだった。
「やっと見つけたっ!小平太っ!」
「おぉ!いさっくんっ!」
「あ、伊作先輩〜っ!」
 裏山方面に向かった伊作はようやく乱太郎と小平太を見つけたので急いで駆け寄っていくと目の前の光景に眉をひそめた。何故ならば乱太郎が小平太に抱きしめられているような状況であったからだ。
 それを目の当たりにした伊作はあからさまに不機嫌な顔をしながら二人の間に入り込み乱太郎を自分の背後に隠すように庇った。
何しているの?」
 伊作が冷たい声でそう問い詰めると小平太は全く悪びれた様子もなく答える。
「何もしていないぞ?ただ乱太郎と鬼ごっこをしていただけだ!」
……えっ?」
「あっ、えっとぉ。」
 この二人が一緒にいて鬼ごっこをしていたなんて。と思いもしなかった伊作は素っ頓狂な声を上げるが乱太郎の声に何かありそうだと思った伊作は彼のほうを見る。すると乱太郎はバツが悪そうな顔をして俯きながら説明をし始めた。
「あの……実は……。」
 乱太郎は事の顛末を話した。つまりは小平太が乱太郎を攫い鬼ごっこを強要したということを。それを聞いた伊作は頭を抱えた。
なるほどねぇ。」
「すまんっ!」
「すまんで済む話じゃないでしょ!?ちゃんと次からは乱太郎の許可を取ること!分かった?」
「わかったっ!」
 小平太がそう答えると伊作は改めて乱太郎のほうを見る。彼の服装や髪型を確認すると多少服が汚れている程度だったのでほっと息をつく。そして乱太郎の頭を撫でてから口を開いた。
「乱太郎、ごめんね。小平太が迷惑かけちゃって。ちゃんと躾けておくから。」
 小平太を見つめる伊作の冷酷な目に震えながら、乱太郎は慌てて否定をする。
「あ、いえっ!大丈夫ですから!」
そう?ならいいけど。じゃあ、乱太郎。手当するから今から医務室に行こうか。」
 乱太郎と小平太を離させるように伊作は乱太郎の手を引っ張って歩いていく。小平太の前を通り過ぎる瞬間に、伊作は彼に対してある耳打ちをした。
殺気纏って乱太郎を追いかけたの、六年生全員今日で知っちゃったよ。そしてお前があんなにも乱太郎のことを気に入っている理由も。」
へえ。」
 乱太郎と鬼ごっこをしている間、視線を感じていることはあったがまさか級友たちだったとは。と小平太は目を細めた。鬼ごっこに夢中になりすぎて誰が自分たちのことを見ていたのかを気にしていなかったのだ。
仙蔵は焙烙火矢を教える気満々だし、留三郎も文次郎だって乱太郎に興味を持ち始めているよ。」
……お前はどうなんだ?」
「さあね。でも、」
 僕は乱太郎と同じ委員会だし、小平太たちよりいい先輩として一歩リードしていることには変わりないから。僕に取られないようにせいぜい頑張ってね。じゃあね。と言い残して乱太郎と共に医務室に戻って行った伊作の後ろ姿を見送りながら小平太は彼の言葉を反芻させていた。そしてポツリと呟く。
ああいうところは相変わらず油断ならないなぁ。」
 だが小平太とて乱太郎のことを手放す気などさらさらない。伊作は確かに六年生の中でも一番乱太郎の傍にいるし仲が良いかもしれない。だが、これから乱太郎を手に入れるのは自分だ。
 あの日、あの満月の夜。お前たちは知らないだろう、殺気を纏った自分に挑発しながらもこちらを射抜いた乱太郎の瞳を。そして、その瞳に一瞬にして魅入られた者の気持ちなど。
はは、面白くなってきたな。」
 好戦的な瞳をしながらそう呟いて小平太も先に忍術学園へと帰った彼らの後を追いかけるように走り出して行ったのだった。