賽は閉じられた(原田+藤堂+弾正+勝)

イケダヤ特異点における原田と藤堂の再会。細かい設定拾えていません。※藤堂君まだ引けてない。

 召喚された瞬間、ああこれは駄目だな、と悟った。
「お久しぶりですね、原田さん。さっそくですが、僕たちに協力するか、真瓦津 まがつ聖杯の贄となるか、選べ」
 にこりと藤堂は口角を上げる。
 原田は彼が最期に見せた表情を、叫びを、蓋をしていた記憶から丹念に取り出した。
 こんな笑い方をする奴ではなかった。仔犬のようにと云うと奴は怒るだろうが、ほんとうに仔犬がころころと甘えるような、心から弾けるような笑い方が気持ちのいい奴だったはずだった。
 原田は視線を横に動かして周囲を把握した。だだっ広い大広間だ。それも西洋風ではなく、近未来的。原田は中央からズレた位置の召喚サークルの上に立たされていた。その中央は一段高く上げられているが、何らかの儀式を執り行うだろうことしか原田にはわからない。聖杯――藤堂の云った意味をそのまま受け取るのならば、まさにこの場所に、聖杯を出現させるつもりだ。聖杯戦争に参加した敗者たちを焚べて。
 それから、時代にそぐわないエキセントリックな格好の女がいる。これは原田は知らなかった。利害一致したか、藤堂の仲間とやらだろう。
 藤堂は原田がぼんやりしていると見て取ったらしい。苛々と靴の爪先で床を叩いた。
「左之助。せめて選択肢を与えてやってんだ、答えろよ」
……あー……そりゃ、協力するでしょ。一応、仲間だったんですから」
「そう。仲間。――最初から裏切っていた、おまえが!」
 ダン、と間合いに踏み込まれる。瞬時にして抜かれた刀の切っ先を胸に突きつけられても原田は少しも動かないままでいた。もし不用意にたじろげば藤堂は激情のままに首を斬り捨てていたに違いなかった。
 しばし腹の内を考え、藤堂をいさめるには是認以外にないだろうという結論に達した。
「いつお知りになりました? 俺が幕府の間諜であったこと」
「勝先生に聞いた」
 原田はまばたきをした。勝海舟か。それなら納得だ。どうやら彼もまた生か死かを突きつけられて、生を選んだようだ。
……とりあえず、コレ下ろしてくれませんかね」
 腕を上げて切っ先を指先でずらすと彼の視線は警戒に光りながらも従った。胸を撫で下ろす。話がまったく通じないわけではないらしい。
 それまでつまらなさそうに髪を弄っていた女が猫のように口を開いた。
「あららー、ざんねーん。四肢斬り落としてバラバラにしてあげないんだ。きみが殺られたみたいに」
 破廉恥な服装なだけに喋り方まで趣味が悪い。視界には入れつつ、原田は無視することに努める。女が語ったことに覚えがないとまでは思わない。忘れるはずがない。
 あの日、御陵衛士を襲う油小路の現場に、永倉や他の隊士たちとともに原田はいた。近藤と土方の指示を受けて藤堂は逃がす手筈が――手違いによって目前で殺された。
 彼の死に顔もよく覚えている。直前まで囲まれて斬り合っていたそれは苦悶に満ち、真黒い血に浸されていた。
 彼女の煽りには反応せず、藤堂は刀を鞘にしまい込んで丁重にも返事をした。
「弾正、口を慎め。利用できるかどうかは僕が決める」
「だーかーらぁ、可愛く弾正ちゃんって呼んでよぉ! こんなにキュートでプリティーで有能でこいつの召喚だって手伝ってあげてるのにぃ!」
 藤堂はため息をついた。慣れ親しむ気はないらしい。
 女は原田に矛先を変えた。
「テンションひっくーい。もーあんたらさあ、感激の再会なんでしょ? もっとテンション上げてこー! そんじゃ、ヨロシクね。原田くん。せいぜい殺されないように気張りなよ」
……おまえ、まさか松永弾正……な、わけないよな……戦国の武将がそんなキャピキャピした女じゃあるめえし……
「ハァ? 正真正銘、ダンジョーちゃんだけど? 死ぬときボンバーしてバラッバラになったから女に構築してみたんだよね。ホラあの織田信長も女だし? あんたらのお仲間の沖田総司だってそうじゃん? 武将が女なくらいで動揺することなくなーい?」
 うざい。これはしょうもなくうざすぎる。原田は早々に理解を諦めた。
「あーはいはい。わかりました。よろしく」
「真顔で流すなっつーの!」
 頭までボンバーな弾正は一度認識から追い出す。根っからの信用はできないが、いまの藤堂が軽口を許しているからには現状は明確な協力体制が築かれているのだ。下手に刺激するのも不味い。
 サークルの外に踏み出て、あらためて藤堂の姿を観察する。浅葱の羽織を捨て、顔つきは険しいが、確かに原田がよく知る藤堂だ。新選組八番隊隊長、魁先生と慕われた彼。
 訊きたいことならばいくらでもあった。なぜ原田を呼び出したのか。他に誰がここにいるのか。聖杯に何を願い、何を成そうとしているのか。憎くて憎くて仕方がないと云わんばかりの態度は、はたして原田だけに向けられたものではなく、新選組そのものの闇なのか。
 原田は息を吐いて、吸った。霊基が馴染んでスムーズに肩が動くようになる。
……平助、質問を許してくれるんですかね?」
「あぁ、いいぞ」
 小柄な体躯のくしゃりと波打つようなつむじの巻き方が無性に懐かしいような気がしたが、原田はまず最も気になった問いをかけた。
「おまえの手足のそれ、どうしました。右足と左足がぜんぜん別物だし、左腕は絡繰に切り替わっているように見えますが」
 踏み込まれたときの足音が左右で違う。片腕は鉄光りの絡繰に覆われているが、原田が生前に見た程度の技術ではない。もっと高度で、精密に造られた義手だ。なによりも強い違和感だった。
 原田ですら初見なのだから、先に死んだ藤堂が生前にこんなものを手に入れているはずがない。
 藤堂は機械の指先で柄をなぞり、吐き捨てた。
「繋ぎ合わせたんだよ。おまえらが切り刻んでくれやがったからな、苦労したよ。そこの弾正が調整してようやくまともに動くようになったんだから」
「そ! アタシがちょちょいのちょいーってね!」
「へえ。そこの弾正が」
 感心した風の声色を乗せながら、弾正への要警戒のランクを上げておく。藤堂が自らやらせたのなら何か仕込みがあると見ていいし、最悪の場合の想定で、原田の剣術では二人まとめての相手はできなくなった。
 藤堂が案内をすると云って歩き出す。とくに逆らうつもりもなく、原田はまったく隙を感じられない背中を追いながら、核心をついた。
「もうひとつ、おまえの霊基……バーサーカーですか? セイバーでもアサシンでもなく?」
 藤堂の眼が、召喚されてから初めて原田の眼を捉えた。
 血走ったようなぬばたまの眼光に、底のない憎悪の火が宿る。彼の霊基にほとばしる黒いエネルギーが揺らめいたように見えて原田はゾッとして足を止めた。
……くくっ、ははははははっ」
 腹を抱えて笑い出した藤堂は、狂気に彩られている。バーサーカーのものではない。ましてやアサシンやセイバーでもない。ただ一点の情熱のみに執着し、己を薪にすべてを焼き尽くさんとする、酷く痛ましく哀れな姿。
 なぜか泣きだす直前の子供のようだと思ったのは、原田の見間違いか。
「僕はアヴェンジャーだ。歓迎するよ、左之助。『新選組抹殺計画』を共に遂行しようじゃないか」



「ふぅん。で、原田くんはこっちに来てていいわけ?」
「俺は、平助から見たら御陵衛士の仇で、裏切り者の内通者ですから。アヴェンジャーのあいつにとっては目に入るのも不愉快なモンでしょう。それに、俺の本分は戦略を練るよりは刀を振るうことです。現場の方が向いてるんですよ」
 原田と勝は正座で向かい合っていた。本部である二条城付近からは離れた屯所だ。ここで、勝は他の新選組の隊士が現れるのを待っているのだという。いつか彼らが特異点に足を踏み入れたとき、即座に捕らえられるように。気の長いような計画だったが、弾正はできると云い放った。
 原田は髭を撫でながらこてりと首をかたむける。胡散臭い顔色だったが、誠実にも彼は告げた。
「それは、近藤さんを見捨てるってことかい?」
……そうかもしれません。でも、敵にもなりたくありません」
 藤堂は復讐に走っても将になりに行くような性格ではなかったように原田は思い、弾正にいいように操られているのかと疑ったが、訳はすぐに知れた。
 局長が召喚されていた。姿形が変わるほど霊基を歪められて。彼は、新選組を歴史から葬ろうとしている。
 動揺しなかったはずはない。だが、あまりに大きな悪意を突き付けられて、原田は駄目だなと悟ってしまった。己には藤堂や近藤、弾正たちの計画を止められるほどの実力も気力も伴ってはいなかった。
「俺は最後に義理を果たすだけです。もう疲れました」
 藤堂は討死した。復讐に走っても当然の、無残な殺され方だった。
 近藤は処刑された。新選組が成したものの全責任を取って。彼のために流された血肉の多さをどのように感じたのか、内心を原田は知らない。
 何をすればよかったのか。しなければよかったのか。
 正義とは、悪とは何か。
 なにもわからなくなってしまった。
 新選組は瓦解した。歴史に刻まれてしまった事実だ。死に損ね、大陸に渡って誰でもない生を終えた原田にとって、すでに過去のこととなった。サーヴァントの原田はまたも死に損ないのようなものだ。
 新選組に思い入れがなくなったのでもないが、積極的に手を貸したいとも、反旗を翻したいとも思えなかった。
「じゃあさ、待ってみる? ここで。カルデアのマスターを」
「カルデア?」
「僕も小耳に挟んだだけだけど、弾正が云ってたんだよね。カルデアのデータを改竄して乗り込んで、巻き込んでやるってさ。具体的にどうやってとか、なぜとかは知らないんだけども。噂じゃ、そこのマスターは、世界を救うために戦ってるんだとよ」
……それはまた、壮大な話ですね」
「だろう?」
 勝はウインクをした。そういった仕草が胡散臭さを増しておかしかった。カルデアのマスターはそれほど興味をそそられるものなのだろうか、と原田はどこか冷めた思いで頷いた。
 原田は頭を下げる。侍の礼を込めて。
――一時ではあるでしょうが、よろしく頼みます」
 どんな期待をしても無駄かもしれないが、目的はあった方がいいに違いなかった。