匣舟
2025-09-28 23:10:00
3525文字
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きみの唇から伝えて

長期忍務に行ってる仙と会えなくて寂しくなってる乱の話

 乱太郎の恋人は五つ上の先輩で、その人を一言で表すなら美しいひとだ。容姿端麗で優秀ない組の生徒であり、少し乱太郎に対して意地悪なところはあるけれど、いつも乱太郎の心に溢れるほどの愛をたくさん届けてくれる人だ。言葉でも行動でも溢れるほどの愛を自分に届けてくれる彼が乱太郎はとてもだいすきだった。
ん、」
 まあるい満月がキラキラと輝く星空に負けじと空の上で輝いている頃に、乱太郎は目を覚ました。隣ではきり丸の寝ている姿としんベヱがヨダレを垂らして寝ている姿をぼやけている視界で確認できた。
 まだきっと朝日が昇る時間じゃないから寝れるな。と布団をかぶり直して目を閉じてみたはいいものの一向に眠気はやって来ず、乱太郎はひとつため息を零して枕の上に置いてあった眼鏡を掛けて、伸びをして二人を起こさないようにと障子を開けて外の空気を吸いに行った。
 そろりと廊下に出た乱太郎はそのまま軒先まで行って、体育座りをして真上にある満月を見上げた。最後に満月を見たのはもうひと月も前で、乱太郎が恋人と最後に会ったのも前の満月の時だったのでもうひと月も前になる。
 五つ上の恋人は最高学年ということもあって忍務に行くことが多いうえに作法委員会の委員長を務めていることもあり多忙で、尚且つ付き合っていることを周囲に言っていないため、同じ場所で生活をしているのにふたりだけで会える時間も限られていることが多かった。
 それでも、五つ上の恋人の姿を見るだけで乱太郎は心が満たされる気分になったし、彼の前を通り過ぎたときには自分にしか分からない悪戯をされたりして中々ふたりきりになれなくても、寂しいと思ったことは今まで無かった。
 同じ空間で生活していたからか今まで彼に数日間会えなくても寂しいと思ったことはなかったけれど、さすがにひと月声も聞くことも、姿もないとなると段々と乱太郎の心の中に寂しいという気持ちができて、心にぽっかりと穴が空いたような、そんな憂鬱な気分に苛まれていたのだ。
 これから長期忍務があるからしばらくは会えないとは聞いていたけど、こんなにも長いとは思わなかった。いつもなら一週間とか、最長で二週間とかしか無かったのに。
 長期忍務になると言っていたけど、いつ帰ってくるのかも分からないなんて初めてじゃないかなぁ。忍務のことを話してはだめなのは分かっているけれど、ひと月会えないのならそう言ってくれれば私だってその心づもりで居られたのに。なんて思いながら空に浮かぶまあるい月を見上げていた時だった。
夜更かしをする悪い子に躾けた覚えは無いのだがな……?なあ、乱太郎?」
へ?」
 腑抜けた声を出した乱太郎の頭上に聞き慣れた声が聞こえてきた瞬間、勢いよく振り返るとそこには月の光を背負っているかの如く乱太郎がずっと会いたくてたまらなかった五つ上の恋人である立花仙蔵がニコリと微笑んでこちらを見下ろしていた。
 呆然として動かない乱太郎に仙蔵は更に口角をあげると膝を折ってしゃがみ込むと乱太郎の頬に手を添えた。
何だその顔は。この私に会えたのがそんなに嬉しいのか?」
……せんぱい……
寝顔だけでも見に行こうかとお前のところに行ってみたら、まさか起きていたとはな。」
 よい子は寝る時間じゃないのか?私がいない間に悪い子になったのか?と仙蔵の指がするりと乱太郎の頬を撫でて耳にかかっていた髪の毛をさらりと梳く。
 久しぶりに感じる仙蔵の体温と触れられて擽ったい感覚に乱太郎は背筋がゾクゾクとした。心臓がドキドキとうるさいほどに脈打って今にも破裂しそうなほどなのに、乱太郎の表情はまるで感情が抜け落ちてしまったように一切動かない。
 まだ、目の前にいる仙蔵が夢なのではないかと思っているのか全く乱太郎は表情を変えることなくただひたすらに仙蔵を見つめていた。それにいち早く気づいた仙蔵はフッと笑みを零して、乱太郎に向けて両手を広げる。
私が幻だと思うなら、ちゃんと自分で確かめてみろ。」
 ほら、おいで。と仙蔵の低い声色が夜の静寂の中で響いて、乱太郎の身体を震わせる。誘われるままに腕を伸ばした乱太郎はそのまま抱きつくように仙蔵の胸に飛び込んだ。
 彼の胸に勢いよく飛び込むと、とくん、とくんと仙蔵の心臓の音が聴こえて仙蔵の温もりも感じ取れることができて、漸く目の前にいる仙蔵が本物だと理解した瞬間、乱太郎の目からポロポロと涙が零れ落ちていった。
 ぎゅっと強く仙蔵の忍装束を握り締めた乱太郎に五つ上の恋人は乱太郎のことを愛おしそうに見つめながら、かわいい恋人の背中に腕を回して抱き寄せると乱太郎の髪を優しく撫でた。
ふふ、泣くほど私のことが恋しかったのか?」
そんなこと、聞かないでくださいっ、せんぱいのいじわるっ!」
「ふふ、拗ねたのか?かわいいなあ、おまえは。」
「ぅ〜……
 乱太郎はぐりぐりと仙蔵の胸に額を擦り付ける。仙蔵はそんな乱太郎の反応を見て笑うと、随分と会わないうちに甘えん坊さんになってしまったな?と囁くと、乱太郎の赤くなっている目元にちゅうっと唇を落として涙を吸い取っていく。
せ、せんぱいのせいですもん、」
 私がこうなったのは先輩にずっと会えなくて寂しかったからですもん。と言い切った乱太郎は、赤く染った顔を仙蔵に見られたくなくて、また仙蔵の胸に顔をうずめた。
 普段の乱太郎ならば照れてしまってこんなことは滅多に言わないのだが、仙蔵に久しぶりに会えた嬉しさと寂しかった思いのせいか素直な言葉が口から自然と出てきた。それに仙蔵は目を丸くしながら乱太郎を見つめたかと思えば、次の瞬間には愛おしそうに彼のことを見つめて未だに自分の胸に顔をうずめているかわいい恋人の耳に口を寄せる。
随分とかわいいことを言ってくれるじゃないか。ひと月ぶりに会ったんだから、かわいい恋人さんの顔が見たいんだが。」
 見せてはくれないだろうか?と甘ったるい声色で乱太郎の耳元で囁くと乱太郎の身体がビクリと震えた。少しの沈黙の後、乱太郎がゆっくりと仙蔵の胸元から顔を離すと、仙蔵の整っている顔がいつの間にか目の前に来ていた。
「ふふ、……顔が真っ赤だぞ。かわいいなあ。」
っ」
 真っ赤な顔をさせている乱太郎を気にすることなく、仙蔵は彼の頬に触れたかと思えば、親指で乱太郎の唇を撫でながら口角を上げる。その優しい仕草に乱太郎の鼓動はさらに速くなり、顔の熱はどんどん上がっていって自分でも分かるくらい赤くなっていく。
 そんな乱太郎の反応が面白いのか仙蔵はふふ、と笑みを零して彼の鼻先にキスをした。唇にキスをされると思っていたであろう乱太郎は涙目になりながら、いじわる。と言葉を漏らす。彼の様子に仙蔵は一瞬驚いた顔を見せたがすぐに口角を上げて、今度こそ乱太郎の唇にキスをした。
 触れるだけのキスから段々と濃いものになって、それを繰り返していれば徐々に乱太郎の瞳も蕩けていき、次第に瞼が落ちていく。それに気付いた仙蔵が唇を離すと寂しそうな顔をさせる恋人の頬を優しく撫でながら問いかける。
もう眠たいんだろう?」
 私が布団まで連れて行ってやるから、寝なさい。と仙蔵は優しく言うと乱太郎はゆらゆらと首を横に振って、そしてそのまま仙蔵の肩に顔を埋める。
やだ、せんぱいといっしょがいい
本当に今日はやけに素直だな……。」
「せんぱいと、いっしょに……
「一緒に?」
ね、る。」
寝てしまったか。」
 ねるの。と言いながら大きな欠伸を零しながら小さく呟くと、乱太郎はそのまま仙蔵の胸に凭れかかりそのまま意識を飛ばしてしまった。残された仙蔵は暫く呆然としていたが、それも一瞬のことで乱太郎の身体を両腕で包み込んで抱き上げる。
……本当に困った恋人だな。」
 普段でもああやって素直に居てくれればいいんだが。と呟きながらも仙蔵の表情はとても優しく穏やかで幸せそうな顔をしていた。腕の中で安心しきったように眠っている恋人に思わず笑みが零れてしまう。
 仙蔵は乱太郎を起こさないように自分の部屋の方向へと足を進めながら乱太郎の寝顔をじっと眺める。
「まだ、お前に言ってもらえてない言葉があるが。まあ、それは起きてから言ってもらうとしようか。」
 月明かりの下で自分を離さぬようにと忍装束を掴んで眠るかわいい恋人の唇にキスを落とした仙蔵は、そのまま乱太郎と共に自室の中へと消えてゆくのだった。

(おかえりなさい、という言葉を聞きたくてこれでも早く帰ってきたんだよ)