望月 鏡翠
2025-09-28 22:20:14
859文字
Public 日課
 

#1857 山中の出会い

#毎日最低800文字のSSを書く



 萬木はいつもより日が高くなるまで待ってから、慎重に木の上から降りた。体の強張りをほぐしてから、体を低くして活動を始めた。
 湿った苔の上に、地面に真新しい野うさぎの足跡が残っているのを見てから、人影があった場所を確かめた。
 朝露に濡れた地面は柔らかく、行き交うものの足跡がまだくっきりと残っている。人の足跡はその場に近づいた萬木の足跡以外はない。
 他に大型生物の足跡らしきものは、一つだけ。大きな蹄の跡が苔の上にはっきりと残っている。先が二つに割れている。馬ではない。しかし鹿のような山中にいる草食獣の類でもないということは、すぐにわかった。
 蹄が大きすぎる。これがもし、牛や鹿ならばその体躯は、顔を上げれば木の上にも届くだろう。そんな大きい生き物がいたら、仮にまどろんでいる最中であっても、目を覚ますだろう。
 あそこにいた何かの足跡がこれだとするのなら、やはりそれは人ではない。動物でもない。
 足跡の向かう先を追いかけるべきか見送るべきか迷った。妖怪に知性があり、これが罠である可能性ももちろん考えていた。しかしそれでも、居所は確かめておくべきだった。
 空を飛んでいないという時点で、蕎麦屋の主人から聞いた姿とは違っている。異なる二種の大型の妖怪がいるのだとしたら、いざというときに退路を失い挟み撃ちにされる可能性もある。
 足跡の深さから、体重を推測する。
 自分の足跡の深さと比べると、ゾッとするほど深い。
 萬木は地面を見ながら這いつくばるようにして歩いていたが、決して油断をしていたわけではない。それでも、そこにいた男には気づかなかった。
「もし」
 声を掛けられ飛び退いた。刀を抜くが、背中が木にぶつかった。
「大丈夫か? 刃物を振り回すと怪我をする。しまった方が良いんじゃないか」
 そこに立っていたのは、男だった。森の中に不釣り合いな派手な着物。その頭には角があり、足元は蹄だ。
 人ではない。人であろうはずがない、半人半獣の特徴。
 毛の生えた茶色の耳が、こちらを向いていた。