ロブスターはあくまでもザリガニだ。しかし、ザリガニはエビだろう。色が赤いというのは先入観だが、先入観は大事なものだ。例えば子供の相手をするばどして時間に追われているとしても、先入観が何かの取っ掛かりになることもある、またその逆も。
しかしクラゲをどうしてオレンジにしたのだろう。そういうものを水族館で見たことはあるが、それが演出なのかどうか、そこまでは分からなかった。興味がなかったのが大きいかな。あるいは赤いエビを食べて近い色になったのかもしれない。
「みんな僕のことを赤いって言うんだ、君は僕のことをエビみたいだって思う?」
クラゲはチラともこちらを見なかった。そもそも見ることが出来る目があるというのも可笑しな話だ。一つ目とは言え、内臓はないのにどうして目なんか、それより膵臓があればよかったのに。まったく期待外れだ。
「そうだよね。僕はエビなんかじゃない。」
その時クラゲが振り向いた。
「エビなんか、じゃない。なんか、なのはお前の方だ。」
思わず口角が上がった。いや、元々固定された上向きの口角だったかもしれない。しかしその口が、更に上がる、引き攣る感覚を覚えたのだ。
稚拙な反抗。しかし確かな取っ掛かりはそこにあった。
彼は賢い。だからこそ余計なことにかんしてでは、余計なお喋りはしてもらえない。彼の見せたい世界をちっとも話してもらえない。
「ああ、ごめんね。勿論そうだとも。」
彼の目がまだこちらを睨んでいる、今のうちに。
「なら、素敵なエビ以外に、素敵な君は他にどんなものが好きなのかな?」
彼の目が揺れ動いた。ああそんな、待ってくれ。彼の気を引けないというのか。
そんな沈黙の中、天井から青が降って来た。クモだ。
「ナブナブ!」
クモは状況が分かっていないようだった。いつものよくあることだが。クラゲの視線もそちらを向いてしまった。そんな。
「ビーチ……」
「え?」
クラゲがそのまま、何か言った。
「海が……。ビーチに行ってみたい。」
「……へえ!」
ビーチか。そうだ、彼はクラゲだものな。けれど彼自身は海から来たわけではない。けれど求めているのか、自身が持ち得ないはずの、郷愁を。あるいは別の何かなのか。それでも良い。面白いじゃないか。
「……そのニヤけた笑いをヤメロ。」
「ええ。元からなんだけどな。」
しかしビーチか。確か下階に行った連中が王国を広げていたはずだ。ビーチくらい、なんとかなるんじゃないか。
「良いじゃないか、ビーチ。行こう!」
「は?」
クラゲは否定的だった。疑り深くて結構。それはそうだろう、頭の良い彼のことだ、足掻くことは、それだけに終わる結末を算出してしまったのだろう。
それでも。それでも、ああ、期待が捨てられていないんだね。
「車を用意してあげる。心配しないで。一緒に行こう。」
オレンジの体に近付いて、手を伸ばす。クラゲの感触って、どんなだろう。
「……いや、それなら車だけ借りて行こう。」
「え?」
「お前は別に来なくて良い。」
伸ばした手を触手で素気無く払われた。顔、いや体か、その感触は分からなかったが、触手はプニとしていた。それが分かったのは、悪くない収穫だ。
しかしそんなクラゲはこちらを差し置いて、クモにはお前も来るかなんて言っている。どうして。無性に何かを殴りたい気分。ああ勿論、そんなに強く殴るつもりはない。
そうこうしているうちに、クモが他のメンバーも色々連れて来てしまった。待って、リーダーとして決めるのは僕、他の誰でもない僕のはずだろう。
だからこれから楽しい旅になるはずだ。例えどんな結末になろうとも、一緒に死ねるならそれで。
さっさと君を車に押し込もう。色は何が良いと思う、実はもう決めてあるんだよね。
ああけどやっぱり、君に膵臓があればなあ。そうしたらそれは、絶対に僕のものだ。
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