
世界はポジフィルムで出来ている/鳳デュ鳳
“彼”の命がとまったとき、デュークの時間も、ぴたり止まった。心臓さえ止まったかに思うほど、すべてがひやりと、冷たく暗かった。不死鳥蘇生までの十三時間は、永くも短くもない、完全なる無だった。やけに思い出ばかりが頭を無尽に駆け巡るのに、自己の無力感を責める程度の思考力さえ、とっさに失ったのだ。ほとんど真っ白になった思考のなかでこそ、とばかりに、ポジフィルムを光に透かしたように、きらきらまばゆい、鮮明な美だけがぱらばらと舞っては積もり、デュークの足もとを埋めていく。漠然としたなにかの淵に、ぼうっと、立ち尽くしていたようだったとあとになって思った。
平等院鳳凰という不死鳥は、そのいのちを吹き返した。それさえ、デュークはとっさには理解しきれないなりに、ただただ安堵と喜びとだけが頭でなく胸から直接どうっとあふれては大海へと化していくのを遅れて理解したのだ。そうしてやっと、自身の無力感を嘆いたことにまた自身をちいさく思うのだ。
――ああ、大事なひとが亡くなるというのは、こういうことなんですなぁ
…
そんなことを、十三時間遅れで理解した。かつて、妹クロエの命の危機を救ってくれた大事な“お頭”。あのときもずいぶん肝が冷えに冷え己の呼吸さえも絶えるかに思ったものだけれど、平等院鳳凰というひとは、デュークの同行を許した諸国行脚ででさえ、今回の落雷を除いて一度たりとも、デュークに不安を抱かせることはなかった。
…だからこそ、なのだろう。今回の、まっさらは。ああ、このおかたは、二度までも、愛するひとを失う危機の淵辺から自分を救ってくれたのだ。デュークの頬を伝う涙の一筋ひとすじに自然こもった感情のレパートリーが鳳凰の技数にさえ対抗しうることを、このあるじは知っているだろうか? 自らの功績を、しっているだろうか? 傾倒? 崇拝? 感謝? 思慕? 愛情? 尊敬? 単純な一語でも、ことばたちのブーケでさえもとうてい形容しきれぬものを、その感情を、きっと陳腐に言うならば自分の場合恋と呼ぶべきだ。デュークは、そんなことを思う。惚れ込んだお頭との二人旅は、少しだけハネムーンじみていた。ポジフィルムを透かした世界ばかりがそこに在った。ネガフィルムにはない、総天然色。自然体の色彩だけが、彩るその世界。彼、鳳凰もその時間をそう悪くは思っていないようで、それがまたデュークの頬をにこやかにゆるませるのだった。テニスが、世界が、それだけがいちばんのこのあるじに寄り添う支柱の一本でありたい。それが、デュークの望むほとんどだ。あとは、家族の平穏のほかなにも望むまい。デュークは、ああ、ああ! 鳳凰により、それらをすべて、すべて与えられているのだ! ゆるされているのだ! 彼のためなら、自分はきっと、ほとんどたいていのことならば何でもするだろう。落雷からこそ救えなかった。だが、彼は自力で息を吹き返した。自分が彼のためにすべきことは、
…したいことは、彼一人ではできないようななにかだけだろう。たとえば、わずかな憩い? たとえば、わずかな安らぎ? たとえば、壁打ちとはひとあじ違うウォーミングアップの相手? 自分に出来るすべてで彼に尽くすことを、そのかねてからの決意を、あの日、デュークは改めて、確認したのだった。
世界は、ポジフィルムで出来ている。光の外れることがあっても、そこには、まばゆいものが隠れている。それを教えてくれたのは、自分に、本当に家族以外のだれかを愛することを教えてくれたのは。ただひとりの、この不死鳥だけだ。
世界は、ポジフィルムで出来ている。デュークは、そのきらびやかな総天然色のなか、今日もお頭一筋と言うには家族への愛もゆるされながら、自然体で、生きている。寄り添うことをゆるされた存在に尽くしながら。研鑽、し合いながら。ポジフィルムの世界を、今日も生きる。ああ、これを、しあわせというのだろう。そんなことを、もう幾度目ともなく思うのだ。ふたりの航路の鼻先は、世界のてっぺんへと、常に向かい続ける。
終
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