「サンザ!ラカン!聞いてくれよ本当に出たんだって!今の現場にひとりでに動く剣と盾が!ゴーストとか怨霊の仕業とかじゃないんだって!」
幼馴染三人での久しぶりの飲み会中にそのうちの一人であるツバタがいきなり叫びだした。
「おい、飲みすぎだぞ。ここ店の中だからいきなり叫ぶのはまずいって」
「お前も冗談だって思うのかよぉ、ラカン!」
いきなり大声を出したツバタを落ち着かせようとラカンが窘めたが、ツバタは聞く耳を持たずにだる絡みをし始めた。酔っぱらいの相手をするのは骨が折れるほど面倒だから、ラカンには悪いがこういう時は傍観を努めるに限る。頼んだサイコソーダのカクテルが炭酸の泡を出しながら甘く香っていた。
こういう時の酔っぱらいはひどく饒舌だ。聞いてもいないのにその出来事についてべらべらと喋りだした。今整地しようとしている場所にそこそこの規模の博物館を建てる予定らしく、それに関われると聞いた土工事職人の見習いであるツバタは張り切って仕事に打ち込もうとしたらしい。
しかし、掘り起こした土地を整えようと建設予定区画に入り込むとどこからともなく二メートルに近い大きさの剣と盾が現れて作業を妨害してくると言う。話を聞きながら自分の知っているポケモンがいるかぼんやりと考えていた。
「なあ、それ言っても大丈夫なやつか?さすがに情報漏洩とかで怒られるだろ」
「じょーほーろーえー?ああ、へーきへーき。ネットニュースでも取り上げられてっから」
それを聞き、オレはおもむろにスマホで検索を始めた。確かにツバタが言ったまんまのことが書かれていた。ネットニュースにはゴーストが剣と盾を持って脅かしているだとか、過去の騎士が怨霊となって襲ってきているだとか憶測にすぎないことが面白おかしく書かれていた。観覧数を伸ばすためだろうか。これをツバタが見ていたのであれば、酔った勢いで叫ぶのもなんとなく理解はできる。
「おれのドッコラーも親父のローブシンも攻撃が通じないし、ほかの職人のポケモンたちも歯が立たなくてやられるばかりでさ……工期も伸びるばかりだしどうしようもなくて……」
だんだんと静かになっていくツバタの声を聞きながらゆっくりと顔を上げた。パチリとツバタと視線が合ったと思うとツバタの目が輝きだした。あの目はいらんことを思いついた時の目だ。それは厄介ごとに巻き込まれることが確定している。最悪だ。
「そうだよ!サンザ、お前なら解決できるんじゃね!?」
「……なにを解決しろってんだよ」
「お前今探偵やってんだろ?剣と盾の正体突き止めて追っ払うぐらいできそうじゃん!」
「ツバタと同じでまだ見習いだよ。さすがにそこまでできないと思うけど」
「えー!でもサンザ、知らないポケモン調べたり見るのとか好きだろ?」
図星を突かれ、体がびくりと強張る。確かにツバタの話を聞いて無意識に知っているポケモンか考えていたし、見たことのないポケモンをこの目で見てみたいのは事実だ。
「確かにそうだよ。けどオレには荷が重いよ」
「謙遜はやめろよー。それにサンザはおれ達の中で特にポケモンバトル得意じゃん!バッジ二つ持ってるし」
「バッジ一つ分多く持ってるだけだろ、実力はそんなに変わらないよ」
「おいツバタ、そろそろやめとけって。仕事が進まなくてもどかしいのはわかるが……」
困っている表情になっていたせいか、ラカンが止めに入ってくれた。しかし、思いついた時のツバタはそんなことで止まらない。
「お前確かボールコレクションしてたよな?おれの持ってる珍しいボール、全部譲ってもいい!できるところまででもいいから!頼む!!」
パンッと手のひらを合わせ拝むように頼み込んでくるツバタを見てオレは返事を言いよどんでいた。正直な話、この問題を解決できる自信はない。けれどここまでオレを信じてくれるツバタに自信がないから、なんて断ったら格好がつかないだろう。決して、断じて報酬のボールに惹かれただけではない。
「……わかった」
「本当か!?」
「おいサンザ、ツバタがしつこいからって安請け合いする必要はないぞ」
「大丈夫そんなんじゃないから。それにラカンもわかるだろ?こういう時のツバタはこっちが折れるまで頼み込んでくる」
「……ああ……確かに……」
「なんで納得するんだよラカン!……え、そんなにおれしつこい……?」
翌日、オレの所属探偵事務所にツバタの会社から正式に依頼が来た。身内間の酒の席の口約束とはいえ、ツバタ個人の問題ではなく会社として解決するべきものだったからきちんと話をつけて依頼を出したと連絡が来た。あの無鉄砲だったツバタが……と感慨にふけっていた。オレも所長に話をすると、所長は黙って話を聞いたあとに依頼書をオレに手渡した。君なら大丈夫だよ、と端的に告げると別の依頼書に目を通し始めた。
事務所に所属してからは基本所長について回る雑用ばかりだったが、今回初めての一人調査になる。多少の不安を抱きつつ、友人と所長がかけてくれる期待に応えるべくオレは情報収集を始めた。
出現する剣と盾の特徴に合致するポケモンの情報、建設予定区画の過去の新聞記事、歴史書など手あたり次第に読みふけったがめぼしい情報はなかった。やはり現地で解決のために動くしかないかと手持ちたちのコンディションを整える。デルビルとプラスルは戦闘になるだろうというオレの言葉にそわそわとわかりやすく浮足立っていた。それを見て、次の休みの日にバトル施設へ行くかとひそかに考えていた。
回復道具もそろえ、出発する旨を所長に伝えると所長は了承の言葉とともに手持ちの一匹であるヨルノズクを貸してくれた。ただし、と言葉を付け加えて。
「ヨルノズクは君が危機に陥った時のみ手を貸すように指示している。基本は自分たちの力で解決を図るように」
「……はい、ありがとうございます。所長」
所長なりの優しい気遣いがなんだかこそばゆく感じてほんの少しだけ口角が上がる。所長に見られている視線を感じ口元を隠すために思わず手で口を覆う。所長はまるでそんなオレの仕草なんて気にも止めていないかのようにお気に入りの小説本に視線を落としていた。少しだけ肩を震わせていたのを、所長の優しさにならって見ないふりをした。
依頼地点に近い街へ着いたころには日が傾きかけていた。ワイシャツの襟を正してネクタイを締めなおす。少しだけ窮屈さを感じ、動きやすい服装で来るべきだっただろうかとガラスに映ったスーツ姿の自分を見てほんの少し後悔する。街の明かりが灯り始めてしばらくたった頃、建築予定区画へと向かった。大きな建築物が建つ予定のためか、街から少し外れた場所が依頼書に指定されていた。街灯が届きにくい場所だとツバタから聞いていたため、プラスルをボールから出しフラッシュで周りの視界を確保する。ある程度周りを照らせたところでデルビルもボールから出した。デルビルに周りの警戒を指示し、ゆっくりと区画内を歩き始める。
地図を測量するように区画内の周りから歩いてみたものの、それらしき影も気配も見当たらない。やはり区画内の内側のほうだろうかと、そちらのほうに歩を進めると地面に一直線を引いたような傷のような跡を見つけた。まるで子供が陣取り合戦をするときのような線の跡がなぜここに?思い返しても依頼書にはそのようなことは一つも書かれていなかった。何かの手掛かりになると思いスマホで写真を撮った。そのまま線の内側へと足を踏み入れる。
警戒しながらゆっくりと進む。線から遠く離れたころ、不意にぞわりと首筋に冷気が伝った。それはよく言われる幽霊やゴーストタイプのポケモンが出る合図。
「とうとう、お出ましか」
二匹も異変を察知したらしく、プラスルはオレを守るように立ちはだかり、デルビルはすぐにでもとびかかれるほど姿勢を低くし威嚇の唸り声をあげている。
それは音もなくオレたちの前に現れた。全長は二メートルに近く、丸い金の盾に剣が刺さり一体となっている。剣の鍔から垂れ下がる一対の布は警備する騎士のように後ろで組まれ堂々と佇んでいた。多少距離があるというのに、そこに居るというだけで強烈なプレッシャーを感じる。強いポケモンだということを肌で感じ、鼓動が加速する。
剣と盾のポケモンはオレたちの出方をうかがっているのか、鍔の中心にある紫色の瞳がこちらを見つめていた。聞いていた話からすぐに襲い掛かってくると思っていたが、そうでもないらしい。正面で構えられているため、ふいうちなどは使えない。デルビルやプラスルに勝ち目のないバトルを挑ませる気は無いし、かといってこの状態でおとなしく帰してくれるようには見えない。ここまで強いポケモンだということを想定していなかったオレの落ち度だ。どうしたものか、と冷戦状態の中でピクリと剣と盾のポケモンが動いた。それを見たデルビルがつられた様に飛び掛かる。
「待て、デルビル!」
その指示もむなしく、デルビルはかみつき攻撃を繰り出す。ああもう、とスマホを放り出しスマホロトムを呼び出す。
「スマホロトム!相手のポケモンについて検索頼んだ!」
『了解ロト~!』
少ない動きでかみつくをかわした剣と盾のポケモンはふわりと浮かび上がったスマホロトムに興味をひかれたのか、鋭い視線でスマホロトムを捉えていた。少しでも変な動きを見せたらオレのスマホロトムは破壊されるだろう。そうなるわけにはいかない。
「プラスル、“てだすけ”!デルビルはもう一度“かみつく”!」
プラスルとデルビルは返事をするように短く鳴くと、指示の通りに動き出す。てだすけにより威力の上がったデルビルの牙があと少しで刺さる、と思ったその時、デルビルの体ごと弾かれてしまった。薄く透明な膜のバリアに微かな牙の跡。“まもる”の技を持っていたか、と敵が目の前にいるというのに遠くを見ていた理由がよくわかった。弾かれたデルビルは空中でうまく体勢を整え、剣と盾のポケモンの向こう側へと着地した。ちょうどプラスルとデルビルで挟み撃ちができる状態だ。相手はまもるを使用した後、畳み掛けるのであれば、今。
「プラスル、“スパーク”!デルビル、もう一度“かみつく”!」
地面を走る電流と、鋭く尖る牙は光の届かない薄暗い広場で煌々と輝いていた。二匹は指示と同時に再び飛び掛かる。剣と盾のポケモンはそれを一瞥した後、牙を盾で、スパークを布の腕でいなしていた。さすがに挟み撃ち程度では簡単にやられてくれるほど甘くはないか、と緊張でかいていた頬の汗を拭う。ちょっとでも気を抜くと足が崩れてしまいそうなプレッシャーに、押しつぶされそうになる。けれど、強いポケモンと対峙しているこの状況に胸の鼓動はどんどん早くなっていく。上がっていく体温に思考がまとまらなくなって、バッとスーツのジャケットを脱ぎ捨てた。風が通り、ぐちゃぐちゃだった頭の中がクリアになる。
次の手は?
どうすればあのポケモンに一撃を食らわせることができる?
“とおぼえ”で攻撃力を上げるのも悪くはないが、その隙はどう作る?
作戦が次々と思い浮かんでは廻っていく。ああ、この感覚。旅をしてジム巡りをしていた時以来だ。観察して、考えて、指示を出して、相手を倒す。とても、懐かしくて。
「楽しいな、お前たち」
思わず言葉がこぼれていた。二匹ともオレの言葉に嬉しそうに返事をする。それが何よりも嬉しくて自然と口角が上がっていた。それを見ていたのか、剣と盾のポケモンがほんの少しだけ目を薄めていたのが見えた。そのことに少し引っ掛かりを覚えながらも二匹に指示を出していく。
「隙を作るぞ!プラスル、近づいて“フラッシュ”!デルビル、そのあとに“ほのおのうず”!」
プラスルが駆け出すと同時にデルビルの喉元がほんのりと熱を帯び始める。相手は近寄ってくるプラスルを警戒しながら上下にふわふわと浮き始めた。微かにだが金属のこすれる音が聞こえる。警戒していた攻撃技がないのならこちらの思い通りの指示ができる。プラスルがタタッと相手の懐に飛び込んだ後、まばゆい光が一帯に放たれる。着地の音と同時に炎のごうごうと燃える音が聞こえた。ほのおのうずの中心に剣と盾のポケモンの影が見える。よし、うまく隙を作れたと次の指示を口を開いた瞬間だった。
ほのおのうずの中心に線が入ったのを見た。炎は真っ二つに割れた。それと同時に鋭い風が吹き抜け、薄黄色と赤色のものが後方に吹っ飛ばされていくのが視界に入った。明るかった周囲がふっと暗闇に染まっていく。息が止まる。
「っ……!プラスル!」
プラスルに駆け寄り、抱き上げる。目はぐるぐると渦巻いており、ひんし状態であることはすぐにわかった。唇を噛みごめんな、と震えた声で謝りながらプラスルをボールに戻し、カバンに入れていた懐中電灯をつけて剣と盾のポケモンのほうを向く。
そこには最初に対峙していたポケモンの姿ではなかった。盾に収められていた剣は抜き身になり大きな刀身が威圧感を放っていた。盾は布の手で構えており、いざとなれば防御が可能な姿勢をとっている。それでも先ほどよりも攻撃的な姿勢を見せているのはわかる。
「フォルムチェンジか……」
戦闘中、あるいは道具を使用して姿を変えるポケモンがいるというのは知っていたが、対峙しているポケモンがそうだとは夢にも思っていなかった。完璧に油断していた。相手は反撃してこないのではなく、オレの油断を、判断ミスを待っていた。握るこぶしに爪が刺さり、痛みを感じる。このままだとデルビルもプラスルの二の舞になってしまう。どうすればいい。考えろ。
『見つかったロト~~!!』
スマホロトムの大きな電子音で我に返る。そうだ、オレの目的は剣と盾のポケモンを倒すことじゃない。このポケモンがどうして工事の邪魔をするのか突き止めることだ。デルビルとスマホロトムに戻るよう呼び掛ける。それと同時に剣と盾のポケモンに背を向けて走り出した。トレーナーとの勝負ならご法度だが、野生のポケモンならば逃げることも戦術の一つだ。ただ、あいにくけむりだまやピッピ人形の持ち合わせはないため、必ず逃げ切れる保証はない。あのポケモンがオレ達の前に回り込んできたら逃げ切れずに目の前が真っ暗になるだろう。走りながら真っ先に手元へ戻ってきたスマホロトムをひっつかんで映し出された画面を見ると、【ギルガルド】の図鑑ページが表示されていた。
追いつかれないように必死に走り、無我夢中で図鑑ページを食い入るように見る。なんでもいいわけじゃない。タイプ相性じゃなくて、覚える技でもなくて、止める方法を、ヒントを。隣で走っていたデルビルの足音が止まり、必死に吠える声が聞こえる。止まるな、大丈夫だ、お前はオレが倒させやしないから。
そう声を出そうとした刹那、浮遊感に襲われる。踏んだはずの地面はそこに無く、走った勢いのままオレは前方へと倒れそうになる。そうだった。ここは工事現場だった。思い出すにはあまりにも遅かった。ぎゅっと目をつむり、地面へ叩きつけられる衝撃に備えた。しかし、いつまでたっても体の衝撃も、痛みも襲ってはこなかった。おそるおそる目を開けると、オレは倒れそうな姿勢のままふわりと浮かんでいた。後ろをゆっくり振り向くと、ギルガルドが布の腕でオレを抱きとめていた。
ギルガルドはゆっくりと体勢を整えて下ろしてくれた。心配そうに鳴くデルビルがたいあたりをするように飛び込んでくる。それを受け止め、落ち着かせるために撫でながらギルガルドの様子を窺う。薄めに伏せられた目からは安堵の色が感じられ、先ほどのような敵意は見られなかった。
「あ、ありがとう……」
乱れた呼吸を整えながらギルガルドに礼を言う。彼は何も応えずに、盾に刀身を収めるとオレ達からそっと距離を置いた。これ以上争うつもりはないという意思の表れか、はたまた怪我を負わせてしまいそうだったオレへの罪悪感からの行動か。何もしてこないのであればちょうどいい。オレは再びスマホロトムの液晶へと視線を落とす。情報を見逃さないようにゆっくりとスクロールする。遠くの草むらからコロボーシの鳴く声が聞こえてくる。もう夜も随分と更けてきた。
「……あ、」
ギルガルドの図鑑説明の文の中、情報収集の時に歴史書で見た覚えのある地図と王国の名前を見つけた。それで、納得した。オレは落としていた視線をギルガルドに向け、話しかける。
「……お前はこの場所を、城を守っていたんだな」
ギルガルドは驚いたように目を見開いて、少し考えるそぶりを見せて上下に揺れた。人や獣の形をしたポケモンとは違う動作だが、うなずいたのだろう。
昔、この場所はとても栄えた国の城があったと歴史書に書いてあった。しかし、国の繁栄も王の死後、転落するように崩壊したらしい。主がなくとも、守る城がなくとも、ギルガルドはここに居続けたのだろう。敬愛していた王が愛していたこの場所のために。それを知らずにツバタや土工事職人たちはここを掘り起こした。ギルガルドが怒って追い出そうとするのも無理はない。
この答えがわかった時、正直オレは困っていた。ギルガルドにも譲れない理由があり、建設業の方たちにも仕事という理由がある。どちらかに諦めて去ってもらうというのが一番手っ取り早いが、確実にどちらかが不幸になる。今の今までずっとここを守ってきたギルガルドも、きっと説得したところで先ほどのように縦には揺れないだろう。なにか、なにか双方が納得できる案は。ぐしゃぐしゃと土埃と汗にまみれた髪をひっかきまわす。どちらかに諦めてもらうなんて、そんなパッと考えただけの愚策にすがりたくはない。心配そうに覗き込むデルビルを横目に頭の中はぐるぐると回り続けていた。思考がまとまらない中、コツリと体に何かが当たる。サイコソーダの瓶をデルビルが咥えて差し出していた。こいつめ、また勝手にカバンを漁ったなと口を開いたが、何も言う気になれずサイコソーダを開けて一気にあおった。口の中をサイコソーダの炭酸と甘い香りが一瞬で満たしていく。
ふと、飲み会時のツバタの言葉を思い出した。それと同時に一つの案が思い浮かぶ。できるかどうかはわからないが、諦めてもらう案よりは幾分かマシだ。
ギルガルドにもう一度訪れる旨を伝え、その場を離れる。街のポケモンセンターに駆け込み、プラスルとデルビルを預けた。返すのは翌朝になると告げられ、そのまま併設の宿泊施設で受付を済ませ、そそくさと部屋へと入る。片付けもそこそこにオレはベッドに腰掛け所長へと電話をかけた。
『こんな夜遅くに連絡とは……さぞ、いい結果を聞かせてもらえるのかな?』
少し怒気をはらんだ声に思わず言葉が詰まってしまう。確かにこんなに夜遅くになるとは思っていなかったし、出発してから一切連絡しなかったオレの落ち度もある。
「心配させて、すみません」
『……すまない、さすがに意地悪だった。ここまで長丁場になったということは強いポケモンだったかな?やはり私も同行するべきだったか……』
「いえ、それには及ばないです」
『なら、どうして電話をかけた?応援要請だと思っていたから出る準備は整っているが』
「それとは別で、力を貸してくれませんか?」
先ほどまであった出来事と自分の考えを伝えた。この案を実行するにはオレ一人ではどうやっても力不足になる。所長は少し考えた後、面白い考えだね、と承諾してくれた。それを聞いたとたんにドッと体が重たくなるのを感じた。緊張の糸とアドレナリンが切れたのだろう。頭もぼんやりとする。スマホロトム越しに早く寝るといい、と所長が声をかけてきたのを最後にオレは泥の中を沈むように意識を手放した。
その騒動の後も所長を巻き込んでバタバタと奔走し、オレの考えは無事に現実となった。それからいろいろなことがあって地元を離れていたが、所長とツバタの博物館が完成したという連絡を受けオレは二年ぶりに地元の街へと戻ってきていた。久しぶりに見る地元の街は自分の覚えている街並みとは少し変わっていて物悲しさを感じた。そんな心境を吹き飛ばすかのような聞き覚えのある大声が聞こえてくる。
「サンザ~~~!!帰ってきてたのか~~~!!!」
「ツバタ、久しぶり。休みなのか?」
「いいや?これから現場に行くとこ!しっかしさあ~!」
ツバタはオレの肩に腕を回し、強引に肩を組んできた。連絡は何度かしていたが久しぶりの対面にテンションが上がっているのだろう。昔は煩わしかった行動を久しぶりに受けるのも悪くはない。酔っているときは変わらずに遠慮はしたいが。
「次!チャンピオンロードだよな!この二年でほんとに大躍進したよなあ!おれも鼻が高いよ」
「はは、まだこれからだよ。そういえばラカンは?あいつサラリーマンやめて今何してるんだ?」
「ラカン?ああ、ブリーダーの資格取るために勉強中だよ。ポケモンに関わるの苦手だったのになんでだろうな?」
「いい出会いがあったんじゃないか?」
「なるほど~~?これは近々飲み会開くしかねえな~~?」
「オレも聞きたいが……程々にしてやれよ?」
肩に乗せられた腕を下ろしてもらい、近況報告や昔話などちょっとした会話に花を咲かせていると、後ろのほうからリーダーと呼びながら誰かを探している声が耳に入る。それが聞こえたとたん、ツバタは焦った表情を浮かべた。
「……お前今、リーダーなのか?」
「まーな!躍進はお前だけじゃねーってことよ!」
ツバタは胸をドンと叩き得意げな表情を浮かべる。また飲みに行こうぜとツバタはオレに手を振って呼ばれた方へと走っていった。オレも早く行かなきゃと博物館へ向かう足を速めた。
博物館への入場料を払い、指し示された順路通りに歩を進める。館内マップを見ると、どうやら一周して戻ってこれる構造のようだった。入ってすぐの大きな展示スペースには展示物が無く、これから搬入されるのだろうか、解説パネルが置かれているがその説明を見る人も少ないまま次の展示へと流れていた。オレも後で見るつもりで解説パネルをスルーし人の流れに沿って歩く。
展示スペースには、王国の歴史が書かれた解説パネルと出土品が等間隔に並べて展示されていた。歴史書に書かれていた解説に加え、新たな説も提唱されていて見ごたえがあり、歩く速度が遅くなる。王冠やポケモンに着ける鎧のレプリカなど大きいものから小さいものまで用意されており、展示の一部では子供や小さなポケモン向けに背比べのパネルが置かれていたり実際に触れるレプリカの展示もあったりした。小さな子供が父親に抱えられながら鎧のレプリカに触れて楽しそうに笑っているのを見て、こちらも嬉しくなる。順路を進むと絵画や彫刻品などの美術品も展示されていた。絵画の中に胸を張った優しそうな王様がギルガルドとともに描かれているものが目を引いた。とても小さなキャンパスに描かれたもので作者も無名だが、かつて栄えていた国の王の姿がはっきりと残っているのは貴重なものだろう。どこで見つかったのかを知りたいのか、絵の隣に置いてある解説パネルを隅々まで見ている人が複数人いた。少しすると学芸員のお姉さんが近寄ってきた。そのまま咳ばらいをすると、バチュルを散らしたように解説パネルの前に陣取っていた人はいなくなった。その一連の流れを見て思わず吹き出しそうになったので美術品の展示場から足早に退散する。
館内を一通り見て回った後、入り口近くの展示スペースに出た。先程まで空っぽだった展示スペースには見覚えのある金色の大きな剣と盾が静かに佇んでいた。オレと同じぐらいに入り、一周して戻ってきた入館者たちは突然現れた大きな剣と盾に目を白黒させていた。
解説パネルに近寄り、書かれているギルガルドの説明を流し目で軽く読んだ後に顔を上げるとパチリとギルガルドと目が合った。微笑みながら手を振るとギルガルドの目も弧を描いて布の手を振り返してくれた。それを見て子供たちがぱあっと表情を明るくしてギルガルドの展示スペース前に近寄り、大きく手を振ったりくるくると展示スペースをまわったりとギルガルドの反応を待っていた。
ギルガルドは手を振る子供に振り返したり、くるくる回る子供たちを目で追ったりと忙しそうに、それでいて楽しそうに対応していた。オレが大変な思いをして成し遂げてできたこの光景に、なにか感慨深いものがあった。オレが探偵助手として受けた依頼は、最初で最後の奮闘劇はこんなハッピーエンドで幕を閉じた。
かつて孤独に城を守っていた気高く優しい近衛兵は、今日も人の笑顔を守っている。
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