暇潰しに砂を被った空き缶や、汚れた雑誌を引っ張り出す。幾つか拾ったそれらを小脇に抱えながら、春日はハンが向かった店の方に目をやった。まだ戻ってくる様子は無い。春日のいる海辺から店内の様子は見えないが、おそらく混んでいるのだろう。ハワイは今日も天気が良くて、何もしていなくても汗が流れる。恋人と同じように飲み物を買い求める客はきっと多い筈だ。
「あっちぃな〜...」
暑いからといって、泳ぎながらハンが戻るのを待つのは流石に気が引ける。日中の海にはまだ人が多く、向こうはこちらを見付けにくいだろう。実際ハンから飲み物を買ってくると言われた直後、あまり動き回らないよう念を押された。
「お兄さーん!」
それなりに集めたゴミをリサイクルショップへ渡し、元いた辺りへ戻る途中で声が聞こえてきた。あまりの声量に思わず春日が振り返ると、自分と同じくらいの背丈で金髪の男性が一人、駆け寄って来る。年齢的にはハンと近いか、それよりも若いくらいだろうか。周囲を確認するが、男性と知り合いらしき他の『お兄さん』は見当たらない。面識の無い現地の男性に春日は首を傾げた。
「…俺かい?」
「勿論!」
言うが早いか男性は春日の両手を取り、自分の手で包み込むように握る。
「良かった…!やっと会えた!」
「はい?」
再び春日は首を傾げる。過去に会った事があるかのような口ぶりだが、この男性に見覚えは無い。覚えていないと正直に言うのも失礼に思えるような熱意を向けられ、春日は言い淀んだ。
「あ…俺、このビーチで熱中症になりかけていたところを貴方に救護された者です!」
数日前にライフガードの仕事を手伝った時に会った事があるらしい。話を聞いても尚、顔も思い出せないが納得はした。あの日は要救護者が多く、ひたすら浜辺を駆け回っていた。一人ひとりの名前を聞く余裕など全く無かったから記憶に残らなかったのだろう。
「あの時は助けて頂いてありがとうございます!どうしても貴方にお礼がしたくて探してたんです…!」
「ははっ、気にすんなよ。それに礼ならライフガードの皆に言ってやってくれ」
自分はあの時たまたま手伝っただけだ。彼の感謝は今日も熱心に仕事に勤しむ人たちにこそ向けられるべきだろう。握ったままの手をそろそろ離してもらおうと春日が手を引くと、負けじと男性は握り返す。困惑を示すように苦笑いを浮かべるも、通じていないのか爽やかな笑みを返された。
どうやら、ちょっとやそっとの力では解放してもらえそうにない。しかし、敵意の無い人間に暴力は振るいたくない。両手を握られたまま春日は視線を彷徨わせた。ハンが戻ってきた時にこの光景を見られては不味い。嫉妬深い恋人は確実に不機嫌になる。
「あのー…兄ちゃん。そろそろ良いかい?」
「これからお時間良いですか⁉宜しければお礼も兼ねて一緒に食事でもどうです⁉」
人を待っているんだ、と春日が告げる前に男が割って話す。
「い、いや…遠慮する」
食い気味に尋ねられ、春日は冷や汗をかいた。確かにそろそろ昼食に丁度いい時間だが、そこまで気を遣われる程の事はしていない。勢いに気圧されたせいか、男は春日の返事を気にもせず、横に並んで肩を抱いてきた。
「あ、おいっ!」
流石の春日も語気を強める。手を引き剥がそうとした瞬間、男が悲鳴を上げた。
「痛ででででっ!何だよテメェ!」
先程までの丁寧な口調は完全に崩れ、男は自らの腕を後ろに捻る人間を睨み付ける。突如現れた銀髪の人間──ハンは男に蔑むような視線を向けると、男の腕を粗雑に解放した。
「失礼。私の恋人に不届き者が触れていたので、つい」
「はぁっ⁉…チッ、男いたのかよクソが」
恋人、という言葉に悪態をつくと、男は捻られた腕を摩りながら逃げるように立ち去った。男の背に向けてハンが何やら母国語を呟いていたが、恐らく綺麗な言葉ではないだろう。
「…あー、すまねぇ。助かった」
「全く…貴方はどこに行ってもモテますね」
「……悪かったな。代わりに何か飲みモン買ってくるからよ」
反論を呑み込み、春日は話題を逸らす。男の腕を捻り上げたハンの手には、当然ながら何も無い。恐らく購入前に恋人が絡まれている事に気付き、そのまま駆け付けたのだろう。
「ああ、その必要はありませんよ」
ハンは春日を制すると、少し離れた位置でこちらを見ていた女性に近付いて行く。両手には二つのペットボトル。日本人らしき女性と簡単な言葉を交わし合ってそれらを受け取ると、ハンは春日の元へ戻って来た。
「あちらの女性に預かってもらっていたんです。どうぞ」
「…へー」
差し出されたペットボトルを貰い、春日は密かに女性の方を見やる。暑さの所為か、別の理由か、熱に浮かされた顔でハンを見詰めていた女性は、春日の視線に気付くと慌ててその場を離れていく。
「…あんたが言うなよ」
先程は呑み込んだ言葉を零しながら、春日はペットボトルの封を切った。
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