望月 鏡翠
2025-09-28 01:59:57
838文字
Public 日課
 

#1856 霧中

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 平生であれば、ただの荷運びの人足には帰ってもらって良い場面だ。しかし彼にはまだ役目が残っていた。萬木は偵察の期間を往復三日と定め、食料を残して出発した。
 身軽になって一人で山を歩くのは気楽だった。ようやく解放されたという気分にすらなった。
 証言が確かなら、妖怪は体が大きく空を飛んでいる。上から見えないように開けた場所や水場に近づくときは特に注意をして、最初に捕まえた獲物の血と獣のフンを燃やした煙で人間の体臭を消した。
 方角を見定めながら進むので、相変わらず霧の濃い時間帯は進むことができないが、夜は星が見えていれば行動できる。
 人里から離れた山奥にいけば、獣は警戒心が薄れるものだが、この辺りの獣はまだ用心深い。しかし少なくともこの辺りの森の中に、大型の肉食獣の生活の痕跡は残っていなかった。
 山間に人の影を見つけたのは、二日目の早朝のことであった。
 霧が深く、晴れるまでは身動きができなかった。
 獣を警戒し、火を焚くこともできないので、樹上で外套を羽織って夜気を凌いでいた。見通しがよくなってから出ないと、地面に降りることすらできない。
 人間は殊更に目がよく、他の感覚が鈍い生き物だ。せめて目だけは十分に光らせておかなくてはならない。
 その人物は霧の向こうにいた。
 最初は見間違いと思った。人は不安だとありもしないものを見る。萬木は狩りの最中に不安を抱いているなどと思ったことはないが、己への過信はしないようにしている。
 心を惑わす獣もいる。盲信は危険だ。
 よくよく見定め、それが枯れ木や芒の枯れ尾花などではないことを確かめた。少なくとも丸い頭があり、動くものだ。
 人足がついてきたなどとは思わなかった。あの男は、ここまで追いかけてくることができるような能力はない。このような山奥に人がいるとしたら、狩人か妖怪以外にあり得ない。
 目的地はまだ先にいるつもりでいた萬木は、そっと弓矢に手を這わせ火が登って霧が晴れるまで辛抱強く待った。