mlkmirm
2025-09-28 01:10:56
10276文字
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The heart beats.


 ぴぴぴ……!ぴぴぴ……
…………うるさ」
 スマホのアラームが、新しい朝が来た事を知らせている。爆音のそれのせいで一瞬で目が覚めた。
 元凶を止めるべくぱたぱたと手探りでスマホを探す。…………見つけた。で、適当に真ん中よりちょい下をタップする。どこだ?こっちか?……あ、止まった。これでオーケーだ。
 あーあ、良い夢見てたのに。
 鼻から空気を肺いっぱいに入れて、吐く。重い瞼をよいしょと開けたら、朝の光がカーテンの継ぎ目から滲み広がっているのが見えた。今日も晴れだな……
 むくりと起き上がって、軽く伸びをする。そのまま手を伸ばしカーテンを開けて窓を開くと、秋の涼しい風が部屋に入ってきた。そこでやっと、それまで寝ぼけていた頭がしゃっきりと覚醒していくのが分かった。

 俺の名前はナツキ・スバル。二度目の異世界転生を果たした、高校二年生の優良男子だ。これから両親に挨拶をし、朝飯を食った後、普段通り学校へ向かう。
 前世では権能という力を授かり、仲間達と共に敵と戦ったり異世界ライフを満喫したりとしていたが、今世では本当に普通のそこら辺に居る学生だ。それなりに真面目に授業を受けて、同級生のやつらとふざけて、部活……はしてないけど偶にバイトなんかをして小金を稼いでいる。
 あの世界で関わったやつらには、こっちの世界では誰とも再会していない。だが、こうして記憶を残したままあの頃と同じ名前、同じ容姿で生まれてきたのにはきっと何か理由が有ると思い、いつか皆と再会出来る日を心待ちにして日々を過ごしている。
 ……前世での恋人は今でも夢に出てくる。いや、夢にまで見る程恋焦がれているって言った方が正しいかもしれねぇ。今日だって、アラームに邪魔されなきゃ、もう少しだけあいつと話が出来てたのに。
 ああ、もう一度会えたら……って、毎分毎秒思ってる。会いたい、……会いたい。うっとりと、じっくりと、あの青色に見つめられたくて、仕方がないんだ。
 ……はは、まあ、これだけ願っても現れちゃくれねぇんだけどな。

 パジャマを脱ぎ捨て、ワイシャツに腕を通す。続いてスラックスを履いてベルトをして、ベストを着た。
 ……さて、行くか。着替えを手早く終わらせた俺は、教科書の入った鞄と脱いだパジャマとを手にして自室を後にした。



 高校は家からの距離で選んだから、チャリを五分くらいかっ飛ばしたらあっという間に着いた。ホームルームの十分前で、皆席に座り出している。
「ナツキ、おはよー」
 通路を挟んで隣の席のやつがかったるそうに挨拶をしてきた。欠伸なんかして、どうせ夜更かしでもしたんだろうな。
「おう、おはよう」
 その後は、一限目から体育って鬼じゃね?とか言って話を始めた。向こうからは昼イチよりかはマシだけどな、と返ってきた。確かにそうだ。
 こうやって中身の無い会話をする関係のやつはそれなりに出来た。……つまり、前世のように学校でのコミュニケーションにおいては失敗したりしなかったというわけだ。深く考えなくともそれは全部あいつらとの時間のお陰というのは、言うまでも無かった。。
 ガララ……、といつもより少し早く教室の前方の扉が開いた。いつもは時間丁度なのにどうしたんだろう。
 入ってきた担任は早々に笑顔で口を開いた。
「皆、おはよう!今日は転校生を紹介するぞ!」
 教室中がざわついた。
 こんな時期に転校生とは珍しいな。
「はい、静かに!じゃあ、入ってきてー」
 先生の言葉の後直ぐに、てくてくと、緑のリュックを背負ってそいつは現れた。
 俺は、完全に目を奪われてしまった。扉を潜って教室に入ってきたその灰色に。緊張したようなその表情に。胸の中に愛しい感情がぶわわっと溢れる。
「転校生の、オットー・スーウェン君だ。先月まで母国のイギリスで暮らしていたんだが、この度お父さんの転勤で日本に越してきたんだそうだ。まだ日本語には慣れていないから、皆親切にしてやってくれ」
 我慢出来ず、がたり、と椅子を引いて立ち上がった。
「ん?ナツキ、どうしたんだ?」
 教卓の横に立つオットーがナツキ、という名前、そして行儀良く座っている大勢の中一人立ち上がった俺に反応を示す。
「オットー!!」
 俺は堪え切れずに大声でかつての恋人の名前を呼んだ。そのまま、足早に教卓の横、オットーの方へ近付いて真正面からぎゅうっと抱き付いた。やばい、すげぇ嬉しい!!
『ナ、ナツキさん?!どうしてここに?ああ、神様、貴方って人は本当に……!!くそ、めちゃくちゃ会いたかったですよ!っ…………!元気そうで良かったです!』
 あ、お前って英語で話すんだな。やっと会えたのに、何言ってるか、全然分かんねーわ……
 中学英語で白旗を振った俺には、凄く流暢で美しい発音のNatsukiという単語とその後の……多分、何でここにいるんですか?的な事を言っているんだろう雰囲気の言葉しか聞き取れなかった。
「何だ、お前ら知り合いか。丁度良いな。スーウェンはナツキの横の席に座りなさい。……それとナツキはホームルーム中に席から勝手に立たないように」
 怒られてしまった。周りから茶化されて、思わず抱き付いちまった事への羞恥が遅れてやってくる。
 そんな事よりも、先生が示した俺の隣は前回の席替えで余ったから偶々空席だった。いや、本当に丁度良いな?!これが神様の悪戯ってやつ?
 俺に手を引かれながら着席したオットーは、こちらを見てとても嬉しそうな顔をしてはにかんだ。青い瞳が、とても綺麗だ。
「よろしくおねがいシマス。ナツキサン」
 カタコトの日本語で声をかけられ、記憶よりも一回りか二回り小さな手を差し出される。
「おう、よろしくな!オットー」
 がしっと手を握った。ペンだこが無いその手から温かい体温が伝わって、こいつが夢でも幻でもない事が再確認出来た。泣き出しそうになるのをぐっと堪える。
「二人とも、お喋りは休み時間にしろよー」
「はーい」
 手をぱっと離し、オットーにウインクをする。後でな、の合図だ。多分伝わっているだろう。
 また先生に注意される前に、俺は前を向き直した。
 普段はそこそこちゃんと聞いてるホームルームだが、今日は隣に居るこいつのお陰で集中力が掻き乱され、九割頭に入ってこなかった。

「スーウェン君って、格好良いね!スポーツとかやってた?」
「その髪って地毛?ふわふわで天使みたい」
………………っ」
 ホームルームが終わると同時に女子達がオットーに群がった。けっ、外国人ってだけで集まるミーハーどもめ。
「お前ら、一限体育なんだからとっとと更衣室行けよ。オットーも困ってるだろうが」
「あっ、ごめん。スーウェン君」
 ごめん、という単語と女子達の表情からオットーは察したらしく、
「だいじょうぶデスヨ。でも、すこしだけ、ゆっくり話してくだサイ」
 と返していた。
 さっきのこいつらのマシンガントークに唖然としていた姿を見るに、多分俺の英語力と同じくらいしか日本語を理解してないんだろうな、と思った。
「ナツキサン?」
 ぐい、と手を引いて立ち上がった俺にオットーが不思議そうな顔をした。
「次、体育だから、お前も行くぞ」
…………?」
 理解していないオットーに俺は鞄から体操着を出して見せ、体育、だから……、スポーツ?って言えば通じんのか?と思いながら、
「えーっと、スポーツだ!スポーツ!トゥ、トゥギャザー?」
 と言うと理解してくれたみたいで、こいつは直ぐに顔色を明るくした。
「OK!いっしょ、行きまショウ!」
 あ、意外と話せてる。……嬉しいな。


 十月の体育はサッカー月間だった。今日もその予定だ。着替えてグラウンドに集合すると各々ストレッチを始めた。
「オットーってさ、日本語上手だな」
「ありがとうございマス。すこし、日本ごがっこうを行ってマシタ」
「日本語学校に、な」
 肩を回しながら訂正を入れる。オットーも俺の真似をしてぐるぐると肩を回した。
「ナツキサン、あとデ、少し話したいデス」
「ん、俺も。でも俺らって学生だから授業はちゃんと受けないといけねぇんだよ」
「ン……?えっと、もうすこし、ゆっくり……
 あっ、早口で伝わらなかったか。つーか、当たり前だけど言霊の加護はもう無いんだな。
「あー……、何でもない」
 少し寂しくなって、ふくらはぎを伸ばしながら軽くそう返した。英語、今からでも勉強したらお前と対等に話せるかな、だなんて思った。

 授業の最初に軽くグラウンドの周りを数周走った。特に何の言い合わせもしていなかったのにオットーは、ずっと俺の横で並走してくれた。息一つ切らさずに。武闘派内政官としての名残は有るらしい。まあ、俺もあの頃の運動神経を受け継いではいるんだけど。
 その後はパス練をしてから、チーム分けして実践をした。青チームと赤チームで分かれて、俺とオットーは赤いビブスを身に付けた。
 結果から言うと、最っ高だった。
「ナツキサン、パス!」
 ボールを持った俺が敵チームのやつらに囲まれていた時、隣にさっとオットーが来た。俺はこいつなら何とかしてくれるという気がして、とん、とボールを渡した。すると……。何人もの敵チームのやつらをぐんぐんと抜き去って、ド派手にシュートを決めやがった!その調子でオットーは仲間をサポートして、俺達のチームは圧倒的な点数差で勝ち星を上げた。
「オットー、すげぇじゃん!!」
 思わずまたハグをしちまった。早くも癖になってきてる。
「あは、ちょっと、つらいデス。どいて」
 その言葉に思わず、ばっ、と距離を取った。えっ?もしかして嫌がられた?
……わりぃ」
「??わりぃ、って何デスカ?」
 笑顔でオットーが質問してくる。
……何でもない。ごめんな。オットー」
 こいつの肩をばしばし叩き、誤魔化して、そのまま並んで更衣室へ向かった。
 よく考えたら唯の誤表現なんだろうけど、びっくりするほど傷付いた。あぁ、もう。これくらいでくよくよすんな、ナツキ・スバル。


 その後のオットーについてだけど、二限目の古文はどうやらちんぷんかんぷんだったらしく、ノートを取るのさえ難しそうだった。まあ、そりゃそうだよな。
 俺はノートの一番後ろのページをちぎって、限界ギリギリまで頭を使ってこいつに言葉を書き殴った。
 I love you.とか、I'm happy to meet you again.とか、Where do you live?とか。
 古文は得意だから、少しくらい聞いてなくても平気だ。だから俺はそんな言葉を並べて、隣で黒板とノートを見比べているオットーにずいっと手紙を渡した。すると、少し嬉しそうな顔をしてシャーペンを握り直し、何やら考えて返事を書いてくれているみたいだった。返ってきたのは。
 ぼくも、大すきです。あなたにまた会えてうれしいです。いえはえきのちかくです。
 主に平仮名で書かれているが、沢山練習したのであろうその文字は読み易く、こいつの性格が現れているなぁと思った。
 俺の英語力が無さ過ぎて直ぐにこの文通は止まった。だがどうしてもこいつと会話したかった俺は、簡単な日本語だけを使って思いを伝えていった。オットーは分かる言葉だけ返してくれて、分からない言葉は赤ペンでぐるっと囲んでハテナマークを書いてくれたから、俺はこっそりスマホを開いてググってはそれに返事をした。途中何度か先生と目が合って、実は少しだけ肝を冷やした。

 三限目は数学。
 問題文が日本語なのを除けば、数式は簡単に解けるみたいで、オットーはさらさらとこなしていた。やっぱこいつって頭良いんだな。ちょっと格好良いじゃんと思った。
 ある程度の解説が終わった後、問題集を手にした先生が適当に出席番号で生徒を当てて、答えを黒板に書きに来いと言った。俺は運悪く当たった。解けなくて首を捻っていると、オットーはどれデスカ?と聞いてきて、答えを教えてくれた。ちょっとじゃねぇわ、すげぇ格好良い。

 四限目の英語は言うまでもない。本読みを先生なんて足元にも及ばない流暢さでこなした瞬間、教室中から歓声が上がった。オットーは、書いてある文章を読んだだけで凄い凄いと言われたものだから、少し照れくさそうにしていた。
「オットー、格好良かったぜ」
 と言うと、目を細めて嬉しそうに、
「ありがとうございマス」
 と返された。
 ちなみに授業の内容は一切理解できなかった。一体何語で話してんだよ、こいつら。あ、英語か。
 帰ったら中一からの教科書を引っ張り出そう。そうしよう。


 あっという間に午前中の授業は全て終わった。これから五十分の昼休みだ。
 また女子達が集まってくる前に、場所を移そう。サッカー部のやつらもこいつを勧誘しにくるかもしれない。
 ……そうだ。間違いなく俺は、こいつの事を独り占めしたいと思っている。当たり前だ。夢にまで見た最愛の人なんだから。
「オットー、行こう」
 弁当を持ってオットーに声をかける。
「はい」
 こいつもコンビニ袋を手にし、俺達は中庭へ移動した。

「会いたかったよ、オットー。まじで、夢にまで見たっつーの。でも何で外国人?いや、お前の名前的に日本人では無いんだけどさ」
 弁当を食べながらべらべらと喋る俺の言葉を聞き取れなかったオットーは、サンドウィッチを食べる手を止めてこう言った。
「ナツキさん、もう一どおねがいシマス」
…………、ごめん、何でもない」
 駄目だ、分かってるのに泣きそう。何で俺の気持ちが伝わらねぇの?やっと会えた恋人なのに?
 すると、オットーは少しイラついた顔で、
『さっきから!NANNDEMONAIって何なんですか!どういう意味で言ったらそんな悲しそうな顔をするんだ!ゆっくり話してくれたら僕だって少しは理解出来るんですよ!それなのに!……会えて嬉しいって言ってくれたのは貴方でしょう。僕も嬉しいんですよ。クソ!言葉が伝わらない!!あぁ、もう!イライラする!!』
 と言った。「何でもない」だけ聞き取れた。でも、残りは全然分からない。怒っているんだろうか。どうしよう。少し涙が滲んできた。
『あぁ、ナツキさん、泣かないで。……くそ、こんな時、日本語では何と言えば』
 かと思えば焦った顔でこちらを見てくる。俺に気を遣おうとしてくれているらしい。
 オットーは急に、ばっと辺りを見渡した。俺もつられて周りを見た。今日の中庭は俺達二人の貸切のようで、他に二つ有るベンチには誰も座っていなかった。
 オットーが俺の弁当箱と箸をそっと取り上げて、ベンチに置いた。そして……
 ぎゅっ!
「オットー?!」
……すきデス」
 切なくなるような声色だった。
 身体に巻き付いた腕の力が心地良い。
 そのまま、背中をゆっくり優しく摩られた。
「えっと……、かなしいしないで、くだサイ」
…………うん、もう、大丈夫。……ふふっ。俺も好きだよ、オットー」
 二人で抱き合ったまま、好き、好きと静かに言い合った。それは、俺らの知ってる言葉で一番愛を伝えられる言葉だった。他に何の言葉も要らなかったけど、何回かに一度は名前も呼び合って、お互いの存在を確かめた。

 何度目かの好きの後、胸の中が満たされていくのを感じた俺は、そっとオットーの腕の中から離れた。
「ごめん、勝手にお前の言葉遮って。そんなの友達じゃないよな」
 こいつはまた困った顔で首を傾げた。そんで、直ぐにぱっと話し始めた。
「あなたの……、あー…………。Has this world been kind to you?」
「ごめん、分かんない……
 オットーは少し考えた後、息を吸い込んだ。
「Are you happy now?」
 ゆっくりと聞き取れるように丁寧にそう言って、視線を絡めてきた。それくらいの英語なら、俺にでも分かる。
「オフコース……。アンド、ユー?」
「っ……あなたと会えないくて、ずっとさびしかったデス。でも、また会えて本当にしあわせデス」
 お互い精一杯相手の言語で話そうとしてるのに、言いたい事の一割も伝えられなくて、じれったい。気持ちばかり先走っちまう。くそ……、ドラえもん来てくれよ。翻訳こんにゃく出してくれよ、まじで。
 ああ……、でも、こんなに言葉が通じないのに、間違いなく心だけは通じている気がして、……俺は勝手に嬉しくなった。



 キーンコーン。
 帰りのホームルームが終わった。俺は週末の課題をわんさか鞄に詰め込んで席を立った。
「オットー、帰ろうぜ」
 こいつの家は駅の方だって言ってたから、俺の家を経由して帰ってもそう遠回りにはならない筈だ。やっと再開したんだから、少しくらいいちゃいちゃしたい。
「はい。帰りましょうカ」
 オットーもリュックに教科書類を片付けて立ち上がった。
 周りのやつらに適当に挨拶をする。隣に居るこいつも、俺を真似てさよならと言いながら教室を出た。
「俺の家、近いから一緒に来てくれよ」
 なるべく簡単な日本語で話しかける。オットーはぱあっと笑顔で縦に首を振った。

「ただいまー」
 鍵を開けて家の中に入る。中は真っ暗だ。ぱちり、と電気を点ける。
 二人ともまだ仕事してんだろうな。いつもは六時過ぎにお母さんが帰ってくるから、それまでは二人っきりだ。
「ん?上がれよ」
 玄関で立ち止まっていたオットーに声をかける。
「あっ、はい……
 こいつはするりと靴を脱いで、俺の靴しか無い玄関の床の端にわざわざ寄せて並べた。生真面目な野郎だ。
「俺の部屋こっちな」
 とん、とんと階段を上がりながらそう言った。二階の廊下の電気も点ける。これで、良し、と。
 一番奥の部屋に着いた。がちゃりとドアノブを回して引く。ここが七畳ある俺の私室だ。
 先にオットーを部屋に入れて、俺も続けて入り、後ろ手でドアの鍵を閉めた。
 適当に鞄を放る。こいつにも身振り手振りで同じようにしろと促す。リュックを背中から下ろして床に置いてください、だなんて英語は知らねぇ。
 俺のジェスチャーが通じたようで、とさ……とオットーは俺の鞄の横にリュックを下ろした。
 そして、俺達は二人でベッドに横並びに座った。
「オットー、ぎゅってして良いか?」
 上目遣いでオットーを見つめる。こういう時俺が何を言うのかを、完全に分かっているオットーだから、言葉が分からずとも頷いてくれた。
 ばっ!と手を広げてオットーを迎え待つと、ふっと笑いながら抱き締めてくれた。
……My dearest one」
「ん?何?」
「ふふ、何でもないデス」
 あっ、こいつ、さっき覚えた日本語を早速使ってきやがった。
 とまあ、どれくらいそうしていただろうか。少なくとも十分かそこらはただ無言で再会の喜びを分かち合っていた。そして、長い抱擁の後、俺達はベッドに上がった。
 お互いがお互いの瞳を見て、手を握り合う。もう十月の気温なのに、じっとりと汗ばんだ手が二人の興奮度合いを表していた。
 こいつの青い瞳の奥がごうごうと燃えている時、俺は俺で身体の中のこのどうしようもない熱と戦っていた。
「ナツキサン……
 ついにオットーが動いた。そっと右手が離される。そして俺の頬にその手を添えた。分かっていた行動なのに、ぴく、と反応してしまう。
 そのまま真剣な顔が俺の顔に近付いてきて、俺はもう目が離せなかった。……あ、もう、唇が当たる。
「スバルー!帰ったわよー!!」
 ぐいいっ!!と反射的にオットーを遠ざけた。
 どっどっどっ!と鼓動が煩い。どうやらお母さんが帰ってきたらしい。
 落ち着いて頭を回す。まず声は一階の方から聞こえたし、それに部屋には鍵を掛けてあるから、俺らが何してるかは分からない筈だって今更ながらに理解した。……オットー怒ってねぇかな。
 ちらりと顔を疑うと、想像とは違った顔をしていてびびった。何その顔、えろ……
『さっき鍵、掛けてましたよね?やっと会えたんだ。一度くらいその唇を味わわせてください』
 えっ、何?また距離詰めてきたんですけど!お母さん、帰ってきたんですけど!?
 ちゅっ♡
「んむっ♡」
 その瞬間、ぽろっと涙が溢れた。無理矢理されたから、とかじゃない。この気持ちは多分、安心とかそういうのだ。ふに、ふにと角度を変えて唇が押し付けられる。
 最高の多幸感に支配された俺は、完全に無抵抗でこいつの舌を受け入れた。
 ちゅる、れろ、ちゅうっ……
「んふ……っ♡……ふ、ぅん…………♡」
 とん、とん、と階段を上がる音が聞こえる。
 それに気付いたオットーは、今度こそ俺から離れた。
 涎でまみれた口の周りを手の甲で擦る。そして。
「スバルー?お客さん来てるの?」
 ドアの前からお母さんの声が聞こえる。
「お帰り、お母さん。っそう、親友が来てるんだ!!だから、もうちょい二人で話させて」
「嘘!スバルに親友?!お父さんに報告しなくっちゃ!絶対後で紹介してよね」
 そう言ってお母さんはまた階段を降りて行った。
「何ていってましたカ?」
……お前の事を紹介……、あー、名前とか教えてくれってさ」
「分かりマシタ」
 オットーがリュックを担ぐ。
「えっ、もう帰っちゃうのか?」
「今日は、ナツキサンのお母さんにあいさつをして、帰りマス」
 しょも、と俯く俺の頬にこいつは軽くキスをして、こう言った。
『それに、これ以上すると我慢出来なくなりそうでしたから。これからはずーっと一緒ですよ、ナツキさん。また二人で生きていきましょうね。貴方の事、他の誰にも渡しませんし、どんな障害からでも守ってみせますから。ふふ、日本語なんてと思ってましたが、貴方が関わっているなら一瞬で覚えてやりますよ!だから、それまでは』
「何?何?急に饒舌になるなよ!俺分かんないって!」
 ハテナマークでいっぱいの俺を、目の前の恋人は愛おしげに見つめた。
「ナツキサンが、すきってことデスヨ♡」
「あー、俺も好き……、って本当にそれだけか?」
 軽く肩を叩かれながらそう言われて、俺も流れで同じ言葉を返した。

 お母さんは初めて俺が友達を連れてきて、しかもそれが外国人という事でいたく驚いた。
「スバルと仲良くしてくれてありがとね〜。気をつけて帰るのよ!」
「はい。おじゃまシマシタ」
「オットー、また月曜日な!」
「ええ。さようなら」
 手を振って別れて、俺はその背中が見えなくなるまで見守った。
 あっ、連絡先とか聞けば良かった。




 週明けの月曜日。
「ナツキさん、朝ですよ」
 ぐいぐいと肩を揺さぶられる。
 アラームよりも早く俺を起こすのは誰だ!
「ああ、眠り姫にはキスをすれば良いんでしたっけ」
 あれ、俺、まだ夢見てる?俺のオットーがこんなに日本語を話せるわけがない。なら、もう少し寝てて良いか……
 ちゅう♡
「んなっ!!オ、オットー?!」
「はい♡貴方のオットーですよ」
「何でここに??つーかお前の話し方……!!」
 一瞬で飛び起きた俺を見て、オットーは声を上げて笑った。
「あははっ!やっと起きた!ナツキさんのお母さんが部屋に上げてくれたんです。ふふ、迎えに来たんですよ。一緒に学校へ行きましょう?」
「ここにいる経緯は分かったけどさぁ。何かめちゃくちゃ日本語上手になってない?お前……
「勉強しました!」
 ウインクがばっちり決まってる。そうか、勉強したのか。こいつの頭が良過ぎるのか、言霊の加護の搾りかすでも有るのか、それとも愛の力なのか……。俺としては一番最後のやつを推したい。
「俺の言ってる事、分かる?」
「勿論です」
「ふふ、まじで?」
「まじです。僕、大好きな貴方にだけは嘘、吐きませんから」
 誇らしげに言われた。ここまでのこいつの日本語で間違ってるニュアンスは一つも無い。
 俺はベッドから立ち上がって口を開いた。
「オットー、あのさ、お願いが有るんだけど良いか?」
「はい!何なりと!」

「俺にも、英語教えて」

 お前の世界の言葉を、俺も、使ってみたい。

「Of course!!」


 二人して俺の家の玄関を潜る。
 今はホームルーム三十分前。俺は愛車のチャリの横を素通りして、こいつと二人で学校へと向かうのだった。
「ね、今日の帰りは僕の家に寄ってくれませんか?」
「ええ〜、お前絶対やらしい事してくるじゃん。もぉ、スケベ内政官はこれだから……
「しませんって!実はペットで爬虫類を飼ってまして……
 だらだらとどうでも良い話をしながら、一緒の歩幅で俺達は歩いた。
「えへへ、またナツキさんに会えて、本当に良かった」
「んふ、俺も。色々ありがとな、オットー。これからもよろしく」
「こちらこそ。末永くよろしくお願いします」
 難しい言葉知ってんなと思いつつも、とりあえず隣に居る友達兼恋人の肩をばしっと叩いてやった。
「いたぁっ!」
 

 今日、改めてまた俺の心臓は、動き出した。
 次に止まるまで、こいつと沢山話をしよう。