望月 鏡翠
2025-09-27 22:44:38
885文字
Public 日課
 

#1854 出立

#毎日最低800文字のSSを書く


 萬木は荷運びの人足を連れて、街を出た。
橋の下で屯しているような何も知らない男だが、この仕事にはむしろ都合がよかった。
 風呂に入っていない体臭も、宿に断られることもさしたる問題ではない。これから山奥で風呂も酒もなく過ごすのだ。
 村の場所を調べてきた男は、そこが狩人の組合によって封鎖されていることも、調べてきてくれていた。
 道はないが封印を見つければ、そこが目的地ということになる。わかりやすいのはいいが、組合の連中に露見したら妨害が入るだろう。
 出発するときにあの狩人の知人の男のことが頭を掠めたが、あえて口止めはしなかった。勘の働く男ではないし、彼ら組合に所属している狩人たちは、野良の狩人とは全く営みを別にしている。噂をすれど、その獲物や目的地について語るほど興味を持っていない。
 口止めをすれば、むしろどうしてなのかと興味を引くだろう。彼は蕎麦屋を紹介したところまでしか知らないのだから、そのままにしておけばいい。
 秘匿したいのであれば、気取られるよりも前に移動すれば良い。一人身の狩人の身軽さとはそういうものだ。
 村は北西にあった。
 雪の降る地域のようで、冬になる前に狩りを終える必要があった。葉を落として見通しの良くなった森は獣を狩るには有利だが、相手が妖怪であるとき、こちらも狩られる側だ。
相手は獣に似ることもあるが、天を飛び、怪しい術を使い、ときに人に化ける。言葉を交わすものをあるという。
 それらを前にして、人が取りうる最も有効な手段は、こっそりと近づき、気づかれる前に仕留めることだ。
 萬木は優秀な狩人である。
 道中、ウサギや雉子などとって精をつけながら北に向かった。
 道中、会話はほとんどなかった。
 下手に言葉を交わせば情が湧く。家族の消息や心残りなど聞いてしまった日には、その先行きが気になってしまう。
 幸い男は、あまり過去を話したがらなかった。
 浮浪者のような生活に身を落とすに至る経歴など、自分の息子ほどの年齢の、もっと稼ぎのあるものには明かしたくない。
 そう思うだけの自尊心が残っていたのだろう。