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asahito
2025-09-27 21:41:52
9507文字
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snakebite⑤
前作駒草太夫の現パロのお話はこちら⇒
https://www.pixiv.net/novel/series/7583585
東方キャラが現代にいて、普通に人間として暮らしてたらを書いたお話です。
阿梨夜さんとユイマンが一緒にお風呂入ってて、ふたりとも明日が休暇です。
「うちの実家の方のお酒?ネットで探せばあると思うけどどうしたの」
「
……
あのバーの店主にお詫びの品として持って行きたくて」
地方のお酒でも、セレクトショップなどを探せばこの辺でも置いてる所があるかもしれない。
どうせ明日行くのなら絶対に何か持って行かなければ示しがつかなくて、それなら私も好きな彼女の故郷のお酒を持って行くのがいいと思ったのだ。
野菜や果実は腐るかもしれないし、甘いお菓子は苦手だと聞いている。調味料よりかはバーに関連するものを持って行った方が、印象は悪くないだろう。
「ああ、そういうこと。確か日本酒を使ったカクテルもあるって聞いた事ある」
ユイマンはあの店に行く前に色々と調べていたらしく。AIに聞いたりカクテルの動画を見たりして予習していたようだ。
私としてはメニューに書いてある酒の名前で気になったのを言えばいいだけじゃないか、とくらいしか考えていなかったのだけど。
彼女としては色々な情報を扱って確認したうえで、私と一緒にお酒を飲みたかったらしい。
仕事柄データを大量に浴びているような彼女である分、その情報が有害か無害かをちゃんと判別できているかは時折不安になる。
要不要のデータの判断基準はちゃんとあるから、と言っていてもその基準は何に基づいているというのだろうか。
AIの有能性と不正確性なんて、ユイマンの方が絶対に知っているし。
あれは何でも答えてくれるように見えて、悪意のあるデータが仕込まれれば平気で嘘を吐くデータの化け物だ。
ちゃんと他の情報も見て判断はしているよ、と言われても。その情報も嘘だったら全部彼女の見る者は虚構になってしまう。
だったら紙の本の方が、色々な人間の目と手を通して作られているのだからいいじゃないかと思うけど。
最近は紙の本も出鱈目ばかり書かれていて騙される人が沢山出て来るし。
トンデモ情報を本当の情報だと鵜呑みにしてあちこちに迷惑をかけている輩もいる。
真実を見つける為の研究にしても、ネット検索をしている時に嘘っぱちの論文を見かけて憤慨しかけたこともある。
「日本酒を他のお酒で割るとなかなか強そうだね」
「でも日本酒って他のお酒と比べると、混ぜたりするのに向いてないみたい」
その日本酒を気に入ってもらえれば新しいカクテル作成の時に利用してくれればよいと考えているが。
彼女が調べた情報によると日本酒というのは冷、常温、熱燗と温度で変化するのが特徴の酒。
そのため温度で味が変化しやすい酒とも言えるため、混ぜる難しさもあるらしい。味が一定にならないのはバーテンダーとしては致命的になるとも聞く。
「とりあえずあそこの店主はお酒は好きだって言ってたから、最悪個人で楽しんで貰えればいいんじゃない」
ユイマンは家系的に酒豪だし実家では家族とお酒を楽しんでいるけど。
あまりお酒の種類には興味ないと思っていた。実家だと酒屋さんに配達してもらったやつとか、地酒がメイン。
家でもそんなに飲む姿は見ない。
だから饒舌にカクテルについて語る姿は意外で。
それだけ現代は情報に溢れており、ただの素人でもある程度は取り繕える知識の帯を纏えるのだろう。
勿論付け焼刃の知識をあの店主に得意げにひけらかしたところで、一蹴されるのがオチだろうが。
一体何から調べてよいか分からない
―
そういう手がかりすら見つけられない人にとっては、AIなどは強い味方なのかもしれない。過信は禁物ではあるにしても。
「ねえ、そういえば。どうしてあのお店に行こうって思ったの?」
私の左手は彼女の左手に弄ばれた状態で、尋ねられる。
指を絡めたり、親指の腹で手の甲を擽るように撫ぜたりしてきて落ち着きがない。
こうして話している間でも、どこかで私に触れていたいという彼女の可愛らしい無意識は意識しないでもらいたいものだ。
「
……
遠い血縁の人に教えて貰ったの。いい雰囲気でお酒が飲める店があるって」
「遠い血縁?
……
ふーん、まだ付き合いのある親戚がいたのね」
複雑な事情のせいで私が実家と絶縁状態なのは彼女も知っているから、私が血縁者の話をするのは意外だっただろう。
実家が気にする世間体と最低限の礼儀として実家には彼女と結婚したことは連絡してあるが。特に何の反応もなく、ただ父親からはまとまったお金が私の口座に振り込まれていた。
それ以外は何もない。母からも妹からも、何もない。でもどうか彼女と幸せに、なんて変な優しい言葉をかけられるよりかは潔いと思った。
あの家との手切れ金だと思えば、このマンションを購入するのに一気に使ってしまえて丁度良かった。
自分の金ではない金でユイマンと暮らす場所を得たのは複雑ではあるけど。いつか全部まとめて返してやる。
何せ私の実家の家柄は無駄に良いため縁談やら何やらは来ていて。それでも私はそれを否定し続け、なんとか自分の力で地に足を付ける道を選ぼうとした。
どうせ、私と結婚したいのではなく。あの妹と結婚したいけど相手にされないから
―
というのは、分かっていたから。そんなこと何度も幼いころからあった。
私を踏み台にして妹と仲良くなろうとする輩は、沢山いた。そもそも並の男がこんな醜い女を喜んで抱けるわけがないだろうし。
たとえ私に言い寄ったとしても、私が悦べるようなモノを与えてくれる筈などないだろうと思っていた。
何よりも私は幼い頃からずっと
―
ユイマンが、傍にいたから。
「本当に遠い血縁だから殆ど他人だよ。大分変わり者だから、反って付き合いやすいのかもね」
「そうなんだ
……
じゃあ、あのお店に行けばその人に会える?」
阿梨夜の血縁なら会ってみたいなあ、と言うが。
単に鉱石が好きで延々と研究の話を私とずっとしているような相手なので、ユイマンが好きになるかはまた別だろう。
何を考えているかよくわからないが、研究や専門分野になると饒舌になる部分は共通している分馬が合っただけなのかもしれないし。
「たまにお酒は飲みに来るみたいだよ」
元はああいう店に通うような人ではなかった気がするけど。
誰かに最初誘われて行き、偶然あの店主のことが気に入ったのかもしれない。珍しいこともあるものだ。
いつか会えたらいいな、と彼女は言ってるが。そんな都合よく会えるものかは私も分からない。
誰とでも打ち解けられる彼女なら仲良くなれるかな。
明日は午前中は掃除とスーパーへの買い出し。午後はお酒を選びに行って、そのまま夜はバーに行くから結構予定は詰まっている。
あ、本を読む時間また確保できないから、電車の中で読もう。
積本を少しでも減らさないとまたお小言を言われてしまう。
辿り着きたい時間に合わせるなら、何時に家を出るべきかを頭の中で換算していると。
不意にユイマンが私の躰をぎゅっと後ろから抱きしめて来る。
弄んでいた左手はいつの間にか私のお腹の辺りに置いてあり。彼女の右手は私の脇の下を通って胸の間辺りに配置される。
「もう、怒ってない?」
「
……
元からそんな、臍曲げてる意識はないよ」
不機嫌な顔を見せてしまったせいで、彼女を勘違いさせてしまったのだろうか。
私が怒るにしてもよほどのことがなければユイマンに対して怒ることなんて絶対にないのに。
酔って考えなしに言ってしまった言葉が彼女を傷付けてしまった。
湯船で密着したまま抱きしめられると、胸の先端がどうしても当たってしまい私の鼓動が速くなる。
「辛い思い、阿梨夜にまたさせちゃったね」
先ほどまでの明るいハキハキした声ではなく。少しだけ抑揚がない声色への変化。それを聞き逃すことはなく。
「
……
」
もしかしたら、と思う前に。ちゅ、という音と共に首筋に彼女の唇が当たるのが分かった。
汗とお湯が混じった部分を、明らかにゆっくりと這わせて愛撫を始める。清めても汗が出る分汚くないだろうか。念入りには洗っているけど。
私に寂しい思いをさせたから快楽で単純に忘れさせようという気持ちからそうしているとは、考えないし。考えたくなかった。
正直言ってユイマンは私よりも性欲が強い。私も全くない訳じゃないけど、比べたら絶対に彼女の方が強いのは事実なのだ。
だから急にお風呂で求められ始めるのだって
―
時々あるから、今更驚くことなんてない。伴侶として同じ家に住んでいるんだから、営みは仲が良ければ普通にあるだろう。
水に関わる場所に来ると彼女は元気になるし。お風呂だと汚してもすぐ洗えるからと、気に入っているようだ。
だけど今でも求められる時。どうしても嫌な色をした影がちらつくのは、何故なのだろう。
こんな醜い私なんて彼女に求められる価値があるのだろうかと。
心の奥底で、いつも背中から何かドロドロしたモノが耳障りな低い声で私に語り掛けて来る。囁くように、私だけに聞こえる声で。
そうしてそういう時は背中の奥が、何故か鈍く痛くて堪らない。ただでさえ穢いんだから、痛みまで起きないでよ。
「大丈夫だから
……
私だって、論文が煮詰まったりしたら部屋から出てこないでしょ」
背中の幻覚を振り払うように右手を彼女の後頭部に回し、私は振り向く。
少しきつい体勢ではあるけど、ユイマンも顔を近づけてくれたので彼女の唇を吸うことはできた。私のしたいことを理解してくれた。
深くはできないから啄むだけのものではあるけど。これ以上優しい彼女を私のせいで苦しめたくなかったから。
首を捻るというのは予想以上に来るので、すぐに戻す。同じ姿勢ばかりしているせいだろうし、本の読み過ぎはほどほどに気をつけよう。
「でも、家にはいてくれるし家事もしてくれる
……
本ばっかり読んで相手してくれない時はあるけどね」
「
……
そこは、本当にごめん」
謝るけど。どうせなら私を褒めるのか貶すのかどっちかにして。
彼女に後ろから抱きしめてもらえるのは嬉しいが、いちいち振り返るのも辛い。ユイマンの顔が見たくて腕の拘束を解き、お互いに向き直った。
「
……
私がまた大事な記念日を台無しにしたから、いい加減愛想つかされちゃったらどうしようって」
私の額に自分の額をそっとくっつけて彼女が不安を吐露する。愛想をつかされるのは私の方だと思うんだけど。
今回の件、彼女は悪くないのに何故そんなことを言ってしまうのか。そう言わせてしまう私が、やっぱり伴侶として力不足なのか。
「ユイマンは悪くないよ。悪いのは、他の連中なんだから」
守秘義務のためかなりぼやかして説明されたから本当はそこで何があったかなんてわからないけど。それでも、彼女だけのせいではないことは確かなんだ。
「そうは言っても、もっとうまく対処できてれば約束に間に合ったかもしれないし」
本当トラブルって対処しても終わりがないわね、と彼女は諦めたように笑う。そして他罰的なことを一切言わない。
あれだけ酷使されたとしても何か悪いことがあれば自分に何か落ち度があったのかもしれないと、未だに思ってしまうような性格の持ち主だ。
彼女が結婚記念日に店に来られなくなったからと言って、拗ねて周囲に迷惑をかけた私の方がよほど大人げない。
職務を全うしたのに、私はただ酒に酔って泣いただけだった。
理解したうえで結婚すると宣言したくせに。やっぱり寂しさに耐えきれなくて周りを困らせてしまっては、本当にどうしようもないじゃないか。
だから別れましょう、と言われるのであれば私の方が相応しいのだ。
いくら私たちが自治体に申請しているとはいえ、本当の意味での籍はまだ入れられないから。
私たちが結婚してようが別れようが、その部分が籍を入れていた人たちほど影響するわけじゃない。
「愛想つかされるなら、多分私の方だよ」
彼女だって経済的には自分自身を養えるくらいの稼ぎはあるから。私と別れてもきっと上手に暮らしていけるだろう。
寧ろもっと楽しく暮らせるかもしれない。周囲の人々から愛される彼女なら。
「本気で言ってるの
……
?冗談でもそういうこと言うのはやめて」
案の定私の自虐癖を咎められる。彼女が悲しい顔をするからあまり言わないようにしても、どうしても出る時は出る。
「
……
ごめん」
「この家、阿梨夜のものだし。私この家住めなくなったら行くとこ無くなるから、実家に帰ろうかな」
今は姉たちが子育てで大変だから、いま帰ったら物凄く迷惑でしょうねと。私にちくちくと嫌味の矢を投げる。
「神奈子の所に行くにしても長居はできないし」
いけない。彼女が不機嫌になるスイッチを押してしまってどうするんだ。普段あまり機嫌が悪くならない彼女だからこそ、そうなる時はかなり困った子になる。
確かにこの家は私のものだけど。喧嘩したら追い出されるなら私の方な気もするけど。記念日にそんな羽目になってたまるか。
ここは、一か八かの投擲をしてみるか。
「ユイちゃんは、あーちゃんとけっこんできないならもうおうち帰らない!
……
じゃないの?」
「
…………
阿梨夜!」
効果覿面。まだこの言葉気をにしていたのか。
過去の恥ずかしい思い出を掘り返されたら流石の彼女も顔を真っ赤にして怒る。いきなりばしゃりとお湯を顔面に掛けられ、顔は痛いし鼻や口が一瞬呼吸困難になる。
モロに顔面にお湯を投げつけられるントロール、発揮しないで欲しい。柔らかいお湯だって塊になれば石みたいになるって知ってるでしょ。
「
……
ぷぁ、至近距離でこのお湯の量はきついってば
……
」
両手でお湯を拭い鼻や口から水分を出す。泳ぐのが苦手な私は、水がそもそも相性が悪いのかもしれないのに。
そこに怒涛のお湯ぶっかけってDVすれすれでしょうが。
「どうして今その話するのよ
……
私実家で未だに姉達にからかわれてるんだからね!?」
姉の子供たちまでそのこと知ってるんだから、と恨みがましく言われたが。その話は私からしたわけではないので、怒られてもどうしようもない。
あのことを話したのは、お義父さんやお義姉さんたちなんだから。
「はは、ごめんごめん」
耳にまでお湯入ったかも。耳抜きをして詰まりを取りつつも、私はその言葉が生まれた時を思い出していた。
私とユイマンが幼い頃。ある日いつものように学校帰り私と一緒に遊んでいた時だった。
あの頃は野山が遊び場であったから、私は図書室で借りた本を読みつつユイマンが駆け回るのを眺めていた。
私が読んでいた本の何かの物語の中に、王子様とお姫様が結婚する話があったから。私の本に興味があった彼女はけっこんってなあに?という純朴な疑問をぶつけてきた。
もちろん、結婚という言葉を彼女は知っていた。一番上のお義姉さんが結婚間近であった頃だったし。それでもよく意味が掴めずに私に聞いてきたのだろう。
当時の私は本ばかり読んでいたしインターネットも使うことはできたので。年齢の割には知識だけが先行する子供だったから。
男の人と女の人がやくしょってとこに紙を出してお願いして一緒に暮らすことだよ、と無駄に大人の知識を混ぜて答えたら
―
幼い彼女は急に駄々をこねだしたのだった。
『じゃあ、ユイちゃんはあーちゃんとけっこんできないの?』
『おんなのひととおんなのひとがけっこんは、きいたことないけど
……
』
そう答えるといきなり火が付いたように泣き出した彼女を。幼い私はどうすることもできず。
泣き止ませるために何度も頭を撫でてあやして、でもあの頃結婚は男の人と女の人がするものだという知識しかなかった。
世間でできないことはできるはずがない。だから私がユイマンと将来結婚してあげるから、とはどうしても言えなかったのだ。
けれども心のどこかで、彼女が他の人と結婚するのを想像するのを嫌だと思う私がいた。できるのなら私がと。あの頃から思っていたのだから、相当前から彼女の事をそういう相手として意識していたのだと今気づく。
「でもさ、お義父さんもお義姉さんもユイマンに協力してあげたんだから怒っちゃダメだよ」
「
……
それは、そうだけど」
幼い頃の思い出を揶揄われたとしても。それをちゃんと後押ししてくれたのも、気持ちを守ってくれたのも、あの時の大人たちだった。
何をしても泣き止まない彼女をどうしたものかと、ほとほと困り果てた私は。
ランドセルを背負いながら彼女の手を引き、当時の私の家から少し離れた彼女の家まで連れて行った。
そこには幸い鹿を解体していたお義父さんや結婚間近だった彼女の一番上お義姉さんがいて、ユイマンを見ると何事かと駆けつけてくれた。
最初は私が何かやらかして泣かせたのかと、疑われて怒られたらどうしよう。自分の父親や母親に連絡がいったらどうしよう、迷惑をかける悪い子になると酷く怯えていたけど。
いつも彼女の遊び相手になってくれていて、普段の振る舞いから私が彼女を泣かせるような子供ではない
―
そう信じてくれた大人たちはとりあえず家に入るよう促した。
泣き止まない彼女をお義姉さんがあやし、お義父さんは私に何があったか話して貰えるかな?と穏やかな口調で聞いてくれた。
彼女は末っ子で遅い子供だから、他の子の親よりお義父さんは歳を取っていたけど。
その分落ち着いていて、優しい印象があった。
他に家にいた彼女の家族も。お菓子やジュースがあるか聞いたりしていて。それで私は怒られないんだ、と安堵したのを覚えている。
『ユイちゃん、泣いちゃダメよ。阿梨夜ちゃんが困っちゃうでしょ』
お義姉さんは年が離れている分。姉と言うよりも母親のように見える人だった。彼女も甘え方は母親へのそれに近かったと思う。
ああ、ただ泣いているだけで。こんなにも色んな人にこの子は心配して貰えるんだと、正直羨ましく思った。
私は何があっても泣いたりしてはいけないし。よその子を羨ましいなんて思ってはいけない。だって、私の家は皆が羨ましいって言うから。
そして、私の家は可愛くて綺麗な妹が何だって優先されて当然。
両親は私をちゃんと育ててくれるけど。妹と違い醜い私はいつも、何であれ最後になることはあの頃から慣れていた。
お義父さんとお義姉さんに読んでいた本を見せながらユイマンが泣いた事情を話すと、二人は顔を見合わせた後。手を叩いて明るい笑い声を上げた。
そうか、それは悲しいよねとべそをかきながらジュースを飲む彼女に語りかけ。
ユイちゃんはあーちゃんが大好きだものね、と続けた。
(ばかなことをいうんじゃない、じゃないんだ
……
)
末娘としてとても可愛がられているのは知っていたけど。その末娘が醜い私を大好きだと言っていても、全然咎めないから。
出されたお菓子にも手をつけられないまま、私は驚きを隠せずにいた。
『
……
ユイちゃん、あーちゃんとけっこんしたい』
彼女はずっと涙目で言い続けるから。私含め大人たちもどうしたものかと腕組みをして困ってしまう。
このお姫様をどうやって笑顔にさせるべきか。彼女が泣くのは嫌だから。幼い私は必死に考えた。そうしてやっと閃いたことは。
学校で使っているノートをランドセルから取り出して、それを一枚破いて鉛筆で枠を書き始めたのだった。そして一番上には『けっこん』みたいな文字を書いた気がする。
突然の行動に周囲は驚いていたけど。ユイマンのお義姉さんは私が何をしようとしているかを何となく理解してくれたようだった。
『阿梨夜ちゃん、ちょっと待っててね』
お義姉さんは近くにあった引出からボールペンと定規を取り出すと、私の引いた線の上をなぞって真っすぐな線を引き始めた。
鉛筆だとすぐ消えちゃうからねーと笑いながらも。私は本当にユイちゃんが言うように物知りなのね、と褒めてくれた。
知識を同級生よりも蓄積したがったのは。本を読んでいれば家で独りでいても寂しさが紛れることと、両親が大人しく私が本を読んでいると安心すると知っていた。
それに、躰がこんなに醜いことはどうしようもなくても。頭の中まで醜くなったら本当に終わりだと思っていたからだ。
お義姉さんは漢字で『婚姻届』と書いてくれて。それが当時は読めない私と彼女は首を傾げたが、その下に『名前』と書いてくれたので。そこに名前を書けばいいのかな、と感じるのであった。
『ほら、ここに阿梨夜ちゃんとユイちゃんのお名前を書いたら結婚できるよ』
そう言われて。私が鉛筆で書こうとしたら、お義姉さんはボールペンで書いてねと渡してくれた。ただのノートの切れ端なのに、凄く緊張して。
あの頃は自分の名前も全部漢字で書けない時だったから、確か
―
夜だけ、書けたんだっけ?今見たら多分恥ずかしくて顔が熱くなる。
ほんの幼い頃の戯れに過ぎないと思っていた。こんなことをしても、彼女とは本当の意味では結婚はできないと分かっていた。でも、ユイマンは自分の名前を書いて凄く嬉しそうにお義父さんに自慢していたから。
それが見られれば、私は良かったし。
遅くまで引き留めてしまって申し訳ないからと車で当時の私の実家に送ってくれたお義父さんからは、彼女をよろしくお願いしますと本気なのか冗談なのか分からない口調でお願いされたのだった。
あの記憶は、幼い私の記憶の中では。初めて誰かにとっての一番になれて、純粋に求められた美しい記憶。
だからずっと、ずっと覚えていた。その記憶が私の中の闇や汚泥を永く照らしてくれた。
醜い躰でしかない私の中にある、たったひとつのいちばん綺麗なもの。彼女にとっては恥ずかしい記憶であっても。
「まさかユイマンと将来こうなるなんて、あの時思わなかったな」
膨れ面の彼女の頬を両手で包み、笑いかけると。彼女は少しだけ機嫌を直してくれた。だけど、完全には戻らないのはまだ私に不満があるのか。
お小言ならいくらでも聞くけど。不機嫌なまま明日の朝を迎えるだけはなしにしたもらいたい。
「あの時父達の前でプロポーズしておいて、随分長い間待たせたんだから
……
本当阿梨夜って昔から不器用よね」
「え
……
あれプロポーズに入るの?」
小さい頃は恋愛感情なんて分からなかったから。ユイマンが本当の妹だったら、どんなに嬉しいだろうと思うだけだった。
ユイマンも、本当の妹も、誰もがため息を吐くくらいに綺麗なのは一緒なのに。ユイマンが綺麗であることは嬉しくて。
ずっとその綺麗なモノを傍で眺めていたいと祈っていた。
「プロポーズでしょ。私ずっと覚えてたんだから」
あの気持ちが今の気持ちの芽生えだとしたら
―
相当長く彼女に、惚れているのだろう。
彼女が私を咎めるように私の手の甲を抓り。その後笑って、額をもう一度私の額にそっと合わせて来た。
「
……
あーちゃん、ユイちゃんとけっこんしてくれる?」
「うん」
そう言って彼女の左手をお湯から出すと。その薬指の銀色に口づけを落とす。
もう私たちはしているけど、この記念日にもう一度プロポーズしたっていい。あの時は私からだったから、今度は彼女から。
懐かしい名前で呼ばれて、無意識に綻ぶ口元。
こうやって綻ぶ回数が歪む回数よりも多ければ、それは幸せだと言えるのかな。
続く
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