物が少ないというより必要な物すら置いていない「ミニマリストもどき」と称される俺の部屋よりも整理整頓されて必要なものがちゃんとある不死川の部屋の方が断然居心地が良く、家主の許可を得て休日を家で過ごす時は向こうの家へ入り浸るようになってしまった。
不死川は料理もとても上手で、おまけに味付けまで俺好みなものだから恋心だけでなくすっかり胃袋まで掴まれている。けれど包丁を持てば指を切り、洗い物をすれば必ず食器を割る俺に手伝えることはほとんど無く、不死川に負担が大きくなっているのが申し訳ない。もちろん光熱費や食費はこちらが多めに(というよりほぼ全額)出すようにしているし外食の際も俺が払っている。それくらいしか出来ないのだからそうするのは当たり前だと思っていたが、不死川にはその思考があまり無かったようで
「なァ、これ買っても良イ?」
と、食材買い出しの際にたいした金額ではないものでも確認をしてくるようになってしまった。
違うのだ。そんなのは俺の本意ではない。必要なもの、欲しいものはなんでも買ってくれ。
そう言ってもその後も確認はずっと続いていて、どうしたものかとひっそり頭を悩ませていた。
俺は自分で言うのも何だが教員という割と安定した職に就いているし、特に金のかかる趣味もない。強いて言うなら恋人である不死川や二人で過ごす時間に必要なものへ金を掛けたいだけだ。だから金は好きに使って欲しいと思っていた。ただ不死川は家庭環境や性格的に恋人とはいえ他人の金を自由に使うことに抵抗があるのだろうとも察しがつくので余計に悩んでいる。
さて、どうしたものか。
今日は金曜日。お互い仕事が山ほどあるのでゆっくり出来るのは土曜日になる。不死川からは「うち来るよなァ?」と言われているから明日はいつも通り向こうの家へお邪魔することになるだろう。それまでにこの悩みもどうにかせねば。
職場の給湯室にあるコーヒーサーバーはすっかり煮詰まっていて悩みながら飲むにしても濃く、眠気覚ましに飲んでいたはずなのに思わず顰めっ面になってしまった。しっかり考えろ、俺。
「お邪魔する」
「よォ」
約束していた昼過ぎ、貰っている合鍵で不死川の家のドアを開ければ昼飯の用意をしてくれていたらしく玄関まで出汁の良い匂いがしてくる。
手が離せなさそうな家主を横目に手洗いうがいをし、ガス台の鍋に向き合っている不死川を背後から抱きしめると
「昼飯の支度が遅れるだろうがァ」
と笑われたものの、腕を振り解かれなかったのでそのまま細い腰をぎゅっと抱き寄せ、鍋の中を覗き込む。
「鮭大根か」
「大根、実家からたくさん貰ったんだよ」
「好物だ。嬉しい」
それは良かったな、と後ろ手で頭を撫でられたので甘えるようにうなじにグリグリと額を押し付けた。不死川は本当に俺を甘やかすのが上手過ぎる。
だから、一晩悩んでもこの結論しか出なかった。
「不死川」
「んー?」
俺を背中に貼り付けたまま、器用にアクを取っていた不死川の左手を取る。
「あ?」
そして文句を言われる前にその薬指に銀の輪を通した。
「結婚してくれ」
「……は?」
ずっと指輪は渡したかった。数年前に法律が改正され、俺たちの住む区でも同性婚が正式に認められるようになっていたからだ。生涯を共にしたいのは不死川しか居ないから寝てる隙にサイズをはかり、すぐ指輪を買っていた。ただ、センスがない為にいつ渡そうか、プロポーズはいつ言うかずっと悩んでいた。
だから、今しかない。これしかないと思った。
籍を入れれば他人じゃなくなり、不死川が食費を受け取ってくれない悩みも同時に解決出来て良いと。
不死川は突然の出来事に呆気に取られつつも冷静にガスの火を止め、こちらを振り返る。
「……なんで今ァ?」
「今というか、ずっとプロポーズはしたかった」
俺の伴侶は不死川しか考えられないから。
素直に話したら不死川は少し固まり、でも数秒後には俺が好きになった綺麗な笑顔で笑ってくれた。
「ぷ、ぷぷ。鮭大根の匂いの中でプロポーズされたのなんて俺くらいだろうなァ」と。
あまりの可愛さに嬉しくなり、不死川を正面から抱きしめつつ、
「これで俺たちは伴侶なのだから食材費も拒まないで受け取ってくれ」
と言ったら「そんな理由でプロポーズすんなァ」と銀の輪の嵌っている左手で腹に重たい一発を喰らう羽目になったが。
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